第九十六章 絶望の景色
――もう、どれだけのモンスターを相手にしたのか覚えていない。
ステップのキャンセルからの横薙ぎで一度に十数体の敵を葬り、ステップからの移動技をつないで敵を幻惑し、プチプロージョンからの連続技で敵を一掃し、自らオークの攻撃に身をかすらせてスキルを強制キャンセルし、素早い敵には攻撃を誘って隠身で防いで無理矢理に隙を作り出し、事前撃ちした朧残月をパワーアップで強化して強敵を屠る。
たまに被弾することもあるが、HPはブラッディスタッブ、MPはマジックスティールを使うことで補給可能、そういう意味では半永久的に戦えると言える。
本音を言うと攻撃時にスタミナを吸収するソウルイーターの特殊能力が欲しいところなのだが、エアハンマーをこまめに挟むことでその不足を補う。
不知火の耐久力は元が高いため問題ないし、被弾の少ない防具の損耗はほとんどない。
神経を削るような戦闘が続いているが、これから何十分でも何時間でも戦えそうな気がする。
つまりは目立った損耗はなく、戦闘が継続出来ている。
全体としては、順調。
それでも…!
(――足りない!!)
こんなものでは足りないと、そう思ってしまう。
今の俺にはまだ足りていない物がたくさんある。
能力値が足りないし、スキルが足りないし、装備も足りないし、熟練度だって足りない。
だが、俺にだって分かってる。
本当に足りていないのは、キャラクターの性能じゃない。
(もっと、うまく戦えるはずなのに…!)
ゲームをしていた時と比べ、あまりにお粗末な戦い方をしている自分に気付く。
戦えば戦うほど、ゲームをしていた時、俺が一番うまく戦えていた時との感覚のズレが気になって、こんなものじゃないと叫びたくなる。
ステップの角度が甘い。
魔法選択のチョイスが甘い。
時限発動の時間の読みが甘い。
キャンセルのタイミングが甘い。
毎日のようにゲームの中で戦っていたあの時。
あの時の自分に出来たはずのことが、今の自分には出来ていない。
頬を撫でる風の感触、地を踏みしめる足の感触、攻撃がかすめる度に感じる痛み、死ぬかもしれないという恐怖、早鐘を打つ心臓の音、技の連発に悲鳴を上げる身体。
ゲームにはなかった全ての物が俺の感覚を狂わせ、冷静なスキル行使を妨げる。
――思い出せ、と自分を叱咤する。
攻撃力をマイナスに変えた不知火を手に、被ダメージが上がる呪い装備をフルにつけて、隠しダンジョンで2時間も3時間も、ぶっ続けで戦い続けたあの時のことを。
死亡のリスクをスリルに変え、戦うことだけを目的として戦い続けた、あの時のことを。
もどかしい、もどかしいという思いだけが募り、身体のキレを鈍らせる。
それでも身体に染みついた操作勘は、スキルを発動する度、魔法を放つ度に、少しずつもどってくる。
(ステップ横薙ぎ、ステップ横薙ぎ、ステップ横薙ぎステップ横薙ぎ、プチプロージョンエアハンマー!)
近付いて薙ぎ払って移動して薙ぎ払って飛び込んできた敵を二段ステップで躱して薙ぎ払って吹き飛ばされて二段詠唱、
(ハイステップジャンプ横薙ぎ、横薙ぎ、ステップ横薙ぎ!)
突っ込んでキャンセルしながら薙ぎ払って爆発で持ち直して逆を薙ぎ払って死体の隙間に突っ込んで薙ぎ払って後ろに吹き飛ばされる。
その時、
(あいつは…!)
エアハンマーで後方に跳ぶ俺が目にしたのは、オークの群れの陰から顔をのぞかせた、クイックリングアサシン。
戦いが後半になってから現れるようになった、素早いモンスター。
厄介な相手、だが、
(横薙ぎ、ステップ朧残月、ステップ、横薙ぎ!)
周りの敵を片付けてから早めに朧残月を発動、ステップのロングキャンセルで引き寄せて、これみよがしに横薙ぎで迎撃。
「――ッ?!」
クイックリング系モンスターの強みは優れた回避能力。
放たれた見えない斬撃すらも察知して、後ろに跳ぶ。
が、
(読めてんだよ!)
そこにはちょうど、さっき放った朧残月が出現している。
敏捷重視のモンスターがその一撃に耐えられるはずもなく、その身体が両断されるのを確認しながら、俺は次の獲物を探し、
(……ステップ横薙ぎ!)
もう一撃敵集団に横薙ぎを放ち、予約発動したエアハンマーで弾かれたところで息をつく。
(少しずつ、感覚がもどってきた)
現実に近付いたせいなのか、最初は敵の思考ルーチンが増えていて戸惑ったが、モンスターにはそれぞれ固有のアクションや移動速度がある。
それを読めれば、例えばさっきのクイックリングアサシンのような特徴的な回避パターンを持ってる敵は簡単に狙い撃ち出来るし、どのタイミングでどんな攻撃を放てばいいかは大体分かる。
それに、周囲の敵からはもう、最初ほどの圧力は感じない。
たぶんミツキやリンゴがうまくやってくれている。
もう魔法攻撃も、空からの攻撃もない。
俺は、俺だけの戦いに集中すればそれでいい。
もったいないくらいによく出来た仲間たちに感謝しながらも、それすら忘れて俺は戦いに没頭していく。
大切なのは、出来るだけ回避に手数を割かないこと。
同じスキル数でも移動スキルが多ければ、それだけ倒せる敵の数が少なくなる。
時間効率を重視するなら、移動スキルを一度だけ挟んで横薙ぎを使うのが一番殲滅効率が高い。
回避をする必要がないように、相手の移動予測を立てて最高の位置取りを模索する。
(ステップ横薙ぎステップ横薙ぎ、ステップ横薙ぎ、ステップ横薙ぎ、縮地ジャンプ横薙ぎ……)
二段ステップで飛び込んで正面を斬りつけて、バックステップして右側を薙ぎ払って、横に跳んで今度は左側に斬撃を浴びせ、死体が消えて大きくスペースの出来た正面に縮地で一気に入り込み、ジャンプで少し浮きながらもキャンセルで横薙ぎ、新しい敵の群れを斬り払う。
そこで、
(よし、タイミングばっちり!)
ドンピシャなタイミングでエアハンマーが発動、俺の身体を後ろへ運ぶ。
秒間10匹におよぼうかというペースで敵を倒し続けているため、戦場には絶え間なく光の粒子が舞っている。
それを横目にしながら、上り調子になっていく操作技術に心の中で快哉を上げる。
だが、そこで気を抜いたりはしない。
魔法を詠唱しながら周囲の敵の位置を確認し、次の立ち回りを考える。
ただ安全な場所を探していくだけではまだまだ足りない。
完全には囲まれないように戦場を飛び回りながらも、殲滅効率を上げるため、わざと敵の多い方に飛び込んで常に緩い包囲を維持していく。
一つの方向からしかモンスターが来なければ、確かに敵の圧力は弱まるが、その分倒せるモンスターの数も減る。
回避する場所がなくならないように心がけながらも、倒せる敵が尽きないように、わざと敵に周りを囲ませるのが最善のやり方なのだ。
(横薙ぎ、ステップマジックスティール、ステップ横薙ぎ、ステップ横薙ぎ……)
右側を斬ってから斜め左に飛び込んで目の前に来たレッドキャップエリートからMPを補給、攻撃が来る前に離れて接近してきた群れを斬り払って、そのまま斜めに前進、目についた最後のレッドキャップをいまだ残る死体ごと斬り捨ててコンボ終了。
そこでやはりタイミングぴったりのエアハンマーで飛ばされながらも、俺は内心首を傾げる。
(……おかしい)
さっきから、妙に敵の集まりが悪い。
それに、高レベルのモンスターをほとんど見ていない。
――何だか、嫌な予感がする。
こっちに進んでからは特に敵の圧力を感じない。
それはまるで、何かを感じ取ったモンスターたちがこの場所から離れているような……。
(いや、考えすぎだ!)
今は、目の前の敵と戦うべき時だ。
俺は不安を振り払って、次に使うべき魔法を詠唱しようとして、
「……あ、れっ?」
その、動きが。
戦闘開始から、ほとんど止まることのなかった俺の戦闘機動、スキルコンボが、
「なん…だ、これ?」
――そこで、ぴたりと止まった。
手足から力が抜ける。
そのまま足をもつれさせて、倒れる。
訳が分からない。
「待って、くれよ……」
まだ、俺はやれる。
ようやく少しだけ、調子が出てきたところなのに。
「こんなことって、あるのかよ……」
か細い声が漏れる。
だって、さっきまで普通に戦っていたのに。
普通に、戦えていたのに、なのに、どうして……。
(……いや)
本当は、予兆はあった。
ただ俺が、見て見ぬフリをしていただけ。
まだ戦えるはずだと、まだ終わりではないと、自分をごまかしていただけだった。
(ほかの、ほかの場所の人たちは…?)
それでも納得し切れない俺は、周りに視線を投げる。
だが――
俺は呆然と、前を見る。
そこではまだモンスターの先遣隊と街の人たちが戦っていて、怒号と剣戟の音が響いている。
戦況ははっきりとは分からないが、すぐに決着はつきそうにない。
俺は呆然と、空を見る。
空ではまだ絶え間なく雷撃がほとばしっていて、空を行くモンスターを撃ち落とし、動きを封じている。
敵の数が減っている気はするが、全滅するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
俺は呆然と、後ろを見る。
後衛部隊の数は目に見えて減っていて、戦況はミツキ優勢の流れで進んでいるようだった。
しかし、すぐに駆けつけて俺の所に向かうと言ったミツキだが、あの敵の数を見る限り、まだもうしばらくは終わりそうにない。
――それはただ、自らの絶望を、その理不尽を、強く印象付けただけ。
「どうして、どうしてだよ……」
口から漏れる、何度目か分からない不条理を呪う言葉。
それでも抑え切れない内圧が、爆発する。
「どう、してっ!!」
俺がこの戦場に入って初めて感じた、絶望。
理不尽とも言える眼前の光景に向かって、俺は絶叫した。
「どうして俺の所だけ、モンスターが全滅しちまってるんだよぉおおお!!」
…………あれ?
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