第九十九章 冒険者たち
「そうか、あの時の坊主かぁ!
オレも結構早く王都にやってきたつもりだったが、まさか坊主に先を越されてたとはなぁ!
ガッハハハハハ!!」
最後に馬車から降りてきたのは、クラッグスさん。
ちょうどイーナと一緒に行動をし始めた頃、ラムリックの武器屋で出会った人だった。
最初会った時はこの人を武器屋の主人と間違えて、
『精算、してもらえますか?』
とかドヤ顔で頼んで赤っ恥をかいたというエピソードがあったりするのだが、それは忘れていい。
俺はもう完全に忘れた。
もはや何も覚えていない。
その時、クラッグスさんが頭をかいて、
『あー、わりぃ坊主。オレも、客なんだけど……』
と言った時の申し訳なさそうな顔とか、その時の俺のいたたまれなさとか欠片も思い出せない。
武器屋に入る度に思い出してちょっとへこんだりとかしてない。
していないったらしていない。
……そういうことに、しておきたい。
まあそんな益体もない思考は脇にうっちゃって、
「あ、ところでクラッグスさん。
ラムリックにいたなら、ちょっと尋ねたいことがあるんですが」
「んん、何だ? 酒か? 女か?」
「いや、酒でも女でもなくて、いや、女は女なんですけどね……」
非常に尋ねにくくなる前振りをされたが、それでも俺は訊いた。
「イーナ・トレイルって冒険者、知りませんか?」
駄目元の質問だった。
クラッグスさんもイーナも同じ冒険者ではあるが、この世界には冒険者ギルドだとかいった物がある訳ではないし、イーナを知っているかどうかはよくて五分五分だと思っていた。
だが、クラッグスさんはこともなげに言った。
「んん。イーナって、イーナ・トレイルのことか?
そりゃあ知ってるよ。
なんたってあの嬢ちゃんは、今ラムリックで一番有名な、二人組の冒険者の片割れだからな!」
初めは、聞き間違いかと思った。
なぜならトレインちゃん、イーナはずっとぼっちの冒険者で、俺と親しくなったのだって、彼女がどうしてもソロでしか冒険が出来なかったからだ。
なのに、『二人組』というのは明らかにおかしい。
だが、クラッグスさんの話を聞く限り、人違いや勘違いではないようだった。
「最初、イーナって嬢ちゃんが有名になったのは冒険者としてじゃなくて、急におかしなことをするようになったからなんだよ」
何でも彼女は十日ほど前から、ぶつぶつと何かをつぶやきながら手に握った木の棒をひたすらナイフで切りつけるという奇行を始めたらしい。
……耳が痛いというか、思い当たる節がありすぎる。
十日前というのは、ちょうど俺がラムリックから王都にやってきた頃。
そして木の棒というのは、おそらくは俺がイーナに渡したたいまつシショーだろう。
イーナは俺の手紙を読んで、たいまつシショーを使った武器熟練度上げを始めたのだと推測出来る。
ラムリックはそう大きな町ではないので、おかしなことをする人間がいればそれなりに目立つ。
しかし決定的だったのは、彼女が町中で倒れたこと。
モンスターなど全くいない町の真ん中で、彼女は突然お腹から血を流しながら地面に崩れ落ちたらしい。
まさか自殺未遂、と一瞬だけ思ったが、すぐに真実に気付いて青くなった。
イーナが持っていたのは、短剣と忍刀の武器種に分類される武器、脇差。
当然その熟練度を上げて覚えられる技の中には、一撃自殺の称号を戴く自滅スキル、『ブラッディスタッブ』もある。
(しまった! 手紙にそのことも書いておけばよかった…!)
わざわざモンスターと戦ったり、イベントを起こしたりしなくても、町中で未知のスキルを試しただけで死の危険がある。
それが『猫耳猫』だ。
だが、イーナは幸いなことにその『猫耳猫』の洗礼を何とか乗り越えたようだ。
「だけどその時運ばれた治療院で、嬢ちゃんは自分の相棒を見つけたんだ」
そこで出て来たのが、またまた懐かしい名前。
ゲーム時代の俺の最初の仲間であり、俺が結婚イベントを起こした唯一の相手、ヒーラーのティエルだった。
イーナとティエルの接点なんてゲームでの知識をさらっても何も思いつかないが、どうやら何かのきっかけで意気投合したらしい。
すぐに二人はパーティを組んだそうだ。
「そっからはもう破竹の勢いよ。
最初の内はティエルの嬢ちゃんの方が多少足引っ張ってたらしいが、イーナの嬢ちゃんがうまくレベルを引き上げてやって、今じゃあラムリックきっての高レベル冒険者だ」
イーナはナイフと木の棒を使った変則二刀流。
ティエルは清楚な外見に似合わず、見るからにおぞましいデザインの魔杖を嬉々として使っての戦闘。
二人の変則的な戦闘スタイルは、すぐにラムリックの町の話題をさらったらしい。
たぶんだが、イーナの武器は脇差とたいまつシショー。
ティエルの武器は魔杖ゲルーニカだろう。
ゲルーニカの性能は序盤としては破格だし、たいまつシショーだって盾代わりの受け専門武器として使うなら悪くない選択だと言える。
両方色物武器ではあるが、実用性は高い。
「オレがラムリックを出たのは昨日の朝だ。
少なくともその時には酒場の話題の半分くらいはあの二人の話だってぐらい目立ってたぜ」
それからの二人は、鬼気迫る勢いで町周辺のフィールドやダンジョンの敵を狩って狩って狩りまくっていたらしい。
一週間ほどで町の冒険者に名が知られるほどに有名になったとするなら、それはもう大層な暴れっぷりだったのだろう。
(しかし、そうか……)
ここまで詳細に話を聞いてしまってはもう疑う余地はない。
イーナは本当に、仲間を見つけたらしい。
信じられない気持ちでいっぱいだが、よく考えてみればそんなにありえないことではないのかもしれない。
ゲームでイーナがソロだったというのは単に状況から推測しただけで、しっかりと検証した訳ではない。
俺がイーナと会ったのは俺がこっちの世界にやってきてすぐ、つまり、ゲーム的にはゲームスタート直後だった。
極端な話をすれば、イーナが今まで仲間を作れなかったのは単に、ゲームでは初期状態、すなわち『プレイ開始時にイーナがソロだった』ということだけが理由で、実際にはゲームでも『プレイ開始後には仲間を作ることもある』という設定だった可能性だってある。
また、これまでの経験則として、イベント時以外のキャラクターの行動に関する事象は、特にゲームとのズレが大きい。
おそらくイーナにソロで戦わなくてはいけないというストーリー上の設定はなかったはずで、だとしたらシステム的な強制力はそれほど強くは働いていなかったのかもしれない。
そう考えると、ゲームではソロだったイーナが仲間を見つけたとしても、それはそこまでおかしいことではないと言えるのだろう。
さらに言うなら、イーナがラムリックで自分の人生を生きることは、俺の願いでもあったはずだ。
だからこれは、喜ばしいこと。
ありえないといちゃもんをつける必要はどこにもなく、むしろ祝福してあげるべきこと。
その、はずだ。
それなのに、俺がまだ、どこかひっかかっているのは……。
(まさか俺、さびしがってるのか?)
それはたぶん、なんとなくイーナはずっと俺を追いかけてくるものだと、俺が心のどこかで考えていたからだろう。
だから馬車にイーナが乗ってくることを期待したし、クラッグスさんから話を聞いた。
きっと、そういうことなんだろうと思う。
傍にいる時はうっとうしいと相手にせず、足手まといだと遠ざけたはずなのに、身勝手で今更な話だ。
彼女を置いていったのはほかならぬ俺の意志だし、今の俺には、俺と一緒に歩んでくれる、かけがえのない仲間たちが……。
(あれ…?)
そういえば、あれからずいぶん経ったがリンゴとミツキがやってこない。
それどころか、腕にいたはずのくままでも知らぬ間に姿を消している。
どうしたんだろうと思って後ろを振り向くと、
――ぼそぼそ。
俺のかけがえのない仲間たちが、明らかに俺を見ながらこそこそと何かささやいていた。
すげえ感じ悪い。
会話の内容ははっきりとは聞こえないが、「男同士で……」「あんなにいそいで……」「禿げている方が……」「そういうしゅみ……」「――ニタァ」などという言葉の断片だけがかろうじて拾えた。
なんか、すごく嫌な予感がする。
と、俺が自分たちの方を見ていることに気付くと、リンゴがとたとたと駆け寄ってきて、
「…ソーマ、だめ!」
俺とクラッグスさんの間に入り込み、両手を広げて俺を止めた。
「ちょ、リ、リンゴ…!?」
無表情で感情の読めないリンゴだが、今、その顔には悲壮感が漂っていた。
呆気に取られる俺とクラッグスさんに、リンゴが切々と訴える。
「…『へんたい』なのは、たたかいのときだけにして」
「絶対誤解だし、そもそも戦いの時も変態になった覚えはないからな!」
俺って仲間に理解されてないのかな、とちょっとだけ思ってしまった瞬間だった。
どうやら俺がいそいで馬車に走っていったのは、クラッグスさんに会うためだと勘違いされていたらしい。
何だかそれ以上の勘違いをされていたような気もするが、とにかく詳しい話を聞かせて誤解を解いた。
ただ、全てを話しても二人の表情は今一つ晴れなかった。
「………そう」
リンゴはどこか不満が残るような顔でうなずいただけだし、ミツキからは、
「……ああ、あの時一緒にいた女性ですか。
貴方は少し、自分が関わった人に入れ込み過ぎる傾向があるように思います。
あまり気にし過ぎると、知り合いが死んだ時に辛くなりますよ」
というダメ出しをもらった。
反射的に反論しそうになったが、冷徹な言葉と表情とは裏腹に、ミツキの猫耳が「しんぱいだよぅ」とばかりに元気なく垂れ下がっているのを見て、言葉を呑み込んだ。
そういう事態にならないように俺は必死に頑張っている訳だが、いくら俺が努力しても、全ての犠牲をなくすことなんて出来ないだろう。
だからこれは、この危ない世界に生きている武門のミツキらしい助言だと受け止めるべきだ。
承服しかねる部分もあるが、肝に銘じておくことにする。
「じゃあオレはそろそろ行くぜ!」
俺たちの話し合いが一段落したのを見て取って、クラッグスさんがそう切り出す。
そして、最後に、
「次の高速馬車は今から二週間後だぜ!
頑張りなよ、坊主!」
と反応に困ることを言って、歩き去っていった。
なぜか、後ろから二人の視線を強く感じる。
「よ、よし。俺たちも街に行こうか」
そこから逃げるように、俺は足早に門をくぐったのだった。
王都にやってきたのは数日振りだが、どうも街にいつもより活気があるような気がした。
とにかく人通りが多く、すれ違う人とたまにぶつかりそうになる。
ミツキはともかく、人ごみに慣れていないリンゴは危なっかしい。
リンゴを身体でかばうようにしながら、街の中心部へと歩く。
こともなげにすいすいと人の波を避けて歩くミツキに、俺は問いかけた。
「なぁ。なんか人が多いみたいだけど、今日って何かあるのか?」
ミツキはしばらく猫耳を傾げていたが、
「恐らくは昨日の影響でしょうね。
襲撃の際に大体のモンスターは倒しましたが、群れからはぐれたモンスターがまだ西側には残っているそうです。
それに、私達はモンスターを倒した後、ドロップアイテムを回収しませんでした」
「ああ、そういえば……」
特にドロップ率を上げるような倒し方はしなかったが、千を越えるモンスターを倒したのだから、ドロップアイテムはかなりの量におよんだはずだ。
中には普段あのフィールドには出て来ない高レベルモンスターの物もある。
それを労せずに手に入れられる可能性があるのなら、レベルの低い冒険者にとってはチャンスだろう。
ただ、気になるのはすれ違う冒険者の全てが西口に向かっている訳ではなさそうだということだが、
(そうか、魔物侵攻度)
ゲームでも『王都襲撃』イベントの後は魔物侵攻度に大きな変化が起こり、たくさんのイベントやクエストが解禁されていた。
『猫耳猫』のゲームでも、期間が終わるとプレイヤーが関与せずにイベントが終了するような物もあったし、現実となったこの世界では、掲示板に募集がされるようなクエストについては、プレイヤー以外が受けることだって考えられる。
「っと、すみませ……」
考えごとに夢中になりすぎたせいか、俺は向こうから歩いてきた誰かにぶつかってしまった。
(げっ!)
顔を上げて相手を見ると、そこにいたのは明らかにチンピラっぽい冒険者。
確か、王都序盤のイベントなどでライバルポジションになる三人組。
アベル、ビート、クリフという、見立て殺人とかの被害者になりそうな名前の冒険者たちだった。
「てめえ、おれたちをリヒトの……」
俺とぶつかったリーダー格のアベルが俺に何かを言いかけ、揉めごとになるかと思ったが、
「おいアベル! さっさと行こうぜ!」
「これから大仕事が待ってるんだ、こんな奴に構ってるヒマねーよ!」
残りの二人がそう言って急かしたため、
「……ちっ! 今度から気をつけろよ!」
アベルもそれ以上俺に絡むことはせず、俺を突き飛ばすようにして街の外へ歩いていった。
(助かったな……)
ぶっちゃけ喧嘩になってもレベル的に負けることはないが、街中で揉めごとにならなかったのは幸いだった。
女性陣は怖がっていなかったかと振り向くが、
「…いかないの?」
リンゴは何事もなかったかのようにそう尋ねてくるし、
「中々の三下っぷりでしたね。
あの手の輩はすぐに淘汰されるか成長してしまうので、貴重です。
珍しい物を見れましたね」
ミツキに至っては珍獣扱いしていた。
何気に酷い。
それにくまは……まあ、くまはいいか。
ぶつかったのはともかく、あの三人の口ぶりからすると、やはり空前のクエストラッシュが来ているらしい。
(まあ、せいぜい頑張って働いてくれよ)
このゲームで欲しい報酬がもらえるクエストなんて数えるほどしかないし、厄介なクエストを片付けてくれるなら大歓迎だ。
仮にそれで失敗してあいつらが死んだとしても、率直に言って俺の心は痛まないだろう。
俺が『関わった人間に入れ込み過ぎる』なんて嘘だな、と酷薄な気分でひとりごちながら、俺は人ゴミをかきわけて王城へと進むのだった。
城で少しだけ待ったものの、勲章の授与は拍子抜けするほど何事もなく、極めて平穏無事に完了した。
勲章を受け取るのはあくまで俺個人なので、リンゴとミツキ、あとくまには謁見の間の外で待っていてもらって、一人で謁見の間へと入った。
騎士団の連中はあいかわらず俺をにらんでいたが、流石に王に呼ばれた俺に何かをしてくるような人間はいない。
ついでに言うなら王女、真希の姿もなかった。
どこかで待機しているのだろうか。
こういう改まった場は初めてだったが、ゲームと同じように動けば問題ないだろう。
ゲームではオートで動いていた自分の身体の動きを必死で思い出してトレースして、何とか式は乗り切った。
ほんの数分程度の出来事にしてはやけに肩が凝る体験だったとは言えるが、それだけだ。
ただ、ミツキやリンゴと合流し、城の外にもどろうとしたところで、
「……こちらへ」
顔を伏せながらさりげなく近付いてきたメイドに、そうささやかれた。
(来たか)
リンゴやミツキと目配せして、うなずく。
それを確認したのか、メイドは俺の手を引き、足早に王宮の中を進んでいく。
どこか人の来ない部屋にでも行くのかと思ったら、メイドは俺の手を引っ張ったまま城の外に出てしまった。
人波をかきわけ、人通りの少ない裏道にずんずんと入り込んでいく。
(……待てよ? 確か手紙には、『王宮で』って書いてなかったか?)
疑念が膨れ上がる。
頭に浮かび上がるのは、『罠』という不吉な文字。
とうとう周りから完全に人通りがなくなったところで、俺は声を上げて、
「なぁ、一体どこまで…!?」
だが、それより一瞬早くメイドが、いや、メイドに扮していた『何者か』が動く。
(しまっ…!?)
完全に虚を突かれた。
彼女が反転し、俺に飛びついてくるまで、俺は全く反応出来なかった。
不意を突かれたという以前に、並みの人間の動きではない。
俺はあっさりと彼女の接近を許し、瞬く間に彼女の両腕に身体を拘束される。
そして、耳元にささやかれた言葉に、俺は目を見開いた。
「――そーま、無事でよかった!」
驚いて、あらためて目の前のメイドの顔を見る。
そこには涙の浮かんだ目でこちらを見上げる、二歳年下の従妹の顔があった。
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