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ACCURACY OF DEATH
死神と写真と装幀と 伊坂幸太郎
単行本「死神の精度」の刊行前に、伊坂さんから以下の文章をお寄せいただきました。
虫歯菌ではなく、写真で。
「死神って言えば、槍とか持って、尻尾が矢印みたいになっているやつだろ?」
 僕が、死神の小説を書いていると聞いた後で、友人は、そう言った(同時に、どうせ、いつものように都合のいい話なんだろう、とも言った)。
 それはどちらかと言えば、虫歯菌ではないか、と思わないでもなかったけれど(都合の悪い話よりは都合のいい話のほうがいいじゃないか、と思わないでもなかったけれど)、とにかく、僕の死神にそういうイメージを重ねられると嫌だなあ、とは感じて、だから、
「各短編ごとに写真をつけてもいいですか?」と編集者に打診をした。
 短編の内容に合致した写真があれば、読んでいる人も、その世界が現実に近いものだ、と錯覚するかもしれないし、そうすれば、死神についても現実的なものだと思ってくれるのではないか(都合の良さから目を逸らすことができるのではないか)、と期待をしたのだ。
 編集者はすぐに、「問題ないよ」と応じてくれて、その結果、写真を探すことになったのだけれど、その時すでに、藤里さんの写真を使わせてもらおう、と僕は考えてもいた。
伊坂幸太郎著『死神の精度』
ISBN 4−16−323980−4(単行本)
物事は結構、いいかげんなことで決まる。
 写真家の藤里さんとはじめて会ったのは去年、ある雑誌の取材の時だ。そのファッション雑誌の編集者Oさんと(この人も変わった方で、大変面白いのだけれど、それについては別の機会に)、仙台にやってきた。取材後の雑談中、「藤里氏は、ATGという名前のユニットでオリジナルTシャツを作っているんですよ」とOさんが教えてくれたので、「じゃあ、今度、『グラスホッパー』という本を出すので、それでTシャツを作ってくださいよ」と僕はあくまでも、話の流れと言うか、冗談のようなつもりでそう言ったのだけれど、すると藤里さんは右手をすっと伸ばし、握手を求めてきて、「コラボレーション、決定ですね」と目を輝かせた。
 え、今ので? 決定でいいの? 僕は可笑しくて、でもまだ、冗談かもしれないな、と思っていたのだけれど、その日、「ATG」のサイトには、「作家とのコラボレーション決定!」とか大きく出ていて、笑ってしまった。慌てて、「グラスホッパー」の担当編集者に電話をかけ、事情を説明すると、彼は彼で、「いいじゃないですか。面白いですねー」と(何一つ情報はないし、誰とも相談していないだろうに)即答してきて、それにも驚いた。
 藤里さんは会って話をしている時には、穏やかで楽しい方だけれど、たとえば、キックボクサーの武田幸三の写真集であるとか、ダンスカンパニーのコンドルズの写真であるとか、その作品を見ると、白黒の雰囲気が恰好良くて、気をてらっているわけではないのに、強いこだわりに溢れているし、白黒写真を載せるとしたら、きっと藤里さんの作品が合うんじゃないか、とぴんと来た。
 写真の依頼をした後、ほどなく藤里さんから、「とりあえず、一週間で作業をやります」と返事があった。「何か理由があるのですか」と訊ねると、「伊坂さんの小説の、死神って、確か一週間で仕事をするんですよね? だから、それと一緒にしようかと」
「はあ」
「そういうのが好きなんですよ」と言う藤里さんは、本当にそういうのが好きそうで、変わっているなあ、と思う。
あ、死神だ。
「表紙に死神が写っちゃうようなのは白けそうなので、やめましょう」というのが編集者と僕との共通認識だった。「これが死神ですよ」と写っているのも陳腐だし、固定されたイメージを持たれるのも、つらい。
 ただ、コンドルズの公演を観に行き、その馬鹿馬鹿しい恰好よさに感動し(一度しか観てないのに偉そうですが)、そして、踊り出した途端に会場の空気を一変させてしまう近藤良平さんを目の当たりにすると、「あ」と思わずにはいられなかった。
 まず無理だろうな、と思いながら、藤里さんに相談してみると、一ヶ月もしないうちに仙台にやってきて、「撮ってきたんだけど、どうかな」と近藤良平さんの写真を見せてくれて、あれにも、驚かされた。
抽象的な話から、凄いものが。
 装幀の打ち合わせの時、デザイナーの関口さんは、「写真なんだけど微妙に、現実離れしているのがいい」「音楽を感じさせるような」とイメージを話してくれた。そして、「たとえば、ジャズのブルーノートを思わせる」という話にもなり、「いいですねえ」とその場にいるみんながうなずいたりもしたのだけれど、でもどちらかと言えば抽象的な話だったから、「それはいったい、どんなものなのか」は誰も断言できなかったはずで、頭に描いたものは各人で異なっている可能性もあったわけだから、いったいどんな形になるのかな、というのは僕としても期待半分不安半分だった。
 だから、サンプルが送られてきた時には、(良い意味で)僕の予想を超えたデザインに驚いた。落ち着いた雰囲気とポップさが入り混じりで、死神にぴったりじゃないか(と言えるほど死神のことを知っているわけではないけれど)と感動し、その日はひたすら、「すげー、すげー」と呟きながら、その画像をにやにや眺めていた。
蛇足は最後に。
 話は逸れるけれど、こんなことを聞いた。
「レコードのジャケットに凝るくらいなら、曲を良くしろよ!」と、あるパンクロッカーは、メンバーに怒鳴った。
「うるせえな。曲が悪くても、レコードのジャケットが良ければ、誰か一人くらい、騙されて、買うんだよ」メンバーはパンクロッカーに言い返した。らしい。

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藤里さんのコメント
ACCURACY OF DEATH