第九十八章 定められし再会
戦いが終わって。
俺は出来れば真希と話がしたかったのだが、
「姫様から離れろ!」
それは駆けつけてきた騎士たちに止められてしまった。
そういえば、リッチゴーストを倒した一撃。
実際には闇属性の回復攻撃を当てた訳で、中にいた真希はむしろHPが回復したはずなのだが、事情を知らない人間が見れば、真希の命もかえりみずにリッチゴーストに攻撃を放ったと思われていても不思議はない。
俺はかなり警戒されてしまったようで、すぐに真希と引き離されてしまった。
というか、周りを囲んできた騎士たちの目が、何だかやけに殺気だっていて怖かった。
街を助けるために結構頑張ったし、騎士の援護までやったのだからすっかり誤解は解けたと思っていたのだが、猫耳屋敷の体験は想像以上に彼らの中に深く根付いていたということだろうか。
その後、駆けつけてきた騎士の中にジェシカを見かけ、思わず声をかけたのもちょっとまずかったのかもしれない。
ただ言い訳をさせてもらえるなら、何しろ騎士団の連中はこちらを凄い目つきで見てくるので会話の糸口もつかめなかった。
そんな中、一瞬だけとはいえ面識がある相手が出てきたら話しかけるのが普通だろう。
「あ、さっきの。無事だったみたいだな」
「は、はい……」
あまり相手を刺激しないように出来るだけ気さくに声をかけたのだが、彼女は最初から妙にびくびくしていた。
見た限りでは怪我を負ってはいないようだが、やはり精神的なショックを受けているのかもしれない。
それを読み取った俺は最大限の気遣いを見せ、
「だけど、ちゃんと気を付けた方がいいぞ?
傷っていうのは、目に見える物だけじゃないからな」
そう笑いかけたのだが、どうやらそれが完全に裏目に出てしまったようなのだ。
「ぁ、ぁあ……」
どうも俺の言葉をきっかけにモンスターに襲われたトラウマがよみがえってしまったらしい。
ジェシカはお腹の辺りを押さえてガタガタと震え出した。
おかげで周りの騎士たちには、
「き、貴様ぁ!」
「ジェシカに何をした!」
とか叫ばれにらみつけられ、もう散々だった。
騒ぎを聞きつけた国王とアサヒのとりなしがなかったら、騎士団と戦いになったかもしれないと思ったくらいだ。
アサヒが俺の身元を保証してくれ、国王が俺を今回の襲撃の最大の功労者だと認めてくれることで、一応俺への敵意は表向きには収まった。
それは素直にありがたかったが、そのせいで今度は別の意味で真希と話がしたいと言い出せるような雰囲気ではなくなってしまった。
それでも何とか話をつけようと口を開きかけた時、
「――いいえ。貴方にはその前に、色々と説明してもらいます」
聞き覚えのある声と共に、俺の右腕が背後からがっちりとホールドされた。
「み、ミツキ……!」
振り向くとそこには猫耳侍の姿。
それはもう怒髪天を衝くという奴で、かつてないほどにピーンと天に向けられた猫耳が、何よりも雄弁に「もー、ゆるさないよー!」と語っていた。
そして、ミツキに気を取られていると、
「…わたしも、ききたいことがある」
こちらもいつの間に寄ってきたのか、リンゴが現れて今度は俺の左腕をつかむ。
リンゴはともかく、ミツキの新幹線……のごとき、パワフルさには敵わない。
そうして、今回の襲撃の最大の功労者のはずの俺は、真希と満足に会話することも出来ないまま、女の子二人によって退場させられたのだった。
幸いなことにミツキたちは実際にはそれほどに怒っている訳ではなかったようで、街から離れた所で俺を解放してくれ、むしろ俺の無事を喜んでくれた。
途中でヒサメ道場の人とも合流して、一緒に道場にもどった。
あ、ちなみに戦っている最中はあまり見かけなかったが、アサヒたちヒサメ道場の面々は、半分は街で民間人の避難誘導、残り半分は冒険者サイドで一緒に戦っていたらしい。
道場に着いてからミツキやもどってきた門下生の人に詳しい話を聞いたのだが、
「え? 俺の誤解、まだ解けてないのか?」
それによると、俺はいまだに騎士団の人たちに警戒されているらしい。
「誤解、と言いますか……。
貴方の戦い方はその、少し、独創的に過ぎます。
初めて見る人には奇異に映る事もあるでしょう」
「なるほど、それはあるかもな」
オーダーという技術がないこの世界の人には、スキルキャンセルやKBキャンセルは敷居が高い。
だからキャンセル系の技はあまり人前では見せないようにしてきたのだが、非常事態だった今回はかなり全開で戦ってしまった。
リンゴの『変態』という言葉は大袈裟にしても、多少目端の利く人間なら、スキルの連続使用などに違和感を覚えることはあるだろう。
それに、過去の忌まわしき記憶を紐解けば、街の子供にも動きがおかしいと言われたこともあるにはあった。
「ただ今後、彼等と敵対するという事はないはずです。
そのために私達が貴方を無理矢理にあの場から連れ出して、貴方の恐ろしい印象を薄めましたし……」
「あ、あれってそういう意味があったのか!」
いくらたくさんのモンスターを倒した人間でも、目の前で女の子二人にずるずる引きずられているのを見れば、その迫力も薄れるだろう。
最近のミツキは冴えているというか、脳筋に見えて案外色々と考えている。
「今回のモンスターの襲撃は、街を滅ぼしかねませんでした。
それをほぼ一人で壊滅させた人間と、誰が好き好んで対立しようと思いますか?」
「あー、うん。まあ、そうか」
常識的に判断すると、そうなるかもしれない。
『猫耳猫』世界ではえてして常識というのはドブに捨てられる傾向にあるので、安心出来るという訳でもないのが困った所ではあるが。
それにしても、そんな風に言われると自分が大それたことをしてしまったような気がしてくる。
ゲーム的に考えれば、少し難易度の上がった中級クエストを乗り切ったというだけの話なのだが。
「それに明日、今回の功績を称えて貴方に勲章が贈られるそうです。
そうなれば騎士が表だって貴方に反感を示す事は更に少なくなるでしょう」
「あー」
そういえば、そんなイベントもあった。
『王都襲撃』での敵討伐数が一定以上になると翌日、王宮に呼び出されて国王から勲章がもらえるのだ。
事が起こって一日で勲章とかちょっと早すぎる気もするが、そういうゲームの設定にツッコミを入れるのは無粋だろう。
勲章はゲームでは特に役に立たないアイテムなので、即ショップ行きか冒険者鞄の肥やしだったが、現実世界では役に立つこともあるはずだ。
王様にも認められたということで、リアル発言力とか影響力とかが上がるかもしれない。
そんなことを考えていると、トントン、と足をたたかれた。
今回もまた大活躍だったくまだ。
「今日もご苦労だったな」
そう言って抱き上げると、くまはうざそうに俺の手をぺちぺちとやりながら、俺の目の前に紙を差し出してきた。
それは、俺がくまに託した真希への手紙だったが、
「これ、もしかして真希からの返事か?!」
その裏面には、俺が書いた覚えのない文章が書かれていた。
どうやら俺がミツキたちに連行された後、うまく真希に接触して返事を書いてもらったらしい。
最近くまが有能すぎて怖い。
(どれどれ…?)
こちらからの手紙自体、ほかの人に見られる危険性も考え、端的にどこかで会えないかを訊いただけの物だが、真希からの返事も同じくらいに短かった。
たぶん真希も急いで書いたのだろう。
手紙と言うよりは走り書きのメモだが、あいつの癖字に慣れている俺には充分読み取れた。
『ソーマへ
くん章授与の後、王宮で
マキ』
そして、勲章授与の『勲』の字が書けていない辺り、非常にリアルで実に残念な気持ちになる。
勉強、大丈夫なんだろうか。
まあ漢字についてはともかく、内容については了解した。
勲章の授与は謁見の間で行われるはずだが、その前後で何かしら接触があるだろう。
これでどうにか明日、真希ときちんと話し合いが出来そうだ。
(とりあえずこれで、一件落着か)
街についても真希についても、当面の危機は去ったと考えてもいいだろう。
色々と課題は残ったものの、ヒサメ道場の人たちの話では今のところ今回の襲撃での死者は確認されていないようなので、及第点だったとは言えるはずだ。
後顧の憂いがなくなって安心すると、どっと疲れが押し寄せてきた。
考えてみれば明け方から今まで、ほとんど落ち着くことなく動き続けてきた。
肉体的にはともかく、精神的には疲労が限界に達している。
「…ソーマ、だいじょうぶ?」
俺の不調を察したリンゴが控えめに声をかけてくれて、ミツキの猫耳も「あれっ? ぐあいわるいー?」と言いたげにたわんだ。
「今日は、早めに休む事にしましょうか」
というミツキの言葉通り、その日は話し合いだけを済ませて、早めに就寝。
翌朝までぐっすりと眠った。
そして、翌日。
勲章の授与は昼かららしいが、それを正直に話せばドジっ子女中さんにまた大量のみたらし団子を渡されかねない。
俺たちは朝の内には街に出発した。
街までの道中、もちろん敵がいるフィールドを通るものの、もう魔物襲撃イベントがある訳でもないし、『王都襲撃』イベントが終了したおかげで王都の西の魔物侵攻度は大幅に下がっている。
何も警戒する要素はない。
ミツキやリンゴと話をしながら、くまを片手にのんびりと歩いた。
そして、もうすぐ街に着くという時だった。
ミツキの耳が、突如として妖気をキャッチしたかのようにピンと立った。
「何か大きな物が、かなりの速度で街の方に近付いてきています」
ミツキの言葉に、全員が瞬時に臨戦態勢を取る。
(大きな物、ってなんだ?
もう魔物の襲撃は終わったはずだ。
それとも、また何か予想外の……)
俺はその間も必死で考えを巡らせていたが、結果から言えばそれは無駄になった。
俺たちの右手、つまりは南方面から、『それ』が姿を現わしたのだ。
「あれは、高速馬車…!?」
主に町と町の間の移動に使われる、ファンタジー世界の乗合馬車。
もちろんあれは単なる乗り物であって、危険性はない。
『大きな物』の正体を確認して、隣の二人の緊張が解けるのが分かる。
しかし俺は、俺だけはまだ、硬直から抜け出せていなかった。
あれは、町から町へ移動する乗り物だ。
それが南からやってきたということは、あの馬車は……。
「…ソーマ?」
その可能性に気付いた時、俺は即座にエアハンマーを詠唱。
それが終わると同時に、ステップで飛び出していた。
「悪い、先に行く!」
それだけ言い捨てて、KBキャンセルを利用した本気の移動で、街の門へと駆ける。
王都の南の町と言えば、ラムリックだ。
あれにはラムリックからやってきた馬車かもしれない。
(もしあの馬車が、ラムリックの町からやってきたと言うなら……)
ラムリックから馬車で荷を運ぶ商人は決まっている。
そこには特に期待はしていない。
だが、その商人の護衛として、常に何人かの冒険者が雇われるというのが通例だ。
その時、王都に行きたい冒険者が馬車に乗り込むことがある。
(俺の、期待しすぎか? だけど……)
ただ、移動手段としての高速馬車はゲームではあまり人気がなかった。
魔封船よりも移動時間がかかる上に、平均して一日に一回程度運行する魔封船に比べ、高速馬車は本数が圧倒的に少ない。
あえて高速馬車に乗るのは、魔封船に乗るお金がない人間か、魔封船の墜落のリスクを嫌う人間。
あるいは、よっぽどの魔封船嫌いな人間だけ。
(だから、もしかしたら……)
ありえないと思いつつも、期待してしまう。
俺が門の前で急停止すると、ほぼ同時に馬車も門の前に到達、停止する。
そして……。
高速馬車の扉が開き、中から何人かの人が降りて来る。
冒険者らしき男、商人らしき男。
そしてまた、冒険者らしき男と女。
ゲームでは見かけた顔ばかりだが、この世界での面識はない。
(やっぱり、いないか?)
考えてみれば、偶然見かけた馬車に知り合いが乗っているなんて、そんな奇跡のようなことがあるはずがない。
現実は、ゲームとは違う。
俺は何を舞い上がっていたんだ。
そんな風に考えて、俺があきらめかけたその時、
「え…?」
とうとう最後の一人が、馬車の中から姿を見せた。
その姿を見て、俺は息を飲む。
「まさ、か……」
奇跡は、本当に起こった。
最後に地面に降り立ったのは、確かに旧知の冒険者。
(ああ……)
この再会は、決してゲームに設定されたイベントではない。
だからこれは、単なる偶然に過ぎない。
ただ、思えば……。
別れの時には既に、こんな瞬間を心のどこかで予期していたのかもしれない。
それはまるで、運命に導かれるように。
あるいはゲームにおいて、過去に立てたフラグを回収するかのように、俺は、
「……あの人、名前なんて言うんだっけ」
ラムリックの武器屋で俺が店主と間違えた、眼帯スキンヘッドの冒険者と再会した。
+注意+
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