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第2章の4 【アリの迷宮】
迷宮攻略作戦
 サクッと鍬っぽい農具を使い穴を掘る。
 掘ったばかりのその穴に爆裂石を一つ入れ土をかける。
 埋めなおした後には目印として近くの川で集めた丸い石を置いた。

「ふう」

 額の汗をぬぐい、俺はトントンと農作業をしているジーさんのように腰を叩く。
 いかにも年寄りじみた動作だけど、1時間ぐらいの間に爆裂石を数十個埋めてたから腰に来たのだ。 
 そんな俺に背後から声がかかった。

「ルーグ卿。こちらは終わりましたがそちらはどうですか?」
「ええ、今最後の一つを埋め終わりました。これでここは完成ですかね」

 近くで爆裂石を埋めていたイァーソンにそう答えながら振り向く。
 慣れない作業で顔中に土を飛ばしたイァーソンが額に玉のような汗を浮かべていた。真面目に作業してたんだろう。

「そうですね。土塁の方ももう終わったようです。これで3つ目の防御陣が完成しましたから残りは2つですね」

 日差しが強いので、ちょっと手をかざしてエルナやシルクが作業している土塁の方を見やったイァーソンはそう言ってからちょっと小声で話を続けた。

「……アリに動きはありませんか?」
「ええ。うちの妖精が探知の魔法で警戒していますから何かあれば知らせてくるでしょう。アイツは魔法の腕前だけはまともですからご安心を」

 俺の言葉にちょっと眉をひそめるイァーソン。

「……いえ、ヌアラ殿は礼節をわきまえ己の仕事をしっかりとこなしておりますよ。小さななりでよく働くものだと感心しておるところ。そのように申されては、ヌアラ殿が気の毒です」
「……」

 生真面目なヤツだから、ちょっとタチの悪い冗談だと思ったらしいね。
 というのも……ヌアラのやつコイツがこの国きっての大貴族の次男だと知ったからか、妙に媚びてるんだよな。言葉遣いも俺とはじめてあったときのようにきっちりデスマス調だ。
 いや、失礼なことをするよりもずっといいんだが……。なんか釈然としねえ。
 まあ、5日ぐらいかけてアリの迷宮に行くからそのうちボロを出すだろうとは思う。

 アリの討伐作戦。
 それはひどく地味なドカタ仕事から始まった。
 一方が丘や谷といったものに囲まれた場所に、土を盛った防塁を作り簡単な防御陣を作っていく。アリの迷宮に向かいつつ、カエルさんの協力で選び抜いたその防衛に適した場所に、陽動部隊が逃げ込む拠点を設置しているのだ。
 予定では全部で5つ作るつもりだ。

 とはいえカエルさんとウルドの騎士、人形を合わせても総勢でも20人に満たない小勢。
 しかも魔法を使える妖精のうち、イヴグウレだけは万が一を考えメリルに残してきている。
 大規模な工事は無理だからさ。色々と工夫しているのだ。
 その一つが爆裂石の設置。
 陣地の側に埋めといて、地雷のように爆発させる算段だ。
 味方や野生動物で誤爆しないから、キーワードで爆発させる爆裂石は地雷よりも優秀といえるだろう。
 まあ、電池と一緒で徐々に内部の魔力が漏洩していくから爆裂石の有効期間は精々が半月。
 本物の砦や町の防衛に使うにはコストがかかりすぎるが……今は十分だ。

「あーえー。そうですね。私の失言のようです……。ではイァーソン殿。少し休憩して次の場所に向かいましょうか?」
「わかりましたルーグ卿。私はその旨、配下に伝えて参ります。情けないことですが……皆、慣れぬ仕事で疲れきっていましたから喜ぶでしょう」

 イァーソンは額の汗をぬぐおうともせず、そういって走りさった。
 あいつも大貴族のボンボンなんでこんな仕事になれているはずもない。
 疲れているのは間違いないだろうに、やる気にあふれてんなーとその後姿を見送る。
 ……まあ、その理由は察しがつく。
 昨日ジーさんが殿軍をしていた場所を通ったのだ。

 さすがに王国最強と謳われたワール騎士団と人形達は奮戦していたようで、その場所には人形の残骸と共に大量のアリの死骸が散乱していた。
 驚いたことに、斧で頭を割られた近衛のアリの死骸までいくつか見つかった。
 すでに10日以上経っているにもかかわらず、いまだアリの酸っぱい臭いと人の血肉の臭いがかすかに漂っていたから、それだけ激しい戦いだったのだろう。
 すくなくともアリを100は討ち取っている。
 ……そして騎士団と人形は全滅していた。生存者は皆無だったのだ。
 しかも、斧や剣といった武器、人形の残骸はあちらこちらにあるのだが、騎士団の兵士の死体は一つも見つからなかった。
 おそらく食料としてアリが持ち去ったのだ。
 ただ、生存者が居ることを願ってあたりを捜索している途中に、俺たちは大きな斧を見つけることができた。 
 輝く大斧(ミノア・ラブリュス)
 ジーさん愛用だというワール領主アリントン辺境伯の名を継ぐものに代々受け継がれてきた神器だ。
 深々とその地面に転がっている大斧に無言で頭を下げるとイァーソンはそれを手に取る。 
 ジーさんの後継者、ワールの町の新たなアリントン卿にお返しする。そういっていた。

 実のところ、この作戦の名目上の指揮官は俺ではない。イァーソンだ。
 イァーソンは先の遠征軍の総指揮官。もしまた失敗すれば……おそらくは一生浮かび上がれないだろう。王国きっての大貴族、ウルドの厄介者として余生を送るのが精々だ。
 まあ、元の世界では上司でも責任取らないヤツが相当な数でいたけど、てゆーか俺もとった記憶はねーんだけど、この魔物という脅威が実際にある世界では常時、戦争状態といっていいからな。
 指揮官の能力は兵士の生死に直結するから、こういった場合の指揮官が責任を回避することはまず無理なのだ。そもそも、そんなヤツには一般の兵士がついてこない。
 だからこそ、ウルド家をはじめとする貴族たちは、俺にはちょっと理解できないレベルで名誉と誇りを大事にする。
 武人として、騎士としての名声は単に個人の誉れではなく、その貴族の一族にとって何物にもかえがたい財産らしい。それを傷つけるものがいれば、例え身内であっても排除するしかない。

 返事が中々来ないからやきもきしていたが、ウルドとしても苦しい決断だったのだろう。
 まっ、上辺だけみれば手柄を横取りする上司って構図だが……横取りするにはえらくリスクがあるな。
 もうちょっとうまいことやろうと思えば出来たろうし、あのウルドの当主がそのことが分からないわけもないから、参加はイァーソンが志願したんだろう。

 ウルドから陽動作戦参加の条件として、イァーソンをこのアリ討伐作戦全体の指揮官に、と言われた俺はそれを飲んだ。
 ただ、実質的な指揮権だけは欲しいという条件付だ。
 今度はウルドがそれを飲む。元々そのつもりだったらしい。
 多少心配していたのだがイァーソンは予想以上に俺の指示に従ってくれている。
 今回の土木作業にしても、「私たちもやるの? またまたご冗談を」ってな態度の配下の騎士を尻目に率先して鍬を持ち、土塁を作る。それをみて配下の騎士も重い腰を上げたのだ。

 おそらくこの作戦が失敗に終わった場合、イァーソンは死ぬつもりだ。
 ……メリルを出発する時、わざわざ見送りにきたウルドの当主が「見事アリを討伐して帰ってこい」と声をかけていた。
 激励の言葉にもかかわらず、イァーソンがひどく思いつめた表情でうなずいていたので不思議に思っていたのだが……。
 数日一緒にいてやっとホントの意味が分かった。
 あの言葉は単なる激励じゃなかった。もちろん励ましの意味はあるのだろうが「失敗したら生きて帰ってくるな」とそうウルドの当主は言っていたのだ。
 そしてイァーソンはそれをすべて了解した上で討伐に参加した。
 汚名返上したいという気持ちがあるのは間違いない。
 でも、それ以上に遠征軍の敵を討ちたい。その気持ちが強いんだろう。

 ……いいヤツだよ、アイツは。
 そう思いながら鍬っぽい農具を肩に担ぎ、俺も休憩すべく木陰に向かって歩き出した。
 まあ、もしかすると貴族としてはダメダメな行動なのかもしれないけどさ。それでも俺はあいつをちょっと尊敬するな。
 あの、浮気した婚約者を裸で町中引き回したつーおっそろしい女性も良いのをつかまえたもんだ。
 もしかすれば先の失敗で破談とかになってるかもしれないけど。そうだとしたら、勿体無いことだ。
 こっそりそんなことを考える。
 ひょっとすると、ヌアラのヤツは男を見る目だけはあるのかもしれないな。


 ☆★☆★☆★☆★


「いいですかご主人様。分かれ道では地面を見て足跡が多くついている通路を選んで進んでくださいね」

 はじめてお使いをする子供に注意をするような口調でエルナが言った。

「ああ、分かってる」
「曲がり角では耳を澄まし、足音を確認してから曲がってください。姿が見えないといっても触れば分かるんですから」
「ああ、そうだな。気をつけるよ」
「爆裂石は持ちましたか? 合言葉は大丈夫ですよね」
「爆裂石も耐酸性の袋に入れてたくさん持ったし、合言葉も覚えてるよ」
「爆裂石は一つ一つ合言葉が違うんですから使う前にちゃんと確認してくださいね。もしも勝てないと判断したらすぐに逃げてください」
「ああ」
「後は……」
「あーエルナ。俺だって素人じゃないから大丈夫だよ。皆も気をもんでるし……な」

 周りにいるウルド家の陽動部隊の面々がもうおなか一杯つー感じでこちらを見ている。
 愉快そうなカエルさん達に、エルナと同じく心配そうに俺をみているシルク。
 ケイ君は妙に居心地が悪そうな表情だ。
 イァーソンはそれどころではないらしく、ひどくシリアスな表情でアリの迷宮とそこから少しはなれた大きな穴を見つめていた。遠征軍が飲み込まれたという大穴だ。
 結局、予想に反してボロを出さなかったヌアラはイァーソンの肩にとまっていた。なんか妙に仲良くなってんだよなあの二人。今もひどく悔しげに唇を噛みしめているイァーソンを慰めるように、ヌアラがポンポンと頬を軽くたたいている。

 今、俺たちはアリの迷宮近くの大きなくぼ地に居た。
 背後には急斜面の丘。
 何本かの皮梯子がその斜面にたらしてある。
 アリの攻撃を受けた場合、ここでしばらく防衛してから、そこを伝って次の防衛拠点まで逃げるのだ。こういった拠点は5箇所作ったから1日や2日は逃げ回ることができるだろう。

「でも、気をつけてくださいね。ご主人様、一人で潜った経験はないでしょ?」

 周りの視線をものともせず、さらにそんな注意を俺にするエルナ。
 うれしい反面ちょっと気まずい。ただ、エルナが本心から心配してくれているのは分かるから……なんかささやかな喜びを感じるな。

「ああ。十分に気をつけるよ。エルナも無茶すんなよ。陽動なんだから。それに、陥没の危険もあるからどんなに長くても一つの陣には半日以上留まるなよ」
「ええ。心得ています。シルクちゃんもケイもいますしこちらは何の心配も要りません」
「じゃあ始めようか。……シルク。エルナを頼むな。無茶しそうだったら守ってやってくれな」

 ポンと久しぶりにシルクの頭をなでながらそういうと、シルクは嬉しそうにちょっと表情を崩した。

「はい。マスター。マスターも気をつけてください」
「ああ。気をつけるよ。お前も気をつけるんだぞ」

 名残を惜しみながらもそういってシルクの頭から手を離す。

「ケイも気をつけてな。アリは無理に討ち取る必要はないからな。ケイの腕前は承知しているけど、今回は自分が生き残ることを最優先でな」

 緊張した様子ながらもコクンと頷くケイ君。

「シノノメ様も……父さんもお気をつけて」

 右手で俺が贈った黒い外套をちょっと触りながらそう言った。
 初めてお父さんと呼ばれたのでちょっとどう返していいかわからず、俺はただうなずき返した。
 素っ気なかったかな? と後悔しながら最後にイァーソンに顔を向ける。

「ではイァーソン殿。行ってまいります。貴方もお気をつけて。ヌアラ、イァーソン殿を頼む」
「ええ。ルーグ卿。ご武運を」

 力強くイァーソンはビシッと右手で鎧のムネを叩く。
 騎士団の慣習なのかウルドの騎士がそれにならった。
 なぜかヌアラも同じ格好をしながら言った。

「分かりました、イァーソン様は私の命の限りお守りします。東雲様もお気をつけて」

 ……いや、誰だよお前。
 懐のペッポが鳩が豆鉄砲食らったような表情してんじゃねーか。

「じゃ、じゃあペッポいこうか」
「うん。あのね東雲……ヌーちゃんなんか変じゃない?」
「そうか? ヌアラはだいたいいつも変だろ」
「それもそっか。じゃあ消えるね」

 あっさりと納得したペッポの言葉と同時にちょっと俺の視線がゆがむ。
 確認のために手を目の前にかざしてみる。
 うん。消えてるな。

 見えては居ないだろうけど、エルナに向かって片手を挙げ俺は迷宮の側に移動した。
 木々の間に身を潜め待つことしばし。
 エルナたちはアリの迷宮に近づくと大地をドンドンと踏み鳴らし、口々にトキの声をあげながらドラや鳴り物を鳴らしアリを挑発しているようだ。
 単純で原始的だけど……正直この挑発に乗るかどうかは五分だとみている。
 陽動軍は数が少ないから蹴散らしてやろうとでてくるのではないかと思うのだ。
 まあ、でてこなければ燻す。
 とはいえ、俺も潜るのだからこれは本当に最後の手段だけど。

 そんなことを考えていると、割合にすぐ入り口からぞろぞろと出てくるアリ。
 数は30ぐらいかな。
 偵察のようですぐに迷宮のそばから逃げ出したエルナたちの居る陣地を遠巻きに包囲しだした。

「ペッポ入るぞ。喋っちゃダメだからな」
「うん。ちょっとドキドキしてきた」

 アリに見つからないようゆっくりと慎重に移動し、俺はアリの迷宮の内部に侵入した。


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