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第2章の4 【アリの迷宮】
おっちゃんのお見舞い
 目が覚めると俺はシルクに背負われていた。
 デコボコした獣道みたいなところを歩いているらしく、シルクが歩を進めるたびにカクンカクンと俺の頭が揺さぶられた。
 血のついた服は左の肩口から切り取られ、左腕には真新しい布がまかれている。

「マスター大丈夫ですか?」

 俺が身じろぎした気配に気がついたのか、シルクが歩きながら首だけは背中に向けるという器用なことをした。

「ああ、傷薬もかけたからな。シルクも怪我してないよな?」

 心配そうなシルクに無理に笑顔を作ってそう応える。
 ただ、妙に体がだるくて目が自然と潤んできた。どうやらかなり熱があるようだ。

「私は大丈夫です。それに少しの怪我ならすぐに直ります」
「そっか。そうだな。シルクは俺よか強いもんな。……エルナやケイ、陽動部隊の人はどうだった?」
「はい大丈夫です。怪我をした人はいましたけど薬をつけて治る軽傷でした」

 シルクはそういうと陽動部隊の戦いをかいつまんで説明してくれた。
 アリの攻撃が本格的に始まる前に俺が女王アリを倒したようで、そろそろ一つ目の陣地を放棄しようかといった頃合でアリどもの動きがおかしくなったらしい。
 それまでしっかりと組織だって行動していたアリが、てんでバラバラに動き始めたのだ。
 首尾よく俺が女王アリを倒したのだと判断したイァーソンは攻勢に転じ、その陽動部隊を攻撃していたアリを殲滅したということだ。
 その際に怪我をしたものは数名いたようだが、戦死者は無し。
 完全無欠の大勝利。ミッションコンプリートってヤツだ。

「そうか。よかった」

 ホッとする。
 ここまでやってイァーソン辺りが戦死でもしてたら目もあてられないところだ。 

「おっそうだシルク。お前も疲れてるから重いだろ? もう大丈夫だからおろしてくれ」

 ポンポンと右腕でシルクの肩をたたき、耳元に口を寄せて俺は言った。
 まだ日が落ちきっていないから、おそらく女王アリを殺してからさほど時間は経っていないだろう。
 シルクも陽動部隊としてアリと戦っていたんだから疲れていないはずはないのだ。

「それはダメですご主人様」

 背後からエルナの声が聞こえた。
 いっしょに歩いていたらしい。

「傷はふさがってますけど大怪我しているんですからね。おとなしくしててください」

 そういって歩みを速め、俺の隣に並んで歩くエルナ。

「まったく。こんなに血を失っているのに歩き回るなんて、なにを考えているんですか。なにを」

 ブツブツと文句をいいながら俺の額に触った。
 ひんやりとしたエルナの手が気持ちよくて思わず目をつぶる。

「やっぱり熱があります。もう少ししたら休憩しますからそれまでちょっと眠った方がいいですね」
「おー。お前の手ってひんやりしてて気持ちいいな」
「それだけご主人様の体温が高いってことですよ。ホントにもう、無茶しましたね。勝てそうになければ逃げてくださいと私は言ったと思うんですけど……?」
「あーうん。ゴメン。……なあ、イァーソンやケイは一緒じゃないのか?」

 何で俺が謝ってんだろう? 
 何はともあれ女王アリは殺したから結果オーライじゃないかと思うんだけどさ。
 ちょっと納得いかないもののエルナから視線を外し、そう質問する。
 エルナが本気で腹を立てているっぽいので強引に話題をかえることにしたのだ。

「他の人はアリの掃討をしていますよ。卵をくわえたアリが迷宮から逃げ出してきましたから可能な限り討ち取るみたいですね。卵の中に新しい女王アリがいたら面倒ですから……」

 そう言いながら腰から綺麗な布を取り出し水筒の水をしみこませるエルナ。
 キュッとしぼったその布を鉢巻のように俺の額に巻いてくれた。

「後ほど騎士団を引き連れて殲滅するとイァーソン様はおっしゃっておりました。そのためにもアリが逃げ込んだ場所の特定もしなくてはいけませんから、しばらくは大湿地に滞在するとのことです」

 あーそうか。
 確かにアリは巣が潰されると卵を抱えて移動する習性があったな。
 昔お袋を手伝って畑を耕してる時にそんな光景を何度となく見た記憶がある。

「そりゃ大変だな。エルナやシルクがいなくて大丈夫なのか?」
「ケイがいますから大丈夫でしょう。ウルド家の騎士はさすがに腕もたちますし、地理に詳しいカエル人もいますから。私とシルクちゃんはご主人様をメリルに運ぶようにとイァーソン様に言われましたので……」
「そうか。気をつかわせちゃったな。あっ! そういやペッポは? アイツも頑張ってくれたから疲れていたと思うんだが……」
「あの子ならシルクちゃんの懐で寝ていますよ。ご主人様の膝の上で眠ってたんですけど、よほど疲れているらしくてなにをしても起きないんですよ。随分と無理をさせていたようですね。もう一匹のヌアラという妖精が怒ってました」

 そういってエルナはちょっと含み笑いをもらした。

「ご主人様が目を覚ましたらぶん殴ってやるって言ってましたね。……意外と友達思いなんですね、あの妖精。少し見直しましたよ」

 あのヌアラがねえ。
 最初にペッポに爆裂石を持たせて特攻させようつー鬼畜な提案をしたような気がするが……。

「まあ妖精どもは悪いヤツラじゃないよ。……べつに良いヤツラでもないけどな。ペッポは良い子だが」
「そうみたいですねえ。……さっ、主人様。しゃべるだけでも体力を使いますし、もう眠ってください」
「ああ、じゃあシルク悪いけど町まで頼むな。……ただ、町のそばでおろしてくれよ。さすがにこの格好を町の人に見られるわけにはいかねーしさ」
「分かりましたマスター」

 俺の言葉になぜか嬉しそうにそう返事をしたシルクが「よいしょ」とばかりに身を揺すり、俺を背負いなおした。
 熱があるのでボーっとシルクの背中で揺られながら、俺はいつしか眠ってしまっていたようだ。
 ……当然のように町のそばでおろすという約束は反故にされた。
 シルクに背負われたままお城に運ばれ、次に目覚めた時は部屋のベッドだった。


☆★☆★☆★☆★


 アリの女王を討伐して20日が過ぎた。
 王都のほうでは盛大な祝いの宴が町をあげて行なわれたと聞いているし、メリルでも以前の俺と姫様の帰還を祝った時のようにヌアラの銅像を設置した大広場でお祝いをしたらしい。
 騎士団の用意した兵糧で保存のきかないものを景気よく振舞ったという話だ。
 別に横流しとかパクッた訳ではない。ウルドから自由に処分してよろしいといわれたのだ。
 つっても、もともと騎士団の兵糧としてウルドが用意した食料はメリルの税収から買ったものだからな。
 シンシアさんは「恩着せがましいですね」と腹を立てていたが、まあタダでもらえたんだから俺から言うことはないな。
 町の人も随分と喜んでいたらしいしね。

 俺はその間ずっと寝込んでいた。
 やはりエルナの言うとおり動き回ったのが良くなかったのか、高熱を出して身動き一つ出来なかったのだ。
 かなりやばい状態だったらしく、その間は記憶もオボロだ。
 食べ物を受け付けないんで塩水だけを飲み、しばらくしてそれを嘔吐するつー拷問のような状態だった。
 てゆーか、油断するとエルナのヤツが塩水の中にこっそりと鶏の生き血を混ぜやがるのだ。
 おそらくは血を失ったんだから血を飲めば直ると思ったんだろう。
 気持ちは嬉しいが効果があるのかはちょっと疑問だな。生臭いし……。いや、飲んだんだけどさ。
 夢うつつの状態ながら、気力のつく呪歌を姫様が歌ってくれたのは覚えている。
 途中からヌアラとペッポも合唱しだしてうるさかったから寝られなかったのだ。

 ようやく小麦粉っぽい物を水に溶かしたおかゆを食べられるようになったのが3日前。
 まだ本調子には程遠いけど、それでも城内の人やミューズちゃんの献身的な介護とやらで随分と回復した色男と話せるまでになった。
 っても色男はかなりヘコんでたんであまり会話らしい会話も出来なかったのだが……。
 無理もない話ではある。
 騎士団はほぼ壊滅し、自身も俺と同じように片腕をなくしてるから、騎士団長も続けられないだろうしね。
 まっ、今のメリルは幸い騎士団長の職が空いている。家宰さんも色男の能力と人柄はかっているから折を見て誘ってみようかと思う。もしかすると失礼な申し出かもしれないから家宰さんに相談してからの話だけどね。

 アリの殲滅のため、大湿地で転戦していたイァーソンとも言葉を交わした。
 イァーソンは呼び寄せたウルドの直営騎士団と共に、首尾よく女王アリ不在で統率の取れないアリどもを殲滅したらしい。
 少数の見張りを大湿地に残し、王都へと凱旋する時にわざわざ見舞いに来てくれたのだ。
 そのイァーソンの話では「我が慧眼を見よ! シノノメはやってくれると最初から確信していたね私は!」と佐藤藍子ってる王様が、王都でルーグ辺境伯の襲名式典をやってくれるとのことだ。
 普通はそんな大掛かりな式典はしないらしいから、王様からのアリ討伐の褒美なんだろう。
 正直面倒なので迷惑といえば迷惑だけど、凄く名誉なことみたいだ。姫様がひどく喜んでいたんだよな。
 そうそう、イァーソンも正式にあの婚約者との結婚が決まったらしい。
 嬉しいような悲しいような微妙な表情で、ぜひ婚礼の際には出席をと言い残し帰って行った。
 婚約者の女性をぜひみたいので絶対に参加しようと思う。

 それからしばらくしていよいよ床上げかなという時、思いもかけない人が見舞いに来た。
 工房のおっちゃんだ。
 俺の知らないおっちゃんと同じぐらいの年恰好の白髪の男をつれていた。

「よう、兄ちゃん。随分と頬がそげて人相が悪くなってるがよ。加減はどうよ?」

 部屋にはいるなりそんな言葉をかけながら、持ってきたお酒のビンを部屋にあるテーブルに置くおっちゃん。これは嬉しいお土産だ。体に悪いってんでお酒とか全然飲ませてもらえないから、後でこっそりと隠して飲もう。

「まあなんとか生きてはいますよ。最近やっとおかゆを食べられるようになりましたからもうそろそろ床上げです」
「おうそりゃ良かった。スキル屋や宿屋のヤツもえらく心配していたからな。早いところ良くなってくれや」

 そういったおっちゃんはちょっと人が悪そうな表情を浮かべた。

「そういや、宿屋の女将がいちど飯を食べにきてくれとさ。アイツ蟻の亜人だろ。風評被害じゃねーけど随分と客足が遠のいてるらしいからな。王都に行ったらのぞいてやってくれや。一割引するとさ」

 ……タダにしろよ。
 あの商店街の店主どもは本気でしみったれだな。

「まあ機会があればいきますよ。効果があるかどうか分かりませんけど。というか、ランドさんわざわざ見舞いに来てくれたんですか?」
「まあな。兄ちゃんはうちの工房一のお得意様だしよ。そりゃ見舞いの一つぐらいはするさ。つーか兄ちゃん本気で領主になってんだな。面会すんのにも丸一日待たされて驚いたぜ。えらい別嬪な侍女の人が融通きかしてくれなかったら三日待ちだとさ」
「あースイマセンね」

 つーかドンだけ来客があるんだって話だ。
 アリ討伐の功績者ってことで誼を通じておきたいらしく、貴族たちが引きもきらずにお見舞いという名目でやってくるのだ。
 大抵はシンシアさんか姫様が対応してくれるんだけど、それでも俺が会わざるを得ない大物ってヤツも来たりするんだよな。

「まっ、ミューズの様子もみたかったからいいんだけどよ。あの未熟者が作った人形の再調整も出来たしな。……なあ、兄ちゃん腕なくしたんだろ?」

 おっちゃんの視線が俺の左腕に注がれた。

「ええ。ご覧の通りです」
「実はよ。ミューズが義肢作れねーかって相談してきたのよ。ってもおりゃ人形の腕は作れるけど義肢は門外漢だからな。コイツをつれてきたわけさ」

 そういって隣に立つ男の肩をポンとたたいた。

「コイツはでっけえ人形師の家に生まれたのによ。金になんねー義肢ばっかこさえてる変わりもんだ」
「義肢ですか。そりゃ願ってもない職人さんですね」

 俺は笑顔を作って白髪の男を見やった。
 ヌアラやイヴの魔法じゃ手を生やせないらしいんだよな。
 やっぱりこの世界には肉体的な欠損を癒す方法はないらしい。
 まっ、現代日本でも無理だし、仕方がないっちゃ仕方がないけど。

「高名なルーグ卿にお目通りがかない恐縮です。このハゲから丁寧な紹介に預かりました変わり者です。ハーラウと申します」

 白髪の男性、ハーラウさんはちょっと肩をすくめておどけたようにそんな自己紹介をする。
 おっちゃんとは随分と仲がよさそうだな。

「どうもはじめましてハーラウさん。東雲です。病み上がりですのでこんな格好ですがご容赦を」
「いやいや、20年前といい今回といい名誉の負傷というべきでしょう。黒の英雄殿の義手を作らせていただけるとは職人冥利に尽きる思いございますよ」
「それはどうにも過分な言葉です。20年前にしろ今回にしろ私の力だけでは到底なしとげられないですよ。特に今回はウルド家のイァーソン殿のお力によるところが大きい」

 俺の言葉におっちゃんがちょっと面白そうに笑った。

「兄ちゃんも中々苦労してるみてーだな。ウルド様はそりゃ恩を売るには損のない相手だがよ……俺ら相手におだてても意味がねーんじゃねーか?」
「いやいやホントですってば。イァーソン殿は中々できた人だと思いますよ」
「まっそういうことにしといてやるさ。なんせ、あの鋼鉄の処女と呼ばれるアルファラン宮廷伯の長女と結婚するんだろ? 確かにある意味では出来た野郎だわな」

 ハーラウさんと顔を見合わせ、堪えきれないように爆笑するおっちゃん。
 あの女性、浮気した婚約者を裸で町中引き回したって話だからな。有名なんだろう。
 ただまあ、以前西の城門を作ってるときに出会ったロクでなしの石工さんによれば、気の強い女性ほど夫につくす妻になるらしいからな。ひょっとしたら良妻賢母になるのかも?
 ……たとえ悪妻でも俺には関係ないからドーデもいいことではあるが。

「さて、差し支えなければ傷を見せていただけませんかな。義手は傷跡に癒着させますから直りきらないうちに作ったほうが楽ですから」

 ひとしきり大声で笑ったハーラウさんがちょっと真面目な表情をする。

「癒着ですか……痛そうですね」
「なになに。痛いのは最初だけです」

 処女の女性にかけるように気楽な様子でそんなことを言う。

「それにある程度は自分の意思で動かせるようになりますから我慢していただきませんと。まあ、さほど精密な動作は出来ませんし、魔石を月1程度で交換していただかなくてはなりませんがね」

 人形の製作技術を応用して作る特別な義手なのだとハーラウさんが少し得意げに説明してくれる。
 おっちゃんは感心したようにウンウンと頷きながらきいているが、専門用語もバンバン使っての説明だから正直俺には半分も理解できない。 
 とりあえず日常生活は問題なくおくれますという言葉に安堵して、後の構造の説明とかを適当に聞き流しているとなぜか俺の布団がモゾモゾと動いた。

「ねえねえ大砲は?」

 そう言って、なぜか目をキラキラとさせながら布団から這い出してきたペッポ。
 どうやら布団に潜り込んで寝ていたらしい。

「ほほう。これは妖精ですか。珍しいものをみました」

 ハーラウさんは嬉しそうにそう呟いたあと、首をちょっとかしげる。

「大砲……とおっしゃいましたか? たしか大学院でそのような武器が作られていると噂には聞いておりますが……」
「うん。義手を作ったら大砲を仕込まないとダメだってヌーちゃん言ってたんだ」
「あっ、いや、一応精密な作りですのでそのようなものは仕込むのは難しいと思いますな」
「なーんだ。詰まんないの」

 君には失望したよ。ってな口調でそう言うと、また俺の布団にゴソゴソと潜っていくペッポ。
 ハーラウさんはなぜかちょっとショックを受けているらしい。

「……誤解されては困りますね。難しいとは申し上げましたが、出来ないとは申し上げておりません」

 おい馬鹿ヤメロ。変な意地をはるんじゃない。
 普通ので十分だ。誤爆とかしたらどーすんだと。

「出来るの?」
「……力をつくしてみましょう」

 ピョコンと頭だけ布団から出したペッポに、なんか妙に真面目腐った表情でそう請合うハーラウさん。

「いえ。ふつーの。普通の義手でいいですから。余計な機能はつけなくていいですから。てゆーかつけないで下さい」

 いい加減疲れてきたが、それでも変なものを作られちゃたまらないから俺は慌ててそういった。


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