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安重根
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安重根の歴史認識 - リベラルの政治的立場とは何か
今週も日韓関係の問題が続いている。11/18(月)に、訪韓した中国国務委員の楊潔篪と面談した朴槿恵が、安重根の石碑をハルビン駅に建立する計画について、中国側に進捗の謝意を表明した一幕があった。NHKがNW9で小さく取り上げて放送しているのを見たが、報道内容は、いかにも韓国と中国が結託して「反日」の悪巧みをしているぞと言わんばかりの論調で、国内の反韓世論を煽る意図で編集されたことが窺える、プロパガンダ色の強いものだった。最近のNW9は、国会で審議され問題になっている社会保障プログラム法案とか、朝日の1面トップで報道された教科書検定改訂などについては何も報道せず、ワイドショー的な内容に徹するか、官僚・官邸が特別に指示した宣伝コンテンツだけを流している。まともな報道をしていない。ジャーナリズムの要素が絶無だ。フィリピンの台風災害については、現地の被害や救援の状況については取材せず、気象学者による自然科学的な台風分析ばかり紹介している。まるで、台風はフィリピンの無人島を襲ったかのような報道だ。東日本大震災が起きた後、津波の高さや地震のメカニズムばかりに焦点を当てて報道していた国があるだろうか。NHKのニュース番組を見ていると、官僚の頭の中がよく分かる。人がどれほど苦しんでいても、それを正視して考える脳がないのだ。井上あさひの目を見ていると、その冷酷な「意図的な無関心」と「関心の切り捨て」が直観できる。「官僚の情報処理」が伝わる。


安重根の石碑の件をNW9が伝えた翌日(11/19)、菅義偉が会見で、「わが国は、安重根は犯罪者であると韓国政府にこれまでも伝えている」と不快感を示し、「このような動きは日韓関係のためにならないのではないか」と批判した。会見で質問を入れたのはどの社だろう。産経か、NHKか。おそらく、事前に昵懇の官邸記者と示し合わせてこの質問を出すよう謀計し、騒ぎを起こして韓国側を牽制する狙いだったに違いない。同日、すぐに韓国通商外交部の報道官が会見で、「犯罪者という表現を使うことは大変遺憾だ」と反論。「日本の帝国主義時代に伊藤博文がどんな人物だったのかを振り返れば、官房長官発言はあり得ない」と指摘、「安重根義士はわが国の独立と東洋の平和のために命を捧げた」と歴史認識を示した。これに対して菅義偉は夕方の会見で、「ずいぶんと過剰反応だなと思う。従来のわが国の立場を淡々と言っただけだ」と応酬、再び韓国批判を繰り返してマスコミに記事を書かせた。昨日(11/19)のネット言論(BBSとTW)は、この問題で盛り上がり、ネット世界を多数支配する右翼が韓国叩きで狂騒して喜ぶ風景一色となった。官邸と連携プレーでの韓国挑発の狂宴。この問題について、マスコミの中では朝日だけが冷静な記事を書き、「安重根は韓国では、日本の植民地支配への抵抗を象徴する『英雄』で、日本の政府高官が『犯罪者』と発言したことは日韓関係に影響を及ぼす可能性がある」と窘めている。

慎重な口調ながら、菅義偉の発言を問題視する表現だ。しかし、このような客観報道をしているのは朝日だけで、毎日の記事を見ると、朝日のような菅義偉の発言に懸念を示す視角が全くない。朝日と比較して、毎日は北朝鮮や中国の問題では右寄りの傾向が目立ち、NHKや産経に近い報道をしている。菅義偉の発言は本当に事実なのか、マスコミはどんな検証をしたのだろうか。私の感覚では、日本政府が「安重根は犯罪者である」と断定し、その認識を韓国政府に伝えるという行為が外交として異常で、さらに、それを政府の公式見解としてマスコミに騒がせて国民に刷り込み、内外に大きく喧伝するという行動が常軌を逸している。安重根が韓国では独立運動の英雄で、韓国史の中で際立った人物として国民的尊敬を集めていることは、常識として日本も承認しなくてはいけない問題で、その歴史認識を否定することは韓国国民を傷つけることになる。同じ立場に立たないとしても、韓国側に内在し理解し、その歴史認識を尊重することはできる。われわれはそう態度しなくてはいけない。そうでなければ、隣人である韓国と友好的な関係は組めない。この場合、外交問題として見れば、韓国報道官の主張の方が正しく、菅義偉の発言に不具合がある。なぜなら、日本が韓国と関係を結ぶ基本法は村山談話であり、そこで日本は、過去の植民地支配の歴史に対して反省をしているからだ。村山談話の精神に則れば、安重根の歴史的評価は韓国側の言い分が妥当だ。

安重根を「単なる犯罪者」とする見方は、当時の、1910年代の日本でなら常識だろう。しかし、過去の植民地支配を反省し謝罪した日本が、しかも外交上の政府見解で、安重根を「犯罪者」と決めつけることは歴史認識として問題がある。村山談話の中に、「国策を誤り」という言葉がある。朝鮮半島を侵略して植民地支配した政策過程について、自ら誤りだったとして否定している。であるならば、初代韓国統監として植民地支配の責任者であった伊藤博文についても、その歴史的評価は相対化されなくてはならず、したがって暗殺加害のテロリズムについても、当時の認識と、歴史となった今からの認識では意味が異なるのは当然だろう。「国策を誤り」の中に伊藤博文の責任も含まれ、否定される歴史の中に初代韓国統監の立場も含まれる。歴史認識が変わることで、刑事犯罪者であるテロリストの評価も変わる。その観点から言えば、坂本龍馬も高杉晋作もテロリストだ。龍馬は寺田屋で捕縛に来た幕吏を射殺している。殺人犯だ。政治犯であると同時に刑事犯であり、そのことが見廻組による自らの暗殺の悲劇に繋がった。しかし、龍馬のことを「犯罪者」と呼ぶ者はいない。1909年の伊藤博文暗殺が1919年の三一独立運動に繋がり、1945年の光復に繋がった歴史を知る韓国の国民にすれば、抗日闘争に殉じた安重根を義士と仰ぐのは当然のことだろう。日本の学界と論壇でも、安重根への評価は積極的なものに変わっていて、2010年のNHKの特集番組では知識人としての側面をよく浮き上がらせていた。

先週から日韓関係の動向が気になり、今週に入って記事を書き始めた。TWで、「正論を立論する精神力がたいへんだ」と愚痴をこぼしたが、その本当の意味を言えば、レスポンスが悪いという真実の重苦しさである。記事を書いても反響を呼ばず、読者の共鳴を得ることがない。秘密保護法の政局記事でも並べていれば、TWもFBも、多くの反響や共感を得て満足な気分だったことだろう。だから、中国や韓国に関する時事を題材にして、政府や右翼を批判する記事を試みることが、どうしても精神的に重く、億劫になって避けてしまう。誰だって、反感よりは共感のレスポンスを多く得る記事を書きたいと思うし、そうでないと作業を続けられない。中国や韓国の問題を取り上げ、日本の政治や言論の状況を批判することは、右翼の立場から見れば、中国や韓国を擁護する「反日」の所業だ。今、その作業を敢えて引き受け、正論の立場に踏み止まり、時流に抗する営みをする者が、本当に少なく、ネットの中に姿が見えない。中国や韓国との関係にかぎっては、マスコミにもネットにもリベラルの影がない。自称リベラルたちの言い分は、「日本も悪いが韓国も悪い」、「日本も悪いが中国はもっと悪い」である。日中共同声明や村山談話の原点に積極的に即く者がいない。どこから見ても、中国は昔と特に変わってはいないし、韓国が急に変わったわけでもない。劇的に変貌したのは日本だ。なのに、私以外の者はみな天動説を唱え、「中国の海洋進出」だの「反日教育の影響」だの「南シナ海の侵略と脅威」云々を言う。

リベラルを自認する多くの一般市民が、右翼の言説を受け入れ、右翼の思想を自身の観念に置き換えている。そのことに無自覚なのだ。自らがナショナリストになっている事実に気づいていない。BlogでもTWでも、マスコミ批判や米国批判や原発批判は受けがいいが、右翼批判(右傾化批判)を正面から論じると、途端にRT数が少なくなり、賛同コメントが激減する。納得しておらず、意見が違うからだろう。そのくせリベラルたちは、戦前に戻るのは恐いだの、改憲反対だの、立憲主義を守れだのを言う。右翼批判をしない自称リベラル。もともと、戦後の日本政治でリベラルという言葉は、通念と表象において保守リベラルのことを指していた。三木武夫、宇都宮徳馬、鯨岡兵輔、宮沢喜一、河野洋平、加藤紘一、野中広務、田中真紀子、細川護煕、武村正義、鳩山由紀夫。この流れがリベラルである。いくらでも政治家の名前を挙げて実証できる。中島岳志が奇怪な珍説を言い出し、物珍しさを売りにして市場で荒稼ぎしているのは、若い人間がその事実を何も知らず、誰も論壇で正確な政治史を説明する者がいないからだ。無知が若年層を支配し、右翼以外の言説が地上にないから、中島岳志のくだらない珍説が商売繁盛してしまう。時代が変わり、本来のリベラルが存在として絶滅し、その政策思想が左派(=旧革新)とくっつく事態になったから、中島岳志のような愚論が市場で商品になるのだ。日本政治史においてはリベラルは保守リベラルなのであり、それが正常な状態であり、左派リベラルの表象が成立している現在こそが、異常なファシズムの時代なのである。

中島岳志が無意味な新説を垂れなくても、保守リベラルは戦後政治史にぶ厚く存在するのであり、誰でもその気になれば、その立場に還って即くことができるのだ。日中共同声明(1972年)と村山談話(1995年)は、その保守リベラルによる政治的産物に他ならない。思想的淵源として石橋湛山を指すことができる。半年ほど前だったか、サンデーモーニングに出演した河野洋平が、村山談話が策定された経緯を細かく証言し、何人も自民党の要人の名前を挙げていたではないか。私が、村山談話に即け、日中共同声明に即け、中韓の日本批判に耳を傾けよと言うと、自称リベラルたちは途端に冷視し、おまえは説得力のない左翼だとでも言いたげな目で顔を背け、カビ臭い教条左翼の説教は懲り懲りだという表情を返す。RTの数を減らし、ブーイングの反応を示す。だが、事実は、日中友好も、村山談話も、保守リベラルが主導して実現した政治だ。革新系(社会党・共産党)が関与した政治ではない。日中友好や村山談話に対して、左翼のラベルを貼って貶めることが、どれほど政治認識として誤謬で不当かを考える必要がある。そして、日本中の国民が右翼(日本右翼)に洗脳され、右翼の主張を当然視する自称リベラルばかりになったとしても、その洗脳工作は決して韓国と中国には効力を及ぼし得ないことを、われわれは知らなくてはいけない。韓国と中国は日本の隣にあり続ける。今は、彼らの方針は、日本を日中共同声明の原点に戻し、村山談話の原点に戻すことである。それが不可能と彼らが判断したときはどうなるのか。そのことを真摯に、勇気を出してイマジネーションして欲しい。

右翼と対決するのがリベラルだ。右翼(日本右翼)を批判しなくてはいけない。丸山真男がそうしたように。



by thessalonike5 | 2013-11-20 23:30 | Trackback(1) | Comments(3)
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Tracked from 聴く 見る 読む 考える at 2013-11-20 22:59
タイトル : 安重根
 安重根が伊藤博文を暗殺したハルピンの現場を示す碑を建てる動きがあることに対し、日本の現政権の外務大臣が「犯罪者」の碑を建てることに異を唱えたことが報道されている。安重根の行動は「テロ」であることは間違いない。しかしその「テロリスト」を韓国が「民族的英雄」としていることの意味を我々は考えてみなければならない。  私はかつて一度だけ韓国に旅し、一日だけソウルを訪れたことがある。何か記念になるものをと思い、ふとある店で見つけたのが韓国で発行された切手を集めたセットだった。そこには、李舜臣がいて、世宗大王......more
Commented by さくら at 2013-11-20 20:18 x
今回の論説に共感します。

私は、戦前戦中の日本に否定的で、戦後日本を肯定し、それらを部分としてふくむ日本の歴史全てを受容します。ですから、戦後日本を否定して戦前戦中の日本を肯定しようとする風潮は、なんとも気持ちが悪いです。

安重根を日本が祭るなら異常だと思いますが、韓国が祭るなら別にかまわないじゃないですか。それをする韓国を、日本政府がいちいち取り上げて非難するのは、いかにも器量が小さい。

この器量の小ささは、とても愚かで悲しいことだと思います。中国や韓国の人が想うところの反日感情を、単なる「戦前戦中日本への反日」から「過去から現在までの全ての日本への反日」へと広げてしまうでしょうから。
Commented by H.A. at 2013-11-20 23:39 x
安倍晋三は、NHKの経営委員に、どんどん「お友達」を送りこみ、次期会長にも息のかかった人を据えようとしていると聞きます。製作現場の方々も、息苦しく思う方々がおられるのではないかと思います。

『伊東博文と安重根(アン・ジュングン)』という番組を見て、安が思想家で書家でもあったことを知りました。wikipediaでの、日本側の見方でも、いろいろ書かれています。もし教科書で、定説のないことでは「政府見解」を教えるべきとされたら、ただの「犯罪者」扱いされそうです。

イスラエルのベギン元首相も、建国前は右翼的なテロ活動をしていましたが、当時のことを理由に「テロリスト」呼ばわりはされていません。「歴史となった今からの認識では意味が異なる」というのは、ここでも言えるかと思います。
Commented by ゆたか at 2013-11-21 02:06 x
>菅義偉が会見で、「わが国は、安重根は犯罪者であると韓国政府にこれまでも伝えている」と不快感を示し、「このような動きは日韓関係のためにならないのではないか」と批判した。

>「ずいぶんと過剰反応だなと思う。従来のわが国の立場を淡々と言っただけだ」と応酬、再び韓国批判を繰り返してマスコミに記事を書かせた。

官房長官がこういうコメントを重ねるのは、安重根が韓国で義士とされている事を知らないのでは。
知っていて言ったのなら、敢えて韓国国民の神経を逆撫でした事になります。

前者なら、閣僚どころか国会議員としても無学にすぎる。
後者なら、日韓関係悪化の負のスパイラルの火に油をそそぐ行為で、国益を損ねる。

中韓で安重根の碑を作る事を安倍さんが面白く思わないことは分かりますが、脊髄反射的な反応をコントロールできないのなら子供のけんかと同じです。
乳母日傘の親分のアホが、ついに苦労人の番頭さんに感染した模様。

功罪あったにせよ、少なくとも大人であった後藤田さんが懐かしいですね。
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