【かの悪名高き『猫耳猫』のスタッフは、結果的にゲーム業界に二つの怪物を産み落とした。
一つは言わずと知れたVRゲーム、『New Communicate Online』。
悪意とバグの悪魔合体、VRゲームにおける怪作中の怪作にして、今世紀最大のクソゲー。
そして、もう一つは……】
あるゲーマーのブログより抜粋
第九十五章 酷く真っ当な戦い
(来たか!)
飛び出した俺に、敵の後衛からの矢と魔法攻撃が飛んでくる。
こちらに気付いたのは一部とはいえ、その母数は膨大。
攻撃の数もかなりの物になっているが、その大半は仲間に当たらないように曲射になっている。
ほとんどはこちらの移動速度に追いつけず、俺の背後に流れていくが、
(こっちは、当たるか!?)
直線に伸びてきたいくつかの攻撃は、俺に直撃するコースを取っている。
左右に振れば避けられるかもしれないが……。
(それじゃ、ここを抜けられない!)
ここでのタイムロスを避けたい俺は、あえてルートを変更。
自分から魔法攻撃に突っ込むような進路を取る。
(ステップハイステップ……)
距離を合わせるためにステップとハイステップでジグザグに移動して、魔法や矢を目前まで引き付けてから、
(……縮地!!)
弾幕の一番薄い一角に向かって、縮地で飛び込んでいく。
緊張の一瞬!
「――抜け、ろぉ!!」
叫びと共に、俺は弾幕の内側に入り込んでいた。
『猫耳猫』ではその仕様上、スキル使用中でもキャラクターの命中判定がなくなるということはない。
だからスキル使用で無敵状態になるということはないが、縮地はその速度ゆえ、最初の数メートルの判定が『抜ける』。
スキル使用の次の瞬間、命中判定位置が一気に3メートルほど先に飛ぶため、スキル使用位置から前方3メートル以内の場所にある攻撃を、結果的にすり抜けてしまうことになるのだ。
流石にモンスターや壁をすり抜けることは出来ないものの、タイミングさえそろえれば絶対に避けられないような攻撃を避けることも出来る。
(久しぶりにやったけど、うまくいったな)
うまく攻撃をすり抜けて、ほっと一安心。
何より、これで敵の近くまで入り込んだ。
縮地が終わり、一瞬のひやりとする間があって、
(来た!)
エアハンマーが発動して、俺の身体をさらに前へと運ぶ。
タイミングが遅めだったのは反省材料だが、これで完全に敵の懐に飛び込んだ。
それでも散発的に魔法や矢が飛んでくるが、最初の攻勢を躱した以上、そこにもう勢いはない。
(ステップ横薙ぎステップ、横薙ぎステップ……)
それをロングとショートのキャンセルを混ぜた神速キャンセルの小刻みな移動で避けながら、敵に接近して、
(……ステップ横薙ぎ!!)
最後の横薙ぎで、正面の魔法使いたちを一掃する。
(手応えあり!)
幸い、遠距離攻撃グループに高レベルモンスターはほとんどいない。
俺の放った横薙ぎはまるでバターでも切り裂くように魔物たちの身体をたやすく両断し、大太刀のスキルが生み出す半径3メートルを越える半円、その内側にいたモンスターはことごとく一瞬で絶命した。
幸先のいい滑り出し。
だが、
(やはり、前に進むのは無理か!)
敵の死体が邪魔で、すぐには前に進めない。
『猫耳猫』の、倒したモンスターの死体がしばらく残る、という仕様がここでも仇になった。
ここで無理に移動スキルで押し通ろうとすれば死体にぶつかって止まってしまうし、かといって棒立ちで死体が消えるのを待てば敵のいい的だ。
だとしたら、やっぱりここは……。
(ジャンプ、瞬突!)
敵の頭上に躍り上がるようにしてジャンプ。
そのジャンプの最高地点で、空中発動、空中移動が可能な短剣スキル、瞬突を使用する。
ステップほどの速度は出ないものの、身体は風を切って前に進み、
(そして、ここでっ!)
俺の背中が何かに押され、俺はさらに勢いよく前に飛び出していく。
遅めに発動予約していたエアハンマーが、今度はばっちりのタイミングで俺の身体を前方に押し出したのだ。
エアハンマーは上下方向の角度指定が出来ない。
だから単体で空を飛ぶことは出来ないが、空中での水平移動には抜群の性能を誇る。
(瞬突、エアハンマー、瞬突、エアハンマー、瞬突……)
瞬突と早めのエアハンマーをつないで、心なしか呆然と俺を見上げるモンスターの群れを越えていく。
そして、群れの最後の一匹、オールドゴブリンメイジをエアハンマーで飛び越えて、
(……エアハンマー、マジックスティール!!)
MP吸収効果のある短剣の第9スキル、『マジックスティール』で斬りつけて着地。
行きがけの駄賃として、エアハンマーの連発で消費したMPを補給させてもらう。
(ステップハイステップ、縮地!)
もちろんそこで止まりはしない。
後衛部隊の奥にある主力部隊が俺の本当の目標だ。
後衛と本隊との間の距離は、そんなに広がっていない。
KBキャンセルを混ぜた最速の移動で一気に駆け抜ける。
「うわっ!」
ちらりと後ろを振り返ると、抜き去った後衛部隊から、最後の土産とばかりにこちらに大量の魔法や矢が放たれるのが見えた。
あの数が当たればただでは済まない。
ただでは済まない、が、
(このまま、行く!)
俺は前進を選択。
ステップハイステップ縮地からのエアハンマーのコンボを二度繰り返して、最後、
(突っ込む!)
主力部隊の群れの中でも比較的安全そうな場所。
ブラックオークが固まっている地点に向かって突撃を敢行する。
(ステップ横薙ぎ、ステップハイステップ、っくう!)
至近距離へ接近してからの横薙ぎで敵を倒し、その死体の間を縫うように移動スキルで突っ込む。
流石に二つ目、ハイステップの段階で敵にぶつかって止まったが、群れの内部には入り込めた。
――そこに殺到する、無数の魔法と矢の攻撃。
いまだ消えずに残るオークの死体が即席の壁になる。
いくつかはオークの壁を抜けて俺に届くが、
(隠身!)
その瞬間に俺は忍刀スキル、『隠身』を使う。
絶対不可侵の黒いオーラが俺の身体を包み、飛んできた遠距離攻撃だけでなく、周りのモンスターからの近接攻撃も全て弾いた。
これでしばらくは隠身を使えないが、急場は凌いだ。
(……横薙ぎ、ハイステップ!)
横薙ぎで周りの敵を蹴散らしてから、ハイステップで後ろに跳んだ。
もう死体の壁は消えていたが、恐れていた後方からの第二射はない。
距離が離れすぎていて追撃がされなくなったか、ミツキがうまくやってくれたのだろう。
その代わりに前方へと目をやれば、目に映るのは、敵、敵、敵!
どこを見渡しても、モンスター以外の物が見えない。
絶望的とも言えるこの状況で、しかし俺は笑みを浮かべていた。
無数の敵の前に、思うのはこんなこと。
(これだ! これが本当の『猫耳猫』の戦闘なんだ!)
スキルを数発組み合わせて息切れしているようでは話にならない。
一瞬ごとに違うスキルを組み合わせ、KBキャンセルの度に次のスキル構成を練り、敵の攻撃を必死の思いで躱しながらコンボを組み立てていく。
それが普通で真っ当な、『猫耳猫』の戦いという物だろう。
そもそも『KBキャンセル』、つまりはカスタムエアハンマーやカスタムプチプロージョンなしにスキル戦闘をしろなどというのは、目隠しをしながら全力疾走をしろと言われているような物だ。
そのせいで、俺はこれまでストレスの溜まる戦闘を強いられてきた。
だが今。
万全とは言えない程度だが、必要なスキルや魔法、装備がそろってきている。
(つまり、ここからが本番だってことだ!)
時折頭上で光る雷撃の輝きに口の端を歪めながら、俺は手始めに左側のレッドキャップエリートの群れへと突っ込んでいった。
(横薙ぎ!)
敵の死体が残るという仕様は非常に不人気だが、集団を相手にする場合にはそれが優位に働く場合もある。
死体が残るということは、その場所へ奥にいるモンスターがやって来にくいということ。
要するに、前にいるモンスターを倒せば、しばらく余裕が出来る。
(ステップ、横薙ぎ!)
それでもその場に留まったままでは、やがて死体が消えて奥のモンスターが襲ってくるし、何より左右から押し込まれてしまう。
俺はステップで斜め横に跳んで、そちらから回り込もうとしていた新たなモンスターたちに、横薙ぎを喰らわせる。
(ステップ、横薙ぎ!)
後は、その繰り返し。
レッドキャップエリートやブラックオークは大挙して迫ってくるが、それはむしろ好都合。
横薙ぎの一撃で死んでいく人数が、ただ増えるだけ。
(ステップ、横薙ぎ!)
目の前の敵を斬って、横に跳んで、また目の前の敵を斬って、の繰り返し。
それを4回ほど、反復して、
(エアハンマー!)
予約発動させたエアハンマーによって移動するというのを、基本パターンとする。
本当はステップの代わりにハイステップを使えれば楽なのだが、ハイステップからは下位の攻撃スキルである横薙ぎにはつながらないし、スタミナの消費量も多い。
ステップと横薙ぎのセットを4回分。
それが、エアハンマー中に回復出来るスタミナ量の限界だった。
(ステップ、横薙ぎ、……!?)
だが、流石にルーチンワークで済ませるという訳にはいかないようだ。
目の前のブラックオークの集団の奥、こちらに迫る、巨大な斧を持った半獣半人の怪物の姿を見つける。
サベッジミノタウロス。
レベル155ながら、強大な攻撃力を持つ厄介な相手だ。
そこから若干外れた場所、ここから少し遠い所にはグレイトリザード、レベル140の姿も見える。
不意を打たれたりすれば面倒だ。
(先に仕掛ける!)
次のエアハンマーまでの間にミノタウロス前の敵を優先的に排除、エアハンマーでのノックバック中に、
(パワーアップ、エアハンマー!)
エアハンマーだけでなく、パワーアップも詠唱、発動予約する。
そして、
(ステップ、横薙ぎ!)
パワーアップの発動に合わせての横薙ぎ。
それはサベッジミノタウロスを見事に捉え、周りのオークも巻き込んで一刀両断。
「やった!」
俺は思わず歓声を上げ、
「えっ!?」
そのせいで、迫ってくるもう一つの巨体に気付かなかった。
気配に気付いた時にはもう遅い。
(グレイトリザ――!?)
大写しになるグレイトリザードの巨体!
この突進は避けられない!
「がっ!」
吹き飛ばされる。
一瞬、意識が飛ぶ。
それから、
(痛い! 痛い! 痛い!)
全身を襲う耐えがたい痛み。
痛い、確かに痛いが、
(ブラッディスタッブ!)
これだけでもう、痛みは消える。
ブラッディスタッブの反転した闇属性攻撃が、俺の身体を瞬時に癒す。
(……大丈夫)
スタンならともかく、ノックバックなら問題ない。
一撃で死ななければ大丈夫。
すぐに立て直せる。
それよりも、自分の甘さを悔やむ。
ミノタウロスを倒したことで油断して、もう一匹の敵を警戒するのを忘れていた。
ゲーム時代ではありえないミス。
だが、長々と反省している暇はない。
(朧残月、ステッ…くっ!)
結果的に距離の離れたグレイトリザードに朧残月を置き、すぐにそこから移動しようとしたが、吹き飛ばしを挟んだせいでエアハンマーのタイミングが致命的にずれる。
痛みに気を取られて、秒数を数えるのをすっかり忘れていた。
やはりゲームの時にはあり得なかった、明らかな失態。
想定外の移動で、敵の前に無防備に躍り出る。
ここぞとばかりに群がってくるブラックオーク。
「…っのぉ!」
それでもノックバックが切れる前にエアハンマーをセット。
地面に足が付いた瞬間、横薙ぎで前方のオークを薙ぎ払ったところで、
「なっ!」
一難去ってまた一難。
朧残月で死んだグレイトリザードと無数のオークを蹴散らしながら、今度は巨大なダンゴ虫みたいな生き物が凄い勢いで転がってくる。
レベル150のモンスター、ヒュージバグ。
まるで『猫耳猫』そのものを指しているかのような適当な名前だが、あの転がりには強制スタンがついている上に、背中の防御力が非常に高い。
パワーアップをかけていない近接攻撃ではおそらく弾かれる。
(ステップ、縮地!!)
追尾性がある転がりを、ステップで後ろに跳んでわざと追いつかせてから、本命の縮地で横に跳んでギリギリ避ける。
が、避けた先に、
「じょう、だんっ!?」
レベル170デスアーマー!
高レベルな上、明らかにボスクラスのモンスター!
(こんなのまでいるのか、ここはっ!!)
内心悪態をつきながらも反射的に横薙ぎを放つが、
(通らない…!?)
鎧によって止められる。
たいまつシショーに最初に攻撃した時と同じだ。
近接攻撃スキルであまりに威力が足りないと攻撃が弾かれたと判定され、硬直が発生する。
足の止まった俺に、デスアーマーが大剣を振りかぶる。
「しまっ…!?」
背筋を走る悪寒。
しかし寸前で、身体が急速に後ろに吹き飛ばされる。
方向を後ろに発動予約していたエアハンマーに命を救われた。
だが後ろに目をやると、ヒュージバグが方向転換、ふたたびこちらに向かって来ようとしている。
加えて目の前のデスアーマーは、いまだ無傷でこちらを狙っている。
(くそ、行けるか?!)
一体ずつならともかく、こんな奴らを同時に相手にするほどの実力はない。
ヒュージバグの速度と、デスアーマーの挙動、それを、思い出して……。
(いや、無理でも、やるしかない!!)
祈るような気持ちでエアハンマーの詠唱を済ませ、始動。
「邪魔だ!」
右側に迫ってきていたオークを一掃、ステップで前進。
剣を構え直したデスアーマーの前に出て、攻撃を誘う。
思惑通りに攻撃は来たが、
(よりにもよって…!)
一番避けにくい薙ぎ払い。
縮地で後ろに逃げたいところだが、
(こ、のっ!)
それでもステップ以外で避けたら時間にズレが出る。
決死の思いで振りかぶった腕に向けてステップ。
相手の攻撃を潜り抜けるようにして回避を試みる!
(あぶ、なぁっ!!)
まさに間一髪、頭の上を大剣が唸りを上げて通り過ぎる。
心臓が冷たい手につかまれたように縮み上がった。
しかし、本番はここからだ。
(それ、からっ!)
タイミングに余裕はない。
神速キャンセルで後ろにステップ。
元の位置にもどる。
(これで……来た!!)
後ろから、轟音と共にヒュージバグが迫る。
完全な挟み撃ち、だが、ここで、
「天覇無窮飛翔剣!」
剣スキル、『天覇無窮飛翔剣』を発動。
俺の身体は、ジャンプとは比べ物にならないほどの速度で上に跳び上がる。
直前で目標に避けられたヒュージバグは止まり切れず、目の前のデスアーマーに激突する!
(よし!)
ヒュージバグはデスアーマーに転がりを止められて硬直、デスアーマーは転がりの強制スタンを喰らって硬直、二体同時に動きを封じた。
天覇の落下が始まる前に、エアハンマーが空中で発動。
空に浮いたまま後ろに飛ぶ。
滑空をしながら、
(パワーアップパワーアップパワーアップ!!)
落下までの時間で呪文詠唱。
時間差で魔法を複数セット。
着地と同時に、不知火を振りかぶり、
(朧残月、ステップ朧残月、ステップ朧残月――)
パワーアップの発動に合わせ、ヒュージバグとデスアーマー、両方に当たるように位置を調節した朧残月三つを発動!
さらに、
(ハイステップ、ジャンプ横薙ぎ!!)
最後の朧残月には横薙ぎを重ねて、
「朧十字斬り!!」
叫びと一緒に、気合を乗せる!
今度の横薙ぎは鎧に弾かれることなく、ヒュージバグの外殻を、そしてデスアーマーの鎧を切り裂く。
二体のモンスターに刻まれる、十字の斬線。
パワーアップの効いた四発の攻撃には流石のヒュージバグとデスアーマーも耐え切れなかったらしく、二体は粒子になって空に消えていくが、
「……くそ!」
それを見ながら、俺は歯噛みをしていた。
技後硬直で、身体が動かない。
パワーアップを三つ重ねるのが精いっぱいで、硬直キャンセル用の魔法を使えなかった。
それに、二発目の朧残月は放った角度がズレて、デスアーマーにしか当たっていなかった。
「まだまだ、甘い」
そうつぶやいたところで、横薙ぎの硬直が終わる。
自らの戦闘技術の衰えに苛立ちを感じながらも、それでも戦いは続いていく。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。