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  エデン 作者:川津 流一
第二章
11.終幕
 ハヤト達を探して、俺は森の中を駆けた。
 さほど時間もかからず、【気配察知】の簡易レーダーにプレイヤーの反応が現れる。反応があった場所へと急ぐと、そこには身体を震わせて身を起そうとしているハヤト達の姿。
 やはり予想した通り、先ほどの場所からはそれほど遠くへは移動していなかったようだ。

 あの転移魔術は、この程度の距離しか移動できないものなのか。それとも、俺がハヤト達と合流できるようにあえて近距離移動にしたのか。
 ゼファーは俺に対して敵意は持っていないと言っていたが、俺にとっては初対面の男。とてもじゃないが信用はできない。
 それに取り逃がしたクドーの報復も考えられるのだ。ゼファーが強盗プレイヤーのトップだと語った以上、クドーとの交流も当然あるはず。
 それがどんな関係なのかは不明だ。しかし、あのクドーが易々と人に従うようなプレイヤーではないと感じた。
 ゼファーがクドーを説得して、俺を諦めさせられるとは到底思えない。
 それに、あくまでゼファーが敵意を持っていないと明言したのは俺に対してのみ。
 俺を憎むクドーが、俺だけを標的にすると考えるのは甘い考えだろう。用意周到に罠や毒を使ってきた強盗プレイヤーだ。
 俺がパーティを組んだ場合に、平気でパーティメンバーを標的にして人質に使うくらいのことはやる気がする。
 そして、クドーの頼みでゼファーが戦闘を補助する可能性もあった。
 もし敵対した場合、先ほどのように転移魔術を使用されるてしまうと、パーティメンバーを分断されてしまう可能性がある。転移先にクドーやレオンクラスのパーティを配置されれば、かなり危険だ。
 これまでの戦闘を考えると、俺一人ならば何とか切り抜けられるかもしれない。だが前衛のリンやキースはともかく、特に後衛のミーナのような魔術士は成す術もなくやられてしまうだろう。
 ただ最悪の事態を考えただけのことだが、この世界では何が起こるかわからない。備えとして、転移魔術の存在を念頭に置いておくくらいはしておくべきだ。

 ……そう考えると今更ながらクドー達を取り逃がしたことを後悔する。奴の憎悪に満ちた視線。いずれは再び対峙することになるだろう。
 どんよりとした目に見えぬ悪意が、俺の肩に圧し掛かる。
 だが……。


 それならば―――再度奴の悪意を跳ね除け、今度こそ仕留める力をつけるだけのこと。


 シオンから新たな因果が生まれ、更なる負の連鎖が俺へと纏わりつくのを感じる。俺にできるのは、それを断ち切る力を蓄えることだけ。たとえ仮想世界といえども、死亡状態の解明がされるまではむざむざ殺されるつもりはない。
 この作戦が終わった後、俺は更なる修練を積むことを心に決めた。


 さすがにある程度時間が経過したせいか、ハヤト達もわずかながら動ける程度には回復してるようだ。しかし、まだ完全には麻痺毒の効果が切れていないようで、アイテムカードや魔術を使用しての回復はできていない。
 ハヤト達もれっきとした『シルバーナイツ』所属の高ランクプレイヤー。それでもこれだけ長時間の麻痺を継続させるとは、さすが俺の【龍躯】の防御を抜いただけはある。シオンが用意した麻痺毒のアイテムランクの高さをうかがわせた。
 と、そこで気付く。
 ハヤト達、『シルバーナイツ』のメンバーは全員いるものの、俺が倒したシオンや『ライオンハート』メンバーの姿が見当たらない。
 ハヤト達が完全に回復していたのならば、彼らが遺体の処理をしたのだろうが、まだそこまでできるほど回復したメンバーはいないようだ。

 そうすると思い当たるのはただ一人。ゼファーの仕業か。

 俺が転移してからゼファーがやってくるまで、多少の時間差があった。その間に遺体の回収をしたのだろうか。それに近くにはゼファーの仲間が潜んでいると彼も言っていた。その仲間が処理した可能性もある。
 『ライオンハート』メンバーも高ランクプレイヤーに属するプレイヤー達だ。所持している装備やアイテムも相応のレアアイテムだろう。
 特にシオンは貴重な高位の調薬士。今回の罠やレオンの使用していた毒等のアイテムは、全て彼女が用意していたと言っていたはず。
 そんな彼女の持つアイテムは、ゼファーに限らずプレイヤーにとってかなり有用なものが多いと見た。
 トップギルドの攻略妨害も計画していた彼の事だ、これらのアイテムが回収されるのを事前に防いだのだろう。
 俺をこの場から引き離したのは、俺と一対一で話すこととは別にそんな思惑もあったようだ。

 ハヤト達の元へと辿り着いた俺は、アイテムカードからいくつかの回復アイテムを具現化させると彼らの解毒と回復に努めた。
 さすがに高ランクプレイヤーだけあって死亡している者は一人もいない。ハヤトとタクヤも短剣で腹を抉られていたはずだが、解毒と合わせて回復させると問題無く身体を起こした。

「師範代? 無事だったのか」

 ハヤトが半ば呆然としながら俺を見る。
 俺は頷いた。
 突然の不意打ちをくらって俺の姿が消えたのだ。ハヤト達には、何が起こったのか理解できなかっただろう。

「ああ。さっきくらった魔術は、どうやら対象を転移させる魔術みたいだった。いきなり別の場所に放り出されたからな。けど、それほどここから遠くはなかったから戻ってこれたよ。それより『ライオンハート』メンバーやシオンの姿が見えないが、誰かが回収したのか?」

「お前の時と一緒さ。突然詠唱が聞こえたと思ったら、あいつらの死体の下の影が広がって死体を飲み込んで消えちまった。あいつらの仲間が残ってたのかと思ってヒヤヒヤしたんだがな、俺らには何もせずにそいつも消えた。そいつにしちゃあ絶好の機会だったのにな。何が何だかさっぱりだったよ」

 麻痺していた身体の調子を確かめるように筋を伸ばしていた隣のタクヤが、口を挟んできた。
 やはり遺体を回収したのはゼファーのようだ。

「俺も何が起きたのか全然わからなかった。でも、転移魔術だって? そんな魔術があるだなんて初めて聞いたぞ」

 トール達、パーティの魔術士達も回復したのか俺達の傍に寄ってくる。
 トールの言葉にその場にいた全員が大きく頷いた。

「魔術流派に関してはかなりチェックしてたけど、街の情報屋でもそんな話は流れてるのを聞いたことないな。まだ誰にも見つかってなかったレア流派かも」

 傍らにいた魔術士の一人が呟く。

「マジかよ! それであいつらの死体回収したってことは、あいつらの仲間ってことだろ? 厄介だな。あれでパーティ分断されたらたまんねーぞ! ……つーか、『ライオンハート』が裏切ってたってのも洒落になってないんだが」

 そう吐き捨てて苦い顔をするのはタクヤ。
 それに対してハヤトが深刻な顔で頷く。

「あいつらもトップギルドの一員として戦ってきた奴らだ。それが、ギルドマスターのクドーが裏切っていたということは、ギルド単位で『ライオンハート』』は敵だったということ……あんな高ランクプレイヤー達まで加担してるとなるとかなりまずい。それにこうなると他のギルドの連中も中々信用できないぞ」

「だよな。おかげで他のギルドも怪しく見えてくるわ。クソッ、いつから裏切ってやがったんだ?」

「シオンさんまであっち側だったんだぞ? それに彼女、『ブラッククロス』と仲が良いなんてことも言ってたよな。ありえね~、どこまであいつらの手が伸びてるんだよ」

 次々と悪態をつくパーティメンバー達。
 『ライオンハート』裏切りの事実はかなり衝撃だったようだ。
 『ブラッククロス』や『シルバーナイツ』ほどではないとはいえ、あれほど有名なギルドが実は強盗プレイヤー側だったというのは確かに信じ難い話だろう。
 今までの攻略でも相当に実績をあげ、名が広がっているのだから。
 ある意味、その先入観が良い隠れ蓑になっていた可能性もある。
 はたして、他にも裏切っているギルドはいるのだろうか。早くギンが『ライオンハート』裏切りの報告を伝え、皆が対処してくれると良いのだが。
 そして、ハヤト達を見てもわかるように、他のギルドに対する猜疑心が植えつけられてしまった。
 結果してクドーの俺達パーティへの奇襲は失敗したが、グランドクエスト攻略の勢力を削ぐことには成功しているのかもしれない。
 ギルド間の信頼が揺らげば、最前線での攻略は難易度を増すだろう。
 クドーやゼファー達が、そこまで考えているのかはわからない。しかし今回の作戦が終わってもしばらくは、トップギルド達は身内の洗い出しにつきっきりになると思われた。

「それよりもだ。師範代! お前すげーな! レオン達を一人で倒しただなんてさすがに信じてなかったけど、こりゃ信じるしかねぇ。結局クドー達も一人で撃退してるし。ほんっと今回はお前のおかげで助かった!」

 そう言ってバシバシ俺の肩を叩いてきたのはタクヤだ。
 突然の行動に俺は目を白黒させた。

「そうそう! クドー達との戦いはマジ凄かった! 囲まれてるのに、後ろからの攻撃なんてどうやったら察知できるんだよ。よくあんな動きができるよな。【見切り】があっても俺じゃ絶対無理だわ」

「てか、あれだけ【氷】の魔術攻撃を連続でくらっても距離詰めて戦えるってのが凄い。同じ魔術士から見るとマジ恐怖。師範代、お前どんだけ硬いの!?」

「動きもアレだけど、それよりステータス凄くね? 攻撃くらっても平気で動いてるし、クドーとかの重量武器も軽々受け止めてたろ!? それに、仮にも高ランクプレイヤーを相手に一刀両断だなんて馬鹿力過ぎるだろ! ほんとにバルド流かよ!?」

 タクヤに続くように口々に喋りながら他のメンバーが俺を取り囲む。そこには当初のような、俺を敵視する排他的な空気は存在していなかった。
 彼らの危機を救ったことで、多少なりとも信頼されたのだろうか。

「…………」

 そんな中、ハヤトは一人気まずそうにやや離れた場所でそっぽを向いていた。
 そこへタクヤが近づく。

「おいおい、リーダー! いつまで拗ねてるんだよ! いい加減認めてやれよ。実力はさっき見た通り本物だったじゃねーか。それにあいつが戦ってくれなきゃ、今頃俺らは確実に死んでたぞ?」

 タクヤに諭されてハヤトの肩がピクリと震えた。
 そんなハヤトを見てタクヤが苦笑する。

「確かにリンさん達と仲良いのはムカつくけどさ、あいつが悪い奴じゃないってことは、お前だってもうわかってるんだろ?」

 ハヤトと肩を組みながらタクヤがそう囁いているのが聞こえた。囁き声にしたといっても、タクヤは俺に対して隠すつもりもないのだろう。
 いつの間にか他のメンバーもハヤトを見つめていた。
 しばらくタクヤに肩を組まれたまま、ハヤトは無言でいたが、一つ大きな息を吐くと俺へと向き直る。

「師範代、今回は本当に助かった。こいつらのリーダーとして礼を言う。タクヤの言う通り、俺のダチが皆生き残れたのはお前が逃げずに踏ん張ってくれたおかげだ……ありがとう。それに、これまですまなかった!」

 そう言い切るとハヤトは俺に頭を下げた。
 まさかこう素直に礼を言ってくるとは思わなかったので、若干驚く。
 だが、その素直さは好感が持てた。

「気にするなよ。パーティメンバーとして、俺は俺のやれることをやっただけだしな。それにまだまだ作戦は終わってないだろ? これからも頼むよ、リーダー」

 俺の言葉を聞いて、ハヤトが顔を上げる。
 一瞬呆然としていたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

「……もちろんだ。任せとけ」

 どうやらようやくハヤトも俺に心を開いてくれたらしい。
 俺もハヤトに対してニヤリと笑って見せる。

「あ~あ、ほんとリーダーはツンデレだよな~」

「なっ!?」

「まあ、あれがリーダーの良い所ってことでしょ」

 そばで見ていたトール達が苦笑していた。
 それに対してハヤトが怒鳴る。

「うるせぇ! バカ! ツンデレ言うな!」

「うひひ!」

 ハヤトが騒ぐが、タクヤやトール達は笑うばかり。
 俺もつられて思わず笑ってしまう。
 束の間の笑顔で、シオンに抉りこまれた無力感が僅かながらも薄れた気がした。



「お~い!! 無事か~!」

 ギンの叫びが聞こえてきたのは、俺達が完全に回復と装備の点検を終えた頃だった。
 叫び声の方角からはギンと幾人ものプレイヤー達。ギンは無事に戻って援軍を連れてきたようだ。
 よほど急いだのか、大きく息を乱しながらいち早くギンが駆け寄ってくる。

「ハァ、ハァ……お前ら大丈夫だったのか?」

「ああ、全員無事だ。師範代のおかげでな」

 ハヤトの言葉にギンが驚きの視線でパーティメンバーを見渡し、最後に俺へと向けた。

「あの状況で……はは、やっぱスゲーなお前。一緒のパーティで良かった……」

 と、ギンが話し始めた瞬間。

「師範代君!」「師範代さん!」

 女性の声が重なって響く。
 思わず顔を向けると、そこには見知ったプレイヤーの姿。リンとミーナだ。さらに後方にはキースの顔も見えた。
 クドーの仲間に襲撃されていないか心配していたが、どうやら彼女達も無事だった様子。
 二人は俺の傍まで駆け寄ってくると口々に話し出す。

「大丈夫だったかい? 『ライオンハート』メンバー達相手に一人で立ち回ったと聞いたが」

「魔術攻撃くらってボロボロだったって聞いたわよ!? ケガは平気?」

 俺を心配してか、俺の身体をペタペタと触って確認するリンとミーナ。

「あ、ああ。大丈夫だよ。ケガも回復アイテムでもう治したし」

 俺は気恥ずかしくなって、慌てて後ずさる。
 それをリン達はさらに追いすがって来た。

「ちょっと待ちなさい! ちゃんと見せなさいよ!」

「そうだよ、師範代君!」

「いや、大丈夫だって!」

 逃げる俺に追う二人。心配してくれるのはありがたいが、既に『生命の実』を使用して完全に回復しているのだ。触って確かめるような傷などない。
 それにこの場でそんなことをすれば、ハヤト達がどんな反応を示すことやら……。

「ぐぎぎぎ」

 案の定、俺達を見ていたハヤト達から激しい歯軋りの音が聞こえてきた。
 見ると身体もプルプル震えている。

「……師範代もげろ」

「そうだ! もげろ!」

 呪詛の如く言葉を吐き出すハヤトと追従するタクヤ達。

「お前ら……」

 俺は思わず立ち止まって呻く。
 そんなハヤト達をミーナがジロリと睨んだ。

「ちょっと、あんた達……まだ師範代さんに突っかかってるの?」

 腕を組んで睥睨しながら話すミーナ。彼女の口調に何かを感じたのか、慌てたようにハヤトが一歩出て弁明し始める。

「いやいや、そんなことないですよ! なぁ師範代! 俺達マブダチ!」

「そうそう! 俺らマジこいつのことリスペクト!」

 いつの間にかハヤトとタクヤが俺の両脇に立ち、俺と肩を組み始めた。

「おいおい……」

 戸惑う俺などお構いなしに俺と肩を組みながら、にこやかな笑みを浮かべるハヤトやタクヤ。後ろにはトール達も似たような表情を貼り付けて立っていた。
 なんとも嘘くさい笑顔だ。奇妙な状況に流されて思わず顔が引きつる。
 そんな俺達を訝し気に見つめるミーナ。

「……おい、師範代。ミーナさんが疑ってるじゃねーか。お前も笑え」

「…………」

「そうそう。あ、今度リンさん達と、どっか行くことあれば俺も誘えよ。な?」

「ちょ、タクヤずりーぞ! 師範代、俺も忘れんなよ!」

 視線は前に向けたまま、ボソボソとハヤト達が囁きかけてきた。もちろん笑顔は崩さない。
 横を向こうにも、ハヤトとタクヤでガッチリと固定されている状態だ。

「ははは……」

 俺はもう笑うしかなかった。
 つい先ほどまで殺されそうな危機に陥っていたというのに、この調子の良さ。
 切り替えが早いのか、それとも性根が図太いのか。なんとも逞しいものだと感心してしまう。
 現実世界でも、同じ調子で騒いでいる彼らの姿が目に浮かぶようだ。
 これが彼らのスタンスなのだろう。
 もし、先ほどの戦闘で誰かが欠けていたならば、この場の雰囲気もかなり暗いものだったに違いない。
 今更ながら、パーティの誰一人欠けることなく襲撃を切り抜けられたことに安堵する。

「ふふふ。随分と仲良くなれたみたいじゃないか、師範代君」

「ほんとに仲良いのか怪しいけどね~。ま、最初に比べたらかなりマシになったのかしら」

 口に手を当ててクスクス笑うリンと、呆れたように首を傾げるミーナ。
 ハヤト達は相変わらずの笑顔ながら、彼女達の美貌を前にして鼻の下を伸ばしている様子。
 まったく現金な奴らだ。


「そういえば、そっちには待ち伏せとか奇襲はなかったのか? クドーの口振りだと他にもトップギルドパーティ狙いの実働部隊がいたみたいだが」

 ハヤト達から解放された俺は、乱れた装いを正しながらリン達へと尋ねた。

「ああ、私達の方でも奇襲を受けたよ。救出対象のプレイヤーの中にも、連中の仲間が潜り込んでいたるとは中々辛辣だったね。おかげで苦戦したよ。幸い近くにヤクモさんのパーティもいて連携を取れたから死者を出すのは免れたかな」

「マスター来たら瞬殺だったのよね。相変わらず、対人だと容赦ない強さだったわ。うちはキースが前で踏ん張ってくれてたおかげで大分助かったのよ」

 やはり彼女達にもクドーの仲間達の魔の手は伸びていたようだ。
 ミーナに話を振られたキースはガハハと笑う。

「奴らもかなり用意周到で厄介だったがな、きちんと戦えば俺やお嬢達が負けるような相手じゃなかった。防御に徹すれば、体勢を立て直す時間稼ぎくらいはわけなかったってことよ」

 そう言って左手に持つ自慢の大盾を掲げて見せた。さすがはパーティの盾たるメインタンクを務める男、といったところか。
 キースの習得している『スパルト流槍術』は、全身を固める装備故に素早さこそ他流派に劣るものの、防御力には定評のある上位流派だと聞く。
 奇襲を受けようとも、後衛の援護があれば前線を支えるのはお手の物だろう。

「他のギルドのパーティだと多少被害はあったみたいだけど……でも報告が回るのも早かったから最小限に抑えられたみたい」

 沈痛そうな面持ちでミーナが実状を語った。さすがに襲撃側も高ランクプレイヤーのパーティ。一体どれだけクドー達のような実働部隊がいたのかは不明だが、全く被害を出さずに切り抜けるのは不可能だったようだ。
 もっとも、こちら側としても散々相手側のプレイヤーをPKしてきたので、文句を言える立場ではないかもしれない。しかし、被害者の仲間達は感情的に納得はできないだろう。もちろんそれはお互いにだ。
 戦果としては既にギルド連合側が大きいものをあげているものの、心の奥では双方に深いわだかまりが残った気がした。


 結局、ギルド連合による襲撃はあっけなく終息した。
 もちろんギルド連合側の勝利である。
 基本的な地力の差が圧倒的に違うのだ。かたやグランドクエスト攻略の最前線、未踏破のダンジョンで強力なモンスターと日夜戦うトップギルドの高位プレイヤー達。かたや弱者のみを狙って強奪、PKを繰り返す無法者の寄せ集め。
 加えて今回の襲撃は、ギルド連合も数を揃えてきている。
 まともにぶつかれば勝負になるはずもなかった。

 強盗プレイヤー側はほぼ壊滅。投降してきた一部のプレイヤーを除き、大部分の強盗プレイヤーがPKされたようだ。後顧の憂いを断つかのごとく、逃げるプレイヤーも容赦なく掃討されたらしい。
 彼らの今までの行いを考えれば同情の余地は無いと思われるが、この一方的な蹂躙劇はギルド連合側の異常さも浮き彫りにした気がする。
 モンスターの中にも人型の姿を持つものは多い。そういった相手と長らく戦ってきたせいか、高位プレイヤー達はもはやプレイヤー相手の戦闘でも躊躇を覚える者は少なかったようだ。
 特に今回のような大規模戦では集団心理が働く。一人ならば躊躇する行動も、周囲全員がしていればそれに対する意識のハードルは下がる。
 元々トップギルドでは、治安を守る為に強盗プレイヤー達の駆逐を度々行ってきた。だが、それもそこまで頻繁にあるわけではないと聞く。
 トップギルドの目的はグランドクエストの攻略であり、別に治安の維持が一番の目的ではないからだ。非常に悪質な場合や、始まりの街ダラス近辺での犯行でのみ動く事がほとんどで、他の案件でトップギルドの高位プレイヤー達が動くことは稀だと言える。
 強盗プレイヤーとの戦闘に明け暮れて、攻略が滞っては元も子もない。
 だからこそ今回の作戦で一網打尽にすべく、これだけ大規模な戦列を整えたのだろう。 だが、今回の規模の掃討戦はトップギルド側にとっても初めてだろう。この作戦で、初めてプレイヤーを手にかけたという者も多いのではないだろうか。

 人が人を倒すという行いは、原始的な征服欲を刺激する。

 人を一方的に殺戮し、蹂躙する快感を知ってしまったプレイヤー達が、いざ現実世界に戻ったときに普段の生活に馴染めるのか。いや、むしろ今後の『エデン』の世界でも、その快感を味わうことを我慢していけるのか。
 それが少し俺は心配になった。

 同時に、今回の圧倒的な戦力差を生んだシステムの不条理さを実感する。俺もそのシステムの恩恵にあずかっている一人だ。
 現実世界でも筋トレをするなり、勉強するなりで自分の能力を伸ばすことはできるだろう。
 だが、目に見える形で実感できる力、特に戦闘力を手に入れるのは、この世界ほど容易ではない。
 『エデン』に参加しているプレイヤーのほとんどは一般人だ。大多数が現実世界では社会のルールという枠の中で変わり映えの無い平凡な生活を送っているはず。もちろんその中では一般的な生活から逸脱している者もいるだろうが、少数派だろう。
 そんな彼らは『エデン』という現実と見紛う世界で、直接的に振るう力の魅力を知ってしまった。
 今はまだ『エデン』に捕らわれている限り、ゲームシステムによって与えられた大きな力を振るうことができる。

 だが、もし現実に戻ることができたならば……それはこの力を失うことも意味するのだ。

 それを考えた時、俺はわずかに恐怖を感じた。
 これまで積み重ねてきた修練。ヴァリトールという化け物も倒した力。
 本来はただの仮想上の、偽りの演出に過ぎない。しかし、仮想世界であると忘れさせるような『エデン』の現実味と、三年という時間の流れが己自身の力だと錯覚させる。

 ―――現実に戻れば何もできない、ただの一般人だというのに。

 はたして、それを自覚しているプレイヤーがどれだけいるのだろうか。
 ゼファーとの対話は、少なからず俺の心中に今後の『エデン』に対する不安を残した。



 作戦終了後、俺は『シルバーナイツ』の集まりの中にいた。
 ハヤト達も俺の実力を認めてくれたおかげか、先日のギルド連合会議の時ほど周囲からの敵視はなかった。全くなくなっていないのが悲しいところではあるが、実際に目にするまでは中々信じられないだろう。

 俺の目の前には一人のプレイヤーが立っている。
 『シルバーナイツ』マスター、ヤクモだ。
 相変わらず氷のような表情にメガネを光らせ、俺を静かに見つめていた。

「またも我々の仲間を救ってくれたようだね、師範代君。改めて礼を言う。君には頭があがらないな」

 そういってヤクモは軽く頭を下げた。

「そうですよ~。リンさん達に引き続き、ハヤトさん達も! それにあのクドー含む『ライオンハート』メンバー達を一人で撃退っていうのは凄いですね。やっぱり僕の目に狂いはなかった」

 傍らでは『シルバーナイツ』サブマスターのミラが、腕を組みながらウンウンと首を振っている。
 ミラの言葉で、周囲が少しざわついた。

「いえ、パーティメンバーとして当然のことをしたまでです。」

 俺がそう答えると、返すようにヤクモが口を開く。

「ふむ、謙遜しているようだがね、あれだけ高位のプレイヤー複数を相手に一人で戦って勝利するというのは非常に困難なことだ。君の戦いぶりはハヤト君達がしっかり見ていたようだし、君の実力は証明されたと考えている。リン君達の言う通り、素晴らしい腕を持つ戦士のようだ。……そこで、どうだろう? 『シルバーナイツ』の一員として、その腕を振るってみてはどうかな?」

 俺とヤクモの視線が交差する。
 ヤクモの宣言を聞いて、周囲の騒めきがますます大きくなった。
 立ち並ぶ『シルバーナイツ』メンバーの中で、リンは大きく頷き、ミーナはガッツポーズをしているのが横目で映る。
 思わず苦笑しそうになった。実際、彼女達の近くのキースは既に苦笑いだ。
 期待する彼女達には申し訳ないが、俺の答えは決まっていた。

「申し出はありがたいですが、お断りさせてもらいます」

 俺の返答を聞いて、ピクリと眉を動かしたヤクモ。
 周囲のメンバーもザワザワと騒いでいる。トップギルドのギルドマスターから直々に誘われながら、断る俺の心境が理解できないのだろう。

 現在の『エデン』において、トップギルドに所属しているというステータスは想像以上に重い。
 ゲームの仮想世界といえども、生死がかかっているかもしれないという不安の中では、相手を信頼できるかどうかというのは重要な問題だ。
 そんな中で、グランドクエスト攻略の為に戦うトップギルド達は、現実世界への帰還を願う幾多のプレイヤー達から大きな尊敬と信頼を得ているのだ。ただギルドに所属するだけで、そういった付属効果を得られることになる。
 有名になれば多少なりとも不便なことは起きるだろうが、得られるメリットを考えれば断る者は少ないだろう。実際、『シルバーナイツ』や『ブラッククロス』などは常に入団希望者で溢れ、厳しい入団試験をパスした者しか入れないと聞く。
 先日のレオンや、今回のクドーといった裏切者を出してしまった件から、今後の入団条件はさらに厳しいものになるだろう。
 そんな一般プレイヤーからすれば、垂涎ものの申し出を俺は袖にしてしまった。
 皆が困惑の表情を隠せずにいるのも、無理はないだろう。
 リン達はというと、明らかにガックリときた様子でうなだれていた。なんだか申し訳ない。

「ふむ……理由を聞かせてもらっても良いかな? 一応言っておくが、私から直接メンバーに誘うのは君で三人目だ。別に現在の『シルバーナイツ』メンバーに優劣を付けるわけではないが、私はそれだけ君を評価しているつもりだ」

 ヤクモの鋭い視線が俺を射抜く。
 『シルバーナイツ』は少数精鋭とはいえ、それでも数十人のプレイヤーが属しているはず。
 その中でも、ギルドマスターのこの男が直々に勧誘したのは俺を除くと二人しかいないらしい。
 『エデン』最強プレイヤーとして名高い男の眼鏡にかなったというのは、我ながら鼻が高い。
 しかし、それでも俺は彼の申し出にイエスと応えるつもりはなかった。

「おいおい、師範代! もしかして俺らが原因か!? そりゃあ最初は渋ったけどよ、今はお前のことちゃんと認めてるぞ!?」

 そう言って俺とヤクモの会話に割り込んできたのは、困惑を顔に貼り付けたハヤト。
 意外な闖入者に俺は目を丸くする。ヤクモもまた、チラリと横目でハヤトを見て興味深そうにしていた。

「いやいや、関係ないよ。断ったのは別の理由さ。それに気にするなって言っただろ?」

「じゃあ何なんだよ? 『シルバーナイツ』に入ってて損なんてないぞ? もう俺らはダチなんだから遠慮するなよ」

 ハヤトの言葉に追従するように首を縦に降るタクヤ達。
 いつの間にかハヤト達との仲が進展していた。彼らを見捨てずに頑張ったのが、よほど響いたらしい。
 短期間だったとはいえ、嫌っていたはずの俺をここまで認めて仲間扱いしてくれるのは、素直に嬉しかった。この作戦前の俺ならば、申し出を受けていたかもしれない。

「遠慮しているわけでもないさ。恥ずかしながら、今までダラスの周辺から離れたことがなくてね。最近ようやく自分の実力がわかってきたから、ちょっと一人でいろいろ見て回りたいんだ……最前線で戦ってるお前らには何を呑気なって怒られそうだけどな」

 とりあえずの理由を語る。もちろんこれも本心であるのは確かだ。
 俺は己の実力と流派から考えて、今まで始まりの街ダラス周辺でしか生活していなかった。
 『エデン』の世界は広い。ダラス周辺などほんの一部でしかないのだ。グランドクエスト攻略が進み、様々なダンジョンが解放され、世界中にプレイヤーは散っている。
 おかげでダラスにいながらも世界中のダンジョンの情報が手に入るが、話には聞くだけでそのほとんどに行ったことがない。
 ログアウト不可能という奇妙な事態になっているものの、元々は現実世界初の仮想世界を楽しむ為に『エデン』にログインしたはず。生き抜くことに必死になっていたが、ここらでせっかくの『エデン』世界を楽しんでみたいという気持ちも湧いていた。

 しかし、それとは別にひとつ気になっていることがある。ゼファーの去り際の一言だ。

『ヤクモはお前の敵だ』

 本来敵対する組織の、それも強盗プレイヤーのトップがもらした一言。そんなプレイヤーの言うことを信じるなど、普通ならありえない。

 だが、俺の本能とも言うべき何かが、ゼファーの忠告を肯定していた。

 ヤクモへと視線を向ける。
 彼は無表情に俺達をじっと見つめていた。その様は、観察していると言った方が適切かもしれない。
 彼が纏う雰囲気からすると、まるで研究者のようだ。
 どうにもそこに相容れない印象を受ける。考えればギルド連合会議で、初めて彼の姿を目にした時からそうだった。自然と、この男には警戒してしまう。
 理由はわからない。単純に性格が合わないのか、それとも何か別の理由があるのか……。
 他のメンバーにとっては、冷静沈着で頼れるマスターなのだろうが、俺は何故か心を許す気になれなかった。
 だからこそもし『シルバーナイツ』に所属し、この男と行動を共にすることになった場合、その影響力に呑まれ、染められることを恐れているのだ。

 俺の視線に気づいたヤクモが口を開く。

「そうか、それが理由か」

 そう言いながら、彼は口端をわずかに吊り上げたように見えた。だがそれも一瞬で、瞬きの間に元の無表情に戻っている。
 どうにも俺が警戒していることを、見透かされている気がした。

「そんなのギルドに入っててもできるじゃねーか」

 俺の理由を聞いたハヤトが食い下がる。確かに彼が言うことも一理あった。別にギルドに所属していても世界を見て回ることは可能だ。もちろん攻略組として期待されているトップギルドなので、ずっと一人で気ままに自由行動できるというわけにはいかず、多少の制限はあるだろう。ヤクモの件を抜きにしても、今はそれが少し煩わしい。
 シオンとのこと。そしてゼファーとのこと。一人でゆっくり考えておきたいことがいくつかある。
 周りではリンとミーナも、ハヤトに追従しようと瞳を輝かせたのが見えた。
 慕ってくれるのは嬉しいが、今はまだどこかに所属するつもりもない。
 どうしようかと悩み始めたところで、助け舟が意外にもヤクモから出された。

「彼は縛られるよりも、自由を選ぶつもりのようだよ、ハヤト君。確かに我々が背負う看板は、時として煩わしさも引き寄せる。彼がまだ一人で見聞を広めるというのならば、私は無理に誘うつもりはない」

「だけど、マスター……」

 さらに言い募るハヤトを手で制し、ヤクモは俺へと向き直る。

「それにだ、また今回のような事態になった場合、協力はしてくれるのだろう? 君ほどの腕を持ったプレイヤーは貴重だ。特に攻略組から裏切者が多数出た今ではね。その力、ギルドという枠を超えてグランドクエスト攻略にも役立てて欲しい……いずれは我々の一翼を担って欲しいとは思うがね」

「それはもちろんです。俺も無事にログアウトできることを願うプレイヤーの一人ですからね」

 俺とヤクモの視線が再び交差し、わずかな沈黙が生まれた。彼の瞳の奥には、何の色も見出せない。
 無言の圧力が俺へと圧し掛かる。
 トップギルド『シルバーナイツ』を背負う男。一体その本心では何を考えているのか。

「ふむ、君の活躍に期待していよう……さて、私はジークとの打ち合わせに行かねばならない。失礼するよ」

 今度こそはっきりとわかる笑みを浮かべたヤクモは、そう言って身を翻した。彼に付き従って一緒に歩き出す数名のプレイヤー。
 その中で、サブマスターとしての立場からかヤクモの真横を歩くミラが、子供らしい無邪気な笑顔で俺に手を振っていた。
 やはりあの見かけからは、彼がヤクモの右腕として君臨する猛者だとはとても見えない。今回の作戦でも相当な暴れっぷりだったようで、かなりの数の強盗プレイヤーを問答無用でPKしたらしい。
 彼の強盗プレイヤーに対する非情振りを見るに、彼もまた過去に何らかの確執を抱えているのかもしれなかった。
 やがてヤクモ達の姿が消えると、集まっていた周囲のメンバーも散らばっていく。
 ようやく重圧から解放された俺は、密かに安堵の息を吐いた。

「まったく、マスターに直接誘われて断るなんてな。贅沢な奴だよ。ギルドに入るのが嫌なら仕方がないけど、何かあったら手を貸すからな。ダチなんだし遠慮するなよ」

 ハヤトが呆れたような顔で俺の元に来る。

「ああ、ありがとう。誘ってくれるのはありがたいんだが、ちょっと一人でいろいろやりたいことがあってね」

「……そうか。まあ、せいぜい一人で無茶して死なねーようにな。お前には無用の忠告かもしれねーけど」

 そんな会話をしていたところにリン達もやってきた。

「あ~あ、マスターからの直々のお誘いでも駄目だったか~。せっかく師範代さんがうちに来てくれると思ったんだけどなぁ」

 ミーナが可愛らしく口をとがらせている。俺は苦笑しつつ答えた。

「悪い。でもこの前みたいに、臨時パーティなら喜んで参加するから勘弁してくれ」

「……絶対、だからね?」

 上目遣いで俺を見つめながら、念押しをしてくるミーナ。
 小柄な美少女の彼女がやると、その仕草はかなりの破壊力を伴った。俺の保護欲が駆り立てられて、思わず内心ドキリとしてしまう。

「よく考えると、師範代君はフリーのままの方が私達としては都合が良いかもしれないね。下手にギルドに所属すると、ノルマもあるし固定パーティを組まされる可能性もある。そうすると今みたいに、気軽に臨時パーティを組むというのも難しくなるかもしれない」

 ミーナが隣に立つリンの語った内容を聞いて、ハッとした表情を浮かべた。

「それもそうね。なら今のままの方が良いかも」

「そうそう、今のままなら私達で独占できるということさ。な、師範代君?」

 そう言うとリンは俺の隣にやってきて、おもむろに俺の腕を抱いた。
 鎧越しとはいえ、彼女の身体の柔らかさと甘い匂いを感じるのは気のせいか。サラリと流れた彼女の黒髪が、俺の身体を撫でる。
 あまりに自然な動作で行われた出来事に、俺は全く反応できなかった。頭の片隅で、この仮想世界の無駄に凝った再現度に今更ながら凄いと感じ入る。

「あ~! ちょっと、何やってるのよ!」

「ふふふ」

 突然のリンの行動を見たミーナがプリプリと喚き出すが、リンはどこ吹く風といった様子でクスクス笑いながら俺へとさらに密着してきた。
 それが火に油を注いだのか、ミーナが意を決したような表情を浮かべる。

「う~、それなら私だって考えがあるんだから」

 そう呟くと、ついにはミーナまでもがリンとは反対側に回って俺にくっついてくる始末。
 俺越しに顔を見合わせる二人。お互いに鋭さを増した視線がぶつかり合い、その間で火花が散った気がした。

「ちょ、リン? ミーナ?」

 両脇を固められて動けない俺は、慌てながら二人の顔を相互に見る。だが、二人とも不敵な笑みを浮かべて離れようとしない。むしろ腕を抱く力が強まった。
 ヤクモが去って集まってたメンバーも散ったとはいえ、まだまだ何人もプレイヤーが周りにいるのだ。
 当然のように周囲から敵意の視線が突き刺さるのを感じる。
 リンもミーナも周りのそんな状況は歯牙にも掛けず、お互いに妙な対抗意識を燃やしているようだ。

「あ~、お二人さん。そろそろ離れてくれないかな」

「いやだね」「いやよ」

 俺がお願いするも、にべもなく断られた。
 こうして文字通り両手に花という状況は、男として嬉しい状況ではある。なにせその花達は『エデン』でも指折りの美女達だ。おかげで周囲のやっかみも、比例して恐ろしいことになっているようだが。
 しかし、そろそろ周りの状況にも気がついて欲しい。
 もっとも、この二人はわかっていながらあえてやっている気もした。
 救いを求めて周りへと視線を送る。
 そこで目についたのは、凄い目つきで俺を睨むハヤトと笑いを噛み殺しているキース。

「ぐぎぎぎ、キースさん! あれ放っといて良いんですか!?」

「クククッ。まあ、いいんじゃないのか。俺は見てて楽しめるからな」

 笑いながら答えるキースにハヤトが吠えた。

「そんな無責任な!」

「人の惚れた腫れたなんぞ、他人がとやかく言うもんでもないだろ。お前もあれが羨ましいなら、惚れさせるように頑張るこった」

「うぐぐ」

 キースに論破され、呻きながら押し黙るハヤト。それでも納得はできないのか、俺を恨めしそうな目で見つめる。
 どうやら期待した救いは訪れないようだ。
 というか、そんな目で見られても困る。
 そんな外野のことなどまるで気にせず、リンとミーナの張合いはますますエスカレートしそうな勢いだ。密着度がさらに増している気がする。
 至近距離で見る彼女達の美貌。
 リンの抜けるような白い肌に、切れ長の瞳。長いまつ毛が言い知れぬ色気を感じさせる。姐さんには敵わないが、十分すぎるほど豊かな胸が鎧の中で窮屈そうにしているのが見えた。
 反対側ではミーナの大きな瞳がクリクリと動いて俺を見つめる。逆に他のパーツは小振りで、全体的に恐ろしく整って配置されていた。身体は小柄ながらも、時折見せる艶を含んだ表情にはドキリとさせられる。
 努めて客観的に分析して気を逸らそうとするも、左右から感じられる柔らかさと温もりに俺の理性も中々危ない状況だ。

「ちょっと! 何逃げようとしてるのよ!」

「そうだよ。こんな美味しい状況で逃げるなんて男が廃るぞ、師範代君?」

 限界を迎える前に身をよじって離れようとするが、彼女達からお叱りの声が飛ぶ。

「お前ら遊んでないか!?」

 俺の叫びに、二人は顔を見合わせるとクスリと笑った。

「やーねぇ。そんなわけないじゃない」

「男ならドンと構えて大人しくしていたまえ」

「えぇ……」

 二人に一蹴されて俺の嘆きは風に消える。
 しかし、そんな俺の様子など気にも留めず、彼女達の攻撃はとどまるところを知らない様子。ハヤトや周りのプレイヤーからの視線もさらに敵意が増した気がする。
 俺は鋼鉄の精神力をもって、ひたすら耐えるしかなかった。



 そんな俺達を眺めながら、呟く者が一人。

「しかし、ミーナお嬢はともかく、リンお嬢がああも男に積極的になるとは珍しい。一体何が琴線に触れたのやら……ただ一度助けてもらっただけで、ああもなるもんかね」

 笑みを消し、思案顔のキースから零れた科白。
 あまりに小さな声で呟かれたそれに、俺は気づくことがなかった。
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