※注意※
初めて感想の削除機能を使わせてもらいました
申し訳ありませんが、感想欄で自作の宣伝を行うのはお控えください
調子に乗って書いていたら文字数がえらいことになりましたが、もう分割はしません
どんな展開にも動じない心の強い方だけ、この最悪なクエストの結末を見届けてください
重ねて言いますが、この章を飛ばしてもストーリーを追う分には問題はありません
第百二章外伝二 妖魔の迷宮
俺たちと一緒に地下の遺跡にやってきた冒険者、ルーカスを殺した邪教徒は、すぐに身を翻して逃げ出した。
「っ!? 待て!!」
ここで逃がしたらまずい。
そう判断した俺は、神速キャンセル移動でその後を追いかけた。
(ステップ、スラッシュステップ、スラッシュステップ、っく!?)
しかし、邪教徒が曲がった角に飛び込んだ瞬間、正面から火球が飛んでくる。
(待ち伏せ!?)
最後のステップを後方に変えて何とか避ける。
だが、驚いたせいで神速キャンセル移動が途切れてしまった。
スキルキャンセルは高等技術。
集中が途切れれば、コンボを維持することは出来ない。
「奴らは…?」
硬直が切れてからもう一度、今度は用心深く奥をのぞいたが、
「いない、か……」
集団から外れた者を狙う一撃離脱の鮮やかさに、あらかじめ魔法の援護を用意して撤退するというこの手際。
明らかにモンスターよりも高度な戦術を立て、それを実行してきている。
(これは、想像以上に厳しい戦いになりそうだな……)
暗澹とした思いを抱え、もどる前に何の気なしに近くの壁を見ると、
+ ±
今までどれだけ探しても見つからなかった、最初の物とは違う模様をそこに見つけた。
(やっぱり人の顔? 表情、なのか?)
ただ、図形の意味はまだつかめない。
色々と考えてみる。
左の十字が変わっていないのは、やはりそこに大きな意味があると取るべきか。
『斬首された神官』という言葉を踏まえると、あれは神官の頭か、十字架と考えるのが自然。
ただ、そこから先には想像がおよばない。
ならばほかに共通点は、と探してみると、
(そうか! 棒の本数が変わっていない!)
Lを二本と考えると、『+ |L』に使われた棒の数は5本。
そして、『+ ±』に使われている棒の数もまた、5本だ。
そこに気付いたのはいいが、問題はそれをどう捉えるか。
この図形には連続性があると考えるべきか、あるいは……。
「出た! 邪教徒だ!」
しかし、ゆっくりと考えを巡らせている時間はなかった。
背後から聞こえたその叫びが、俺の思考を途切れさせる。
(まさか、陽動か?!)
邪教徒たちはモンスターとは違って頭を使う。
そういう作戦を取ってくることだって充分に考えられる。
俺は自分の迂闊さを呪いながら、元の場所に駆けもどった。
(状況は…?)
戦況を確認する。
どうやら新たに襲ってきたのは3人の邪教徒。
ただし、状況はこちら有利に進んでいるらしい。
3人の邪教徒の武器は全て剣。
それなりに連携は出来ているようだが、多勢に無勢。
たった3人で20人近くいる冒険者たちに勝てるはずがない。
と、なれば……。
(こちらが陽動か!)
俺がそんな結論に至った瞬間、
「ぐあぁあ!」
横道から現れた邪教徒の短剣に、またこちらの冒険者が不意打ちされる。
続けざまに火炎球が飛んできて、傍にいた冒険者が炎に包まれる。
(一瞬遅かったか!)
舌打ちしながら俺も短剣使いの方にステップで接近する。
間違いなくこいつは手練れ。
服装からは判別出来ないが、この戦闘スタイルと得物で分かる。
こいつは最初にルーカスを殺したのと同じ奴だ。
「ギィルガ!!」
俺の接近を察知し、軋み声をあげる短剣使い。
しかし、
「ディラッ?!」
俺は短剣使いの前で直角に曲がり、横道に飛び込んでいく。
こいつとまともにやり合っても勝てるか分からない。
それよりも先に、厄介な魔法使いを先に片付ける。
普通の移動なら背後を襲われる危険があるが、神速キャンセル移動の移動速度は一級品。
速度重視のキャラクターでも追いつけない。
「リゲィアァ!」
通路の奥で杖を構えていた邪教徒が、叫び声を発する。
同時にまた火の玉が飛んでくるが、
「何言ってるか、分からねえんだよ!」
俺は斜め方向へのステップでそれを躱し、さらに接近して、
「紫電斬り!!」
高威力の剣スキルを発動した。
その一撃は杖を手にした邪教徒を捉え、
「ゴー、ア……」
不快な音を発して、邪教徒が倒れる。
魔法使いの防御力というのは低い物だし、おそらくレベル差もあったのだろう。
何とか一撃で倒せたようだ。
(まず、一人!)
スキル硬直で止まりながら、俺が心の中で快哉をあげた瞬間、
「グルォ!!」
目の前に、大きな鉄の塊が迫ってきた。
(ステップ!)
ギリギリで硬直が解け、俺は後ろに跳んでその攻撃を躱した。
スキルで後ろに跳びながらも、俺は新たに現れた敵の姿を確かめる。
俺に不意打ちをしかけたこの邪教徒は、『死刑執行者』とでも形容出来そうな、大斧を持った偉丈夫だった。
とても簡単には突破出来そうにない。
「ギャンギィ!」
最悪なことに、背後から短剣使いまで追いついてくる。
完全な挟み撃ち。
だが、その時、
「メキィダ!?」
狭い通路に雷撃がほとばしり、俺と邪教徒を分断する。
雷の魔法の援護!
持つべき物は頼れる仲間だ。
(今だ!)
俺は敵に出来た一瞬の隙を見逃さず、短剣使いの横を抜けて何とか仲間の所にもどった。
「ギ、ギギィ」
邪教徒たちはそれを悔しそうに見ていたが、多勢に無勢では戦えないと判断したのだろう。
感情のうかがえない目で俺が倒した魔法使いの死体を眺めていたが、やがて身を翻し、遺跡の奥に消えていった。
状況を確認する。
遠くに、最初にやられた男、ルーカスの死体。
それから短剣使いに殺された男と、火の玉を喰らった冒険者の死体が並んでいる。
一方、陽動でやってきた3人の邪教徒は何とか犠牲を出さずに倒すことに成功したらしい。
みすぼらしい布きれを巻きつけた三つの死体もまた、通路の奥に転がっている。
(こっちの被害が3人。倒した邪教徒が4人か)
人数で比べるとこっちが有利なようにも思うが、相手は何人いるか分からない。
それに、やっぱり人が死んだと考えてしまうと、たったの3人なんて考えることは出来ない。
しかし、それよりも無視出来ないことが一つ。
(どうして死体が、消えない?)
魔物に限らず、HPが0になったキャラは光の粒子になって消えるはずだ。
それがまだ残っているのはなぜなのか。
……正直、不愉快な想像しか出来ない。
聖水でも振りかけておこうかと、半ば本気で思ったが、
「……とにかく、ここを移動しよう」
移動を優先することにした。
同じ場所に留まっていると、また奇襲を受ける可能性がある。
これ以上被害者が出るようなことは可能な限り避けたい。
俺たちは無数の死体に背を向けて、そそくさとその場を後にした。
そこから少し進んだ時だった。
「操麻さん!」
声をかけられて振り向いた先に、
「これは……」
今までになかったような、大きな扉を見つけた。
おそらくは村長の言っていた、生贄の祭壇に通じる扉だ。
しかも、その扉には、
+ -
今までの二つの記号と似通った新しい図形が刻まれている。
(これは……どういうことなんだろうな)
左は前と同じ、右側は明らかに線の数が減っている。
ここに来て、棒の数が云々という仮説は完全に崩れ去った。
模様の謎を考えながらも、俺たちは力を合わせて扉を開こうとしたが、扉はびくともしなかった。
しかし、この扉には鍵穴すらもない。
何か特別なイベントで開く、と考えるのが一番自然だろう。
心当たりは、というと、当然この扉に描かれている模様しかない。
よくRPGとかで、何かを操作して扉と同じ模様と完成させると対応した扉が開くという仕掛けがある。
(この扉の模様と同じ模様を見つけると扉が開く、とか?)
それだと少し単純すぎるかもしれないが……。
「……ん?」
その時、視界の端に赤い何かが横切るのを感じた。
思わず目で追う。
「赤い、インプ?」
一瞬で通路に消えてしまったが、間違いない。
あれはRPGでよく出て来る雑魚悪魔の一種、インプだ。
確かポーラの話では、邪教徒は悪魔とつながりが深いということだったはず。
何かの手がかりになるかもしれない。
「追うぞ!」
俺は仲間にそう声をかけて、赤いインプを追って駆け出した。
幸い、赤いインプの速度はそんなに速くない。
ほどなく追いつくかと思ったが、
「ピキィイイレ!」
インプを追っている途中、邪教徒の集団と出くわしてしまった。
このままではインプに逃げられる。
そう思ったのだが、
「…なに?」
インプは仲間であるはずの邪教徒さえも避け、自ら道を曲がって逃げていった。
(邪教徒とインプは、対立しているのか?)
そんな思考が一瞬だけ閃くが、目の前の邪教徒が武器を構えた。
「くそ、邪魔なんだよ!」
俺はインプより前に、邪教徒との対決を余儀なくされたのだった。
その時に出て来た二体の邪教徒は弱かった。
やはり最初に襲ってきたあいつらが、邪教徒の中でも別格の強さを誇っていたようだ。
簡単に敵を撃退出来たのはよかったが、あまりに夢中でインプを追いかけすぎたせいで、はぐれてしまった人間が出てきてしまったようだ。
たぶん2人ほど、人数が少なくなっていた。
少し道をもどりながら、赤いインプとはぐれた冒険者を探している途中、また新しい壁の模様を見つけた。
+L
新しいパターン。
だが、最初の模様と形自体は似通っているように思う。
その意味はいまだに分からない。
それからも遺跡をさまよい歩く。
壁の模様はしばらくは『+L』ばかりだったのだが、しばらくすると、
|L
こんな模様が出始め、すぐに、
±
というのを見かけるようになった。
もう、必ず+が入っているという法則も、必ず二つ以上の記号だという共通項すら成立しなくなった。
どう予想していいのか分からない。
ただ、サンプルの数は充分に多くなっている。
斬首された神官という言葉。
ループしている記号。
進むほどに簡略化される図形。
法則性はある。
きっと、ある。
何か一つ、何か一つ閃けば、簡単に解けそうな予感もある。
だが、その時の俺が答えに辿り着くことはなかった。
その前に、大変なことが起こったのだ。
「ギシャラバ!!」
「グエィグ!!」
耳に刺さる、やはり耳障りな邪教徒の絶叫。
最初に逃がした手練れの邪教徒。
短剣使いと大斧使いの、襲撃である。
「しんどいな、これは……」
戦いを終え、俺は構えていた剣を下げながら、そう吐き捨てた。
通路には、また新しい死体が転がっている。
その内の三つはこちらの陣営、味方の冒険者の物。
そして、一つは相手、あの大斧を持った邪教徒の物だ。
「ラッド、返事をしてくれ、ラッド!
ちきしょう、邪教徒め、ちきしょう!」
仲間を失った冒険者が、仲間の死体に縋り付きながらしきりにそうこぼしている。
「邪教徒め! 邪教徒め!
てめぇが、てめぇらは、何でだ!!
何でてめえらはいつも、いつも……くそぉ!!」
死体が消えないのをいいことに、仲間を殺した邪教徒の身体を蹴りつけている冒険者もいる。
気持ちは、分からなくもない。
俺も仲間を殺されていたら、同じことをしていてもおかしくはなかった。
ただ、少なくとも今の俺は、そんなことをする気にはなれなかった。
もっとほかに、やるべきことがある。
敵の死体は、一つ。
あの斧使いの物だけ。
つまり、俺たちを一番多く殺し、邪教徒の中でも一番の実力を見せたあの短剣使いが、まだ生き残っているのだ。
「みんなはそこで、待機していてくれ」
何が奴らをそこまで駆り立てるのか、捨て身とも言える特攻をしかけてきた短剣使いも大斧使いも、なぜか俺をターゲットにしている節があった。
もしかすると集団のリーダーだと判断されたのかもしれないし、単にプレイヤーを狙うようにプログラミングがされているだけなのかもしれない。
しかしとにかく、俺が一人で遺跡をうろついていれば、奴が奇襲をかけてくる可能性は高い。
(もう、誰も殺させない)
そんな決意の許に俺は集団を離れ、独り、短剣使いが逃げた方へ歩き出した。
警戒しながら遺跡を進むが、短剣使いの姿はなかなか見つからなかった。
その代わり、壁の模様は何個も見つける。
見つけた記号は全て同じ。
Ξ
ここに来て、全く新しいパターンだ。
もう、今まで考えてきた法則は全て見当違いだったと思った方がよさそうだ。
思考と警戒とを何とか両立させながら歩いていると、見覚えのある場所に出た。
「ここは……」
途中で見つけた、祭壇の前の大きな扉。
そして、特筆するべきはその扉に描かれた図形。
Ξ
つまり、これは……。
「図形が、変わっている?」
俺はそこで、自分のしていた大きな勘違いに気付いた。
この遺跡の壁には、最初から何種類もの図形が描かれているものだとばかり思っていた。
しかし、違う。
遺跡の壁に描かれる図形は、常に一種類なのだ。
ただ、そこに映る図形が、何らかの条件で変化するだけ。
だから今は、全ての壁にこの『Ξ』という図形が映し出されているのだろう。
――そしてそこまで分かってしまえば、いくら血の巡りが悪い俺でも、この図形の意味に気付く。
いや、図形、というのは適切じゃないだろう。
これは図形でもなければ絵でもなく、そもそも暗号ですらない。
(全く、何が『斬首された神官』だよ!!)
村長の言葉にイメージを引っ張られた。
それでも出てきた記号を順番に並べていけば、真実はすぐに分かった。
これは……。
「ッ!? 誰だ!!」
考えながらも周囲に気をつけていた俺は、視界の中に動く影を見た。
目の端を横切ったのは、小さな赤い影。
この遺跡の秘密を握っていそうな、あの赤いインプだ。
「待て!」
ふたたび逃げ出すインプを追いかける。
今度の追跡も長引くかと思ったら、意外な結末を迎えた。
インプが何かにつまずき、倒れたのだ。
「ここは……最初の場所?」
インプがつまずいたのは、折り重なった三つの邪教徒の死体。
初めて俺たちが邪教徒の襲撃を受けた場所まで、いつの間にかもどってきていた。
「ギ、ル、ルゥ……」
仰向けになってこちらを見上げるインプは、不思議と怯えているようにも見えた。
こいつをどうするべきか。
俺が逡巡した瞬間、
「ギルゥ!」
インプが俺の背後を指差した。
罠の可能性も考えず、即座に振り向く。
「なっ?!」
そこには、忍び寄っていた邪悪な影。
(邪教徒の短剣使い!!)
至近距離で、いかにも不衛生な乱杭歯が剥き出しになる。
こちらが振り向いた時にはもう、あいつはナイフを振り上げている。
――死ぬ?
刹那の思考の中で、俺はそんなことを思った。
もう、それでもいいか。
そんな弱気が頭をかすめる。
ただそんな時、頭の中でよみがえる言葉があった。
『――だから、操麻。
さらわれた女の子は、お前が絶対に助けてくれよな』
同時に、そう口にした時の、ポーラの痛切な表情が頭に浮かび上がる。
そうだ!!
彼女たちのためにも、ここであきらめる訳にはいかない!
「このっ!」
苦し紛れに動かした剣が、襲ってきた短剣使いの右手首に当たり、
「ギッ!!」
なぜかそいつが、弾かれるように退いた。
理由は分からないが、千載一遇のチャンスだ。
ステップで距離を詰め、紫電斬りを……。
「ニングァ!!」
向こうも黙ってはいない。
甲高い叫びと共に、スキルと思われる動きでナイフを切り上げてくる。
それでも、
「俺は! 負け、ないっ!!」
ステップをショートキャンセルして、紫電斬りを発動。
邪教徒のナイフと、俺の剣がほぼ同時にお互いの身体に当たって……。
「俺の、勝ちだ……」
しかし、攻撃速度の違いだろう。
一瞬早く、俺の紫電斬りが邪教徒にダメージを与え、そのダメージで相手のスキルは中断された。
こちらも胸にわずかに傷を負ったが、それだけ。
向こうはこちらの攻撃をまともに受け、HPを全て失って地面に倒れ伏した。
紙一重の勝利、と思っていたのだが、
「……そうでも、なかったか」
短剣使いの最後の攻撃も、ある意味で俺に致命傷を与えていた。
肉体のダメージはほとんどない。
しかし胸元、『破邪の草飾り』が壊されていた。
こうなってしまっては、俺に瘴気から身を守る術はない。
俺は嘆息し、心の中でポーラに謝った、……のだが。
「HPが、減っていかない?」
予想していたHPの減少は、なかった。
しかし、考えてみれば邪教徒たちは瘴気の影響を受けていなかったように思う。
それとも彼らも草飾りのようなアイテムを装備していただろうかと、倒れているはずの邪教徒の死体を見ようとして、
「……なっ、え?」
俺は、理解の出来ない物を目にした。
俺がさっき倒したはずの邪教徒の短剣使い。
そいつが倒れているはずの場所に、まるで普通の冒険者のような格好をした人が倒れていた。
何が起こっているのか分からない。
(もしかして、バグ、なのか…?)
そんなことを思って、少しだけ視線を横に向けると、
「うそ、だろ…?」
折り重なって倒れる、3人の邪教徒の死体が目に入る。
その、はずだった。
しかし、そこに倒れているのは、みすぼらしい布を着た邪教徒ではなく、見覚えのある冒険者。
「アベル、ビート、クリフ……」
今は別の場所で『妖魔の迷宮』クエストをやっているはずの冒険者3人組が、命を失って倒れていた。
もう、何が何だか、何を信じていいのか、分からない。
(実はこいつらが、邪教徒だったってことか?
いや、でも、まさか……)
混乱する俺に、
「お、おにいちゃん、だいじょうぶ?」
後ろから、声がかかる。
緩慢な仕種で振り返ると、首に赤い首飾りを提げた小さな女の子が、こちらを心配そうにのぞきこんでいた。
「あ、ああ。大丈夫、なのかな?」
そう反射的に答えてから、急速に警戒心が湧きあがる。
この子は、村の絵で見た女の子に間違いない。
つまり、彼女こそが『生贄の少女』なのだ。
だが、この女の子は一体、どこにいた?
どうやって俺に近付いたんだ?
そんな気持ちが視線に出たのか、あるいはそれが指定されたプログラム通りの行動なのか。
女の子は自己紹介を始めた。
「あ、あの、わたし、リファ、です。
ずっと、おにいちゃんたちにおいかけられて、にげてたの」
「逃げてた?」
初めは少女、リファの言っている意味が分からなかった。
だが、不意に閃いた。
「まさか、さっきの赤い悪魔?」
問いかけると、彼女はこくんとうなずいた。
「たぶん、そう、です。
さっきまで、おにいちゃんは『まやかしの草飾り』をつけてたから……」
「まやかしの、草飾り…?」
そう言われて、思い当たる物は一つしかない。
瘴気から身を守るためと村長から渡された『破邪の草飾り』。
しかしその実際の効果を、誰も確かめはしなかった。
「この『封印の迷宮』の中でその草飾りをつけてると、まぼろしが見える、って……」
「まぼ、ろし……」
俺は、地面に倒れるアベルたちを見た。
確かに、俺の首飾りが壊れた瞬間から、邪教徒の死体がアベルたちの姿に見えるようになった。
……考えてみれば。
邪教徒だって、ただ邪教を信じているだけの『人間』のはずだ。
瘴気の中で生きていけるとも思えないし、あんな汚い布を身体に巻きつける必然性はない。
それはそういう物だと譲ったとしても、あんな耳障りな動物の鳴き声のような声を出すのはどう考えてもおかしい。
あれは、俺たちの『邪教徒に対する偏見』を逆手に取った幻影だったのだ。
ただし、そうすると、だ。
あの姿は幻だったとしても、戦っていた相手は本物で、実体があった。
なら、だったら……。
――俺たちがさっきまで戦っていた相手は、なんだったんだ?
本当は、答えはもう分かっている気がする。
でも、それを確かめるのが怖い。
(そんなはず、そんなはず、ない)
頭の中で必死にそう言い聞かせながらも、俺はもう半ば確信している。
俺が倒したばかりの、目の前の死体に向き直る。
うつ伏せになったその小柄な身体を、一息にひっくり返した。
「あ、ぁあ、ああぁあああああ!!」
目に映ったその姿に、俺の口から意味をなさない呻きが漏れた。
俺を、俺たちを苦しめた最強の邪教徒。
いや、邪教徒だと考えていた相手は、
「ポーラ、さん……」
短い茶色の髪をした冒険者、ポーラだった。
「お、おにい、ちゃん……」
リファが怯えた様子で俺に声をかけてくる。
だが、今はその声に応える余裕がなかった。
「許さ、ない…!」
俺たちが何をされたのか、仕掛けはすぐに分かった。
ヒントは無数にあった。
『生贄の少女』と『妖魔の迷宮』が別々の場所で、同時に行われたこと。
その報酬額がクエスト内容と比べ、破格だったこと。
少女一人の生贄では大したことは出来ないというポーラの言葉や、二年前にも邪教徒鎮圧のために命を落とした冒険者たちがいたという情報もヒントだ。
さらに言えば、俺は『生贄の迷宮』という、このクエストの正しいクエスト名まで耳にしていた。
……そう。
『生贄の少女』と『妖魔の迷宮』を合わせると、『生贄の迷宮』となるように、この二つのクエストは、二つで一つ。
これは、『生贄の少女』に参加した冒険者と『妖魔の迷宮』に参加した冒険者に幻を見せる装備品を身につけさせ、お互いに殺し合わせるという最悪のクエストなのだ。
俺は、もう一度ポーラの死体を見た。
その手首には、俺のしていた『まやかしの草飾り』そっくりな、黒い草で編まれた腕輪がはまっていた。
俺の首飾りが『腕輪をしている人間を邪教徒に見せる』という効果を持つとすると、きっとこの腕輪は『首飾りをしている人間をモンスターに見せる』効果でも持っているのだろう。
『生贄の少女』を引き受けた俺たちがポーラたちを邪教徒だと思って攻撃していたのと同様に、『妖魔の迷宮』を受けたポーラたちもまた、俺たちをモンスターだと思って攻撃してきたのだろうと想像出来る。
その目的は、たぶん……。
「なぁ、リファ。君は、どうしてこんな場所にいるんだ?」
「あ、あの、おとうさんが、数字が1になるまでにげられたら、わたしにプレゼントをくれるって……。
わ、わたしはこわいからいやだって言ったんだけど、でも、むりやりここに連れてこられて……」
泣き出しそうになりながら話すリファの言葉を聞いて、
(そういう、ことか…!)
俺は唇をかみしめた。
このクエストの黒幕と動機は、遺跡の壁に浮かんでいた光の模様で分かる。
あれは、図形でも絵でもなければ暗号でもなかった。
状況と一緒に追って行けば、それが何を示しているのかもはっきりと分かる。
一番初め、遺跡に入る前に浮かんでいたのは、
+ |L
で、これが最初。
その後、ポーラに襲われて『生贄の少女』サイドの冒険者ルーカスが死ぬ。
その時の壁の模様が、
+ ±
となる。
それから二度目の襲撃があって、冒険者2人、アベルたち3人が死んで、それからポーラの仲間の魔法使いを俺が殺して、
+ -
模様はこう変わった。
その後2人の邪教徒、いや、冒険者を殺して、
+L
になり、はぐれた2人の冒険者を探している内に、壁の模様は、
|L
を経由して、
±
へと変わっていった。
そして、ポーラとその仲間の斧使いランディの襲撃。
ランディと冒険者3人が死んで、
Ξ
になった。
もう、分かっただろう。
これは、単なる数字。
壁の模様に見えたのは、ちょっと分かりにくくしただけの、単なる漢数字だったのだ。
俺は、現在の壁の表示、
=
を強くにらみつけた。
壁の数字は十八から始まり、敵味方に限らず、人が死ぬ度に減っている。
これはおそらく、カウントダウン。
生贄の数を数え、おぞましき何かの復活を待ち望む、最悪の秒読みだ。
こんなことを仕組めるのは、リファの現在の父親、サイガ村の村長以外に考えられない。
しかし、この大規模なクエストが、村長だけの手で仕組まれたとも思えない。
推測だが、サイガ村の村人全員が邪教徒かモンスター。
俺たちは村ぐるみでまんまとはめられたと考えるべきだろう。
今すぐ投げ出して、全てをなかったことにしてしまいたいという思いもある。
だがその前に、せめて奴らに報いを与えてやらなくては気が済まない。
そんな風に、俺が暗い決意を固めた時だった。
「たす、助けて! モンスターが…!」
通路に一人の女性冒険者が駆け込んできた。
その後ろ、彼女を追いかけているのは、
「邪教徒め! ラッドの、ラッドのかたきぃぃ!!」
仲間の死体にすがって泣いていた、あの冒険者。
待機を命じたはずだが、我慢出来なかったらしい。
「待て! やめるんだ、彼女は……」
俺は必死に制止の声をあげたが、間に合わなかった。
「死ねぇ! 汚らわしい、邪教徒が!!」
男の剣が振り下ろされ、逃げていた女性冒険者の背中に刺さる。
「あ、あぁ……」
俺の口から、絶望の吐息が漏れる。
目の前で女性冒険者が倒れ、壁の数字が変化する。
-
そしてとうとう、クエストは終幕を迎える。
『ご苦労様です、冒険者の皆さん。
……いえ、わたしたちの大切な、生贄の皆さん』
迷宮全体に、突如として聞き覚えのある声が響いた。
「この声っ!」
「おとうさんっ!?」
そして、
『ああ、リファ。わたしの大切な娘。
君は、こちらにおいで』
村長の声がそう告げた途端、リファの赤い首飾りが禍々しい光を発する。
「え? なに、これ? おにいちゃん、たす――」
「リファ!」
一瞬後、リファの姿は遺跡から消えた。
村長の声は続く。
『もうお分かりの方もいるかと思いますが、あなた方には【偉大なるあの方】の復活のため、殺し合いをして頂きました。
いやぁ、あのお方の復活の礎になれるとは、実に羨ましい。
わたしは残念ながら悪魔なので、あのお方の贄にはなれないのですよ』
まるで世間話をするような口調で、自らの悪行を淡々と語る村長。
『ああ、そうそう。
あなた方が殺し合っていたのが同業の方だとお信じになれないと言うのなら、この迷宮に入る前につけたアクセサリーを外してみることをオススメします。
それで一瞬で理解できるはずですので』
俺の横を、光の粒子が通り抜ける。
何事かと見ると、そこかしこにある死体から光の粒が生まれ、どこかへ飛んでいっていた。
『これを思いつくまでずいぶんと考えたのですよ?
わたしたちが正面からぶつかってはこちらにも被害が出るし、それからの活動に支障も出る。
あなた方に勝手に殺し合って生贄になってもらうことを思いついた時は、わたしは天才かと思いました』
飛んでいく光の粒を追って走る。
おそらく、この先に……。
『二年前の冒険者の方々には口封じもかねて全滅して頂きましたが、今回はその必要もありません。
優秀で良質な、十七の生贄が集まりました。
最後の一つは、こちらで用意した物を使うとしましょう。
……さぁ、リファ、君の出番だよ』
あった!
光の粒が向かっていた先は、やはりあの大きな扉。
『-』という文字が浮かび上がった、生贄の祭壇に続くあの門だった。
『お、おとう、さん…?
どうしてわたしをしばってるの?
わ、わたし……』
迷宮内に、戸惑ったリファの声が響く。
リファはこの扉の奥にいる。
『わ、わたしをどうするの?
ねぇ、そのオノはなんなの?
おとうさん、やめてよ、おとうさん!!』
扉に向かって全力で剣を振り下ろす。
しかし、扉はびくともしない。
『お、おとうさん、わたしのこと、大切だって言ってくれたよね?
わ、わたしもおとうさんのこと、好きだよ?
本当のおとうさんじゃないけど、わたしのことかわいがってくれて、だから……』
俺は紫電斬りを、今俺が使える最強の攻撃技を、扉に喰らわせた。
それでも扉は、びくともしない。
『大丈夫だよ、リファ。
わたしがリファに、ひどいことをするはずないだろ?』
『おとう、さ――』
――ドス、という鈍い音が迷宮内に響く。
次いで、俺の耳に届いたのは、悪魔のささやき。
『だって、【あのお方】の贄になることは、何にも勝る最高の栄誉なのだから、お前も嬉しいだろう?』
そして、
「そん、な……」
俺の目の前、大扉の文字が、変わる。
○
その瞬間に、全てが、終わった。
『あはははははははは!!
いよいよ、成った!
我が悲願が!!
人間共め、心せよ!!
ついに、【あのお方】が復活される!!』
迷宮に響くのは、ただ、狂ったような哄笑だけ。
『あははははははははは!!
あははははははははははははははははははは!!』
そして、扉から闇が、全てを終わらせる、闇が、漏れ、
「ごめん……」
俺は、今は傍にいない二人の仲間に、最後の言葉を――
「ティエル、マーりん、俺は――」
GAME OVER
「……はぁ。最悪だよ」
視界を埋め尽くしたGAMEOVERの文字に、俺はため息をついた。
ゲームを続ける気力はとてもない。
いまだ真っ暗な画面の中でメニュー画面を呼び出し、ログアウトを選んで俺はゲームを中断した。
「ひっでぇシナリオだったなぁ……」
VRマシンから解放された俺は、そうひとりごちた。
このゲーム、『New Communicate Online』を始めてからもうずいぶん経つ。
こいつの性格の悪さは知っていたはずだが、このシナリオの底意地の悪さは群を抜いていた。
こんな話、子供とかがやったらトラウマになりそうだ。
というか、オフラインに切り替える前から宣伝していたということは、このクエストをオンラインゲームでやるつもりだったのだろうか。
勇気があるってレベルじゃない。
「今日は、どうするかなぁ……」
こういうシナリオに出くわす度にもうやめようかと思うのだが、時間を置くとまたやりたくなって、ついマシンの電源をつけてしまう俺がいる。
何だかんだで楽しみにしてる要素が多く、やめられないのだ。
とりあえず今の目標は仲間キャラクター『ティエル』の友好度を100にして、彼女との結婚イベントを起こすこと。
そのためには……。
「よし! 夕食食べたらまたやってみるか」
バッドエンドにしたまま放置というのも気分が悪い。
ゲームのいい所は、失敗しても何度でもやり直しがきくということだ。
一人暮らしになってからめっきり多くなった独り言をつぶやきながら、俺は『生贄の迷宮』に再チャレンジすることを決めた。
しかし、一番つらい所は抜けたと確信していたその時の俺には、想像も出来ていなかったのだ。
ここからがある意味で、本当の地獄だったなんてことは。
「くそ、何でだよ!!」
俺は、何度目か分からない悪態をついた。
『生贄の迷宮』クエスト自体のクリアは、タネさえ分かってしまえば簡単だった。
時々事故って被害者が出ることはあるものの、草飾りこそが諸悪の根源だと分かってしまえば、後は味方を説得して草飾りを外すように頼めばいい。
おそらくこのクエスト用にスタッフ側が設定した質問に適切に答えさえすれば、『New Communicate Online』のそこそこ賢いAIは村の人間に騙された可能性を理解してくれて、ちゃんと草飾りを外してくれる。
片方のチームが全員草飾りを外せば、それだけで争いは起こらない。
相手チームにも事情を説明すれば、黒幕らしいサイガ村の邪教徒を倒そうという方向に、自然と話は進んで行った。
それからはサイガ村の邪教徒相手の大立ち回り。
ポーラやアベルたちとも協力し、サイガ村の邪教徒、それに村人に変身していた悪魔たちとの戦闘を行い、このクエストのボスであり、村一番の強力な悪魔である村長を倒し、事件は終息。
最後に地下にある『あのお方』が封じられた迷宮の入り口を破壊してハッピーエンド、となる。
――ただしなぜか、どうやっても生贄にされる少女、リファを助けることだけが出来なかった。
リファにとっての最初の危険は、草飾りをつけた冒険者に殺されること。
だがそれは、俺たちがすぐに草飾りを外し、相手のチームより先に扉付近まで進むことで八割方防ぐことが出来る。
問題はその後。
リファは、『生贄のカウントダウンが残り1になる』か、『冒険者が邪教徒の企みに気付いて草飾りを外す』かすると、赤い首飾りの力で祭壇まで飛ばされてしまう。
そして現状、あの扉の奥、生贄の祭壇に入る方法が見つからないのだ。
どんな攻撃をしても祭壇はびくともせず、村長を追いつめても彼はリファの存在など忘れたかのように、全く話題にもしない。
ならリファが祭壇に飛ばされるのを防ごうと色々とやってみたが、それも全て不発。
クエスト発生前に村長を殺したらそもそもクエストが進行せず、リファは迷宮に閉じ込められたまま。
だったら途中で引き返してと考えたが、一度迷宮に入ったら、冒険者全員が草飾りを外すまでシステム的制限で外には出られない。
だったらリファの赤い首飾りを何とかしようと思っても、破壊不可能オブジェクトの上に装備解除不可能らしく、どうしようもなかった。
「これ、一体どうなってるんだよ……」
何度やり直してもリファを救えなかった俺は、とうとう禁じ手に踏み切った。
有志による『New Communicate Online』の攻略サイト、『猫耳猫wiki』を見ることにしたのである。
『猫耳猫wiki』の『生贄の迷宮』の欄を見た俺は、その驚愕の内容に思わず叫び出しそうになった。
「なん……だよ、それ」
だって、そうだろう。
あんなに必死にやってきた俺の努力が、一瞬で無意味だったと悟らされたのだ。
なんと、『猫耳猫wiki』によれば……。
――生贄の祭壇なんて場所は、データ上、あの地下迷宮には存在しないと言うのだ。
一言で言ってしまえば、生贄の祭壇はゲーム未実装。
だから、あの大きな扉の向こうには、何もない。
ただ思わせぶりな扉があり、その向こうには祭壇があるとされているだけで、実際には祭壇のある部屋は設定されていないらしい。
そしてもちろん、俺がどうにか見つけ出そうと必死に探し続けた、『祭壇に行ってリファを助けるイベント』も、元から存在していなかった。
スタッフが途中でリファの存在を忘れてしまったか、あるいは祭壇のある部屋や最後の対決イベントを作るのが面倒だったのか。
とにかくこのクエストに『リファが救われる結末』なんて、最初から用意されていなかったのだ。
「……ふざけるなよ」
このクエストの、参加者同士を戦い合わせるというアイデアは、まあいい。
えげつないとは思うが、回避方法はある。
むしろ、話としてはよく出来てるとすら思う。
だから問題は、リファのことだ。
同じ救えないにしても、物語上の演出やストーリーの必要性から犠牲になるならまだ分かる。
しかし、単なるスタッフの手抜きかうっかりで、一番助けたい人間を助けることが出来ないとは……。
「そんなのって、あんまりだろ!」
どう考えても最悪すぎる。
これ以上救われない話を、俺は見たことがない。
俺は憤りを込めて、吐き捨てた。
「――これを作ったスタッフは、全員地獄に落ちればいいのに!!」
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