「馬町空襲」石碑建立へ 住民ら募金募る
第二次世界大戦で京都市東山区に大きな被害の出た「馬町空襲」を後世に伝えようと、石碑の建立が進められている。空襲から69年となる来年1月16日に除幕することが決まり、主導する「馬町爆撃を語り継ぐ会」は寄付を募っている。
1945年1月16日にあった馬町空襲は府内で初めての空襲と言われ、30人以上の人が亡くなった。当時、警察から町内会を通じてかん口令が敷かれたこともあり、犠牲者の正確な数はいまだに判明していない。
当時のことを知る人が高齢化し、軍需工場もなかった住宅地が爆撃されたことを伝えるため、近隣住民らが昨年、会を発足させた。
石碑は二つでいずれも自然石。空襲時の救護所が置かれた同区の白河総合支援学校東山分校に設置する予定だ。高さ約1メートルの石に「馬町空襲の地」と彫り、もう一つの高さ約65センチの石には空襲の概要を刻む。
10月に開いた会合では、当時町内の伝令役を務めた石本喜代史さん(85)が証言した。石には会の名称でもある「馬町爆撃」の文言を彫る案もあったが、会合で「爆撃は米軍の見方ではないか」との意見が出たほか、「被爆」という案にも「原爆と混同させる」という声もあった。
最終的に、親族が犠牲となった女性が「当時は馬町空襲と言っていた」と証言し、碑名は「馬町空襲の地」に決まった。
濱田健二会長は「京都に空襲がなかったと信じている人が多くいる。碑があると風化を防げる。事実を事実として伝えていきたい」と話す。会は、110万円の目標額に向けて募金を開始した。問い合わせなどは、会計担当の酒谷義郎さんファクス075(561)9821。
【 2013年11月19日 11時59分 】