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第四十八章 駆け抜ける影
 リンゴの雷撃と、俺の見事な突撃で一匹目のゴールデンを倒した(仕損じたとも言う)俺たちは、そのポップポイントでのゴールデンのリポップを待たずに、他のゴールデンを探して移動することにした。
 これは、俺がモンスターポップの仕組みと大量発生時のポップ量を理解した上であらかじめ考えていた、俺たちの作戦でもある。


 『猫耳猫』のモンスターポップの仕組みは非常に単純だ。
 フィールドの決まった地点にはポップポイントと呼ばれるモンスターが出現する場所が作られていて、そこには、


1番   50%
2番   30%
11番  20%
リポップ 600秒


 のように、『出現するモンスターグループの番号とその確率』と『リポップまでの時間』の二つが設定されているんだそうだ。

 上の例の場合、例えば1番のモンスターがノライム、2番がノライムブス、11番がノライムとノライムブスのセットだったなら、そのポップポイントからは5割の確率でノライムが、3割の確率でノライムブスが、2割の確率でノライムとノライムブスの両方が、それぞれ現れることになる。
 そして、『リポップ 600秒』だから、そのポップポイントから出て来たモンスターが倒されてから600秒後、つまり10分後に新しいモンスターが出現するということになる。


 ただし、大量発生の場合はその設定のほとんどが意味をなさなくなる。
 まず、大量発生フラグが立っていると、出現するモンスターとして選ばれたのが1番だろうが2番だろうが11番だろうが、大量発生で選ばれたモンスターが出現することになる。
 今はゴールデンはぐれノライムが大量発生しているので、もともとのモンスターがなんだったとしても、全てのポップポイントからはゴールデンはぐれが必ず出て来る、というか、それ以外が出なくなってしまうのだ。

 余談だが、ある序盤のダンジョンでゴブリンの大量発生が起こった結果、途中の雑魚モンスターのみならず、ボスモンスターまでがゴブリンになってしまったという事件もあったらしい。
 いや、一応ボスやイベントモンスターだけは大量発生でも上書きされないようになっているはずなのだが、肝心のモンスターにボスフラグを付け忘れ、結局ボスモンスターまでがゴブリンになってしまったという、まあ『猫耳猫』ではよく見るレベルのバグである。

 ちなみにその結果、ダンジョンは簡単にクリア出来たものの、そのボスとは二度と戦うことが出来ずドロップ品も手に入らず、さらにはそのドロップの一つがイベント用アイテムだったせいでイベント進行が不可能になって、とやはり散々だったらしい。


 まあバグの話はともかくとして、大量発生時にはモンスターの種類以上に大きな変化が起こる。
 全てのポップポイントの設定が『リポップ 300秒』に代わり、同じポップポイントからのモンスターの重複がありになるのだ。
 要するに、前に出て来たモンスターが倒されても倒されてなくても、5分毎に新しいモンスターが必ず湧いて出て来るようになるのである。

 ピンと来ないかもしれないが、これはかなり鬼畜な設定だ。
 『猫耳猫wiki』によると、野外フィールドにおけるポップポイントの平均数は50。
 つまり、5分毎に50体ずつ、新しいモンスターが増えていくことになる。

 もちろん討伐大会開始直後は問題ない。
 近くに出現したモンスターを倒すだけで苦労もなく、これなら余裕かなと思う。
 しかし、回を追うごとに討ち漏らしは増え、こっちは負傷やMP切れで戦える人数が減っていく。
 モンスター50対人間50で始まったはずのモンスター討伐大会が、30分後にはモンスター200対人間20の人間討伐大会に変わっていた、なんてことも全く珍しくはないのだ。

 ただ、モンスターの出現自体は10回目、開始から45分の時点で打ち止めになる。
 だから一応、そのモンスターを全滅させれば大量発生の終わる2時間後を待たずにその時点で大会が終了してアナウンスが流れるのだが、プレイヤーや参加者たちが相当高レベルでないとそんな事態はまず起こらない。

 今回の大会がどうなるかは分からないが、とにかくこの情報を元にして俺は計画が立てることにした。
 まとめると、フィールドには約50ポップポイントがあって、そこから10体のモンスターが出て来ることになる。
 すると結果として、今回出現するゴールデンはぐれノライムは、500体前後だということが分かる。

 この500の内の250匹を完璧に倒すことが出来れば俺たちの1位はほぼ確実になる訳だが、それは流石に現実的ではないだろう。
 80匹行けば恐らく盤石だが、それも高望みが過ぎる気がする。

 ……だから、50匹。
 俺の見立てでは、大会終了までに50匹をうまいこと倒せれば、優勝に手が届くのではないかと思う。



 そして、この2時間で50匹を倒さなくてはいけないとしたら、俺たちは約2分に1匹というハイペースで回っていくことが要求される。
 5分に1回のリポップを待つようではとても間に合わないのだ。

 レベルアップの影響で調子を崩していた様子のリンゴが立ち直ったのを確認してから、俺たちは小走りで別のポイントを探しに向かう。

「こっちの方、確か敵が湧いたりしてたと思ったんだが……」

 俺がそう漏らすと、隣を走っていたリンゴがぼそりと言った。

「……いる。金色の」
「え?」

 そう言われて前を見るが、俺には分からない。
 しかし、

「…こっち」

 と珍しくリンゴに先導されて進んでいくと、確かにそこには別のゴールデンがいた。
 レベルアップって視力まで上がるんだろうか。
 思わずそんな馬鹿なことを考えてしまったが、それよりも目の前のゴールデンだ。
 速度を落としながら、小声で叫ぶ。

「リンゴ、俺が合図したら攻撃してくれ!」

 ゴールデンはぐれノライムのような逃亡するモンスターは、そのトリガーに『攻撃を受ける』の他に、『プレイヤーが一定距離近付く』というのが設定されていることが多い。
 どの距離まで近付けば逃げるのかは、俺はもう感覚的にマスターしている。
 ギリギリまで近付いてから、リンゴが雷撃。
 俺が側面から回り込んで、今度こそ『六突き』を決める!

 警戒するノライムと睨み合いながら、充分な距離まで近付いて、

「今だ!」

 と叫んだ。
 同時に横から神速キャンセル移動で回り込む。
 が、

「うわっと!」

 雷撃が隣をかすめていくので、迂闊には突っ込んでいけない。

 レベルアップ後、近くにあった岩に試し撃ちをしてもらったのだが、確実に威力が上がっていた。
 レベルアップ前、流れ弾で岩に当たった時は岩を傷つける程度の威力しかなかったのだが、レベルアップ後には岩を大きく抉るまでに成長していたのだ。
 あんな物に当たったらひとたまりもない。

 ただ、そこまで威力の向上した雷撃でも、ゴールデンの防御はまだ突破出来ないらしい。
 レベルが上がった今ならもしかすると、と思ったのだが、普通に1ダメージしか与えていないようだ。
 さらに何本かゴールデンをかすめるような攻撃が続き、ノライムの動きが止まる。

(今ならっ!)

 俺は恐怖を押し殺し、ゴールデンに向かって突撃した!



「…やっぱり、てかげん、する?」

 と口にしたのは、戦闘後、がっくりと肩を落とした俺に声をかけたリンゴである。
 いや、しかし結論から言えばあの突撃攻撃は命中、俺は今度こそゴールデンに攻撃を加えることに成功したのだ。

 ま、まあ死体に、だけど!
 しかも急所を狙うとかぜんっぜん出来てなかったけど!

 ただ、そうは言っても一歩前進したことは確かだ。
 俺は毅然とした表情で、リンゴの提案に首を振った。

 もちろん、縦方向に!

 いや、ただ倒すだけなら簡単そうだし、だったらリンゴの成長のためにも、俺たちが1位になるためにも、力を調節して俺がうまく『六突き』を当てられるようにするのは必要なことなのだ……たぶん。

 『猫耳猫wiki』によれば、ゴールデンはぐれノライムのHPは15に固定されているらしい。
 だから、雷撃のクリーンヒット3回、かすった物でも5回10回と積もればそれだけで相手を倒せることになる。

「あと一息で倒せそうだなと思ったら、少し攻撃の手を緩めて俺が近付きやすいようにしてくれるか?」

 自慢ではないが、全開でスキルを使えば、俺はたぶんゴールデンより速い。
 なのに俺がさっき間に合わなかったのは、リンゴの雷撃にビビッていたからだ。
 それを調節してくれるなら、俺だって充分に攻撃を当てられるはずだ!

 ゴールデンはぐれノライム、次に会った時がお前の最後だ!!



 俺の場合、そんな風に自信満々に言い切った時は大抵が失敗するフラグなのだが、今回に限っては違った。
 むしろそこからは、怖いくらいにトントン拍子に全てが進んだ。

 『てかげん』の効果が出たのか、次のゴールデンには余裕を持って攻撃を当てられるようになった。
 ……やっぱり死体に、だけども。

 そして、その次にはクリティカルポイント、ノライムシリーズには必ずある眉間の小さなほくろ(毛だという説もある)に攻撃を当てられないかチャレンジしてみた。

 最初は……失敗。
 眉間を狙うには正面に回り込む必要があり、正面がどこかとまごまごしている内に死体が消えてしまった。

 しかしその次、狙いが甘く、急所をかすめる形でわずかに的を外したが、クリティカルポイントに当たる直前まで行き、大いに自信をつけた。

 そして、試し始めて3匹目には、とうとうゴールデンの死体の額の中心、クリティカルポイントに『六突き』を当てることに成功。

 その次も死んだゴールデンの眉間にヒット!
 さらにその次も成功!
 さらにその次も、と成功率と完成度をどんどん上げていく。

 その後も順調にゴールデン狩りは進んでいき、回を重ねる毎に俺とリンゴの連携は上達していく。
 そしてとうとう13匹目、

「『六突き』!!」

 ついに、生きているノライムに攻撃を当てることに成功する!

 流石に動いているため、正確に額を狙うなんてことはとても出来なかったが、既に弱らされていたそのノライムは、『六突き』で6ダメージを喰らって死亡した。
 そのゴールデンが粒子になって消えた直後、身体を電流が駆け抜ける。

 ――レベルアップだ!

 確かにリンゴの反応がうなずけるような感覚が、俺にも起こった。
 身体の奥から活力が湧き出し、じっとしていられない。

 その力を試したくて、さらに連続で3匹、俺がトドメを刺して倒してしまった。
 もちろんゴールデンの防御を崩すことなんて出来なかったし、生きているゴールデンの動きは速く、俺の技量では急所を狙うのはとても無理だと分かったが、3匹とも撃破に成功したことで俺の身体はさらなる進化を果たした。

 鑑定紙のことを思い出して調べてみると、なんとたった4匹倒しただけで、俺のレベルは一気に82まで跳ね上がっていた。
 ついでにとリンゴのレベルも見てみると、107になっていた。

 流石、悪い意味で『絶妙なゲームバランスを誇る』と言われる『猫耳猫』だ。
 ボーナスモンスターのバランスブレイカーっぷりが半端ない。

 ただ、この上がりを見る限り、どうやらゴールデンはぐれノライムのレベルは100なのだろうと思われた。
 もうちょっと高レベルなモンスターかと思っていたが、いくらボーナスモンスターとはいえ、平均レベル50のデウス平原に出るモンスターなのだから、大体こんな物だという訳か。


 さらにもう一匹俺が直接トドメを刺し、レベルが84になったのを確認してからは、俺のレベル上げよりも狩りを優先することに決めた。
 レベル上げはいつだって出来るが、大量にお金を得るチャンスはここ以外にない。
 経験値は全てリンゴに譲り、効率狩りに徹する。

 その結果、狩りはそれまで以上に順調に進み、大会開始から30分が経つ頃には、その成功数はもう22を数えていた。
 最初にもたついていたことを考えると、かなりの成果と言える。
 このペースで行けば、2時間どころか、モンスターが湧かなくなる45分までに、目標である50匹を越えていくかもしれない。

 それに、実際にやっている内に、もしかするとそんなに頑張らなくても1位が取れるのではないかという見通しが出て来たのも明るい材料だ。

 いくらポップポイントが50箇所もあるとはいえ、このデウス平原のフィールドはそれなりに広大だ。
 ポップポイントから隣接したポップポイントに移動するだけで、かなりの時間がかかる。
 縦横に色々なポイントを回って大量にポイントを稼ぐというのは、あまり現実的ではないと分かった。
 そうなれば、恐らく誰よりも効率よく狩りを進めている俺たちが一番ポイントを多く取っているということは考えられる。

 あるいはどちらかというと奥の方、つまり南方面を中心に狩りを進めていったのが功を奏したのかもしれない。
 競合相手の大会参加者ともほとんど会うことがなく、おまけに手をつけられていないポップポイントも多いのだろう。
 時間が過ぎていくにつれ、討ち漏らしが増えたおかげか、同じポップポイントに2匹以上のゴールデンがいることも多くなった。

 これは案外余裕かもしれない。
 そんな風に思った矢先、異変は起きた。



「……おかしい」

 さっきから5分ほど歩いているが、全くノライムの姿を見かけない。
 俺が見落としているだけかもとリンゴにも訊いてみたが、リンゴも見かけていないようだ。
 ポップポイントに2匹、3匹とノライムがあふれていた状況を考えると、これは異常だ。

 もしかするとゲームとは違い、45分ではなく、30分でモンスターポップが終わってしまう仕様だったりするのだろうか。
 そんな不安を俺が感じた時、リンゴがつぶやく。

「……いた」

 その声に、俺は心底からほっとした。
 遠目にだが、金色のノライムが俺の目にも映った。

「次はあいつだな。確実に決めるぞ」

 そんな言わずもがななことを言って、心持ち足を速めてノライムに近付いていく。
 だが、俺たちがそのノライムの顔がはっきり分かるほどに近付いた時、

「あ、れ…?」

 風が、平原を駆け抜けた。

 横合いから滑るように流れてきた何かと、ゴールデンが瞬間、交錯する。
 高速で抜けて行った影に目を取られたのは一瞬、すぐにゴールデンに目を移すと、

「嘘、だろ?」

 一瞬前までは健在だったゴールデンはぐれノライムは、身体の中心、ちょうど真ん中の辺りで断ち切られ、左右に真っ二つになっていた。
 わずかな時間を置いて、二つになったはぐれノライムは光の粒になって消えていく。

「…リンゴ?」

 その時、俺は服の裾が軽く引かれるのを感じて振り向いた。
 見ると、隣に立っていたリンゴが、少し怯えた様子で俺の服の端をつかんでいた。
 何を目にしてもほとんど無反応だったリンゴが、ここまで不安をあらわにするほどの存在。

 それはもちろん、突然真っ二つになったゴールデンはぐれノライム……ではない。
 そうではなく、風と見まがうほどの速度でゴールデンに駆け寄り、それを一瞬で真っ二つにした人間。
 レベルアップしたリンゴの雷撃でもびくともしなかったゴールデンの防御を貫き、あの速度で動いている目標を、正確に中心から半分に斬ることが出来る技量の持ち主。
 そんなことが出来る奴は『猫耳猫』にもそういない。

「お前、は……」

 俺の口から、乾いた声が漏れる。
 対するのは、ゴールデンはぐれノライムを真っ二つにするという離れ業を行いながらも、退屈そうにこちらを眺める一人の少女。

「遅いですね。欠伸が出るほどに」

 そして、王都周辺で最速を誇るモンスター、ゴールデンはぐれノライムにそんな台詞が吐ける人間もまた、一人しか存在しない。
 そこに立っていたのは、もちろん、


「ミツキ・ヒサメ……」


 ご存知、「ばかー!」の人である。


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