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第2章の3 【遠征軍】
うまい! もう一杯!
 ベッドにアリどもの資料を並べ、寝転びながらなにか裏技的な攻略方法はないものかとウンウン頭を悩ませていた夜更け。コンコンと俺の部屋のドアがノックされた。

「どうぞー」

 起き上がるのも面倒なのでベッドに寝転んだまま俺がそう声をかけると、可愛いパジャマ姿の姫様が姿を見せた。

「夜分に失礼しますねシノノメ様。ちょっと一口飲ませてください」

 まるで居酒屋でお酒を注文するようにそういった姫様は、ベッドに散乱する資料を見つけるとすこし残念そうな表情を浮かべる。

「お仕事中でしたのね。お邪魔でしたでしょうか? もう作戦は決まったとシンシアが申しておりましたのでお伺いしたのですけど……」
「あー、まあちょっとね。何かもっといいアイデアが出ないかと考えていたんですよ。まっ、気分転換にもなりますし飲んでくださいな」

 吸血するとお仕事の邪魔かしら? と心配そうな姫様にそういってベッドから降りながら上着を脱ぐ。姫様との貴重なスキンシップの機会なのだ。最優先事項なのである。
 それに姫様の言う通り、アリ討伐の作戦はほぼ決まっているしな。

 妖精どもを説得した後、イヴグウレの作戦をたたき台にして連日、皆で色々と作戦を練った。
 魔物の生態に詳しい大学院の教授さんに助言を求めながら、実際の手順や方法を皆に意見を出してもらって詰めていったのだ。
 特に熟練の冒険者であるエルナとケイ君の意見は多く取り入れた。
 なにせエルナはもう20年以上迷宮に潜っているし、ケイ君にしても物心ついた時から超絶スパルタ教育をしていたらしいエルナと一緒に潜っているので経験豊富なのだ。
 俺は大迷宮を討伐したとはいえ迷宮に潜っていた期間は一年と少々。というか、アルマリル大迷宮以外の迷宮に潜った経験がない。
 だから、二人の意見は大いに参考にさせてもらった。

 その熟練冒険者二人が問題視したのは「臭い」と「音」だ。
 姿を消しても鎧の音と体臭でバレるのでは? と言うのだ。
 実際、ペッポの能力で姿を消してもケイ君は相当な精度で場所を言い当てる。
 エルナにいたっては静止している時はともかく、わずかでも動くと空気の流れが臭いを運ぶのかほぼ特定されてしまう。
 これはペッポと透明化の有効時間を調べるため、やむを得ず、苦渋の選択として、ただただ調査だけを目的に、透明化して女性用の共同浴場に忍び込んだときに実証済みだ。
 息を潜め、ジッとしてはいたが……体の一部が動いてしまったらしい。 
 アリにはエルナのように<鋭い嗅覚>のスキルはないから大丈夫のような気はする。
 だが、対策は立てるべきだろう。なんせ他でもない俺の命がかかってるのだ。

 つーか、今まで自分の体臭とか気にしたこともなかったんだけど、二人に「臭う臭う」といわれて若干ヘコむ俺。
 特に太っているわけでもないし、日本人なんで体臭自体はあまりないと思うんだけど……。加齢臭もまだしないと思うし……。
 シルクにこっそりと聞いたら「大丈夫です」といっていたから大丈夫だろう。
 他のヤツには怖くて聞けないが。
 シルクにも臭わないから大丈夫なのか、臭うけど我慢できるから大丈夫なのかは確認していない。
 とりあえず、これからはお風呂で体をよく洗おうと思う。

 まっ、そんなわけで3つほど音と臭いの対策を立てた。
 一つ目の対策として、以前メリルを襲ったアリの死骸から外装骨格を取り外し、それを皮鎧にくっつけて即席の鎧を作った。
 金属製の鎧では動くたびにカチャカチャ音がするから、これを着て潜るつもりだ。アリの外装は臭いを隠してくれることを期待している。
 神器鎧と比べれば紙同然の防御力だが……なに、当たらなければどうということもないだろう。
 今回はそもそも見つかったら鎧がどうだろうがおそらく死ぬ。

 さらにもう一つ、迷宮に潜る時に体に油を塗ることにした。
 エルナによれば完全とはいかないまでもだいぶ臭わなくなるらしい。
 ちょっと体がぬるぬるして気持ち悪いが……。
 ただ、植物からとったものなので油自体はほとんど臭いがしない。
 無事戻れたら、これをつかってローションプレイも可能だろう。

 そして最後の臭い対策は食事だ。
 少しは和らぐだろうからとシンシアさんは料理を野菜だけにしてくれたのだ。
 時々川魚が出る程度で肉はここのところ食卓に並ばない。お酒も禁止だ。
 ……正直辛い。

 今は家宰さんがウルド家のヌルさんとかいう馴染みを通して交渉に当たっているからその返事まち。
 すぐに飛びついてくるかと思ったが、ウルドもこちらの思惑は分かるのだろう。妙に返事が遅い。
 すでに爆裂石や糧食といった作戦に必要なものは用意し始めているから、返答があり次第、作戦開始だ。


☆★☆★☆★☆★


「ふう。ご馳走様でしたシノノメ様」

 姫様が満足そうにお礼を言った。
 なぜか今日は本気飲みらしく、人の擬態を解いて半人半蛇の姿に戻り、尻尾を俺の体に巻きつけての吸血だ。
 俺の部屋にドールハウスを置いているペッポは「私の部屋にいるヌアラ師匠と一緒に食べてください」とお菓子を貰って部屋から追い出された。あらかじめ用意してきたらしいね。
 ……意外と策士だ。

「はいお粗末さまでした。……今日はお酒抜きなのに随分とがっつり飲んだね?」
「だって一日中歌ってましたので喉がカラカラだったんですもの。それにお酒が入っていないのも、これはこれで美味しいですし。お体は大丈夫ですよね?」
「それは大丈夫だけど……歌ってた?」
「はい。遠征軍の兵士の方で傷をふさいでも衰弱がひどい人はメリルで治療してますから」

 それは知ってるけど……なぜ歌う必要があるんだ?
 不思議そうに姫様を見ているのに気がついたのか、グルングルンに俺の体に巻きついていた尻尾を解きながら、ちょっと自慢そうに姫様が説明をしてくれる。

「まだ未熟ですからヌアラ師匠のように自由自在に魔法を操るわけには参りませんが、それでも私が【魔力】をこめて【歌う】ことで歌声を聞いた方の精神を落ち着け、気力をつけることができるみたいなんです。呪歌(じゅか)というほど効果があるわけではないのですけど」
「呪歌?」
「はい。あまり知られていない種類の魔法ですけど、魔力を込めて歌うことで歌声を聴いた人を高揚させたり、逆に落ち着かせたりといった効果があるんです」
「へーえ。それは中々便利そうな魔法ですね」

 即効性はないだろうけど、確かに役に立ちそうな魔法ではある。
 病は気からというし、生きる気力が高まれば怪我人が回復するのも早いだろう。
 つーか、姫様ほどの美少女が枕元で歌ってくれればそりゃ気力もわくというものだ。少なくとも俺はわくな。ビンビンにわく。

「私はそこまで効果がある歌は歌えませんけど……ですが、伝説の歌い手【歌姫】カウンオリの歌声を聴いたヒュルノ砦の兵士はどれほど劣勢になっても砦を死守し続け、最後には【歌姫】を含めて一人残らず討ち死にしたそうです。たしか遠征軍でも士気を高揚させる歌い手が同行していたと思いますよ」

 俺たちの世界で言うところの音楽部隊っぽい感じなのかね。
 あるいはガンパレードマーチ……。
 全滅するまで戦うのは場合によっては困る気はするけど。まあ、要は使い方次第なんだろう。

「じゃあ、一日中歌ってたんだ。それはご苦労だったね。兵士の人も喜んでいたでしょ」
「どうでしょうか。ほとんどの方は起き上がれないほど衰弱していますから、少しでも効果があればうれしいのですが……アリントンおじ様のためにも一人でも多くの兵士の方に元気になってもらいたいです」

 伏目がちにそういった姫様は悲しそうな表情を浮かべる。
 覚悟はしていたのだが……結局アリントンのジーさんは戻ってこなかった。
 だから先日、俺からジーさんの戦死を伝えたのだ。
 気丈な姫様は泣かなかったけど……それでもジーさんの戦死はこたえているんだろう。

「ミューズさんが付きっきりでお世話しているガルド様も、峠は越えたのですがまだお目覚めになりませんし……長い間、領民の皆さんを守ってくださっていたメリルの恩人ですから、お元気になって欲しいです」

 おいおいミューズちゃん、まだ付きっきりなのか……。
 色男襲われてないといいんだけど……。

「ああそうだ。ミューズちゃんといえばあの人形、エメスだったっけ? アイツはどうです? ちゃんと役に立ってますか?」

 未強化のエメスをミューズちゃんが自慢しにきて以来、忙しくってエメスは見てないが、護衛兼侍女として姫様付になったと聞いたのを思い出したので、これ幸いと話題をかえる。
 シルクは戦闘力がメリルで一番高いからアリ対策にまわしている。護衛人形はエメスだけのはずだ。
 あの人形、スキル的に若干不安があったように思うのだが……。

「……ええ、まあ」

 案の定。姫様は微妙そうな表情を浮かべてちょっと口ごもった。
 まあ、未熟者の作だし、さもありなん。
 ただ、腐っても人形。普通の騎士よりは戦闘能力があるだろう。アリから手に入れた魔石でうちの人形は皆そこそこ強化をしているのだ。

「ただ、口が悪いのでそこから直していかないといけないんですけど……」

 そう愚痴っぽく嘆いた姫様がちょっと居住まいを正して俺を見た。

「ところでシノノメ様。遅くなりましたけど……おめでとうございます」
「……なにが?」
「なにがって……ルーグの名を正式にお継ぎになったんですよね? 爺から聞きました」
「あー。そうでした」

 アリ討伐もセットなんで全然めでたいという感じじゃないんだけど。
 連日皆で作戦を考えているからまだ正式に発表もしていないのだ。

「まだ婚礼は挙げていませんが、これで正式に私たちも夫婦ですね。あらためてよろしくお願いいたします」

 そういって正座したまま頭を下げる。
 ってもまだ下半身が蛇のままだからとぐろを巻いた状態だが。

「あっはい。こちらこそ」

 そういって俺も姫様の正面に正座して同じように頭を下げた。

「ですけど、ごめんなさいシノノメ様」
「うん?」
「私まだ子供が産めないから……」
「……」

 やべえ。背徳感がハンパねえ。

「あーまーそれは時間が解決しますよ」

 ホントに申し訳なさそうな姫様の目を見ることが出来ず、ちょっと明後日の方向に目をやりながら俺はそう応えた。
 つーか、あの日がきてすぐとかって体も出来てねーだろうしな。
 もうちょっと成長するまでまたねーとダメだろう。この世界にゃ産婦人科医とかいないし。
 と、そんなことを考える俺にそのとき電流が走る!

 ……いや、まてまてまて!
 むしろ、あの日が来るまでであれば……子供が出来ないから……問題なくね? 
 それは逆転の発想。コロンブスの卵的なまったく新しい角度からの物事の見方だった。
 まさに天啓といってよいだろう。

 しばし何か問題があるだろうか? と考えるが……うん。いくら考えても何の問題もないな。
 ……なぜ今までこんなことに思い至らなかったのだろう。
 こんど家宰さんにでも「来る日までやってもいい?」って聞いてみようと思う。シンシアさんは処女っぽいし、エルナには聞き難いしな。

「あの……シノノメ様? あの、大丈夫ですか?」

 遠くの方で姫様の心配そうな声が聞こえる。
 おれは しょうきに もどった!
 我ながらなんと素晴らしいアイデアかと自画自賛のあまり、ちょっとトリップしていたらしい。

「あっ、はいはい大丈夫です。ちょっと考え事をしていたものですから……」

 そう言い訳しながら「どっこいしょ」とジジ臭い声を出し立ち上がった。

「さて、じゃあ私はもうちょっとアリ迷宮攻略の作戦を考えてみます。血を吸ってもらって頭もすっきりしましたから何かいいアイデアが思いつきそうです。レイミアはもう遅いですから休んでくださいな」
「はい。でもお体を気遣ってくださいね。シノノメ様が潜るらしいと聞いて町のものも安心しておりますけど……体調が優れなければ思わぬ不覚を取ることもありますから」

 思わぬ不覚も何も実際は討伐できるかどうかすら怪しいとこなのだが。
 俺が思っているよりも俺の実績と言うか名声は高いみたいなんだよな。
 町の人も遠征軍が負けたって聞いた時はパニック寸前だったが、今はルーグ卿が潜られるなら大丈夫。みたいな雰囲気なのだ。
 イナバ物置じゃねーんだからとは思うが、領主として考えると支持率は高い方がいいのかねえ。あまり高すぎてもそれはそれでちょっと問題だと思うんだけど。
 正直もしも失敗すれば今度こそ本当にパニックになりそうで怖い。

 姫様にしても、シンシアさんや家宰さんが心配をかけまいとひどく楽観的なことを言っているらしく、さほど大変だとは思ってないようなんだよな。
 まっ、心配をかけたくないし俺も敢えて誤解をといていないけど。
 当然、俺が死んだ時に姫様がルーグの名前を継ぐという話も秘密のままだ。

「ええ。その辺は十分気をつけます。と、あーレイミア。申し訳ないですが、しばらく血を吸うのは中止です」
「やっぱり飲みすぎましたでしょうか? お体は大丈夫ですか?」
「いえ、それは問題ないんですが……ただ、もうそろそろアリの迷宮に潜るかもしれませんから」
「ああ、そうですね。じゃあ明日からは我慢します」

そういった姫様はなぜかまたギュッと尻尾で俺の体をぐるぐる巻きにした。

「じゃあ飲み溜めしますからもう一口だけ……ね」

 ね。じゃねーよ。
 などと思いながらも姫様にされるがままに身をまかす。
 ………………
 …………
 ……
 ウルドから多少条件付ではあるが、陽動に参加するという返事が来たのは2日後のことだった。
 そしてその4日後に王様に作戦を説明し許可を貰った俺たちは、十分に準備を整えて大湿地へと向かった。


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