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第2章の3 【遠征軍】
たいした事じゃありません!
「ご無礼! ロンです!」

 俺がそう言うと黒髪妖精ペッポが叱られた子犬のようにビクッと体をふるわせ、びっくりした表情を浮かべた。
 その拍子に手に持っていた濡れたタオルがポトっと地面に落ちる。
 だが、ペッポはその落ちたタオルを拾いもしないで、嬉しそうーに俺の方によってきてペチペチと額を叩いた。

「あー東雲。気がついたんだね。シンシアおばさんは大丈夫って言ったけど、ボク心配してたんだ」
「……あれ? ここどこだ?」

 おかしい。ついさっきまでリュミスたちと(俺だけが)楽しく麻雀していたはずなのだが……。
 俺のみえみえの染め手に無謀にも突っ張ってきたので、勢い込んで手牌を倒したはずなのだ。
 ほとんど俺がトップだったから、2000ほど勝っていたように思う。
 豪華景品とやら20個分だ。

「どこって……東雲の部屋だけど?」
「なんだと!」

 憤りながらも辺りを見渡す。
 手牌を倒したまさにその瞬間に元の世界に戻されたらしく、俺は自分の部屋のベッドに寝かされていた。枕元に氷石の入った木桶があるからペッポが看病してくれていたらしい。

 ……あの腐れ女神!
 勝ち目がないから強制的にもとの世界の戻しやがったな。
 卑劣だ!
 恥知らずだ!
 なんて卑怯な女神なんだ!
 賭け事の負けを払わないヤツは地獄に落ちろ!
 胸の内でそう罵る。
 とはいえ、メガネや金髪おっぱいたちは地獄が住処かもしれないが……。鑑定によれば邪神らしいし……。
 まっ、泣き寝入りするつもりはサラサラないので、今度あったらきっちりと負債を取り立ててやろう。

「ペッポ。どの位俺は寝てたんだ?」

 気を取り直してそう聞くと、ペッポは俺の目の位置でパタパタとホバーリングしながら「うーん」と考え込むような仕草だ。

「今お昼だし……丸一日ぐらいかなー? エルナおばさんがすぐに助け出したんだけど、頭に石が当たってね、のうしんとーおこしてたんだって」

 丸一日か……。
 やべえ。遠征軍の事務がらみで、ものっそい仕事がたまってそうだ。
 というか……まだ若いシンシアさんはシャレで済むと思うが、エルナをおばさん呼ばわりは……。
 あいつ微妙な年齢だからやめてあげてよ。

「そんなにも寝てたのか……。ああ、お前がエルナおねーさん(・・・・・)を呼んでくれたんだってな。ありがとな。助かったよ」
「ううん。あのね。ボクを助けてくれてありがとね」

 ヌアラのように調子に乗るかと思いきや、ペッポは妙にモジモジとしながら伏目がちにお礼を言う。
 そういやコイツは妖精にしてはスレてないヤツだったか。

「あー俺が無理につき合わせたからな。お前も無事でよかったよ。鎧を着込んでればよかったんだけどなあ」

 そう返されるとちょっと調子が狂っちゃうなーと思いながらも、ペッポに声をかけ体を起こす。
 多少頭が痛むが、それ以外はいつもと変わらないな。むしろたっぷりと寝たから気分爽快だ。
「うーん」とひとつ大きく伸びをして、コキコキと首の関節を鳴らしていると、妙に城内が騒がしいことに気がついた。
 あわただしく廊下を走る足音や、ザワザワとした喧騒が部屋のドアからもれ聞こえるのだ。

「……なあ、なんか騒がしいんだけど何かあったのか?」

 よくよく考えると、エルナとシルクの姿が見えないのはちょっとおかしい。
 エルナは仕事が忙しいから仕方がないだろうけど、シルクは誰になんといわれようが絶対に看病しているはずだ。あいつの忠誠度は100だし。
 つーか、シンシアさんがペッポ一人に俺の看病を任せるなどという危険極まりないことをさせるとは思えないんだよな。

「たいしたことじゃないんから東雲はもうちょっと寝た方がいいよ。しっかりとようじょーしないと」

 そういいながら、なぜかモゾモゾとベッドに入ってくるペッポを俺は子猫のようにつまみ上げた。

「やっぱなんかあったんだ。遠征軍が動いたとかか?」
「うん。ちょっと前にね、金髪の騎士の人が城内に駆け込んできたの。ほらあのガチホモの騎士の人」
「……ガルドさんか?」

 この国の騎士はおおむね性的な意味で両刀使いばかりだが、ガチなのは俺の知る限りは色男だけだ。

「うん。そしたらね。なんかね遠征軍が壊滅したーって大騒ぎなんだ。でもたいしたことじゃないって兵士さんを集めてエルナおばさんが言ってたよ?」

 ……。
 ……。  
 うぉい!
 めちゃくちゃ大事(おおごと)じゃねーか。

「壊滅? 遠征軍がか!?」
「うん。たぶん全滅したらしいってシンシアおばさんが言ってた。エルナおばさんとシルクちゃんが様子をみに出かけていったんだ。ヌーちゃんとイヴちゃんもシンシアおばさんに怒られて嫌々ついてったし……だから安心して寝てていーよ」

 俺はベッドから跳ね起きた。
 ペッポはなんかズレてる。シンシアさんかラウルさんをつかまえて詳しい話を聞かないとな。

「ちょっと。ダメだって寝てないと」

 ペッポが心配そうにそういうのを無視して手早く服を着替え領主の間に向かう。


 ☆★☆★☆★☆★


「じゃあ本当に遠征軍は壊滅したのか……」
「はい。いまだ状況ははっきりとしませんが、帰還した……というよりも敗走してきた白銀狼騎士団の兵士の証言ではその可能性が高いです」

 沈痛な表情でそう答えるシンシアさん。
 領主の間で先ほどつかまえたので事情を聞いているのだが……思った以上に状況が悪そうだ。

「はっきりしない? ガルド団長が駆け込んできたとペッポから聞いたんだが」
「ええ半日ほど前に。ですが……。ガルド殿は重症です。話をできる状態ではございません。傷はふさぎましたが、血が流れすぎていて……」
「話だけでも出来ないのか?」
「……無理です。腕を食いちぎられていましたので傷薬でやっと止血したんです。人形に背負われてお城に戻ってきた時にはかろうじて意識があったんですが……現在は眠らせています」

 腕を食いちぎられた?
 聞き間違いかとシンシアさんを見つめると、フルフルと残念そうに首を振った。
 この世界には俺の知る限り、欠損した体を再生する魔法はない。
 冒険者御用達の万能薬(パナセア)【傷薬】も、傷は瞬く間にふさぐがそれは単に止血をするだけだ。
 刀や剣といった鋭利な刃物でスパッと切られた直後であれば、あるいはくっ付くかもしれないが……。食いちぎられてしまっては打つ手はないだろう。
 俺は今までに多くの騎士や冒険者を見てきたが、手足が欠損した者は記憶にない。
 著しく戦闘能力が落ちるから廃業するんだろう。エルナのお母さんも腕を失ったから冒険者を引退しているのだ。
 かつて、そういったことが最も必要な深層冒険者だった俺が知らない以上、仮に腕を再生する(すべ)があったとしても、それは本気で限られた人だけが受けられる類ものなのだろう。
 気の毒だけど……事実上、色男の軍人としてのキャリアは終わったといっていい。

「……ガルド団長は後方担当だろ」
「そのはずですが……」

 後方で退路の魔法陣を守備していた色男がそんな怪我をしているということは……。
 そんな後ろ向きの考えを振り払うように俺はシンシアさんに問い詰める。

「助かるのか?」
「医師の話では今日一日が峠だろうと……。今はミューズさんが献身的にお世話してくれています。傷ついた人形達の修復もありますので忙しいでしょうに本当にありがたいことです。……動機はともあれですが」

 あーミューズちゃん面食いだからな……。
 さすがにこの状況で下心とかないとは思うが……。つーか色男はガチだし……。

「ま、まあミューズちゃんも時と場合はわきまえてるだろ。それよりも……アリントン殿やウルドの総大将は?」
「分かりません。軽傷の兵士から事情を聞いてはいますが……」

 形のいい眉毛をキュッと寄せて、不安げに話を続ける。

「あのシノノメ様がお怪我をされた地震だと思うのですが、大地が揺れた後、本隊から『撤退する』と伝令があったそうなのです。その直後に突然、魔法陣にアリが押し寄せてきたとしか……。本隊の兵士はいまだ誰も帰還していませんので……」
「……なにが起こった」

 思わず口をついてでた俺の質問に目をそらすシンシアさん。
 あれほど周到に準備を重ね策を練っていた遠征軍だ。たとえアリの大軍に襲われても全滅するとは考えにくいのだが。
 アリントンのジーさんは俺と同等以上の戦闘力だ。率いるワール騎士団も全員が深層冒険者クラスの強者のはず。

「不明です。ですが転移魔法陣が動きませんから、すでに破壊されているのは確実です。ラウル殿と相談して、エルナ様に率いていただいて騎士団の半数が大湿地に向かっています。2人の妖精とシルクさんも同行しておりますし、大湿地の奥には踏み込まず、魔物との戦闘も極力避けるとおっしゃっていましたのでお帰りになれば詳細が判明するかと」

 つまり退路である転移魔法陣に奇襲をかけられたのか。
 魔法陣を警護していた白銀狼騎士団が蹴散らされて、退路が断たれた状態なのだろう。
 本隊も撤退中らしいが、湿地の中をアリの追撃を受けながらとなると……。 

「そうか。俺は大変な時に気を失っていたんだな。迷惑をかけたね」
「いえ。あの崩落でご無事なのが幸運でございますよ。すぐに知らせてくれたペッポさんのお手柄です。それにあと二、三日は目を覚まさないと医師が見立てていましたから覚悟していたのですけど……。これもミュー様のご加護でしょう」

 あ、危なかった。
 麻雀で馬鹿勝ちしてなければそんなに寝てたのか俺……。
 ひょっとするとリュミスの腐れ女神は俺を足止めするために呼んだのかもな。
 そんなことを考えながら、一応確認のため二、三質問をする。

「王都への連絡は?」
「すでに手配しております。ラウル殿も西の城門で守備を固めました」
「町の人の避難は指示しましたか?」
「そちらもすでに手配をしております」

 うん。やるべきことはやってくれているみたいだな。
 あとは兵士から事情を聴取してなにが起こったのか把握することが急務だろう。

「じゃあ俺も直接ガルド団長の所の兵士に事情を聞きたいのだけど?」
「はい。怪我が軽い兵士は食堂の方に集めています。重症のものは医務室に。人手が足りませんので心得のあるものは総出で看護に……」

 シンシアさんの言葉の途中で慌しい鉄靴の足音が近づいてきた。
 何事かと話をやめて出入り口をみる。 

「申し上げます」

 声と共に領主の間に若い兵士が入ってきた。
 確か町の自警団から徴発した若者だ。アリの侵攻のさい妙に気負っていたので覚えている。
 と、そいつが俺の顔を見て嬉しそうな表情を浮かべた。

「ご領主様! お怪我をされているとのことでしたが回復されたのですね!」
「ええ先ほど」
「ああよかった。早速皆に知らせてきます。不安がっていましたから」

 そう言ってくるっと俺たちに背を向け、すぐに引き返そうとする兵士。
 慌ててシンシアさんがそいつを呼び止めた。

「お待ちなさい。何か知らせがあってこちらに来たのではないのですか?」

 ピタッと兵士が一瞬かたまり、バツの悪そうな顔を向ける。

「あっそうでした。エルナ様が遠征軍の総大将イァーソン様とご一緒に帰還されました」 
「おう。ご無事だったか。エルナもシルクも無事なんだな?」
「青蛇騎士団に被害はありません。ただ、エルナ様をはじめとして皆で負傷した遠征軍の治療に当たっております。戻ってきた遠征軍の兵士はほとんどのものが怪我をしておりますので」

 本気で壊滅的な損害を受けたんだな……。
 ちょっと信じがたいが……。

「それで? イァーソン殿のご様子は?」 
「はい。多少お怪我はしておられますが、すぐにでもご領主様と話がしたいとのことです。ご静養中だと申し上げたのですが、代理のものでかまわないと強く仰せで……」
「ああ私は大丈夫です。すぐに行こう。どちらにいらっしゃるんだ?」
「あっ! いえ。こちらに向かっておりますのでもうすぐ参られるかと」

 そんなことを話している間に荒々しい足音共に現れるワカメ。
 だがその鎧は土にまみれ、全身が汗でドロドロになっている。ワカメのような髪の毛も汗で額に張り付いてしまっていた。
 左右に騎士を従えてはいるが何れも似たような有様だ。衣服に血がにじんでいる騎士も多い。
 ……筋肉ジーさんと鉄壁の姿はない。

「イァーソン殿ご無事でしたか。……シンシア。飲み物と何か食べるものをお出ししてくれ。何か体をぬぐえるものも頼むよ」

 ワカメが憔悴しきっている様子なので、シンシアさんに頼む。
 転移魔法陣が使えない以上、おそらく大湿地からメリルまで走りっぱなしだったに違いないのだ。

「かしこまりました」

 そう返事をしたシンシアさんがちょっとスカートを持ち上げ会釈して出て行く。
 無言で彼女を目でおっていたワカメが軽く頭を下げた。

「助かりますルーグ卿。静養中だとのことでしたが?」
「ええ。先日の地震で城内の一部が崩落しましてね。情けない話ですが、その折に……」

 ワカメとの関係はけっして友好的ではなかったし、居留守的なことをしたんだろう? といわれたような気がしていいわけじみた弁解をする俺。
 信じてくれねーだろうなと気をもむが、ワカメは俺の返事も上の空のようで何事か深刻な表情だ。

「メリルでも崩落が起きるほどの揺れでしたか……」

 ポツリとそんな言葉を吐くワカメ。
 そのまましばらく領主の間は重苦しい静寂に包まれる。
 俺としては早いところ戦闘の詳細を聞きたいのだが、ワカメは敗軍の将だろ?
 ちょっと躊躇してしまうのだ。

 ただ、いつまでもこのままというわけにもいかない。
 聞き難いが、それでも話してもらわなければな。と、そう決心した俺が口を開くよりも早く、突然ワカメが俺に頭をさげた。

「……申し訳ないルーグ卿。騎士団は……遠征軍はほぼ壊滅しました。動けるものは王都に運びますが……深手の者の治療をお願いいたしたい」


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