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第四十九章 最後の秘策
「ミツキ・ヒサメ……」

 自分の名を呼んだ俺を一瞥して、しかしヒサメは何も言わずに自分の倒したゴールデンはぐれノライムのいた場所に向かった。
 大して気のないそぶりながら、その場にかがんで何かを拾い上げる。

「まさか……」

 俺は信じられない思いで、ヒサメの拾い上げた物を見た。
 それは、見覚えのある、いや、ありすぎるキラキラと光る金色の何か。
 その答えを、あっさりと彼女は口にした。

「また、ノライム金貨ですか」

 そしてそれを聞いて、俺は答えが分かっていたにもかかわらず不思議な衝撃を受けた。

 ノライム金貨はゴールデンはぐれノライムのドロップアイテムであり、納品依頼、そして今回の討伐大会の納品可能アイテムでもある。
 ただしそのドロップ率は低く、たったの10%。
 しかしその小さな金貨が、この大会では大きな意味を持つ。

 基本的に、討伐も納品も、一匹当たりの報酬の期待値は同じになるように出来ている。
 ノライム金貨のドロップ率は10%で、単純に倒すことと比べると、その入手難度は実に10倍。
 だからもらえる報酬の額も、ノライム討伐の10倍になる。

 しかし、そうは言っても10%のドロップ率のアイテムだから、そう簡単には手に入らないはずだが……。

(そうか、クリティカルポイント…!)

 ヒサメがノライムを真ん中から二つに斬ったのは、俺に自分の実力を見せつけるためだと思っていた。
 しかし、それだけではない。
 真ん中から斬るということは、額の急所を、つまりクリティカルポイントを斬るということ。
 クリティカル補正によって、ヒサメが倒した敵からドロップアイテムを手に入れられる確率は倍になる。

 そしてそれは、納品での報酬の合計が二倍になり、結果的に一匹当たりの報酬額も普通に倒した場合の1.5倍になることを意味している。

(しまったな。完全に想定外だ)

 クリティカルポイントでのドロップ率アップのシステムは、完全にプレイヤーのための物だというゲームからの先入観があった。
 しかし、急所でトドメを刺せばアイテムを落としやすくなるというのは作中のキャラも話していた。
 ゲームシステムの中でも、この世界の住人にも浸透している、冒険者の常識なのだ。
 なのに他の人間がそれを狙ってくると考えなかったのは、どうしてもこの世界に生きている人間をNPCのように考えてしまう悪癖がまだ抜けていなかったということか。

(いや、でもそんなこと、普通は考えないだろ)

 無数のスキルを駆使する俺だって、動いているゴールデンはぐれノライムのクリティカルポイントに攻撃するなんて離れ業はまだ出来ていない。
 というか、おそらくそんなことが出来るのは、『猫耳猫』キャラの中でもヒサメくらいだ。

 数ある有名キャラクターの中で、なぜよりにもよってこいつがやってくるのか。
 世の中の理不尽さを感じる。

(考えてみれば、ヒサメってまさにこの大会のためにいるようなキャラじゃないか……)

 防御力の高いゴールデンを一撃で倒せるだけの高い攻撃力。
 逃げるゴールデンに追いつき、そのクリティカルポイントを正確に狙えるだけの速度と技量。
 そして、無数に存在するポップポイントを素早く回れるだけの移動速度。

 この三つがそろったヒサメなら、俺の予想をはるかに超えた高得点を出してくる可能性がある。
 50匹倒せれば大丈夫なんて言ったが、とんでもない。
 80匹で盤石というのも、もはや怪しい。
 確実にヒサメに勝とうと思ったら、100匹、いや120匹くらいは倒さなければ無理ではないかと思ってしまった。

「貴方に真剣勝負を挑むような事はもうしません」

 その時、コインを袋にしまったヒサメが突然そんな言葉を口にした。
 あいかわらず気のない雰囲気を見せているが、これは、もしかして……。

「けれど、貴方は他人と何かを競う事までは禁じはしなかったはずです。
 ですからこれは、貴方との約束を破った事には……」
「もしかしてあんた、俺に負けたことをまだ気にしてるのか?」

 ミツキであればゴールデンはぐれノライムよりも簡単にレベル上げの出来る敵がいるだろうし、転移石を使い捨てに出来る彼女がお金を欲しがっているとも思えない。
 まさか、彼女がこの大会に参加したのは、俺への……。

「……貴方も何やら、隅の方で細々と狩りを楽しんでいたようですね」

 露骨に話を逸らした!
 まさか本当に、俺に負けたのが悔しくてリベンジしに来たのか?

 しかし、そんな俺の疑惑の眼差しにもヒサメは全くびくともしない。
 態度にも顔にも不自然な所は全くなく、完全なポーカーフェイス。
 いつもと違う所と言えば、ぴょこぴょこぴょこぴょこと忙しなく動く猫耳くらいだった。
 めまぐるしく猫耳を動かしながら、ヒサメは平然と話を続ける。

「けれど、ここから先に行く必要はありません。
 もう、大勢は決しています」

 しかし、そう口にした時だけは猫耳も誇らしげにぴんと立った。
 嫌な予感がする。

「……それは、どうかな?
 勝負って奴は、ふたを開けて見るまで分からない物だぞ?」

 なんて言ってはみるが、彼女の自信にはちょっと鼻白んだ。
 しかも、ゆさぶりをかけたつもりなのに、猫耳はぴんと立ったまま動かない。
 本当に動揺していないようだ。

「そう思うのなら、足掻いてみればいいでしょう。
 私は、もうすぐ終わります」
「終わる?」

 思わず漏らした俺の疑問の声に、少しだけ猫耳を反応させて、

「…私は、あと10分もすれば街に戻るだろうという事です。
 街で待っています。
 今度はあまり、待たせないで下さい」

 それだけを言うと、すぐにヒサメは背を向けた。
 現れた時と同じ、目で追うのもやっとという速さで、最初に来た時とは逆の方向に駆け抜けていく。



「……ソーマ」

 その消えていった方角を呆然と眺めていた俺は、隣から名前を呼ばれて、はっと我に返った。
 やはり不安げなリンゴの瞳が、俺を見上げていた。

 ゲームの設定のせいか、あるいは記憶と立ち位置を奪われたせいなのか、最初はあまり感情を見せなかったリンゴだが、最近段々と人間らしくなってきたような気がする。
 ここは一つ、俺がしっかりと話して不安を和らげてやらなければ。

「……大丈夫だ、リンゴ」

 俺は、しっかりとリンゴと目を合わせ、肩に手を置いて力強く言った。

「2位だって、賞金3倍もらえるから!」

 なぜか、凄く嫌そうな顔をされた。



 そうは言ったものの、やっぱり順位は出来るだけ上げたいし、お金だって出来るだけ稼ぎたい。
 そこから俺たちは、今までの計画を全部白紙にして、ヒサメの存在を意識した新しい方針を考えた。

 まず、ヒサメと張り合うことはやめる。
 どう考えてもヒサメの殲滅速度と移動速度に追いつけるとは思えない。
 今後はとにかく、ヒサメとかち合わないように動くべきだ。

 ヒサメと遭遇したのは、マップ中央よりいくらか南に進んだ辺り。
 そこに彼女は北東方向からやってきて、やや南寄りの西方面に走り去った。

 そこから彼女の動きはある程度予想出来る。
 ヒサメは俺に、『隅の方で細々と狩りを楽しんでいる』と言った。
 つまりヒサメは、俺の動きを探索者の指輪で把握していたと想像出来る。

 彼女はそれ以前に俺に会おうと思えば会えた。
 なのにこれまで遭遇しなかったのは、彼女にその気がなかったからだ。
 では逆に、なぜこのタイミングで俺に遭遇したのか。
 それはおそらく、俺とは逆側、北の方からゴールデンを倒していき、この場所より北はある程度回り尽くしてしまったのではないかという仮説が立つ。

 一人ローラー作戦、あるいは一人絨毯爆撃とでも言うべきか。
 いや、彼女以外の誰かだったらそんな恐ろしいことは考えないのだが、ヒサメの機動力ならあるいは、と思わされてしまうから不思議だ。
 その仮説からすると、彼女は東西にジグザグに移動しながら、少しずつ北から南に進んできたのではないだろうか。
 少なくともそう考えると、彼女が北東からやってきて、南西に走り去ったという動きの意味が分かる。


 根拠はほとんどないが、ヒサメがそう動いてきたという前提で考えてみよう。
 その場合、俺はどうやって動くべきか。

 選択肢の一つとして、まず全力で北に抜けるという作戦が挙げられる。
 いくら彼女でもポップしていない敵を倒すことは不可能だ。
 ローラー作戦を最初に始めた一番北側であれば、ヒサメが回った時点でまだモンスターがほとんどポップしていなかったという可能性はある。
 10匹残っているポップポイントはなくても、6匹程度残っているポップポイントなら大量に見つけられるかもしれない。

 しかし、それは下策だろう。
 北側はヒサメ以外の参加者も多いし、そもそもヒサメが討ち漏らしを気にして戻っていた可能性もある。
 移動にも時間がかかるだろうし、それで成果がなしとなれば目も当てられない。

 ならいっそ逆に、南に戻るというのはどうだろうか。
 ヒサメは南西に進んでいったものの、彼女の動きが今まで通りだとしたら、南の端に来るまでには時間がかかるだろう。
 それに俺たちは南、やや東寄りから回り始め、南西の方を経由して反転、中央寄りにやってきた。
 ヒサメの動きが俺の想像した通りなら、という前提だが、南東の端の方は俺もヒサメもまだ手をつけていないことになる。

 こっちに進んだ欠点を言えば、端狙いの参加者とかち合う可能性があること。
 それに、南東を回っている内に他の全ての地域をヒサメに押さえられてしまい、他からの得点が望めなくなる危険性があることだろうか。

(いや、それでもこれで行こう)

 ヒサメと正面からやり合ったりはしないともう決めた。
 なら現時点で一番ポイントを獲得出来そうな南東に向かうのが上策だろう。

「リンゴ、南に戻ろう。
 南なら、まだ誰も手を付けてないポイントがあるかもしれない」

 俺がそう言うとリンゴは小さくうなずいた。
 さらに、

「…てわけ、する?」

 ヒサメの存在に危機感を覚えたのか、そんな提案までしてきた。
 だが、それには俺はすぐに首を横に振った。

「いや、倒し方自体は変えない。
 たぶん、今のやり方が最善だと思う」

 一瞬だけ、効率を上げるために二手に分かれることも考えたが、それは逆効果だろう。
 というか少なくとも俺は、一人でゴールデンはぐれノライムを倒せる気がしない。

「…ん」

 今の俺たちの連携がうまくいっていることは、リンゴも分かってはいたようだ。
 すぐに納得してくれた。

「とりあえず、ゴールデンを探すことより移動を優先しよう。
 全力で移動するぞ」

 リンゴがもう一度うなずいたのを確認すると、俺は神速キャンセル移動で南東に向けて移動を始めた。



 そして、大会開始から1時間が過ぎた。
 30分時点では22匹だった狩りの成功数は、なんと3倍の66匹まで伸びた。

 作戦が図に当たり、南東の端で手つかずのポップポイントをいくつも見つけたことが勝因だった。
 まとまった数のゴールデンはぐれノライムをどうやって仕留めるかというのが次の課題になったが、そこは逃亡系モンスターの習性をうまく利用した。

 逃亡系モンスターは近付いても攻撃を受けても逃げるが、攻撃された場合と違い、近付いた場合は一定距離を逃げるとそこで一度逃亡をやめる。
 それに、大量発生したモンスターはエリア外には出ないというルールも利用した。

 俺たちは少しずつゴールデンに接近して群れを分散させ、ばらついた所を各個撃破、あるいはエリアの南端まで追い込み、そこで一体ずつ確実に仕留めていった。
 もちろんたくさんを相手にすると失敗も多くなる訳で、2、3匹仕留め損ねた奴はいたが、ここで大量にポイントを獲得することが出来た。

 南端につくまで脇目も振らずに走ったこと。
 リンゴの全力疾走が俺よりも速く、休みを挟んだ俺の神速キャンセル移動についてきたこともこの作戦が成功した要因と言えるだろう。

 それに、意外にも南東の端以外にもゴールデンが残っているポイントがあった。
 なぜだか知らないが、ヒサメも南の端の辺りまでは来なかったらしい。
 南東のように一気に10匹だとか9匹だとかは行かなかったが、そこで地味に何匹分か、追加でスコアを増やすことが出来た。


 ついでに言えば、思わぬ副産物もあった。
 忍刀『黄金桜』である。
 これは推定ドロップ率0.1%と言われるゴールデンはぐれノライムのレアドロップで、強力なアイテムではあるが、納品アイテムの中には含まれていない。

 正直今回に限ってはノライム金貨の方がよかったかもとは思ったが、贅沢は言っていられない。
 確率を考えれば、これだけの狩りで一本入手というのはむしろ幸運な部類と言えよう。
 ありがたく使わせてもらうことにして、リンゴに装備してもらった。

 ヒートナイフより格段に強い『黄金桜』を使うことによって、ゴールデンを一撃で倒せるようになり、狩りの効率もアップ、とはいかなかったが、本人は気に入ったようだ。
 そもそもリンゴの強さについては色々と不透明な所はあり、『王都襲撃』イベント時のシェルミア王女を越えているのかそうでないのか、いまいち判然としない。

 今思えば、だが、雷撃の性能も含め、リンゴはレベル1にしてはありえないと言えるほどの強さを持っていたが、それだけで『王都襲撃』イベントの時のような圧倒的な強さを発揮出来たとは思えない。
 『王都襲撃』はレベル100相当のイベントだったため、シェルミア王女が相手にしていたのは、HPが低めだとされるレベル90くらいの鳥モンスターだった。
 それでも、岩に傷を付けられる程度の威力の雷撃で、あのモンスターを一撃で倒せたとは思えない。

 だとしたらあの時のシェルミアはレベルが1ではなかったか、装備によって補正がかかっていたか、あるいはイベント補正でもかかっていたという可能性もあると考えている。


 それはともかく、だ。
 その『黄金桜』のことを含め、限られた時間と資源の中で、俺たちは望み得る最高に近い成果を上げたという自信はある。
 しかし、

(それでも、足りない……)

 ヒサメのあの様子を考えると、やはり66匹程度では心許ない。

 どこかに討ち漏らしはいないかと探してみるが、もうゴールデンの姿は全く見つけられなかった。
 途中で何組かの討伐大会参加者のグループにも遭遇したのだが、やはり成果はなかったようだ。
 ここで切り上げて街に戻るという人がほとんどだった。

 まだ大会開始から1時間を少し回った所だ。
 だというのに、不自然なほどにもうゴールデンの姿を見かけられなかった。
 本当に、もうゴールデンはぐれノライムは狩り尽くされてしまったのだろうか。

 しかし、誰か一人が大量にモンスターを倒した場合、残りの人間がその討ち漏らしを狙っていく形で大量発生のモンスターが根絶やしにされてしまうという現象は、確かにゲームでもあった。

(もう、無理か……)

 考えてみれば、最初の目標だった50匹は達成したのだ。
 ヒサメのような規格外の存在を想定してはいなかったが、これだって充分な成果である。
 まだ優勝の目がないと決まった訳でもない。

 時計を見ると、時間は午後3時11分を示していた。
 もう10分以上、新しいノライムの姿を見ていないことになる。
 おそらく、全てのノライムはもう誰かに倒されてしまったのだろう。

 それに、俺たちは十分頑張った。
 ここで終わりにするのが、きっと正解なんだろう。

「それじゃリンゴ、俺たちも……」

 帰ろうか、と言いかけて、しかし俺は言葉を止めた。

(……いや、まだ、終わっていない)

 思い出したのだ。
 2時間の大量発生が終わる場合ならともかく、モンスターが全滅して大会が終了したのなら、どうやってかそれを把握したギルドから、終了のアナウンスがあるはずなのだ。
 それがないということは、まだこの地域にゴールデンはぐれノライムが残っていることになる。

(まだ、討ち漏らしがいるってことか?
 いや、でも……)

 突然頭に浮かんだのは、この場所、デウス平原にまつわる、ちょっとした噂。
 もし、それが本当だとしたら……。

 俺はもう一度、時計を見る。
 午後3時12分。
 ギリギリだが、目的地は近い。
 今ならまだ間に合うかもしれない。

「リンゴ、もしかするとまだ何とかなるかもしれない。
 南西に向かうぞ!」

 そう叫んで、俺は返事も確かめずに走り出した。
 少なくとも、道に迷う心配だけはない。

 次の目的地、デウス平原の南西には、このエリア最大の大岩がある。


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