第八十七章 牛虎馬熊
必死の努力によってアサヒをごまかした後、『金剛徹し』を合成した脇差は鞄にしまった。
少しだけ迷ったのだが、この脇差はリンゴに渡すことを決めたからだ。
合成の時、『特殊』の穴には何も入れなかったため、この脇差には『金剛徹し』の『性能』と『特殊』が両方引き継がれているはずだ。
あの固有スキルは俺には無用の物だし、遠距離・対空攻撃の要であるリンゴの攻撃力アップは急務。
特に武器熟練度で攻撃力が補正出来ない雷撃を強化するためには、何より武器の攻撃力が重要になってくる。
いくら『金剛徹し』の能力が宿っているとはいえ、武器種が忍刀では今の不知火の戦闘能力を越えられないだろうし、かと言って不知火にもう一度合成し直せば、せっかくの肉切り包丁の性能が無駄になってしまう。
諸々の理由を考えるとこの武器を持つのに一番ふさわしいのはリンゴなのだ、などと、そんな風にミツキに話したのだが、
「要するに、リンゴさんに強い武器を持たせて安心したいのでしょう?
貴方は妹の事になると、途端に過保護になりますね」
とばっさりと切って捨てられた。
見透かされている、といった所だろうか。
その後も武器合成機を使って色々と実験をしてみたが、あまり有益な結果は得られなかった。
ゲームとは違い、この中には何でも放り込めるので、同じ穴に二つ以上のアイテムを放り込んでみたり、武器以外のアイテムを入れてみたりしたのだが、あまり意味はなかった。
同じ穴に武器を二つ入れた場合はどちらか一つだけが合成され、もう一つの武器は消滅するだけ。
武器以外のアイテムも合成されずにただ消滅した。
最初に認識した武器以外のアイテムは、全て異物と判断されて溶かされてしまうようだ。
防具や松明などの消費アイテムとも合成出来るなら色々と夢が広がる所だったのだが、本当にこの武器合成機は『武器を合成する』だけの装置ということだろう。
もう武器合成機でやれることも思いつかなかったので、次に移る。
隣にあったのは防具合成機だが、今の所あまり優秀な合成素材はなく、オリハルコン装備は防御力も特殊能力もバランスよく備わっている。
これはスルー。
次が鍛冶場で、武器防具の耐久を回復出来る装置があったが、武器は作ったばかりだし、防具についてはオリハルコン製にしてから攻撃を喰らっていない。
これもスルー。
それからも、絵画や彫刻などの芸術系の設備もスルーして、その奥。
脳筋が集まるヒサメ道場にあって、おそらく一番不人気な設備へと向かう。
「やっぱ、これがなくちゃな」
俺のゲームライフを支えた、武器合成機と並ぶ二大装置。
俗に『魔法改造機』とも呼ばれる、魔法カスタムのための装置が、そこにはあった。
『魔法改造機』という名前で分かる通り、魔法のカスタムというのは実質合成であった武器のカスタムとは違い、カスタムという語義に近いシステムだ。
この魔法改造機には左右にスライドさせることが出来るつまみのような物がいくつかついていて、それぞれ横に『威力』『消費』『詠唱』『射程』『速度』『持続』などと説明が書かれている。
武器合成機の説明をした後なら簡単に想像出来ると思うが、これがそれぞれの魔法の性能を表す。
『威力』のつまみを右にずらすとその魔法の威力が増加して、『射程』のつまみを左にずらすとその魔法の射程距離が短くなって、という具合だ。
『消費』と『詠唱』に関しては上げるとか下げるとか言うとちょっとややこしいが、『消費』の性能を上げると消費MPが少なくなり、『詠唱』の性能を上げると詠唱時間が短くなる、という仕様になっている。
これも使い方は簡単だ。
装置上部のクリスタルに触れながら調整したい魔法の名前をオーダーすると、自然とつまみが動き、現時点でのその魔法の性能を表示する。
それを好きなようにいじって、自分の好みに合わせて魔法の性能を変えていくというのがこの装置の使用法である。
ただし、もちろん全ての項目を最高値に改造、なんてことは当然出来ない。
この装置で出来るのは各魔法の性能の調整であって、強化ではない。
それぞれのつまみは連動しているため、例えば『威力』のつまみを右に動かすと、『消費』『詠唱』などほかの項目が勝手に左に動く。
要は一つの項目を高くするとほかの項目が自然と下がり、バランスを取るようになっているのである。
ただ、つまみの固定を行うことによって、何を増やして何を減らすかは自由に決められる。
MPがありあまっているなら、『威力』の性能を向上させる代わりに『消費』の性能を下げ、MP消費が激しいが高いダメージを与えられる、高火力高消費の魔法を作れば便利だろう。
遠距離から狙撃をしたいという場合には『射程』の性能を上げ、『詠唱』の性能を下げれば、遠くから敵をじっくり狙い撃つ魔法が作れる。
基本的な魔法の効果や属性などは変えられず、それぞれの魔法によっては調整出来ない項目もあったりするが、この魔法カスタマイズはかなり便利なのだ。
とりあえず、以前にも使った『プチプロージョン』や『パワーアップ』、それに風属性の魔法『エアハンマー』を調整する。
『プチプロージョン』と『エアハンマー』は『威力』『射程』『速度』を犠牲に、『消費』と『詠唱』の性能を上げて効率化。
『パワーアップ』は『消費』『持続』を犠牲に『威力』を高め、ここ一番で使える魔法に変える。
「こんなものかな?」
ゲームでやっていたのと同じように調整して、終了した。
ほかの魔法も色々といじってみると面白そうなのだが、当然のことながら、魔法はあまりに魔改造しすぎると使い勝手が変わる。
元が使いやすい魔法ほど、カスタムには慎重にならないといけないのだ。
「今日はそろそろ切り上げませんか?
一人になっているリンゴさんも心配です」
俺の作業が一段落ついたのを見計らって、ミツキが声をかけてきた。
魔法のカスタムは、彼女にとっては退屈な作業のようだ。
猫耳が「つまんないよぉ」とばかりにぺたんと伏せられている。
まあ、今後すぐに必要になりそうな用事は大体済ませた。
俺はミツキの提案に従うことにした。
結局リンゴを寝かせた部屋に戻り、昨夜と同じように布団を三枚並べて眠る。
リンゴがぐっすり眠っているせいか、時折布団の中で尻尾をじゃれつかせてくるミツキの相手をしながら、俺は、
(何か、物足りないなぁ……)
とどこかすっきりしない物を抱えていたのだった。
その違和感の理由は、翌朝、リンゴが目を覚ました時に明らかになった。
リンゴは起き上がって周りを見渡すと、開口一番にこう言った。
「……くまさん」
そこでようやく俺も気付いた。
いつの間にか、くまがいなくなっていた。
それからヒサメ道場の人にも何人か協力してもらって道場を探したが、その姿は見当たらなかった。
どうもこの道場にくまはいないようだ。
「そういえば、最後に確認したのが昨夜街についた時くらいなんだよなぁ……」
あの時、隠形の邪魔になるからとリンゴに預けたのが俺がくまを見た最後。
リンゴに訊いてみると、その辺りから眠くて半ば意識がなかったらしい。
考えてみれば、くまもそうだが、リンゴもその辺から一言もしゃべっていなかった。
(なんで、気付かなかったかなぁ……)
矛盾しているが、いるのがあまりに自然すぎて、逆にいなくても気付かなかった、という感じか。
今まで気付かなかった癖に調子のいい話だが、一度いないことに気付いてしまうと、どうしても不自然というか、やはり何か物足りない。
絶対に見つけなくてはと心に決めた。
(しっかし、どこにいるんだか……)
情報を整理すると、街にいる間か、あるいは街から道場に来る道の途中ではぐれたことになる。
どうしようかと頭を抱えていると、
「これをなげれば、くまさんに……」
横で、リンゴが思いつめた目で脇差を見つめているのが見えた。
……うん。
そもそもあのスキルは目標が目視出来ないと使えないし、もし使えたとしても間違いなくくまの串刺しが出来上がってしまう。
俺は危ない目付きのリンゴをあわてて止めた。
「ああ!」
その時、横にいたミツキが猫耳をピンと立てて叫んだ。
「ど、どうした?」
ここに来てミツキまで発狂したかと疑ったが、どうやら違うようだった。
「探索者の指輪に反応がありました。
この近くにいるようですね」
……くまさん、どうやら生意気にも、NPC扱いだったようです。
俺たちがその場所に急行すると、そこにはたくさんの牛が集まっていた。
「えっと、あれ、何?」
「牛です」
返ってきたのは、まんまな答え。
流石に雑な答えだと自覚したのか、ミツキは少し補足してくれた。
「あれはクレイジーカウというモンスターで、家畜として人気があります。
何故かと言えば……」
説明の途中で、ミツキの姿がかすむ。
あれっと思った時には、もうミツキは群れから離れた一匹の牛の近くにいて、その牛を剣の腹で殴っていた。
「モゥ!」
牛は抗議するように一声鳴いて、地面に倒れた。
同時に、ぽろんとその腹の辺りから何かが転がる。
……中身の入った牛乳瓶だった。
「このように、ダメージを与えると気絶して、同時に牛乳を落とすのです。
なので、彼等は牧畜として重宝されています」
「……みたいだね」
正直に言えば、牛が集まった状況について尋ねただけで、この牛が牛乳を落とすというのは実は知っていたのだが。
しかし、殴られるとミルクをドロップするという所まではまあいいとして、なぜ瓶に入った状態で出て来るのだろうか。
冷静に考えれば、凄く不思議だった。
「あー、でも、そういえば何でこいつら放牧されてるんだ?
人とか襲って危ないだろ?」
「どういう仕組みかは分かりませんが、彼等のミルクは歩く事で回復するのです。
それに、暴れる牛から牛乳を手に入れるのは、道場の人達の訓練にもなりますから」
「なるほどね」
クレイジーカウは最大HP以上のダメージを受けても、一度は気絶状態で踏みとどまる。
ある意味では無限に相手が出来る練習相手だということか。
そんなことを暢気に話しながら牛の密集地帯まで歩いて行くと、そこには一本の木があった。
そして、
「……くまさん」
たくさんの牛に囲まれ、木の上に登って死んだふりをしているくまくんを見つけた。
それを熊がやってどうする、とは思ったが、流石にぬいぐるみの身体では牛には勝てなかったらしい。
なんにせよ、無事にくまが見つかったのは喜ばしいことだ。
牛たちを適当に追い払って、
「おーい!」
と呼びかける。
すると、くまはハッとして起き上がり、俺の姿を認めて、
「うわっ、と」
俺の方にダイブしてきた。
相当怖かったのだろう。
俺が受け止めてやると、しばらく俺にしがみついてプルプル震えていた。
が、置いてけぼりにされたことを思い出したのか、すぐに俺の顔をペチペチと叩き始めた。
「悪かった、悪かったって……ん?」
俺はしばらくくまのなすがままになっていたが、よく見るとペチペチと動かすくまの右手に紐がついていて、何かがくくりつけられているのが分かった。
「ちょっと悪い。これは…!」
くまに断ってそれを取り外すと、くっついていたのは飴玉とクリスタルと紙だと分かった。
よく分からない取り合わせだったが、見た目からして紙は手紙らしい。
とりあえず、開いて読んでみた。
「おにいちゃんへ
ギルドからののこりのおかねだよ!
てぎれきんこみで4500まんだって!
じぶんのあくひょーでほうしゅーがくをあげる
なんてさすがだねっ、おにいちゃんっ!
あ、あと、きしだんのひとにはんざいしゃの
じょーほーてーきょーをしたら
たくさんのしゃれーきんがもらえたから
わたしからもおれーをつけておくねっ!
おにいちゃんはとーぼーせーかつがいそがしそう
だから、おかねはこのくまにわたしておくよっ!
はんせーふかつどうがんばって!」
差出人の名前はないが、文面からしてポイズンたんからだろう。
何だか色々とツッコミどころはあるが、どうやらギルドからお金を預かっていたらしい。
考えてみれば『ヒサメ家訪問イベント』前にギルド関連の報告に来たのだから、そういうことがあってもおかしくはない。
たぶん俺が途中で話を切り上げて屋敷に走って行った時、くまだけを捕獲してこの手紙を書いて持たせたのだろう。
クリスタルを調べると、確かに4500万Eが入っていた。
くまは自分の役目をきちんと果たしてくれたようだ。
「とすると、残ったこの飴が……」
お礼、ということになる。
たくさんの謝礼金のお礼が飴玉一つ。
しかもこれ、たぶん街で10Eで買える奴だった。
あいかわらずだな、と思いながら、飴を口に放り込んだ。
「あれ?」
それで終わりなのかと思っていたのだが、よく見ると包み紙の内側にも文字が書いてある。
もしかして、お礼のメッセージだろうか。
そう思って目を凝らして……。
『これでおにいちゃんのバカなあたまがすこしでもよくなりますように!!』
俺は包みを握り潰した。
くまが無事だったのは素直に嬉しいが、あんなトラウマ体験をして、心的外傷を負っていないかが心配である。
今度こそ意識がはっきりしているリンゴにくまを預け、ゆっくりと療養させることを決めた。
こんな状態のくまを置いて遠出は出来ない。
俺たちも、今日はおとなしくこの道場で過ごすことにする。
門下生たちに稽古をつけに行くというミツキと別れ、俺は道場の庭で一人、新しい不知火の使用感を確認した。
とはいえ、武器のリーチや重さ自体に変化はないし、不知火+肉切り包丁は、ゲーム後半からゲームクリアくらいまでの間、ゲームでも使用していた。
確認はすぐに済んだので、スキルの熟練度上げに移る。
今日は、『横薙ぎ』や『刹那五月雨斬り』をショートキャンセルで使って、熟練度を上げた。
神速キャンセル移動には最近はスラッシュの代わりに横薙ぎを使っているので、とにかく『横薙ぎ』ショートキャンセル『ステップ』ショートキャンセル『横薙ぎ』のループ作業を繰り返す。
横薙ぎとステップの熟練度が上がり、二つのスキルで消費するスタミナが減れば、それだけ長く神速キャンセル移動を使用出来ることになる。
これが俺の戦いの基本であり、生命線だ。
ひたすら庭で神速キャンセル移動を繰り返した。
一方、俺が今使える技の中ではやはり『刹那五月雨斬り』、『乱れ桜』が一番強い。
道場で最初にアサヒと相対した時、スタミナ不足を悔やんだ経験はまだ記憶に新しい。
あれから暇を見つけて使い続けて、一応スタミナアップの魔法なしでも使用出来るようになったが、まだ実用レベルとは言い難い。
一回のスタミナ消費が桁違いなため、こればっかりは一度使っては休憩するしかないので効率は上がらないが、あとあとのことを考え、少しずつ熟練度を上げていくことにする。
『横薙ぎ』はともかく、『乱れ桜』は実際に発動してしまうと時間がかかる上に周りへの被害が甚大になってしまうが、スキルを発動した後、素早くショートキャンセルすれば効果は発生しない。
傍目には俺はステップを一回行う毎に肩で息をしているように見えていたはずで、それはかなり間抜けな光景だったろうが、今さらそんなことは気にしない。
集中し、一心不乱に打ち込んでいたのだが、
「やばっ!」
ちょっとだけタイミングを誤って、庭の木を一本、細切れにしてしまった。
(このくらいで休憩するか……)
技が技だけに、集中が切れてから続けたら庭が大変なことになってしまいそうだ。
俺は一度、切り上げることにした。
そういえば、まだ『金剛徹し』を合成した脇差の性能を、充分に試していない。
くまの見舞いがてら、リンゴに雷撃の威力を試してもらおうと、俺はリンゴの部屋に向かった。
……のだが。
「リンゴ? くまはいないのか?」
リンゴの部屋には、くまの姿はなかった。
俺が尋ねると、
「…そと、いった」
リンゴはあっさりとそう答えた。
早速抜け出してどこかに行ってしまったらしい。
かなり自由な奴である。
「……はぁ」
まさかまた牛に襲われたりしてないだろうな、とは思うが、自分の意志で出て行ったなら問題ないだろう。
いくらくまが無鉄砲でも、一度痛い目を見せられた牛にわざわざ近付いたりはしないはずだ。
くまがいないなら仕方ない。
せめて、脇差の威力を試すのだけは頼もうと思ったのだが、肝心の脇差もない。
「…もってった」
というのが、リンゴの言だ。
さらっと言っているが、それが本当なら一大事である。
「持ってったって、一体誰が……」
興奮した俺がそう尋ねかけた時、トントン、と部屋の扉が叩かれた。
「…かえってきた」
素早く反応したリンゴがふすまを開くと、そこには右手に小刀を持ち、両手いっぱいに白い容器を抱えた黄色いあいつがいて、
「お前、まさか……」
という言葉に、そいつは、
――ニタァ。
と楽しげに笑ったのだった。
それからしばらく、道場の門下生たちの間で『牛を追い回す黄色い悪魔』の噂話が流れていたということだが、これは俺たちには全く関係のない話である。
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