第八十四章 恐怖、ふたたび
騎士に顔が利くというミツキに、屋敷を包囲する騎士たちの事情を聞いてきてもらったところ、二日前、つまり俺たちが試練に出かけたその日の夜に、騎士団は広場に髑髏を仕掛けた犯人を俺だと断定、屋敷まで特定して、ここに騎士が一部隊やってきたことが分かった。
そしてどうやら、そこから彼らの長い長い夜が始まるのだが、これから話すのがその一部始終。
これは、俺たちが屋敷を留守にしている間に騎士たちが体験した、本当にあった怖い話である。
騎士の一人が大声で訪問を告げても返事はなかったが、屋敷のいくつかの部屋には明かりが灯り、中からは物音もする。
屋敷を訪れた騎士たちは、髑髏の件の追及を恐れたソーマという男が屋敷に立てこもり、あえてこちらの呼びかけを無視しているものと判断した。
敬愛する王女から、犯人を絶対に自分の許まで連れてきて欲しいと強くお願いされている。
しかも、こんなあからさまに明かりを点けて騒ぎながら訪問を無視するとは、騎士を軽視しているにもほどがある。
王女のためにも、騎士団の名誉のためにも、ここで退く訳にはいかないと彼らは判断した。
それが、彼らを襲う恐怖の幕開けになるとも知らずに。
入ってみてすぐに分かった。
そこは、まさに悪魔の館だと。
窓を破って建物の中に入った途端、けたたましい警報が鳴る。
その音を聞きつけ、すかさず殺到する、銀色の奇妙な金属で出来たゴーレムとおぼしきモンスター。
それは光魔法を放つ銃を使い、電撃の込められた奇妙な棒で騎士を襲う。
その高い戦闘力の前に、日ごろから厳しい訓練を重ねたはずの騎士が次々に討ち取られていく。
必死の思いでゴーレムから逃れても、仕掛けられた数々の罠が発動する。
一定の場所を通ると飛び出す矢や槍。
そして、その仕掛けを避けた位置にちょうど置かれた本命の罠。
何とか罠を避けたと確信した騎士に、それは避けられなかった。
耳をつんざく断末魔。
同行していた騎士たちは思わず目と耳を塞いだ。
目を開けると、仲間の姿は影も形もなくなっていた。
それでも、元来た道には銀のゴーレムが居座っている。
罠があると知りつつも、先に進むしかない。
その館にはダンジョンの謎解きのような罠も多かった。
警報と同時に床が網目状に区分、色分けされ、決まった通りの順で踏まないと落とし穴にはまるような罠などだ。
しかし、騎士は要求される条件の多さから人数こそ少ないが、それは一騎当千の証である。
優れた能力を持つ者が多く、中にはダンジョン攻略の経験がある者もいる。
騎士たちは知恵を絞り、その法則を解明した。
そうして出された結論を元に騎士は床を歩き、達成感と共に最後の正しい床を踏んだ瞬間、抜け落ちる地面。
信じられないという表情のまま、落下していく騎士。
そして、どこからか飛来するメッセージカード。
『ワナニ セイカイ ツクルハズ ナイダロ?
ププッ バカジャネーノ?』
なんという卑劣で姑息な仕掛け!
ここに至って、彼らの中で怒りが怯えを上回った。
残った騎士は落ちた騎士の無念を想い、絶対に屋敷の主を捕らえることを誓った。
だが、頭に血が昇れば昇るほど、手玉に取られた。
人の意識の空白を、そして時には物理法則すら無視した恐ろしい罠が騎士たちを襲った。
もともと少人数で訪れていた騎士たちは一人また一人と数を減らし、一時間と持たずに探索隊は全滅した。
彼らが次に目覚めたのは、屋敷の門の前だった。
不幸中の幸いと言えるのは、館への侵入者が中で罠にかかったり、致命傷を受けた場合、HPが1の状態で装備品やアイテムを失って館の門の前に転送されるという仕様だったことだ。
装備品を奪われ、悪辣な屋敷の主に後れを取ったことに屈辱を感じながらも、彼らは仲間の無事を喜んだ。
しかし、そうやって喜ぶのは早すぎた。
……二人。
二階に向かった二人の騎士だけが、いつまで経ってももどってこなかった。
――彼らは屋敷の主に人質に取られたに違いない!
そう考えた騎士たちは城に応援を要請。
もちろんこんな時間にすぐに動ける人数は限られていたが、その中でも特に精鋭を選んで突入部隊を編成した。
そして数時間後、万全の態勢を整えて、騎士団はふたたび館に突入する。
あいかわらず屋敷の罠は容赦がなかったが、しかし事前にある程度の情報が集められていたこと、前回よりは人数が多かったこともあって、一階の大部屋に放置されていた館の鍵を入手し、二階の豪華な部屋に閉じ込められた二人の騎士を救出することに成功した。
この鍵があれば、屋敷の閉まった扉も開くことが出来る。
そしてその中には、おそらくこの騒動の元凶、この恐ろしき屋敷の主がいるだろう。
騎士たちは一気に沸き立った。
俺たちを馬鹿にした報いを受けさせてやる、と息巻き、閉じられた部屋を開け放った。
しかし、本当の悪夢の扉が開いたのは、実はその時だったのだ。
鍵を開け、部屋の扉を開け放った途端にけたたましく鳴り響く、見慣れぬ黒いマジックアイテム。
壁を這う音と血の跡は見えるのに、どれだけ目を凝らしても姿を見ることの出来ないモンスター。
そして、奇妙な箱の鏡面から出て来た、髪の長い女性の姿をした魔物。
騎士たちは、かつて出会った例のない脅威を相手にしながらも、懸命に戦った。
マジックアイテムには魔法を叩き付け、見えない敵に対しては避けようのない面による攻撃を行い、女性型の魔物を一刀の下に切り捨てた。
しかし、終わらない。
マジックアイテムはいまだに鳴り響き、血の手形はより一層の熱意と勢いでもって騎士たちに迫り、倒したはずの魔物は何事もなかったようにふたたび鏡面から這い出してくる。
彼らは戸惑い、恐怖した。
強敵相手に折れるような弱い心は持ってはいない。
しかし、攻撃しても効果がない。
当たっているはずなのに当たっていない。
倒したはずなのによみがえってくる。
こんな理不尽に対して、一体どう立ち向かえばいいのか。
恐怖が動きを鈍らせ、思考を遅らせる。
そして、そこで彼らは最大の失策をした。
手にした鍵を、女性型の魔物に奪われてしまったのだ。
まるで獣のように鍵をくわえ、部屋を飛び出し、罠が満載のはずの廊下を四つ足で駆けて逃げていく魔物。
だが、誰もその背中を追うことは出来なかった。
魔物に対しては発動しなかった罠も、騎士たちにとっては危険な障害であり、部屋にまだ正体不明の敵が残っているために警戒する必要があり、そして何よりも、誰もあの不気味な不死身の怪物と相対したくはなかったのだ。
それは、幸福だったのかそれとも不幸だったのか。
鍵がなくとも、一階の部屋はほとんどが開け放たれていた。
そして、その全ての部屋が例外なく常軌を逸していた。
ただ罠を警戒し、ほぼ部屋の前を通り過ぎるだけだった最初の時は気付かなかったが、その部屋部屋は何もかもが狂っていたのだ。
最初に踏み込んだ部屋には、壁一面に異常としか言えない絵が描かれていた。
その部屋の様子を、壁に描かれたその絵を、一体どう表現したらいいのだろうか。
……ただ、狂気。
純粋で、それゆえに混じり気なく狂った、人の感性を越えたある種の天才の芸術。
芸術に詳しくないはずの騎士にまでそう思わせる狂気の世界が、その部屋には展開されていた。
ただでさえ異様な真っ赤な壁に、見ているだけで情緒不安定になるような建物や、この世の物とは思えない怪物が描かれている。
特に恐ろしいのが、赤い壁の上に、さらにそれを赤く塗り潰したような真っ赤な身体を持つ、異形の怪物。
歪な円形をして、折れ曲がった細い角を生やしたそいつは、ありえないほどに巨大な口を、まるで今にも人を飲み込もうとでもするかのように開いている。
それは決して、技量に優れた絵ではなかった。
だが、そこからあふれ出る作者の妄念、描かれた怪物の持つ凶暴性だけが次元の壁を越えて、目にした者に伝わる。
そして聞こえる、「あなたは|好きですか?」という幻聴。
こんな物が好きなはずがない。
だが……。
こんな部屋にいれば正気を保ってはいられない。
抑えようとしても、どうしても抑え切れない恐怖に気付かないフリをしながら、彼らは考える。
これは邪教の神々とその儀式を描いた物。
正しき神を愛する人が、いや、邪教以外を信奉する物が見るような絵ではない。
彼らは無理矢理にそう結論をつけ、部屋を後にする。
次の部屋もある意味では前の部屋と似ていた。
壁、床、天井、全てに小さな、しかし見たこともないほどに真に迫り、どんな優れた絵描きが描いた物よりも精緻な絵が、一面に貼り付けてあったのだ。
絵のモチーフは、全てが同じ女性であるように見える。
一体どのような情念、妄執が積もれば、こんな部屋が出来上がるのか。
騎士たちは懸命にこみ上げる不快感と言い知れぬ恐怖に耐えながらその部屋を、そして部屋一面に貼られた絵を見回した。
そして、その絵に描かれた女性の正体に気付いた瞬間、一人の騎士が悲鳴を上げた。
部屋に貼られた無数の絵、その全てに描かれた女性。
それは、さっき鍵をくわえて逃げた魔物の姿そのものだったのだ。
自分たちは今、先程のおぞましい魔物の似姿に囲まれているのだ。
それを自覚した途端、左右の壁から、頭上から、あるいはこの足の下から、またあの魔物が飛び出してくるかのような錯覚に襲われた。
視線を外そうにも、四方八方、全ての場所に彼女はいて、まるで逃げ場がない。
いかに精強な騎士と言えど、こんな部屋に耐えられるはずがなかった。
まず出口の傍にいた騎士が外に飛び出し、すぐに部屋にいた全員がそれに続いた。
廊下にはいまだ罠が仕掛けられていて、一度発動した罠も、一定時間が経てば復活する。
本来なら軽はずみな行動は慎まなければいけないはずだったのだが、注意をしようとした者は、いや、それを考えた者すら、一人もいなかった。
恐る恐る、他の部屋も覗いていく。
ある部屋を覗いた者が、部屋がさかさまになっていると騒ぎ出した。
しかしその後、多数の人間と一緒に見てみると、その部屋はいたって普通の造りをしていた。
あまりの状況に、幻覚を見たのだろう。
本当だ、本当にさかさまだったんだと騒ぐ男を外に帰し、この一件は落着したかと思われた。
だが、それからも定期的に、同じ妄言を吐く人間が続出した。
以後、その部屋を覗くことは禁止とされた。
壁に遠近感や距離感を騙す絵が描かれていて、入った途端に自分の位置が分からなくなる部屋があった。
ちょうど神経の参っていた騎士の一人は、その部屋を長時間調査する内に耐え切れず嘔吐した。
あるいは全ての物にハート、つまり心臓のモチーフがつけられた部屋があった。
中央に大きな台座があり、生贄を台座にくくりつけるとそれが回転を始め、光が満ちると共に音が流れる仕組みを確認した。
騎士たちは、ここが邪教の儀式場であることを強く確信した。
そうやって部屋を調べる間も、屋敷の罠は次々と騎士たちを討ち取っていった。
致死性のダメージを受けても、屋敷の仕掛けによってHP1になって門の前にもどされるだけとはいえ、受けた痛みや恐怖は本物だ。
異様すぎる館の中とあいまって、騎士たちの心は折れかけていた。
このままではいけない、と考えた団長たちの提案で、彼らの一部は休憩をしつつ食事を取り、交代で屋敷の中の風呂に浸かることになった。
もちろん風呂には武器だけは携帯するものの、鎧は外す。
敵地でそんな無防備な姿を晒すなど、普通では考えられない。
しかし、騎士たちの尖った神経を癒すには、単に休むだけでは足りない。
この屋敷にも安全な場所があるのだと、早急に印象付けなければいけない。
そう考えた団長の奇策だった。
だが、その試みは裏目に出る。
武器を携帯させ、すぐ傍の脱衣所には完全武装の騎士を見張りに置いたにもかかわらず、中にいた人間がいつの間にか姿を消していたのだ。
そう、彼らは自分たちも気付かない間に何者かによって致死ダメージを負わされ、門の前に全裸で放り出されていたのだ。
その騎士たちの話を聞く限り、風呂に怪しい気配は全くなかった。
念のために三人一組になって入っていたのだが、全く何も起こらないため気を抜いて、風呂の予想外の気持ちのよさと絶景に気を緩め、おそらくは三人がほとんど同じくらいの時期に、意識が遠のいていく感覚を覚えたという。
そして、次に目が覚めた時は、もう彼らは裸で外に転がされていたそうだ。
安全なはずの場所で、知覚すら出来ない手段で攻撃された。
その事実は、騎士たちの胸に重くのしかかる。
この屋敷に安全な場所などないのではないか、という疑心暗鬼。
自分たちも彼らのように気付かない間にやられてしまうかもしれない、という恐怖がはびこった。
そして同時に、館をさまよう騎士たちの間に、ある一つの確信が芽生えていた。
あの黒い髑髏を見た時から、可能性としては考えていたはずだった。
しかし、そう口では言いつつも、心の底では信じていなかった。
まさか、そんな奴らがいるものか、と。
だが、今は確信を持って言える。
――ここは邪教の館である、と。
そして、さらに騎士たちを驚かせ、また彼らの疑惑を確固たる物にしたのは、この館にはわずかとはいえ、生活の痕跡があるという事実だった。
ここの持ち主であるあのソーマという男は、この館で寝泊まりをしていたのだ。
おぞましき神を奉ずる邪神の徒でもなければ、いや、仮に邪教徒であったしても、少しでも正常な感性を持っていれば、こんな場所には一晩たりともいられないだろう。
闇の儀式を行う祭壇として、あるいは自分たちのような騎士を撃退する戦場として、さもなくば怪物たちを育てる拠点として、一時的にこの屋敷を利用するというのならまだ分かる。
だが、怪物が徘徊し、数秒ごとに奇声が弾けるこの空間で、精神を破壊する景色と狂気に染まった絵を眺めながら、それでもなお、この場所で生活してみよう、などと考える人間がいるだろうか?
もしそんな人間がいるとすれば、それは既に狂気の世界の住人。
人という枠を逸脱した、ある種の『怪物』だけだと、彼らは考えた。
事前の調査によれば、この屋敷は数日前に件のソーマという男が買い取った物らしい。
建物の管理者だった男も以前にこの屋敷を訪れたことはなく、メンテナンスなども特に行っていなかったらしい。
この屋敷が以前から邪教に属する物だったのか、ソーマという男が何らかのおぞましい手段を用いて数日の内に化物屋敷に変えてしまったのかは知らない。
だが少なくとも、彼らがここに住んでいる、いや、棲んでいる事実だけで、その恐ろしき正体に疑いをさしはさむ余地はないように思えた。
光に背を向け、恐ろしき怪物を使役し、夜な夜な背徳的な儀式に励み、全ての悪の権化たる邪神を復活させようと画策する邪教の信奉者たち。
騎士は魔物だけでなく、そのような者から国を守る使命を帯びているはずだったが、実際ここ百年ほど、邪教徒と呼ばれる人々と実際に遭遇したことはなかった。
それゆえか、邪教への恐怖は時間と共に風化し、単なる迷信の域にまで貶められていたとすら言える。
だが、そんな油断、侮りは、既に消えていた。
この屋敷の主、ソーマなどと名乗る邪教の信徒は、必ず王国に害をなす存在となる。
必ず見つけ出し、打ち倒さねばならない。
騎士たちは恐怖を勇気で押さえつけ、強張る身体に使命という油を注ぎ、奥へ。
さらなるおぞましき邪教の業が待ち受けるであろう二階へと歩を進めた。
騎士の中でも隠密行動に長け、斥候としても有能だったある男が、階段からまず二階を覗いた。
屋敷の暗がりの中、ぼやっと浮かび上がったのは、あの女性、鍵を持ち去った魔物の姿だった。
男は悲鳴を押し殺してさらに様子をうかがうと、女は不器用な手つきで、何度も何度も失敗しながらも、ドアに向かって何かをしているようだった。
いや、何か、ではない。
男はすぐに気付いた。
彼女は鍵を持っている。
その鍵を使って、屋敷の部屋を開放していこうとしているのだ。
それは、身の毛もよだつ計画だった。
あのような怪物が、また何匹も屋敷に放たれる。
それは、なんとしても避けなければならない。
男が使命感に駆られたその時だ。
腕をぽんぽん、と何かに叩かれた。
それを感じて男は、しまった、夢中になりすぎて、仲間に報告をするのを忘れてしまった、と思った。
声には出せない代わりに、謝罪の気持ちを込めて男は後ろを振り返って……。
――何の感情も映さない、無機質なガラスの目と対面した。
声が出せなかった。
後ろに立っていたのは、人間ではなかった。
それは、小さな娘が遊ぶような、ままごと用の人形。
それがなぜか意思を持つかのように動き出し、男の目の前にいた。
信じられない光景に、頭が働かない。
だが、頭が動かない間も、その目はきちんと仕事を果たした。
男の背後。
つまり鍵を持った女がいたのとは逆側の部屋の扉は、全て開け放たれていた。
もう、手遅れだったのだと、男はようやく悟った。
同時に、廊下を一面に埋め尽くす小さな影の正体にも思い当たる。
人形。
人形、人形、人形。
人形の、群れだ。
彼らの無機質な目が、一斉に男を見る。
感情のない笑みが、一斉に男を捉える。
男はよろめいた。
すると先頭の人形、先程男の腕を叩いたあの人形が、まるで意思を持つ生き物のように顔を上げた。
人形が顔を上げた途端、ガラス球の目がぐるんと回転して……。
そして、なぜか、地面に丸い物が二つ、ころんと……。
――あぁあああぁあっぁぁあああ!!
それを見てしまった男は、身も世もなく絶叫した。
その騎士の理性はその瞬間に崩壊し、自分の使命も何もかもを忘れ、仲間を突き飛ばしながら階段を転げ落ちるように駆け降り、館の出口を目指して走る。
もちろん、そんな不注意な真似をして、無事に屋敷を抜けられるはずがない。
男は罠にかかり、銀のゴーレムに撃たれ、門の前に放り出された。
それでも男は止まらない。
もはや騎士でも勇敢な戦士でもなくなったその男は、ただただ奇声を発しながら館から少しでも遠ざかろうと走り出した。
途中、門の前に詰めていた仲間が制止するが、それを振り切って走り出そうとする。
結局同僚が三人がかりで彼を押さえつけた時、彼の瞳にはもう知性の輝きはなく、ただぶつぶつと意味の分からないことをつぶやくだけになっていたという。
そしてそのほぼ同時刻。
屋敷に残っていた騎士たちも、二度目の突入作戦の中止を決定した。
それでも彼らは、屋敷の制圧を、いや、ソーマという恐ろしき邪教徒の討伐を、諦めた訳ではなかったらしい。
三度目の突入も、あるはずだったのだ。
だが、夜が明け、朝一番に城から届いたのは、王女からの命令、いや、嘆願だった。
『その屋敷の持ち主に、手を出さないで欲しい』と。
それを聞いた騎士たちは、いくら王女様の命令とはいえ、こればかりは聞けない、と考えた。
この屋敷の恐ろしさ、異質さを、彼女は全く理解していない。
これは、国の一大事に発展するかもしれない事態なのだ、と。
だが、その恐ろしさを伝えようにも、実際には彼らは装備とアイテムを失っただけで、いまだ人的被害はゼロ。
HPが1になった以外は、怪我すらもしていないことになる。
それは喜ぶべきことだが、これではこの屋敷の危険性を伝えることは出来ない。
しかしそこで、ミツキに話をしていた騎士は、自嘲気味に笑ったという。
「なんて、ね。嘘ですよ、嘘。
本当はみんな、怖かっただけなんだと思います」
もう一度、あの屋敷に挑むことが。
そして、その狂気の屋敷を統べる邪教の信奉者、ソーマに出会うのが。
みんなそれを自覚していながらも、しかし誰も口に出すことはなかった。
とにかくも突入作戦は中止、騎士団は一部を残して撤退。
残った彼らは屋敷の周囲を封鎖、包囲して、中から誰も逃げ出さないように、そして、中に誰も入らないように、見張っているところらしい。
「え? 屋敷から逃げ出した彼は、その後どうなったかって?
意外にも早く立ち直って、あの時の失態を取り戻すべく、元気に仕事をしてますよ。
今もこうやって、ヒサメ家のお嬢様に事情を説明したり、ね」
そうして、彼の、騎士の中でも一番恐ろしい思いをした騎士の長い長い語りは、そこで幕を閉じたという。
これが、俺たちの屋敷が包囲されることになった、その顛末である。
「うーん」
話を全て聞き終わって、俺は思わずうなった。
思う所はある、色々と。
話の中での俺の扱いがひどいとか、これからどうやって誤解を解こうかとか、あの写真の女の人ってテレビから出てきた奴だったんだとか、まあ死んだ人が出なかったのは何よりだなとか、でもやられても外に出されるだけとか、『猫耳猫』って妙にNPCに優しい時あるんだよなとか、赤い部屋の怪物の話をしている時、リンゴが「あれ、リンゴなのに……」と不満そうにつぶやいていたなとか、それはもう、色々と。
ただ、まず真っ先に考えたのは、もっともっと現実的なこと。
すなわち、
『お前らそんなに屋敷を散らかして、片付けにどんだけ手間かかると思ってるんだよ』
という、正当なる怒りの言葉だった。
先に仕上げたい作品があるので、それまでこちらの更新ペースを落とすかもしれません
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。