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第四十四章 バウンティハンターギルド
「リンゴ、これから何をするべきなのか、分かってるな?」

 俺が声に緊張をにじませてそう問うと、彼女も無言でうなずいた。
 心持ちいつもよりうなずきが深いように見えるのは、彼女も今俺たちが置かれている状況をきちんと理解してくれたからか。

 名前は結局、リンゴで定着させることに決めた。
 そもそもシェルミアという名前を知っている者が本人を含めて誰もいない以上、その名を使うことに特別な意味はないし、何より本人がリンゴという名前を気に入っているなら、その方がいいだろう。

 そして、それよりも何よりも。
 俺たちにはもう、そんな些事にかかずらっている暇など残されてはいなかった。

「こことも、もうお別れなのかもしれないな……」

 部屋を出る前にもう一度、俺はリンゴと一緒に一日を過ごしたこの部屋を眺めた。
 清潔なベッドに、リンゴがやけに気に入ってずっと座っている椅子、それに、二人で過ごしていても手狭にならない広い空間。
 たった一日しかいなかった場所のはずなのに、もうここには戻ってこれないかもしれないと思うと、何だかやけに寂しい気がした。

「充分予想出来たことだったのに、俺って奴は……」

 思わずそうこぼしてしまうが、嘆いていても状況は変わらない。
 そう、全てが変わったのは、今からほんの数分ほど前だった。

 発端は、俺たちの部屋に訪れた宿屋のおっさんだった。
 彼がもたらした情報に、俺は心臓に刃を突き立てられたようなショックを受けた。
 それは、昨日今日と立て続けにショッキングな事実を突きつけられていた俺にとっても、ひときわ衝撃的な一言だったのだ。

 その、衝撃的な一言とはすなわち、

「ああ、そうだ。まあ昨日はサービスしてやるけどな。
 これからもこの部屋にお前ら二人で泊まるなら、二人料金で一泊1500Eで頼むぜ」

 宿泊料金の、値上げ宣言である!


 いくら衝動買いの鬼と言われた俺だって、理性くらいある。
 二日分の宿泊代くらいは確保しておきたいと思ったから、武器屋で掘り出し物を買った時点でも、きちんとお金を2360Eも残していた。

 ……そう、2360Eである。
 一泊した後リンゴを買ったため、現在の所持金は1310Eとなる。

 ――つまる所、このままではもう、今夜の宿代が払えないのである。



 もちろんここでリンゴを見捨ててぼっちを貫けばもう一泊くらいは出来るのだが、流石にそれは良心が咎める。
 ある意味同じ被害者とはいえ、身内がしでかした不始末だし、イーナやヒサメと違い、彼女はたぶん一人じゃ生活出来ないだろう。
 せめて彼女が安全に暮らしていける場所を見つけるまでは、俺が面倒を見るつもりでいた。

 と、なれば……。

「最悪の場合、ジャンケンで負けた方は……馬小屋だな」

 現状を確認して、自分でも何だか悲しい気分になってきた。
 まさか、あれを現実世界で体験するはめになるとは想像もしていなかった。

 ゲームの世界には匂いも感触もほとんどなかったが、半分現実であるこの世界では違うだろう。
 狭くて臭くてセキュリティゼロのあの空間で眠るなんて、都会っ子にはちょっときつすぎる。

 王都での宿泊は基本が馬小屋だったとはいえ、特に初回のプレイ時、仲間と旅していた時はきちんとした宿屋にも泊まっていた。
 そっちの宿の値段がどうだったかはよく覚えていないが、宿屋の料金システムは理解していたはずなのに、そこまで考えが及ばなかった。
 いや、リンゴがやってきた時点では既に所持金は1500Eを切っていたのだから、あまり関係はないかもしれない。

(くそ! あの時、指貫グローブを買わずに我慢していれば……)

 武器屋であれを見つけてはしゃぎ、手にはめて喜んでいた過去の自分が脳内で再生される。
 ぶん殴ってやりたくなった。

「いや、後悔なんてしている場合じゃない。
 それよりも、少しでも行動しなければ!」

 気分を切り替えて、俺は胸の前できつく拳を握りしめる。
 すると……。

「リンゴ?」

 危機的状況は時に人を変え、人を大きく成長させるという。
 俺の気迫に何か感じ入る物があったのか、珍しくリンゴも緩慢な動きながらこっちに近付いてきて、握りしめた俺の手に、そっと自分の手を近付けてきた。

 そして、その開いた手を見せつけるようにして、彼女は俺に向かって清楚な姫そのものの笑顔を見せて……。

「…これで、そっちがうまごや?」

 黒いよリンゴさん!
 短い間によくない方向に大きく成長しちゃったよ!
 と、驚いてばかりもいられない。

「と、とにかくだ!
 俺たちにはなんとしてもお金が必要なんだ!
 最低でもどうにかして今日中に200E以上稼ぐぞ!」

 俺はそう叫んでジャンケンの件をうやむやにしながらも、ノーモア馬小屋という不退転の決意を改めて確認し、背水の陣で宿を出た。



 そうは言ったものの、今の実力では戦闘を伴うクエストはクリア出来ない。
 戦闘がなく、この街だけで出来て、半日以内に終わって、報酬としてお金が手に入るクエスト、となると、かなり限定されてしまう。

 流石に『ミハエルの青い鳥』をやるほどには切羽詰まってはいないし、それ以外で何か、と言われると、すぐに思いついたのは『迷子の道標』クエストくらいか。

 『迷子の道標』というのは、『方向音痴の妹のために目的の場所まで道標を置いてくれ』という簡単なお使いクエスト……なのだが、最初の内、このイベントはクリア不可能と言われていた。
 道標に使うアイテムとして、依頼人から『パンのかけら』を30個渡されるのだが、あの有名な童話と同じように、これを道標にしても鳥に食べられて依頼失敗となってしまう。

 では代わりにと渡されるのが『白い石』なのだが、これを置いても近所の子供たちなどの通行人に拾われて、結局は依頼失敗となってしまう。
 自分で代わりの品を置いてみても、やっぱり子供に取られたり道標として機能しなかったりで、依頼は失敗。
 ではどんなアイテムを道標として使えばいいのか。

 大抵のプレイヤーはそこであきらめてしまったが、ある一人のプレイヤーが、ネットでその正解を公開した。
 アイテムショップにおいてある、ダントツに不人気なために在庫が100個以上あるという置物、『お洒落しゃれ髑髏しゃれこうべ』が、その解答だった。


 この骸骨はシステム的な設定として、『置いても絶対に誰も拾わない』アイテムらしく、あんなしょうもない石も漏れなく拾っていた近所の子供も総スルー。
 そんなに人気のない代物をどうしてこんな大量に入荷したんだとアイテムショップを思わず心配してしまうが、これによってこのクエストはようやくクリア出来る。

 というか、『パンの欠片』や『白い石』と違って普通に人間の頭と同じくらいの大きさで、こんな物が使えるとか分かるかと言いたくはなるが、まあこの程度なら『猫耳猫』のクエストの中では分かりやすい方だろう。

 ただこの髑髏、クエスト用アイテムであるせいか、クエストが終了してもプレイヤーが自分で拾うまでずっと地面に放置されたまま消滅もしない。
 街の景観を著しく損ねるので大抵はクリアしたらすぐに回収することになるが、どこに行っても『絶対に買い取ってもらえない』という、涙が出るほどの不人気アイテムである。

 しかし、そんな不人気アイテムの癖に、一個100Eもする。
 クリアには最低でも25個は必要だったはずだから、必要なお金は2500E。
 お金が全然足りない。
 お金を稼ぐためにお金が必要という、嫌なスパイラルにはまり込んだ気がした。

「仕方ない。とりあえず、バウンティハンターギルドにでも行ってみようか」

 元手があまりかからない資金稼ぎの出来る場所となると、そこくらいしか思いつかない。
 思いっ切り戦闘必須だが、出ている依頼によっては何とかなるかもしれない。
 俺たちはとりあえず、バウンティハンターギルドに向かうことにした。


 バウンティハンターギルドとは、簡単に言えばゲームでよくある冒険者ギルドみたいなもので、特にモンスターを倒す依頼をこなすことでお金を稼ぐ場所である。
 そして、ヒサメなどとは全く別の意味で、『猫耳猫』の良心と言われている。

 ――なぜならこのバウンティハンターギルド、掲載される依頼が完全ランダム生成なのである。

 バウンティハンターギルドにはランダムで『討伐』と『納品』の手配書が入る。
 ギルドの加入だとかギルドランクなどの仕組みはないため、『ノライム3匹討伐:7月9日まで』、『ノライムの雫2個納品:7月10日まで』などと書かれた手配書を見て、受ける依頼を自由に決められる仕組みになっている。

 討伐は期日内に目標のモンスターを指定数倒して報告すれば、納品は期日内に特定モンスターのドロップアイテムを指定数ギルドに届ければクリア、という単純な物で、しかも手配書はランダム生成されるため、『猫耳猫』特有の性格の悪さが全くない。
 「困ったらとにかくハンターギルド」と言われるほど、『猫耳猫』プレイヤーに愛されているシステムである。
 まあ単に、普通のクエストが性格悪すぎるだけとも言えるが。


 また何か変な奴が待ち構えているかもしれない。
 手配書をデフォルメしたようなマークがついた扉を、そっと開ける。

(……よし!)

 中には注意が必要そうなキャラはいなかった。
 安心して、ギルドの中に入る。

「それじゃ、簡単そうな手配書から見ていこう。
 出来れば納品の方がいいかな」

 討伐には、カウンターで専用のクリスタルを借り受ける必要がある。
 その際、貸出賃として、報酬の半分のエレメントが必要になる。
 これは依頼が終了すると返してもらえるが、現在の所持金からすると、そもそも払えるかどうかが微妙だ。

(うーん。今一つ、だなぁ……)

 現状の戦力を考えると、あまり強い場所の敵とは戦いたくない。
 平均レベルが50のデウス平原辺りの敵ドロップを狙いたい所だが、ざっと流した所では、そんな依頼は見つからなかった。

 しかし、俺がそうやって途方に暮れていた時、ちょうど正午の鐘が鳴る。
 そして同時に、

「大量発生予報、来たぞ!」

 ギルドの人間らしい男が息せき切ってやってきて、新しい張り紙を手配書の真ん中に貼った。
 それを見た店内の人間が、皆一様にざわざわと騒ぎ出す。

「おいおい。本当かよ……」

 そしてそれは、俺も例外ではなかった。

「もしかするとこれは、俺たちにも運が向いてきたってことなのか?」

 思わずそう自問自答する。
 それほどまでに、その通知は驚きだったのだ。

 新たに店員が貼り付けた張り紙。
 そこには、

『デウス平原で《ゴールデンはぐれノライム》大量発生の兆候あり』

 と書かれていた。


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