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第八十五章 新たな力
 指名手配の理由は分かった。

 騎士の人いわく、屋敷に抜け道がないとも限らない。
 だからソーマという危険人物が屋敷から逃げ出してもすぐに分かるように指名手配を行った、んだそうだ。

 ゲームシステム的に言えば、あれは城勢力か街勢力の友好度が極限まで下がると手配される感じだったはずだ。
 この場合で言えば、屋敷が勝手に騎士を撃退してしまったことによって城勢力の友好度が下がり、指名手配と相成ったのだろう。

 現実準拠の理由であるにしろ、ゲーム準拠の理由であるにしろ、指名手配がされたことに納得出来てしまうのが悲しいところだ。

(しかしそれが分かったとして、これからどうすればいいのか)

 元々の計画としては、わざと騎士に捕まって真希に会うはずだったのだが、この状況で捕まるというのはあまり得策だとも思えない。
 騎士の人の俺への心証が悪すぎる。
 真希に会う前に処刑、とかなったらはっきり言って洒落にならない。

 かと言って、このまま手配状態を維持していれば街で過ごすことも出来ないし、騎士団とは敵対したままということになってしまう。
 そんな風に俺が悩んでいると、ミツキがあっさりと答えを出した。

「それでは、行きましょうか」
「え? 行くって、どこに?」

 俺が聞き返すと、ミツキは猫耳をピンと立てて、

「人脈という物は、こういう時に使うのです」

 そんな風に言い切ったのだった。



 と、いうことで、俺たちはふたたび街を出て、とある場所を目指した。
 その場所と言うのは、もちろん、

「お、お前たちという奴は……」

 そう言って額に手を当てた偉丈夫のいる場所。
 そして、

「しばらくの間、また厄介になります、父上」

 なんてのたまった、ミツキの実家。
 つまりは、ヒサメ道場である。

 試練を終え、意気揚々と道場を後にしてから、ほんの数時間。
 我ながら見事と思うほどに、実に早い出もどりであった。



「事情は理解した」

 俺が粗方の事情を話し終えると、アサヒはあっさりとうなずいた。

「確かに広場の件については君に過失があるようだが、その一件でもって家宅捜索、そして指名手配というのは明らかに行き過ぎだろう。
 この三日間、君がこの道場に滞在していたことを明かした上で、正式に城へと抗議を出そう」
「いいんですか?」

 俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 もうすっかりおねむ状態のリンゴをミツキが部屋へと連れて行くことになり、俺はなぜか、アサヒと一対一で向かい合うはめになった。
 試練の一件で恨まれているという自覚はあったし、広場に髑髏を並べた話についても、『知り合いにメッセージを届けるため、問題になることを承知でやった』とかなり素直に打ち明けてしまった。
 アサヒとはほとんど対立関係にある訳で、その辺りを理由に自業自得だと協力を拒まれるかと思ったのだが……。

(もしかして、イベントが終わったから、か?)

 イベント中とイベント後でキャラクターが別人のようになることがある。
 要はNPCの性格設定をしている人とイベント時の台詞の設定をしている人が別人で、その二人の間で意思疎通がうまく出来ていなかっただけの話だとは思うのだが、イベント中は「拙者は……」とか言っていたお侍キャラが、イベントが終了した途端に「ワタシはぁ」とか言い出すオネエキャラに変わったなんて経験もある。

 ヒサメ家訪問イベント以外でアサヒと話したことなどそうないが、もしかするとイベント以外の時は比較的いい人だったということなのだろうか。
 俺が内心で首を傾げていると、アサヒは紳士的な態度で説明をした。

「道場の客人だった君の家が、ここに逗留している間に襲われたなら、それはワシらの過失でもある。
 この道場の主として、そんな事態は看過出来ん。
 それにワシは、君を気に入っている」
「そう……なんですか?
 あー、でも、『金剛徹し』は?」

 これは避けて通れない話題だろうと、あえて口に出して訊く。
 すると、

「ワシも考えたのだが、あの槍は正式に君に譲渡することにしたよ」
「えっ?」

 あまりにも意外な答えが返ってきた。
 ヒサメ家の家宝というくらいだから、アサヒはもっとこだわるかと思ったのだが。

「力を持つ武器というのは、自然と正しい持ち主を見つける。
 よくよく考えれば、その槍を持つ資格があるのは君以外にいないと思ってね」
「はぁ……」

 この急な心変わりを受け入れてしまっていいのだろうか。
 数時間前とは、明らかに態度が変わりすぎている。

 イベントはもう終了したが、逆に言えばそれはアサヒが、『イベントに関係なく』俺を襲うことが出来る、ということも意味する。
 もしアサヒが本気で俺を殺そうと考えていて、しかもその手段が全く分からないとなれば、俺が生き残れる可能性は低い。

 態度を見る限りでは俺に対して害意を持っていないように見えるのだが、それを信じていいものか……。
 俺が悩んでいると、アサヒが柔和な表情でこう口にした。

「そうだね。それでは気が引ける、と言うのなら、ワシの頼みを一つだけ、聞いてくれればいい」
「頼み、ですか?」

 何かとんでもない物が飛び出してきそうだ。
 俺が警戒しているのを見て取ると、アサヒはやわらかく笑った。

「別に、大したことではないよ。
 ただ、ワシと君の仲だ。
 そろそろ、『アサヒさん』なんて他人行儀な呼び方はやめて欲しいというだけの話だ」
「いや、でも、それは……」

 俺は思わず口ごもる。
 まさか、呼び捨てにでもしろというのだろうか。
 それこそ親子ほどの年の差がある相手を呼び捨てにするのは、流石の俺にも抵抗があった。

 だが、俺の内面の葛藤を読み取って、アサヒは首を振った。

「あぁ、誤解させてしまったようだね。
 そうではなくて、もっといい呼び方があるだろうと言いたかったのだ」
「もっといい呼び方、ですか?」
「そうだ。次からは、ワシのことはこう呼んでくれ」

 そして彼は、清々しい笑顔で、こう言ったのだ。


「――『お義父さん』、とね」


 あ、この人ってミツキの父親なんだな、と色んな意味で思った瞬間だった。


 ただ現状、俺は誰とも結婚なんてする気はないし、もししてしまったら世界が大変なことになる可能性がある。
 ミツキの気持ちが俺には向いてないから、と誤解を解こうと思ったのだが、なぜだかこの路線は危険だと俺の第六感が告げたので、

「すみません。俺は魔王を倒すまで、結婚はしないと心に決めていますので」

 と一見かっこいい台詞を吐いてその場を切り抜けることにした。
 しかし、これは嘘じゃない。
 実際呪いが怖くて、俺は魔王がいる限り結婚なんて出来ない。
 というか、したら駄目だろう。

「なるほど、そうか」

 その本気が伝わったのか。
 アサヒは重々しくうなずいた。

「では、魔王討伐に向かう時はワシに言ってくれ。
 ワシが最高の援助態勢を整え、ついでに祝言の準備でもしながら送り出してやろう」

 まだあきらめてない!
 というか、なんか言質を取られたみたいになってる!

 俺は衝撃を受けたが、まだこの程度ならなんとでも言い逃れが出来る。
 これ以上踏み込まれる前にと、あわてて話を逸らした。

「ま、魔王と言えば、ミツキは魔王城にだけは近寄らないようですが、何か理由があるのですか?」

 これは、ゲーム時代にも気になっていたことだ。
 というか、ゲームでラスダンに近付かないのは単にミツキがいるとラスボス戦が楽になってしまうからという製作者側の都合だと思うが、この世界でどういう理由になっているのかは興味があった。

 俺の唐突な質問にアサヒはふむ、と少しだけ考え込んだが、俺がほとんど待つことなく、答えを出した。

「それは、娘が子供の頃からワシがあの魔王城の恐ろしさを話していたから、かね。
 いつかワシらが討ち果たさねばならない敵として、魔王の話はよくしていた」
「ああ……」

 魔王城は、ここからはるか北。
 高レベルエリアをいくつも踏破した先の、火山の火口の中にある。

 その山に辿り着くだけでも一苦労だが、山を見つけてからが本番だ。
 魔王の棲む山は巨大で高いが、その中心部分はすり鉢状にえぐれている。
 魔王城があるのはその中心なので、山に苦労して登り、今度は火口部分に降りていかなくてはいけないことになる。

 すり鉢状、とは言ったが坂はかなり急なので、足を滑らせると底まで一直線に落ち、地形ダメージで死んでしまう危険性もある。
 さらに趣味が悪いのが、その山の底。
 ぐつぐつと音を立てる血の池が広がっていて、見る者の怖気を誘う。

 その血の池に突き立つように建てられているのが魔王の居城なのだから、子ども心に聞くには厳しい場所だろう。
 ミツキがトラウマを植えつけられたとしても無理はない。

「なるほど、それでミツキは……」
「二人して、私の噂話ですか?」

 俺が納得したところで、ちょうどミツキがもどってきた。

「ああ、もどってきたか。
 話はついた。
 ワシはソーマ君に協力をする」

 ミツキは「とうぜんだねっ!」とばかりに猫耳をぴこっとさせた後、俺に向き直った。

「それで、これからどうしますか?
 流石に誤解を解くにも多少時間はかかるでしょうし、今日は私の……」

 何かを言いかけたようだが、それをアサヒが遮った。

「この前見たが、ソーマ君の武器はずいぶんと手入れされていないようだ。
 ミツキ、うちの工房に案内してやれ」
「工房? あるんですか?」

 思わず口を挟んでしまった。
 そういえば、そろそろ不知火と脇差の耐久力は心配だ。
 鍛冶が出来るなら、それは願ったり叶ったりというものだが……。

「戦の準備も戦いのうちというのもここの教えでね。
 工房は鍛冶どころか、魔術関連まで一通りそろえてある」
「本当ですか?!」
「ああ。……ミツキ」

 アサヒの再度の呼びかけに、ミツキは猫耳を「むぅぅ」と不服そうにとがらせながらもうなずいた。

「……そうですね。案内しましょう」
「悪いな、ミツキ。頼むよ」
「構いません。貴方の為ですから」

 声をかけると、少しだけ不機嫌が直ったようだ。
 ミツキにも何か計画があったようだが、正直今は工房の方が気になる。

 俺はアサヒにあらためて騎士団の誤解を解いてもらうことを頼み、ミツキと一緒に工房に向かった。



「リンゴは大丈夫だったか?」

 移動しながら尋ねると、ミツキはうなずいてくれた。

「ええ。布団を敷いた途端、すぐに寝てしまいました。
 夕刻になるまで、ずっと気を張って貴方を守っていましたからね。
 疲れてしまったのでしょう」
「そうだな……」

 俺を守るために必死に頑張っていてくれたということだろう。
 リンゴには感謝しないといけない。

「そういえば、それはミツキも同じだろ?
 ミツキは大丈夫なのか?」
「私ですか?
 一週間程度なら、連戦も問題ありません」
「そ、そうか……」

 どう考えても人間離れしているが、そういうツッコミは今さらだろう。
 ミツキとしても当たり前のことすぎて、わざわざ説明する気にもならなかったようだ。

「それより、父と何を話していたのですか?」

 あいかわらずの鉄面皮だが、猫耳は「気になるよぉ!」とぴくぴくしている。
 猫耳ちゃんにそう言われては仕方がない。

「大したことじゃないよ。ただ……」

 俺はミツキにもアサヒとの話を聞かせた。
 だが、アサヒの予想は事実とは食い違っていたようだ。

「ああ。それは誤解です。
 私が魔王を倒しに行かないのは、それが父の夢だと思ったからです」
「夢?」
「はい。昔から父は、この道場から魔王を倒せるような勇者を出すのが目標だと言っていましたからね。
 私がそれを奪ってしまうのもどうかと思ったのです」

 つまり、自分が行けば魔王なんて簡単に倒せるだろうという自信の表れか。
 いい話なんだか、悪い話なんだかよく分からない答えが返ってきた。
 いや、別にミツキだって道場の一員なんだし、普通に倒しちゃえばいいと思うんだが。

「ただ、切っ掛けはともかく、今となってはあそこには苦手意識がありますね。
 あまり行きたくはないですが、貴方がどうしてもと言うなら……」
「ああ、いや、いいよ。
 しばらくは魔王と戦う予定もないし」

 俺は首を振った。
 彼女がラスダンに行きたくないのは、記憶が何やらというよりも、単にシステムの縛りだろう。
 ゲームではミツキは単にラスダンに近寄ろうとしなかったというだけで、魔王城に近付けないという公式設定というほどの物はなかったはずだ。
 そこに大した強制力はないかもしれないが、別に無理に試す必要はないだろう。

「そうですか。
 まあ、強敵と戦いたいと思うなら、西に行けばいいだけですからね」
「……西?」

 ちょっと聞き逃せない情報を耳にして、俺は聞き返した。

「知りませんか?
 西の沼地には邪神の本体が封印されていると言われています。
 近年は魔物の動きも活発になり、他とは比べ物にならないような強力なモンスターもいるとか」
「そう、か……。
 いや、そうだった、な」

 それは、ゲームでは実装されなかった場所の情報だ。
 このゲームの裏ボスは邪神の欠片だが、あくまでそれは欠片。
 邪神の本体が別の場所に封印されていることは分かっていたし、その封印が西にある、という情報自体はゲーム世界の中にはあった。

 しかし、実際には西の方のフィールドは実装されることはなく、ある地点まで行くと見えない壁にぶつかって先に進めなくなっている。
 ある意味で魔王の上に立つ邪神、その本体が封印されているという西の地の情報は、おそらく次回作のための布石なのではないかと言われていた。

(ゲームでは存在の噂だけはあってもゲーム自体には出て来なかった。
 ゲームの仕様に忠実なら、この世界にはそんな魔物は存在しないはず。
 だけどゲームの設定に忠実なら、実際にいてもおかしくない)

 それは矛盾だ。
 この世界に邪神は存在するのかしないのか、どうにも判断出来なかった。

(もし邪神の本体や、そこにいるっていう強力な魔物がこの世界に存在していたとしたら……)

 その動きは予測出来ないし、その強さはゲームにいるほかのどんなモンスターをも上回る可能性がある。

 まあ、今考えても仕方ない。
 現状では魔王にも勝てないのだろうし、自己強化に努めるのが最善だろう。

「着きましたよ」

 思考が行き詰った時、折よく目的の物が見えてきた。

 見えてきたのは、それぞれの部屋に置かれた、特別な装置の数々。
 装備修理用の鍛冶場、そして……。

「ここにも、あったのか……」

 俺の口から驚きと、そして、喜びを含んだ声が漏れる。

 『金剛徹し』は確かに強力だ。
 今はクーラーボックスに封印しているが、俺の力ではあの槍の攻撃を受けることも、あの槍を壊すことも出来ない。

 ただしこのゲームの世界には、どんな強力な武器でも一瞬で破壊してしまう、驚異の装置がある。

 それが、目の前の装置。
 三つの穴が空いた、巨大なかまど。
 穴の上にはそれぞれ、『形状』『性能』『特殊』と書かれている。

「……武器、カスタム装置」

 別名、武器合成機である。


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