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第七十九章 打ち勝てぬ試練
「あのなぁ、ミツキ。あの手紙はなんだよ。
 俺のことばっかりで、肝心の用件は全体の1割くらいしか書かれてなかったって言ってたぞ?」

 合流後、俺は手紙のことについてミツキを問いただしたのだが、それを聞いて彼女は「へんだなー」と言いたげに猫耳を傾げた。

「それは、おかしいですね。
 確か用件は1行でまとめたはずですが」
「おおい!」

 明かされたのは、用件はなんと1割も書いていなかったという事実。
 さらにミツキは言う。

「貴方の事を沢山書いたのは覚えていますが、寧ろそれ以外に何か書いた記憶がありませんね。
 父上は手紙の作法には意外と厳しいので、その辺りは念入りに整えた覚えはありますが」
「ちょっと待て!
 どうしてそんな俺のことばっかり……」

 そのせいで俺がどんな目にあったと思ってるんだ、と叫び出したいくらいだったのだが、

「書き始めたら止まらなかったというのもありますが、父は外から来た人への当たりが強いですからね。
 少しでも好印象を与えておこうと思ったのですが」

 などと言われれば、怒るに怒れなかった。
 善意って怖い。

「それよりも、貴方が無事で何よりです」
「……なんだ、そりゃ」

 もしやミツキは今回の一件、全部承知の上だったのか、と一瞬だけ思ったが、表情を見るとそんな感じでもない。
 俺の言葉を受け、ミツキは何でもないことのように言った。

「貴方達には手を出さないようにと一応言い含めておきましたが、ここの人間は強者と見るとすかさず打ちかかってきますからね。
 私も着いた早々、20人程に襲撃されました」

 そんな、火に飛び込む虫の習性みたいに言われても困る。
 というか、さらっと言うが、それって大事件じゃないだろうか。

「20人って……大丈夫だったのか?」

 俺が訊くと、ミツキは猫耳を「うたがうなんてひどいよー」とばかりに立てながら、心外そうに答える。

「心配しなくても、ちゃんと手加減はしました。
 こんな小競り合いで命を奪うほど、私も血に飢えていません」
「……いや、そういうことじゃないけど、それならいい」

 考えてみれば、ミツキは『猫耳猫』NPCにおいてほぼ最強。
 彼女を心配するなんて、無用の心配の代表例として慣用句にしてもいいくらいだ。

 ただ、そこでミツキはちょっとしんみりした様子で、

「まあ、皆さんお変わりないようで少し安心しました」

 まるでいい話みたいにつぶやいたが、正直俺からすると安心出来る要素が欠片もない。
 どうしてこんな変態共の巣窟に来てしまったのかという後悔が募るばかりだ。

「っと、待てよ。リンゴは襲われたりしてないだろうな?」

 俺が少し目を険しくして言うと、ミツキはあっさりとうなずいた。

「それは大丈夫なようです。
 彼女に対しては客人として扱うように徹底させましたし、どうも皆の戦意の矛先は、何故か貴方に集中しているような印象を受けます」

 言いながら、「ふしぎだよねー」とばかりに猫耳がぴこぴこ左右に揺れる。
 いやお前の手紙のせいだよ、と言いたいのを俺はぐっと堪えた。
 少なくとも、猫耳ちゃんに罪はない。
 俺がミツキを叱ることで猫耳ちゃんがぺたっとしおれることになったら、それは胸が痛む。

 それにまあ、状況からすると俺に敵意が集まってくれるのが一番いい。
 俺に注意が集まっているおかげでリンゴに危害がおよばないならそれは何よりだし、今のところは俺への悪意は全てイベントという形で発揮されている。
 というかイベント内容的に、「どれだけの悪意を煮詰めればここまでの真似が出来るんだ?」と言いたくなるようなイベントばかり起こるから、そのくらいの憎悪が集まっている方がむしろゲーム通りにことが運びそうだとすら言える。

「……妹思いなのですね、貴方は」

 そんな俺を見て、ミツキがそんな言葉をこぼした。
 妹という単語に思い当たる節がなく、一瞬フリーズしたが、すぐにリンゴのことを指していると分かった。

 そういえば、討伐大会のエントリーでは『チームサガラ』で登録したし、参加者の一覧を調べれば俺とリンゴが同じ名字だということはすぐに分かっただろう。
 もしミツキがそれを見ていたのなら、そんな風に誤解されても無理はない。

「ああ、いや、俺たちは……」

 誤解を解こうと口を開いたのだが、

「何も言われずとも、複雑な事情があるのは分かります。
 けれど、たとえ血が繋がっていなくても、家族を大切にする心は立派だと思います。
 ……私は好きですよ、そういうの」

 なんかちょっといいことを言ってきたので、言うに言えなくなってしまった。
 複雑な事情も何も、過去をなくしたリンゴが勝手に俺の名字を名乗り出しただけなのだが……。

(ま、いっか)

 俺とミツキが恋仲だという誤解に比べれば、こんな誤解は小さな物だ。
 これが後々問題になることもないだろう。

(実際、妹みたいなものなんだし、な)

 リンゴには今まで数え切れないくらい助けてもらっているし、リンゴにとっても俺が必要なんだと少しくらいは自惚れてもいる。
 何より、そんな利害関係を抜きにしても一緒にいたいと思うんだから、これはもう家族だと言ってしまってもいいんじゃないかと思う。

 俺は、まだ機嫌を直してくれないのか、俺たちの少し後ろをついてくるリンゴを一瞬振り返って、

「ま、これからも大切にしたいってのは、間違いないな」

 とミツキに笑顔を返したのだった。



 歓迎の宴とやらの席で、アサヒは俺が『ヒサメ家の試練』を受けることを大々的に発表した。
 これには女性陣二人も驚いたようだが、その反応は対照的だった。
 ミツキの方がなぜか「ふふーん」とばかりに猫耳を誇らしげに立てていたのに対し、リンゴはほとんど顔色を変えなかったものの、よくよく注意すると少しだけその表情を曇らせていたように見えた。

 それ以外については歓迎会自体に予想外の要素はなく、途中、余興で剣の舞をやっていた門下生が手を滑らせて俺の方に剣を投げつけてくるという意外性のないアクシデントや、料理を運んできた女中さんが足を滑らせて俺の方にナイフを持った手で倒れ込んでくるという記憶通りのハプニングがあったが、前者はリンゴの雷撃が打ち落とし、後者はミツキが即座に動いて鎮圧した。
 俺はただ座っているだけだったので楽なものだった。

 むしろ大変だったのはその後だ。
 基本的にこの連続イベントは一人で受ける物だし、そもそも普通の仲間はこの道場まで連れて来れない。
 俺はこうなれば一人でこのイベントを乗り切ってやろうと思っていたのだが、

「…わたしが、ソーマをまもる」

 リンゴがすっかりやる気になってしまって、離れてくれなかったのだ。

 どうも、宴の途中に剣が飛んでくるイベントを挟んだことで、ここが危険な場所だと認識してしまったらしい。
 いや、実際のところリンゴが認識してる10倍くらいは危険な場所なのだが、だからこそあまり巻き込みたくはない。
 俺は必死でリンゴの説得に当たったのだが、彼女の意志はなかなか固かった。

 これにはミツキも加勢してくれて、

「大丈夫です。彼がやられたら、私がきちんと父上を討ち取り、仇を取ります」

 多少ズレた説得などもしてくれたのだが、

「…そんなの、どうでもいい」

 当然ながら、リンゴには全く響かなかった。

 それでも俺は、このイベントはそんなには危険ではないこと、俺一人の力で達成しないと意味がないこと、俺一人の方が動きやすいこと、などを丁寧に繰り返し話して説得して、何とか翻意を促した。
 いや、このイベントが危険じゃないとか嘘八百だが、ゲームでこのイベントを知り尽くしている俺にとってだけは多少危険度が下がるのは事実であるし、一人の方がやりやすいというのは掛け値なしの真実だ。
 その熱意に負けたのか、最終的には渋々とだがリンゴが折れてくれた。

 死亡フラグの定番、『絶対死なない』という約束をさせられて指切りまでさせられた上で、リンゴは、

「…もっていって」

 と言って、とある物を俺に渡してくれた。

 え?
 何を、渡されたかって?

 言わせんなよ。
 くまさんに決まってるだろ。

 と、いうことで、そこから俺の、もとい俺とくまの、試練への挑戦が始まったのだった。



 なんて感じに綺麗にまとまったところで、俺はミツキにリンゴの警護を頼み、その場を後にしようとしたのだが、

「……待って、下さい」

 その当のミツキに呼び止められた。
 しかも、俺の服の裾をつかむなんていう、およそ彼女がやりそうにない、珍しい引き留め方で。

「何か、あったのか?」

 俺が尋ねると、彼女は耳を神経質そうに尖らせながら、小声で俺に問いかけた。

「試練の事です。本当に大丈夫ですか?」

 と。


 ここで、試練について詳しく確認しておこうと思う。
 この試練は『義の心』『常在戦場の気構え』『危機を乗り切る力』を見る物だとアサヒは言っていた。

 『危機を乗り切る力』はそのままなのでいいとして、『義の心』を見る、というのは要は『頼みごとを断るな』ということを、『常在戦場の気構え』を見る、というのは要は『不意打ちされても死ぬな』ということをそれぞれ意味していると思われる。

 一番分かりやすい例を挙げると、あの『野菜採取イベント』だ。
 あの時野菜を採りに行くと言わなければ『義の心』なしとして試練は失敗。
 「困っている女性を無視するとは何事だ!」となって、どこに隠れていたんだか、アサヒたちがいきなり現れて一斉に襲いかかってくる。
 一方で、試してすまなかったとアサヒが一度は謝って油断させたのも、畑でいきなり牛がやってきたのも『常在戦場の気構え』を見るための措置、ということらしく、このくらいの理不尽な騙し討ちは頻発するので注意が必要だ。

 もちろんこのイベントで牛にやられれば死ぬのは当然として、何とか牛を避けても地面の野菜が荒らされれば「野菜も守れんとはどういうことだ!」で不合格。
 腕力パラメータが足りなくて野菜が抜けなくても「そんな非力なことでどうする!」で不合格。
 どちらも『危機を乗り切る力』がないとして攻撃対象になってしまう。

 そんな理不尽な条件なら従う必要はない、襲ってくるアサヒたちを実力で払いのければいい、と思うかもしれないが、一度攻撃対象になってしまえばそれはもう実質ゲームオーバーだ。
 試練に失敗したとみなされると、ミツキを除くヒサメ家の面々が全員敵対状態になり、解除の方法が基本的にない。
 たとえその場は何とか切り抜けられたとしても、それこそヒサメ道場の人間を皆殺しにするまで止まらない。

 それに、問題はアサヒ。
 試練失敗で襲いかかってくるアサヒは、最初の時と違い、ヒサメ家所有の神槍『金剛徹こんごうどおし』を持っている。
 これを持ったアサヒ、というより、この『金剛徹し』の性能が桁違いであるため、対立すればまず生き残れない。

 必中必殺の神槍と呼ばれる『金剛徹し』には、これを手にした時だけ使える固有スキルがある。
 スキル名はそのまま『金剛徹し』。
 超高速で特大威力でしかも必中という、おそらくゲーム中最強の投擲攻撃である。

 この必中というのが実に曲者で、途中に障害物があっても、目標とした場所に当たるまで勢いが衰えることがない。
 回避は不可能だし、途中で盾などで防いだとしても、それを突き破るか方向転換して再突入してくるのであまり意味がない。
 特に不意を打たれた場合、速度が速くどこを狙ってくるかも分からないので、そもそも回避も防御も出来ない。
 アサヒに本気で敵対されたら、実質対処が不可能というのが実状なのだ。

 だから俺は、これから出て来る見え見えな罠の数々をあえて全て踏み抜きつつ、それら全てをうまく切り抜けなければならないということだ。


 しかし、全ては一度、いや、一度と言わずに何度も通った道だ。
 やりにくくなった部分とやりやすくなった部分は色々とあるが、切り抜ける公算がない訳でもない。
 俺は強がって、ミツキに笑ってみせた。

「大丈夫だって。そりゃ、心配しすぎだよ」

 いや、全然大丈夫ではないのだが、ここで何を言おうと状況が変わらないのなら、ここは意地を張っておくのが男という物だろう。

 だが、ミツキの顔は晴れない。
 猫耳を「心配だよぉ」とばかりに寝かせたまま、俺に忠告する。

「はっきりと言えば、貴方が普通の試練で脱落するとは思っていません。
 しかし、『最後の試練』。
 父は必ず、我が道場の秘宝、『金剛徹こんごうどおし』を使ってくるはずです」

 その言葉に、ドクンと心臓が跳ねた。
 ゲームでは確かにそうだった。

 三日目の日没前にアサヒが行う『最後の試練』。
 それは、アサヒの繰り出す『金剛徹し』の一撃を捌くことなのだ。

「あの槍の力は異常です。
 あれを使われた場合、私でも相討ちにまで持って行けるかどうか……」

 必中攻撃である『金剛徹し』と速度を一番の武器とするミツキの相性は悪い。
 しかし、どんな相手でも一刀の下に葬り去ってきたミツキにここまで言わせるというのは、やはり『金剛徹し』の威力は侮れないということだろう。
 実際、ゲームでのレベル300オーバーの俺でもギリギリだった訳だし。

 少なくとも、今の俺があんな物を喰らったら即死間違いなしだろう。
 だが、俺はそれでも笑ってみせた。

「実は、その槍についても噂で話くらいは聞いてたんだ。
 一応、対策は用意してある」

 笑顔は少しひきつったかもしれないが、この言葉自体は別に、まるっきり嘘という訳ではない。

 いきなり使われたのでは対処のしようがないが、『最後の試練』では確実に『金剛徹し』を使われる代わりに、槍が放たれるタイミングも、どこを狙われるかも同時に確定している。
 このイベントを見越して対策は考えていたし、ついさっきも頭上にナイフを投げて、それを『金剛徹し』に見立ててシミュレーションもしてみた。

 ただ、幸いそれは成功したものの、自由落下してくるナイフと『金剛徹し』では速度も威力も性質も、全てがあまりに違いすぎる。
 正直に言えば、対策が万全だとはお世辞にも言えない状況ではあった。

 だが、ミツキの俺の実力に対する信頼は、俺の想像以上に高かったようだ。

「そうですか。
 それならば安心です。
 神槍と奇剣の対決、楽しみにしていますね」

 ミツキは「これで安心できたよー」とばかりに猫耳をぴょこぴょこ跳ねさせながら、リンゴの所へ走っていった。

「参ったな……」

 それを見送った俺は、頭をかいた。
 リンゴとの約束のためにも、ミツキの信頼のためにも、俺は絶対に試練を乗り越えなくてはならなくなってしまったようだ。



 などと、色々と気合を入れてはみたものの、初日はそんなに厳しいイベントは起こらない。
 ヒサメ家のポリシーで、試練で出て来る障害は物理的な物だけと決まっている。
 毒殺や魔法攻撃がない訳で、何が起こるか分かっていれば比較的対処は楽だ。

 せいぜいどこからともなくオリハルコン製の植木鉢が飛んできたり、宴でもやってきたドジっ子な女中さんが転んだ拍子に両手いっぱいに持った刃物をぶちまけてくるくらい。
 それらの干渉を適当に切り抜けながら、この日最後の仕事、風呂掃除を行う。

 掃除に向かった大浴場の浴槽いっぱいに、濁ったお湯と見せかけたゲル状モンスターが入っているというダイナミックに地味な嫌がらせが仕掛けられていたが、これくらいならどうということもない。

「浸透圧って、なんだろなー」

 鼻歌を歌いながら浴槽に大量の塩をぶち込むことで即座に解決して、本日の寝床に向かう。



 やってきたのは、例の要塞のような離れだ。

 このイベントをやっていた最初の内は、どこからか矢でも飛び出してくるんじゃないか、落とし穴でも仕掛けられてるんじゃないか、夜中に誰かが夜襲をかけてくるんじゃないか、なんて無駄にビクついていたが、そんな心配が無用だということは今ははっきり分かっている。
 俺は全くの無警戒で家に入る。

「この家、やっぱりちょっと、広すぎるよな」

 猫耳屋敷の方が広かったはずなのにどうしてこんな風に感じるんだろう、と自問して、すぐにリンゴがいないからだと気付く。
 ほんの数日前に出会った相手だが、考えてみれば会ってからはほとんど片時も離れたことはなかったような気がする。

 いないとなると寂しいものだな、なんて思っていると、ぽんぽんと腰を叩かれた。
 視線を下に向けると、慰めてくれているのだろうか。
 くまがこっちを見て、ニタァと笑っていた。

「そういや、お前がいたんだよな」

 仲間なのかはちょっとよく分からないが、まあ心強いと言えば心強い。
 それに、もともと俺はぼっちゲーマー。
 一人の寂しさには耐性がある。
 いや、まったく自慢にはならないが。

「さて、じゃあ寝る前に一仕事しておかないとな」

 俺は一人でそう言って一人でうなずき、鞄から一本の彫刻刀を取り出した。




 ――ぺちぺち、ぺちぺち。

「……ん」

 頬に奇妙な感触を覚えて、俺は目を開けた。

「なん、だ…?」

 目を開けたはずなのに、何も見えない。
 一瞬失明を疑ったが、単に光が入ってきていないだけだと気付いた。

 ――ぺちぺち、ぺちぺち。

 それでも少しずつ暗闇に目が慣れて、俺の頬を叩いて起こしてくれた、黄色いくまの姿がぼんやりと見えてくる。

(ああ、そうか……)

 俺は昨夜、ヒサメ家の離れで寝たのだ。
 だったら、この状況は理解出来る。

『……マ! ソーマ!』

 しばらくぼうっとしていると、遠くから俺を呼ぶ声が響いているのに気付いた。
 これは……リンゴの声だろうか。

『残念だが、こんな状況では彼も助からないだろう。
 もう諦めた方がよいのではないか?』

 これが、たぶんアサヒの声。
 そして、

『貴方が仕掛けた癖によくも言いますね。
 リンゴさん。
 あまり心配しなくても、探索者の指輪に反応があります。
 彼は無事ですよ。
 まあ、多少は埋まっているようですが』

 冷静にそう告げているのがミツキの声だろうか。
 そのやりとりを聞きながら、

(ああ、やっぱりアレが起こったんだな……)

 と寝ぼけた頭で納得していた。
 この試練の一日目の夜に宿泊することになる離れ。
 ここには落とし穴などの分かりやすい罠はないが、たった一つだけ、特大の罠が仕掛けられていた。

 ――それは深夜、建物が丸ごと倒壊するというものである。


 離れは強靭かつ重量のある素材で作られていて、これが潰れてのしかかってくれば中にいる人間はひとたまりもない。
 しかもゲーム中、夜にこの建物から出ることはシステム的に不可能となっているため、多くのプレイヤーが無理ゲーだとクリアをあきらめた。

 たかだか娘の婿に試す試練のために、建物を一個潰すなんて流石はヒサメ家。
 というより、流石の『猫耳猫』である。

 ただ、今では彫刻刀の固有スキルで部屋に彫刻用の石材を生み出し、それを適切に配置すればほぼ100%生き残れることが発見されていて、生き残りやすい石材の配置などもネットに公開されている。
 『猫耳猫』の悪意は相当な物だが、『猫耳猫』プレイヤーの執念だって決して負けてはいないのだ。

「なんだ、まだ、こんな時間じゃないか……」

 暗がりの中で時計を見ると、時刻は午前4時前。
 道理で眠いと思った。

 それに、外の声を聴く限りでは、俺が掘り出されるまでまだ時間がかかりそうだ。
 外で頑張ってくれている人たちには悪いと思うが、この眠さには抗いがたい。

 ――ぺちぺち、ぺち……。

 いまだ俺の頬を叩き続けているくまを抱きかかえると、

「おやすみー」

 俺は二度寝という名の至福の世界に落ちていったのだった。


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