第七十七章 残り1割は時候の挨拶
「なるほど、ネコミミネコ流か!
それはうちとも縁のありそうな名前だね!」
アサヒはそう言ってさっきまでの刺々しい態度を豹変させ、屈強な見た目に似合わない、人好きのする笑みを浮かべた。
「いや、試すようなことをして済まなかった。
ミツキからの手紙を読んだのだが、その中の大体4割近くが君の剣への賛辞で占められていたからね。
少し興味を持ってしまったんだ」
それを聞いて俺は、心の中だけで「ミツキィ!」と叫んだ。
俺がミツキに勝ったことは書かなかったとしても、そりゃあ手紙の半分近くを使って俺の戦いをベタ褒めしていたら意味がない。
というか、特定の人物をそんなに褒めていたら、親としては何かあるんじゃないかと勘繰るのが普通だろう。
俺がそんなことを考えていると、アサヒの手が目の前に差し出された。
「ワシは旭日・氷雨。
ここの道場主をやっている。
よろしく頼むよ、ソーマ君」
「…はい。こちらこそよろしくお願いします」
俺もまたためらいがちに手を差し出す。
二人の手ががっちりと合わさった、まるで典型的な和解の場面。
しかし、俺が手を握った途端、アサヒの瞳にふたたび鋭い光が灯った。
「ただ、ワシらの力をあの程度だとは思わないでほしい。
慣れない得物で不覚を取ったが、ワシの得意武器は槍。
ヒサメ家の家宝『金剛徹し』を手にすれば、まだまだ娘にも引けはとらないつもりだよ」
笑顔を浮かべてはいるが、その目は笑っていない。
その言葉に、俺は思わず視線をアサヒの背後、道場の壁に向けた。
そこには『必中必殺の神槍』の異名を持つユニーク武器、『金剛徹し』が掛けられていた。
「次は宴の席で会おう!」
と気さくに挨拶をされた俺は、最初に俺を道場まで案内してきた門下生にまた道案内をされることになった。
「騙すような真似をして申し訳ありません。
これからソーマ様の本当のお部屋に案内いたします」
そう言って彼は丁寧に頭を下げると、俺をある建物に連れていってくれた。
「ここです」
「ここ、ですか」
そこは、分類的には離れということになるのだろう。
しかしまるで堅牢な要塞のような外観が、その言葉のイメージを裏切る。
一体何の素材で出来ているのか知らないが、壁一つ、門一つ取っても非常に重く、硬そうで、生半可な武器では傷一つつけられそうにない。
ゲームでも散々見た場所だが、こんな場所に住みたくはないなとまず思ってしまう。
「ええと、ここには俺一人が…?」
見た目はともかく、建物の大きさ的にも一人で泊まるには大きすぎる。
俺は念のためにそう尋ねたが、
「はい。大切なお客様ですから」
案内をしてくれた門下生は、邪気のない顔で俺の予想通りの答えを返した。
(しかし、どうするかなぁ……)
内心で頭を悩ませながら、離れを見上げる。
二階建てのその建物にはそれぞれの階にいくつも部屋があり、猫耳屋敷ほどではないが、色々な施設もそろっていたはずだ。
その大きな建物を眺めるともなしに眺めながら、俺がなんと答えようか迷っていると、ちょうど俺たちの隣を抜けるように、青い顔をした女性が走ってきた。
俺たちには気付かない様子で走り去ろうとするその女性を、
「そんな顔をして、どうかしたのですか?」
俺を案内してくれた門下生が呼び止める。
女性は足を止め、俺をちらっと見てから、
「実は……」
と言って事情を話し始めた。
長々と色々しゃべっていたが、要はミツキと俺たちの歓迎会用の食材が足りないらしい。
その食材とはこの近くで育てている野菜であり、近くの畑に行けば採れるのだが、それなりに腕力が高くないと引き抜くことは不可能で、困っているんだそうだ。
「それは、参りましたね。
私もこれから用事がありますし、他に手が空いてる者などは……」
と言って、ちらっちらっとこちらを見てくる門下生。
「そんな、わたしでは力が足りませんし、一体どうすれば……」
と嘆きつつ、ちらっちらっとこちらを見てくる女性。
俺は仕方なく言った。
「じゃあ、俺が行ってきますよ」
口にした途端、二人の顔がパッと輝いた。
「そうですか!? ありがとうございます!!
畑の場所は……」
唐突ではあるが、冒険者鞄とは本当に便利だなとこの世界に来てよく思う。
ゲームでは、収納系のアイテムを複数持つことが出来ないように、収納系のアイテムは所持した瞬間から決まった場所に装着される仕組みだった。
例えばポーチはゲームスタート時から右腰に固定されて動かせないし、鞄系アイテムは手に入れたら左腰に固定、クーラーボックスなどのそれ以外の収納系アイテムは右斜め後ろに固定で、新しい物を手に入れたら入れ替え。
この制約のせいで、同時に三つ以上の収納系アイテムを持つことは出来なかった。
まあ収納系アイテムがたくさんあったり、収納の中に収納、とか今のようなことをやり始めたらますますバグが増えた気がするのでしょうがないかとも思うのだが、多少不便な思いをしたのは間違いない。
この仕様のせいで、場所を取るクーラーボックスなどのアイテムには、「持っていると邪魔」という意見が相次ぎ、ガラクタアイテム認定されていたくらいだ。
しかし、半ば現実になったこの世界で使えばこれほど便利なアイテムもない。
熱い物は熱いまま、冷たい物は冷たいままで、永久保存が出来るのだ。
ここまで便利な物は、現代の科学でも再現出来ないだろう。
10個までしか物が入れられないという欠点があるものの、普段は鞄の中に入れておけば場所も取らないし、どこかで見つけたらもう一個くらい買ってもいいかと思わされる。
「ぷはーっ!」
俺はクーラーボックスから出した冷たい飲み物を飲んで休憩しながら、畑を眺める。
収穫した作物は全体のちょうど半分。
いや、半分に1個か2個足りないという程度までは進んでいる。
野菜を引き抜くには一定の腕力ステータスが必要だったが、幸いこのイベントの要求ステータスはそんなに高くなかった。
とは言っても素の能力値では流石に届かなかったので、パワーアップの魔法と腕力上昇系アクセサリーのお世話にはなっているが。
「うん、順調順調」
俺は一つうなずいて、冒険者鞄の中から、ある特定のアイテムだけを入れた『黒い冒険者鞄』を取り出す。
そしてそれを手にしたまま、畑の端まで歩いた。
「さて、と」
鞄の位置が固定されていないこのゲームでは、ゲームでは出来なかった便利なことが出来る。
これも、その一つ。
「よーし、行けー」
俺は今一つ迫力のない掛け声をかけて、鞄をひっくり返した。
出したい物を思い浮かべながら鞄をひっくり返すと、それがどんどん落ちてくることを発見したのだ。
俺は少しずつ歩いて場所を変えながら、畑の縁にその『黒いアイテム』をばらまき続けた。
「ん。来たか」
ばらまき作業を終え、3個目の野菜を取った時、それは起こった。
「牛だー! 牛が逃げたぁー!」
という叫びと共に、声と同じ方向から地響きと砂煙が上がる。
その正体は、こちらに向かって全速力で駆けてくる牛型モンスター『クレイジーカウ』。
いかなる偶然か、そいつらはまっすぐにこの畑を目がけて走ってくるようだった。
「そ、そこの人、逃げろ! 逃げてくれー!」
地響きに交じって悲鳴のような声が響くが、俺は動かなかった。
やがてクレイジーカウたちは勢いを全く殺すことなく畑の前に殺到し、
「今すぐ逃げ……え?」
そこで急に二つに分かれて走っていった。
畑を迂回するように走ったため、当然俺にも野菜にも被害はない。
「え、えっと、あれ? おかしいな?
予定だったらまっすぐ……」
牛たちが視界からいなくなった頃、ようやくさっきの声の主らしき男が現れた。
門下生らしきその男は、無傷の畑を見て首をひねってから、
「……あ、いえ、無事でよかったです。
それじゃあオレは牛を追っかけなきゃいけないんで」
それだけ言って、牛が逃げた方向に自身も逃げるように走り去っていった。
その姿が見えなくなったのを確認してから、俺は畑の縁を見下ろしてため息をつく。
「これ片付けるの、野菜拾うより面倒なんじゃないか?」
そこには、鞄から出した大量の黒い髑髏が転がっていた。
野菜と髑髏を片付けた俺は、離れまで戻った。
そこには俺を案内してくれたさっきの門下生と、
「アサヒさん……」
ここにいるはずのない男がいた。
「野菜は?」
「……全部、ちゃんと持ってきましたよ」
俺はそう言って、野菜を詰め込んだ冒険者鞄を差し出した。
「…おい」
「はい」
アサヒの指示を受け、門下生がそれを受け取って、走り出していった。
おそらく料理に使うのだろう。
それを横目に、俺はアサヒを問いただす。
「どういうつもりですか?
もう俺を試すのはやめたんじゃなかったんですか?」
宴の席に向かったはずのアサヒがここにいるのもおかしいし、牛が突然俺のいた畑に向かってきたのもどう考えても不自然だ。
それを仕込んだのはアサヒの指示だと決めつけて、俺はそう口にした。
そしてアサヒは……それを否定しなかった。
「ヒサメ家の家訓でな。
家の者を娶る時、あるいは家に嫁ぐ時は、それに相応しい力を示さなければならないという掟がある。
ワシも、ワシの養父も、その父親もまた、試練を乗り越えてこの家を継いだのだ。
ヒサメ家はそうやって強くなってきた」
代わりに、答えにもなっていないようなことを言う。
(やっぱりかぁ……)
盛大に騙された後で言うことでもないが、基本的にヒサメ家に悪人はいないし、むしろ全般的に見れば正義感の強い人間が多く集まっている。
ただ、『強くなるためなら何をしてもいい。別に死んだって構わない』という人間しかやってこないしやっていけないため、結果的に命の価値が羽毛よりも軽くなっているという魔窟でもある。
彼らは戦いのためなら自分の命も平気で投げ出し、決闘などで身内が死んでも悲しみはしても怒りはせず、しかし一方では非戦闘員が傷つくことを何よりも嫌うという、ある意味一本筋の通った戦闘民族だ。
実力者であればあるほど、そして身内に近ければ近いほど、その関わり方は物騒になってくる。
しかし逆に言えば、自分たちと関係のない一般人と認識されれば無害にもなるということだ。
(とにかく誤解を解くこと。
それがこの魔窟を無傷で抜け出す最後のチャンスだ!)
ここで失敗すれば、理不尽なデスゲームに無理矢理付き合わされるはめになる。
俺は必死で言い募った。
「俺を試そうとするのは、娘さんのことがあるからですよね?
でも俺に、ミツキと結婚する意志はありません」
しかし、
「しらばっくれるな!!」
その言葉は、なぜかアサヒの逆鱗に触れる結果になった。
「お前と娘が恋仲だというのは、もう分かっている!」
「えっ? いや、えぇ!?」
なぜか力強く断定されてしまった。
意味が分からない。
「言っただろう?
娘からの手紙は読んだ。
ミツキの『秘密』を見たそうだな?」
「え、ええ……」
そこは本当だ。
ここはうなずくしかない。
「ミツキはあの『秘密』を人一倍気に病んでいた。
物心ついてからは、誰一人、家族にさえも『あれ』を見せなかったくらいだ。
あの娘が油断や偶然くらいで、『あれ』を見られるとは思えん。
つまりお前は、そのくらいミツキに信頼されているということだ」
「え、いや、それは、その……」
実は水で濡れ透けにしたら尻尾も見えちゃって……と言えば誤解は解けるかもしれないが、別の理由から殺される気がする。
というか、その時に見てしまったというのはミツキの勘違いで、実際には俺が初めて尻尾を見たのはその後、ミツキが自分から見せてくれた時だ。
さらに言えば、あの後尻尾を褒めまくったことでコンプレックスが軽減されたのか、ちょっとだけ撫でさせてもらったし、二人きりの時はまたさわらせてくれると約束までしてもらった。
これでは全部を正直に話しても、誤解が解けない可能性が高い。
「それに、だ」
押し黙った俺を忌々しそうに見ながら、アサヒはさらなる追及を始める。
「たとえ事情を知らない者でも、娘からの手紙を読めば一発で分かる。
この手紙の4割は君の剣への賛辞だと言ったが、もっとたくさん書かれていることがある。
この手紙の内の5割は――」
「5割、は……」
鸚鵡返しにつぶやく俺を苦々しげににらみつけ、アサヒは告げた。
「――君自身のことで、埋め尽くされている」
それを聞いて俺は、心の中だけで「ミツキィィ!!」と叫んだ。
そりゃあ手紙の9割に俺のことしか書かれていなければ、当然誰だって誤解するだろう。
むしろもう誤解しない方がおかしい。
どう考えたってアウトだ。
ほんの少しでも考えてみてくれよと言いたい。
お前の頭は飾りなのかと言ってやりたい。
猫耳に賢さを全部吸い取られたのかと……あ、うん、それなら許せる!
まあ、許せる許せないはともかくとして、
「何か、申し開きはあるか?」
実際問題、アサヒには完全に誤解されてしまっている。
この誤解は簡単には解けそうにない。
ただ一つ、方法があるとすれば……。
「もし仮に、ミツキは俺のことを好きなんだけど、俺にその気が全くない、とかだっ――」
突然膨れ上がった殺気に、俺は言葉を続けることが出来なかった。
何の作用なのか、一瞬だけアサヒの身体が大きくなったように見えた。
殺気を帯びたまま、地を震わすような低い声で言う。
「答えが、必要か?」
「いえ……」
俺は目を逸らした。
(こりゃ、駄目だ……)
畑のイベントが始まった時から実は分かっていた。
開始こそ変則的だったが、内容自体は『ヒサメ家訪問イベント』を忠実になぞっている。
せめてミツキの手紙がまともだったら別の道もあったのだろうが、これはもう完全にルートに入ってしまっていると考えていいだろう。
(だったら……)
いっそ乗ってみるか、と俺は考える。
ここで逃げ出しても、誤解されたままでは敵対フラグが立った状態になる可能性もある。
ヒサメ家と対立するのは絶対に避けたい。
どうにかして、ここで問題を解決しなければいけないのだ。
実は離れに案内された時、迷っていたのはこのことだ。
あの離れに案内されるという流れすら、ゲームのイベントそのものだった。
あそこに特大の罠が仕掛けられているということは、俺にだって分かっていた。
それでも、悩んだのだ。
イベントの流れに乗るべきか、あるいは逆らうべきか。
俺は悩み、そして決められなかった。
だが、今なら俺が選ぶべき道がはっきりと分かる。
「分かりました。なら、俺を試してください」
「……ほう?」
俺は、この連続イベントを受ける!
というか、受けないとたぶん死ぬ!!
アサヒの戦闘に関する勘は想像以上だし、スペック的に考えれば今の俺ではまだ敵わない。
門下生もまともな武器を持ったらきっとそれなりに強いだろう。
そんな奴らがイベント無視で襲いかかってきたら万に一つも勝ち目はない。
いや、もし何かの奇跡で勝つことが出来たとしても、相手を一人でも殺してしまったら実質ゲームオーバー。
だったら、まだ展開の分かっているイベントを起こしてもらった方がマシだ。
ここでのイベントは全て頭に入っているし、少なからず対策もしてきた。
それを全て終えれば円満に解決するのは保証されているし、俺は『ヒサメ家訪問イベント』を全てこなしてミツキを仲間にはしたものの、結婚まではしなかった。
つまり、これを乗り切りさえすれば、全てが解決するということだ。
「正直に言えば、まだミツキと結婚するかは分かりません。
ただ、彼女に友と呼ばれるにふさわしい人間であることを、俺は証明したいと思います!」
だから俺は、小狡い考えを胸に、毅然とそう言い切った。
それを受けて、アサヒが笑う。
「よく言った!!
ならば心置きなくお前を試そう!
期間は今日を含めて三日間。
その三日間で『義の心』『常在戦場の気構え』『危機を乗り切る力』の全てが備わっていると証明せよ!
最後の試練を受け、なお生き残ることが出来れば、お前にヒサメ家の一員たる資格ありと認めよう!!」
試練達成の条件が『生き残ること』って辺りが流石だよなぁ、と内心思いながら、
「はい!!」
俺は元気よく返事をしたのだった。
ゲームクリア前のキャラクターでのクリア報告ゼロ。
鍛え抜かれた『猫耳猫』プレイヤーですら、「ここだけ死にゲー」と愚痴を漏らした難関イベント。
『命が羽毛より軽い』と言われるヒサメ家主催による、サドンデスゲームの幕が上がった。
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