第八十二章 恐るべき奸計
さて、試練を終えた後、ドヤ顔をしてミツキたちの所に歩いていったら、
「貴方を褒めればいいのか、それとも呆れればいいのか、私には良く分かりません」
とミツキに言われて色々と終わった感のあるヒサメ家のイベントだったが、一応補足説明をしておこう。
俺は飛んできた『金剛徹し』をクーラーボックスに収納したのだが、これはもちろん、いくつかの条件がそろっていたから出来たことだ。
まず、いくら『猫耳猫』のシステムがザルとはいえ、流石に人が装備しているアイテムは収納出来ない。
今回俺が『金剛徹し』を収納出来たのは、アサヒがわざわざ投擲スキルを使ってくれたからである。
『猫耳猫』の仕様上、投擲をして武器が身体から離れると、その武器は装備状態ではなくなる。
というか、敵の投擲した装備をゲット、というのはゲームでもよくやっていたことだ。
普通にはドロップしない一部の刀系のアイテムなどは、モンスターが投げてくるのをうまくキャッチしないと入手不可能だったりして苦労したものだ。
ただ、この『金剛徹し』を普通にキャッチして入手するのは難しい、というか、システム上不可能と言ってもいい。
超高速で飛来する槍を素手で掴み取るのはまず無理だし、仮に掴み取ったとしても威力が強すぎて抑え切れないし、よしんば一時的に槍を抑え込めたとしても必中属性により永遠にプレイヤーの額を狙い続けるので全くの無意味だ。
そこで出て来るのが、入れたアイテムの時間を凍結するクーラーボックスだが、ゲームではクーラーボックスの位置が右腰に固定されているため、この対策は現実的ではなかった。
イベントによる制約も色々とある中、超高速で正確に額を狙って飛来する『金剛徹し』を右腰に誘導するのは、流石の熟練『猫耳猫』プレイヤーたちにも出来なかったのだ。
しかし、収納系アイテムの制限がなくなったこの世界では違う。
むしろ飛んでくるタイミングも場所も分かっていて、一度モーションに入れば変更も出来ないのだから、これはもう相手がスキルの予備動作をしている間にクーラーボックスを構えるだけの簡単なお仕事である。
多少もたついた面はあったが、この試みは見事に成功したと言える。
もちろん、理屈で出来そうだと思うのと、本当に出来るかどうかは別問題。
想像した通りに事が運んで安心したが、何か見落としがあったら高確率で死んでいた訳だし、緊張してしまったのはしょうがないだろう。
そして、肝心の『金剛徹し』の使い道についてだが、これはミツキも気にしていたらしく、街にもどる途中で質問された。
「それで、貴方はその槍を扱えるのですか?」
「えっ? いや、無理だよ」
俺はあっさりと答えた。
「え…?」
ミツキが表情を固まらせ、猫耳も連動するように凍りついているが、当たり前の話だ。
『金剛徹し』はヒサメ家の家宝であり、当主のアサヒ専用アイテムなので、俺やリンゴ、たぶんミツキにも扱えない。
それ以前に、事前の言質を抜きにすれば泥棒みたいなことをして取ってきたので、槍に盗品タグが付いている可能性すらある。
ああいや、一応それについては簡単には確かめた。
『ヒサメ家関係者』の友好度は殺人では変化しないが、窃盗では下降する。
あの後ドジっ子女中さんなんかにさりげなく探りを入れた感じでは友好度の下降はないようなので、窃盗扱いはされていないとは思うのだが、万が一を考えると軽々しく人に見せられないという話だ。
まあ、それよりも何よりも、
「そもそも俺を狙った状態で保存してあるから、出したら俺目がけて飛んでくると思うし」
取り出した瞬間即死という問題がある。
「つまり、その槍は……」
「ああ。このままじゃ絶対に使えない」
俺がまたしてもきっぱりと言い切ると、ミツキが「じゃあ何で取って来たんだよ」と言いたげな目をしてこっちを見ている。
猫耳も何だか一生懸命に怒りを表現しようとプルプル震えていて、ちょっとかわいい。
このレアな猫耳の動きをもう少し見ていたい気はしたが、流石にかわいそうなので続きを口にした。
「いや、このままじゃ、って言っただろ。
もちろん、対応策はあるよ」
「……また何か悪巧みですか?
今度は、一体どんな非常識な事をするつもりなのです?」
心外なことを言うミツキに俺はちょっと顔をしかめ、ぼかすように答える。
「ま、そこは『猫耳猫』プレイヤー御用達のロンダリング技術にお任せってところかな」
「ろんだり…?」
聞き慣れない俺の言葉にミツキは首を傾げ、「ふえぇ?」とばかりに猫耳をお辞儀するように折り曲げた。
なんて偉そうに言ってみた訳だが、これもクーラーボックスと同じ。
この世界なら出来るかなとは思うものの、ゲーム通りの仕様だったら使えない技ではあるので、万一の時に嘘つきにならないよう、この辺りで口をつぐんでおく。
それに、そんなことより前に、絶対に片付けてしまわねばならない問題がある。
「……? どうかしましたか?」
リンゴと共に俺の横を歩いているミツキ。
彼女との関係についてである。
まず、誤解のないようにもう一度言っておくと、『ヒサメ家訪問イベント』はミツキとの結婚のためのイベントの一つではあるが、決して結婚イベントそのものではない。
ゲーム的に言うならフラグの一つでしかなく、現実的に言うなら単に『親から結婚の許可が出た』だけで、本人の結婚の意志とはまた別問題なのだ。
ミツキは結婚イベントを起こすのに特別な条件が必要なキャラで、単純に友好度を上げるだけでは結婚出来ない。
いや、もしかすると内部的に考えると友好度にキャップが設定されていて、それがイベントによって解除されるだけかもしれないが、プレイヤーにとっては同じだろう。
とにかく、ミツキと結婚するには最低でも二つの必須イベントをこなす必要があるのである。
標準的なゲームの流れからすると、結婚必須イベントの一つ、『ヒサメ家訪問イベント』以降ミツキが自由に仲間に出来るようになり、同時に友好度を上げるいくつかのイベントが解禁される。
彼女と一緒に旅をしながらイベントをこなし、徐々に友好度を上げていくことで、最終的にもう一つの結婚必須イベント、『幻石の指輪』が出現する。
これは、ミツキから「行きたい場所がある」と言われ、彼女の思い出の場所、『幻石の洞窟』へと赴き、そこで手に入れた幻石というアイテムを使ってミツキ専用の結婚指輪を作るというイベントで、この指輪を贈ってプロポーズすれば結婚成立になるそうだ。
ゲームでの俺はミツキが仲間に出来るようになってからも基本ソロでプレイしていたが、解禁されたミツキのイベントは全てこなしたし、要所要所で力を借り、長い時間をかけて『幻石の指輪』イベントの発生までは確認した。
しかし、何度も言うように結婚をするつもりがなかったので、このイベントはこなさずに放置した。
つまり結婚イベントは、この『幻石の洞窟』に行かなければ止められるので、そこは問題ない。
問題は、俺たちがミツキと一緒に行動をするかどうか。
そしてミツキが、俺たちと一緒に行動したいかどうかだ。
俺はまず、リンゴに向き直った。
「なぁ、リンゴ。もし……」
「…かまわない」
打てば響くとはこのことだろうか。
リンゴは俺が訊く前にそう答えた。
前のリンゴの芯事件があるので過信は出来ないが、これは俺の意図を汲み取ってくれていると考えてもよさそうだ。
ミツキとリンゴは合わなそうだと感じていたのだが、ヒサメ家の試練のおかげでなんとなく意気投合してくれた感じがする。
(なら、残りは俺とミツキか)
俺は……どうなんだろう。
正直に言えば、ミツキを仲間にしたいと強く思っている訳ではない。
でも前のように、絶対に一緒にいたくないと思っている訳でもない。
リンゴと同様に、あの試練でのミツキとの共闘は、確実に俺からミツキへの気持ちを変化させてはいた。
ミツキはヒサメ家の人間らしく、思考が、というより嗜好が完全な戦闘民族だが、義理堅く情に厚い面はあるし、猫耳はかわいい。
有能なのも間違いないので、仲間になってくれれば色々な面で旅は楽になるだろうとも思う。
俺自身の感覚としても、仲間が一人増えたのだから、もう何人増えようが同じ、とは流石に言わないが、仲間を作ることへの抵抗感が少なくなっているのも確かだ。
それに、ミツキであれば俺が足手まといになることはあっても、俺の足手まといになることはありえないだろう。
リンゴの護衛ということを考えても、ミツキのような存在は貴重だと言える。
心労は増えそうな気はするが、猫耳がかわいいので、旅の間の癒し効果だって見込めなくはない。
(……うん、そうだな)
やっぱり猫耳に、いや、ミツキに仲間になってもらうというのはありかもしれない。
俺は、そう結論を出した。
だから……。
「なぁ、ミツキ。
もしよかったらだけど、しばらく俺たちと一緒に行動しないか?」
だから、これからどうするかを決めるのは、単純にミツキの意志次第になる。
ゲーム基準で考えると仲間になる流れではあるが、訪問イベント中にあまりにもミツキに対して敵対的な言動ばかりをしていると、友好度が足りずに彼女が仲間にならないこともあるという。
イベントにリンゴが加わっていた関係上、ミツキとのラブコメイベントはうまくこなせなかったし、試練達成の反応も微妙だった。
同行を断られる可能性も十二分にあるだろう。
それに確証がある訳ではないが、この世界での友好度は、ゲームシステムよりも本人の感情に強く左右されて決まっているような印象がある。
そうでなくてはイーナやドジっ子女中と、あんな短時間で仲良くなれはしなかっただろう。
そして、イベントという観点を抜きにしてミツキとの関係を振り返ってみると……もしかして俺はかなり最悪なんじゃないだろうか、と思える部分もある。
最初の出会いでは決闘を利用して命乞い。
その決闘ではペテンを使って勝利して。
次に会った討伐大会ではバグ技で優勝。
直接対決をすれば濡れ透けセクハラで攻撃し。
実家の試練では戦わずして家宝を奪う。
……なぜだろう。
こんな風に列挙すると、まるで好かれる要素がないように思えるから不思議だ。
それを裏付けるように、俺の言葉にミツキはまず目を丸くし、それから猫耳を忙しなく動かしながら、何やら考え込んでいた。
長い沈黙の後、彼女は言った。
「……それは、私に仲間になれと言っているのですか?」
「ああ」
「では、一つだけ、条件があります」
ゲームにはない展開に、俺は少しだけ動揺した。
つまりこれは『無条件で仲間になるには友好度が足りないが、仲間になるのを断るには友好度が高い』状態だったのだと解釈すればいいのだろうか。
「言ってくれ」
相当な無理難題でなければ、叶えるつもりでそう訊いた。
俺の態度に、ミツキは微苦笑のような物を浮かべた。
「別に、大した事ではありません。
旅の途中で、近くに行ったら是非立ち寄ってみたい場所があるので、その時は一緒に行ってもらいたいというだけの話です」
なんだそんなことか、と思った。
「ああ、もちろ――」
俺は快諾しようとして、
(いや、ちょっと待てよ?)
その寸前で、思い留まった。
俺はミツキを盗み見る。
無表情でこちらの方もろくに見ていないように見えるが、猫耳を見ると気を付けの姿勢でピーンと固まっている。
これは、極度の緊張を表す猫耳のサインだ!
「も、もちろん旅の目的地についてはミツキの希望も聞くけど、どんな場所に行くのかはっきりしないと、軽々しく了承は出来ないな」
俺は本能的な危険を感じ、あわてて言い逃れた。
すると、ミツキは表情こそ変えなかったが、猫耳をあからさまにしおれさせていた。
だが、やがて復活すると、こう提案してくる。
「……そうですか。
ではとりあえず、仮メンバーという事でしばらく同行させてもらいます。
それからの話は、様子を見てからにしましょう」
「そ、そうだな。それがいい。
リンゴも、いいよな?」
俺が急いで振り返って訊くと、リンゴもうなずいた。
「それじゃ、とりあえずよろしく」
手を差し出すと、ミツキはすぐにその手を握った。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
俺とミツキはがっちりと握手を交わし……。
ミツキの握力が強すぎて、俺の手が痺れた。
そんな話し合いをしていると、ようやくリヒテルの街が見えてきた。
街の明かりを目にして、何だかやっと帰ってきた、という実感が湧く。
命の危険に晒され続けた、あの頭のおかしい試練の日々とはもうお別れだ。
屋敷にもどったらしばらくはゆっくりしよう、と心に決める。
まず目に入るのは、街の外れにあるモノリス。
そして、そこで談笑する数人の商人らしき人々。
彼らがこっちに気付いたようなので、俺も適当に会釈をして……。
「え、ええっ!?」
俺の顔を見た途端、商人たちがあわてて街の中に駆け込んだ。
「な、何で?」
確認するが今は誰も武器を抜いていないし、敵対的な仕種を見せた訳でもない。
なのに、非常に失礼な反応である。
怒ってもいい所だと思うが、なぜだろう。
物凄く、嫌な予感がした。
それは、街に近付くにつれて顕著になった。
俺を見かけた人々は、一目散に逃げ出すか、目を合わせないようにしながらこそこそと何かを話している。
街の門衛が、こっちを指差してからまるで誰かを呼びに行くように急いで走り去ったことで、疑惑は確信に変わる。
間違いない。
これは、ヒサメ道場の門下生を殺してしまった時と、ほとんど同じ反応だ。
勢力友好度が下がっている。
(何でだ? 何がいけなかった?)
まさか、あの『最後の試練』のせいだろうか。
それともリンゴやミツキが介入したことが原因だろうか。
俺が半ば呆然としながらも頭をひねっていると、くいっと袖が引かれた。
「……あれ、みて」
そちらを振り返ると、リンゴがモノリスの近くにある掲示板を指差していた。
「なっ!?」
それを見て、俺は思わず絶句した。
だって、そこに貼ってある紙には俺の顔がデカデカと描かれ、
「ああ、成程。
さっきの反応は、これの所為でしたか。
これで貴方も一気に有名人ですね」
その上にはっきりと、『指名手配』の文字が躍っていたのだから。
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