第六十三章 リンゴ
そのアイテムショップには、色々な物があった。
各種回復、状態異常治療アイテムに、松明やロープ、テントなどの冒険用の道具、それにダーツなどの遠距離攻撃が出来る使い捨てアイテム。
残念ながら期待していた転移石は今回は出ていなかったが、掘り出し物欄には超レアなドーピングアイテム、『スピードシード』が並んでいるし、他にも魅惑のアイテム群が所せましと置かれている。
使うとねずみの形の炎が敵や味方や味方やあとは主に味方を襲う攻撃アイテム『フラワーファイア(ラット型)』。
中に入れたアイテムの時間を凍結して食品アイテムなどの劣化を防ぐ、便利な冒険者鞄『クーラーボックス』。
ゲーム時代、VRマシンの汎用メニューの方に録画機能があったため、実質何の役にも立たなかった『映像記録器』(要は魔法版ビデオカメラ)。
(やっぱり掘り出し物っていいなぁ……)
数々の魅惑のアイテムたちが俺を魅了してやまない。
アイテムショップ通いは、これだからやめられないのだ。
(それに、在庫まで手に入れられたっていうのはよかった)
VRとそうでないゲームの店の違う所は、VRのゲームでは実際に商品が店頭に並べられているという点にある。
もちろん例外もあるにはあるが、基本的にVR系のゲームは店に置いてある商品がなくなれば売り切れであり、だから原則、『ポーション99個大人買い』みたいな真似は出来ない。
例えば店頭に20個ポーションがあるなら、それを全て買ったらそれ以上ポーションを購入することは出来ず、次の日になって商品が補充されるのを待つことになる。
在庫があっても陳列品しか売らないのはそれはそれでリアリティがないとは思うが、現実社会のリアリティとゲーム中でのリアリティとはやっぱりちょっと違う物なのだ。
しかし今回、俺たちは倉庫にあったアイテムの在庫まで購入することが出来た。
その数は、店頭に並んでいる数の大体3倍程度。
これならしばらくはアイテム不足に悩むことはないだろう。
だから、今回の店全部買いは大成功だったのだ!
そんな風に現実逃避気味に今回の一件を振り返っていると、
「ソーマ。これ、わたしじゃもてない」
後ろから、リンゴの声がかかる。
もしかしてリンゴなら、と思っていたのだが、やはり彼女でも無理らしい。
「……分かった。今から片付けるよ」
俺は観念して後ろを振り返る。
そこには、今俺を悩ませている最大の要因。
――いまだうずたかく積まれた、ドクロの山があった。
アイテムショップの店員さんは俺の提案に最初は唖然としていたが、俺に本当に支払い能力があると分かるや否や、素早く外に出て入口に『CLOSED』の札をかけ、にっこりと笑って在庫品まで持ち出して俺に売りつけてきた。
在庫まで売ってしまって店は大丈夫なのかと尋ねたが、特に消費の速い回復アイテムなどの消耗品は、1日も待たずに再入荷出来るらしい。
今日は店じまいするが、明日以降の営業には全く問題ないそうだ。
これはどうやらゲームのシステムを踏襲した結果のようで、そんなたくさんの商品をどこから仕入れているのか気になったが、それを尋ねる前に俺は彼女によって有無を言わさずに倉庫まで連れて行かれた。
「これは……」
そして、そこに押し込められた物を見て、俺は絶句することになる。
そんな俺を笑顔で見守りながら、店員の女性は嬉しそうに言った。
「もうほんっとうに、助かりました。
これ、どんどん入荷されてくるのにひとっつも売れなくて、すごく困ってたんです」
その言葉は聞くともなく聞きながら、そりゃそうだろう、と俺は内心うなずいていた。
ゲームシステムによるマイナス補正がなくたって、誰がこんな趣味の悪い物を買うものか。
「『お洒落な髑髏』……」
クエスト用アイテムであり、システム的に『NPCが誰も拾わない』という属性がくっついていると思しき趣味の悪い置物だ。
見た目は真っ黒な人間の頭蓋骨。
その不人気もむべなるかなという代物である。
『猫耳猫』のゲームで、店頭に並んでいる25個を四回買った者がいて、掘り出し物のくせに少なくとも在庫が100個以上あるというのは分かっていた。
しかし、裏にまさかこれだけの数が保管されているなんて、誰も想像しなかっただろう。
俺も討伐大会が起きる直前、クエスト用にこれを25個買って『迷子の道標』クエストをクリアしようとは考えていたが、こんな倉庫いっぱいにまで溜めているのを見せられて、どうしろと言うのか。
俺の内心の慨嘆を知らず、店員がうきうきと声をかけてくる。
「よく名前を知ってましたね。
でもこれ、お客さんたちには『呪いのドクロ』って呼ばれてて、買うどころか近くに寄ってもくれないんですよ。
あれのせいで確実に店の売り上げは落ちましたね」
「だったら、何で店頭に並べてるんですか?」
それもゲームシステムによる縛りだろうか。
だが、そんな明らかに害のある代物をあんな目立つ場所に並べなくてもいいようなものだが。
俺が呆れながらそう尋ねると、店員さんは表情を曇らせた。
「わたしだって、何度も撤去しようと思いましたよ。
でも、箱詰めされていたり手に持っている間はまだいいんですけど、一度陳列してしまうと、どうしても不気味で拾えないんです」
そう言った彼女の顔は先程までの雰囲気が嘘のように沈鬱で、とても冗談を言っているように見えない。
(ああ、そうか!)
『お洒落な髑髏』はシステム的に『地面に置くと誰も拾えない』アイテムだ。
それが商品として棚に並べられた時にすら発動してしまっているのだろう。
お客が手に取れないどころか、店員が場所を移すことも出来ない商品とは……。
まさに、『呪いのドクロ』である。
もちろん、その『呪い』はプレイヤーである俺には対象外だ。
この『お洒落な髑髏』も、俺だったら簡単に撤去することが出来るだろう。
ああ、いや、でもやっぱり……。
(正直、こんなに要らないんだよなぁ……)
以前にも言っていた通り、『迷子の道標』クエをクリアするのに必要なアイテム数は25個。
一応余裕を見て30個くらいは買ってもいいが、ここには一体何十、いや、何百個の髑髏があるのか。
「ええと、これって何個くらい……」
「3000個です」
即答する店員。
顔をしかめる俺。
「あの、申し訳ないんですが、これは……」
流石にこんなには買い取れない。
俺が購入を取りやめると言い出しかけた時、その機先を制するように店員さんが俺に笑いかけた。
「まさか、お客様はちょっと面倒な話を聞いたくらいで、ご自分の口にしたことを撤回するようなケチな方ではありませんよね?
……ね、ゴールデン長者のサガラさん?」
その笑顔に、俺は口にしかけた言葉を引っ込めた。
名前が割れている。
この口ぶりからすると、討伐大会の発表を見られていたという所か。
そうすると俺たちの名前どころか、俺たちが8000万Eもの高額賞金を手に入れたことも見抜かれていることになる。
「心配なさらなくても大丈夫ですよ。
本当なら3025個で30万と2500Eの所を、30万Eぴったりに負けておきますから!」
店員の満面の笑みに、もはや言葉もない俺。
そういえば、ゲームで最後に殺されたのも、この店員と話をしていたせいだったことを何となく思い出した。
絶句してしまった口の代わりに頭に浮かぶのは、こんな言葉。
(不良在庫を、押し付けられた!!)
教訓。
大人買いは、ちゃんと商品を確かめてから行おう。
さて、そうやって不本意ながらも話はまとまったのだが、店にあるアイテム全部を買うことよりも、その大量のアイテムをどうやって保管するかの方が問題だった。
しかしその答えは、今回購入したアイテムの中にあった。
そう、リンゴにもプレゼントする予定の超便利アイテム、冒険者鞄である。
冒険者鞄はゲームでは一人一個までしか持てない物だが、これは指輪と同じ精神的な制約によってこの世界でも規制されているようだった。
だが、逆に言えばそれは、少なくとも俺には関係がないということだ。
色とりどりの冒険者鞄を並べて、そこに次々に店の品物を入れていく。
赤い冒険者鞄には攻撃アイテム、青い冒険者鞄には回復アイテム、というように、それぞれの鞄の色ごとに入れるアイテムを変える。
しかしこれだけでは、俺は大量の鞄を持って歩かなくてはならなくなる。
だから最後に、それらを横向きにして、元々持っていた冒険者鞄の中に入れる。
冒険者鞄in冒険者鞄である。
これはコンピュータのフォルダ分けなんかと同じ要領だ。
アイテムフォルダの中に攻撃アイテムフォルダ、武器アイテムフォルダなんかを作って分けることで、どこに何があるか分かりやすくするという理屈。
しかし、これには少し難点もある。
冒険者鞄にアイテムを直接入れていた今までとは違いアイテムの入った冒険者鞄すら冒険者鞄に入れてしまった今では冒険者鞄からアイテムを取り出すのに単に冒険者鞄から目当てのアイテムを取るだけでなくまず冒険者鞄の入っている冒険者鞄からアイテム入り冒険者鞄を取り出してその冒険者鞄から取り出した冒険者鞄から改めてその冒険者鞄に入っているアイテムを取り出す必要があるので冒険者鞄にアイテムしか入れていなかった以前と比べて冒険者鞄から冒険者鞄を取り出す工程がある分面倒なのだがそろそろ何を言っているのか自分でも分からなくなってきた。
要は、アイテムが二重に鞄に入れられているから、二回鞄から取り出す動作が必要、ということである。
まあこれも、よく使うアイテムはポーチか一番外側の鞄に入れることである程度解決出来る問題だろう。
アイテムソートについては、拠点を定めてからゆっくり考えることにする。
お店の人にアイテム種ごとに分けて鞄に入れて欲しいと頼んだら、手際よくポンポンと店の品を鞄に放り込んでくれているので、それは大丈夫だろう。
曲がりなりにも店員だし、その辺りの分類を間違えるとも思えない。
それより当面の問題は、この『お洒落な髑髏』×3000。
倉庫にぎゅうぎゅうに詰め込まれたこれを鞄の中に入れるのは、このドクロに唯一触れる俺ということになる。
しかし、考えてもみて欲しい。
3000個とは膨大な数だ。
仮に俺が1秒に1個ずつ鞄に詰めたとしても、50分はかかる計算になる。
50分間、ひたすらドクロを鞄に詰め続ける男。
それが自分でなければ、逃げ出したくなるような絵面である。
いや、むしろこの作業から逃げ出したい。
(せっかくお金持ちになったのに、どうしてこんなことに……)
『猫耳猫』は成金的な楽しみすら許さないと言うのか。
思わず心の中で愚痴をこぼすが、買うと言い出したのは俺だし、店員どころかリンゴすらこれを拾えないのであれば、俺が何とかするしかない。
俺用に買ったはずが結局は譲ることになった二つ目のリンゴを食べながら、がんばれーとばかりにリンゴがこちらに小さく手を振ってくる。
それを恨めしく見やりながら、俺は黙々とドクロを鞄に詰め続けたのだった。
「ありがとうございましたー!
またのお越しをお待ちしております!」
きっとほくほく顔をしているであろうアイテムショップの店員の声を背中に受け、
(二度と来ねえよバーカ!)
と俺は心の中だけで大人げなく吐き捨てる。
まあ、あれだけアイテムを買ったのだから、本当に二度と行かなくてもおかしくはない。
それでも、掘り出し物目当てに日参してしまうような気もするが。
結局1時間近くかかって、俺は全部のドクロを鞄に詰め終わり、会計を済ませて店を出た。
会計総額は98万E。
金銭感覚はとっくに麻痺しているので、高いのか安いのか判断がつかない。
「じゃあ端数は切って、すっぱりと100万Eにしておきましょうか!」
と例の店員はいかにもサービスしてるみたいに言ったが、明らかに高くなっていた。
ツッコミを入れる気力もなく、ただじとっとした目を向けるだけの俺に、流石に反省したのか、
「じょ、冗談ですよ? 今回は本当に助かりました」
と言って、90度くらいまで大きく頭を下げてくれたので、少しだけいいことをしたような気分になった。
店員からすれば実にいいカモであろう。
ともあれ、ゲームシステム的に不正会計はないだろうと信じて、98万Eをそのまま払った。
いや、在庫品購入とかゲームにないことをしたし、ドクロでは思い切り値段を負けられたりしたし、今となってはどこまでそれが信用出来るか分からないのだが、本音を言えばもうめんどくさかったのだ。
「終わっ、たぁぁ……」
たかが買い物ごときに大騒ぎだ。
ちょっと余計な物まで買ってしまった気はするが、値段的にはたったの30万E。
そう気にするほどの物でもないだろう。
それよりも、俺の受けた精神的苦痛がプライスレスだが。
「…おつかれ、さま」
それも、ねぎらいの言葉をかけてくれたリンゴの優しさで、いくらか軽減される。
(おっと、そうだった……)
俺がドクロを入れている間に、リンゴには専用のお財布クリスタルと、自分用の冒険者鞄を用意してもらった。
しかし、他人の前で大金の受け渡しをするのもどうかと思って、まだ賞金の分け前を渡していない。
「リンゴ。クリスタル貸してくれ」
俺はそう言ってリンゴからクリスタルを受け取ると、そこに受け取った賞金の半額、2135万Eをそこに移した。
これで俺のクリスタルに約2040万E、リンゴのクリスタルに2135万Eがそれぞれ入っていることになる。
と、計算したのだが、
「…かして」
すぐにリンゴは俺のクリスタルを奪い取ると、俺のクリスタルに2100万Eを戻してしまった。
これではリンゴのクリスタルには35万Eしか残らないことになる。
もちろんそれだって大金と言えば大金だが、2000万Eとは比べ物にもならない。
「お、おい!」
俺は驚いて声を荒げるが、リンゴはいつものようにどこを見ているのか分からない様子のまま、平然と答えた。
「…いい。そういうの、ソーマのほうがくわしそうだから」
「いや、詳しそうって、でもお前だって買いたい物とかあるだろうし、自分の武器とか防具とかは……」
だが、リンゴは迷いなく言い切った。
「ぜんぶ、ソーマにかってもらう」
堂々のたかり宣言。
しかし、それは……。
「それってつまり、これからも俺と一緒にいるってことか?」
俺の問いに、リンゴはようやくこちらに目線を合わせた。
「…めいわく?」
こちらを見るリンゴはいつもの無表情にも見えたが、その瞳は少しだけ、揺れているように見えた。
――どう、なんだろうか。
俺は考える。
今まで目を逸らしてきたことを、真剣に。
ぼっち気質な俺が、短い時間とはいえリンゴとうまくやってこれたのは、普段、彼女に全く存在感がないからだろう。
これだけの個性に存在感がないというのも変な話だが、何も用事がない時、何もする必要がない時のリンゴは、本当にもう驚くほど何もしない。
ぼうっとその場にいて、どこかを見るともなしに見ているだけ。
それは人として見ると異常で、人によっては怖いとすら思うかもしれないが、俺にとっては相性がいいとも言える。
なんというか、基本的には一人を好む俺であっても、一緒にいてあまり苦にならないのだ。
意地の悪い言い方をすると、俺にとって都合のいい相手なのだと言える。
そして、戦闘能力も申し分がない。
彼女の特殊能力とも言うべき雷撃は強力だし、何よりも基礎能力が高い。
これは彼女が打たれ強いことを意味していて、これが一番重要だ。
俺が『猫耳猫』でソロプレイばかりしていたのは、仲間をなくしたトラウマによる所が大きい。
だが、俺よりも強い仲間となら、一緒に冒険をしてもやっていけるんじゃないかという、そんな思いはある。
それに、何より、
「……いや、迷惑じゃ、ない」
ぼっちのはずの俺が、なんとなく横にこいつがいないのは寂しいなと思ってしまったのだから、これはもう俺の負けなんだろう。
「リンゴといたこの二日、何だかいつもより楽しかった」
そう口にした途端、なぜか一瞬だけ、トレインちゃん――イーナの顔が頭をよぎった。
これから先の冒険にイーナがついてこれるとは思えず、俺は騙し討ちのようなことをして彼女をラムリックに置き去りにした。
その判断を、悔やんでいる訳ではない。
今考えても同じ結論しか出ないし、身勝手でも、それが彼女の幸せにつながるはずだと今も信じている。
「…ん。あり、がと」
しかし、そう言ってうつむくリンゴの姿に、俺はイーナの面影を重ねずにはいられなかった。
その衝動のままに、俺は訊いた。
「だけど、リンゴはいいのか?
俺はたぶん、これからも危険なことに巻き込まれる。
2000万もあれば、この街で安全に暮らすことだって……」
だが、俺の問いに、リンゴは迷いなく首を横に振った。
そうして、こう言ったのだ。
「わたしがいないと、ソーマはすぐしんじゃいそうだから……」
と。
予想もしなかったリンゴの言葉に、俺はとうとう吹き出してしまった。
(なんだ。ここまで言われたら、もうしょうがないな)
俺は覚悟を決めた。
「リンゴ!」
強く名前を呼んで、彼女に向かって右手を差し出す。
しばらくリンゴは俺の真意を探るようにじっとこちらを見ていたが、やがてその瞳にパッと理解の色が宿る。
「…ソー、マ」
まさか緊張、しているのだろうか。
あのリンゴが、まるで不安に怯える子供のような仕種で、怖々と俺に手を伸ばしてくる。
そして、右手に押し付けられる、わずかに湿り気を帯びた柔らかい感触。
「――ッ!」
その瞬間に、言葉は出なかった。
ただ、リンゴが俺を見て、俺がリンゴを見た。
お互いの視線が交差する。
「悪い、リンゴ」
それから俺は、ゆっくりと。
ごくごくゆっくりと、リンゴが触れた自分の右手に視線を落とす。
「……そういうことじゃ、ないから」
差し出されたままの俺の右手には、綺麗に食べ終わったリンゴの芯が二つ、丁寧に並べて置かれていた。
――リンゴってほんとややこしい名前だな、と思いました。
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