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第2章の2 【暗殺者】
遠征軍
 燦々と降り注ぐ陽光を反射し、キラキラと輝く意匠を凝らした騎士たちの全身鎧。
 戦闘用の人形達の一糸乱れぬ行軍。
 魔法使いなのか妙に軽装な緑色の肌をした亜人。
 極めつけには大きな大砲のようなものが数人の人夫によってゴロゴロと運ばれている。
 アリ討伐軍1000がメリルの町に程近い平原に集合した様は圧巻の一言だった。
 討伐軍のお偉いさん方を表敬訪問しにきた俺たちがちょっと気後れするような雰囲気だ。

「……凄いですね」

 あっけにとられた様に俺の隣を歩くエルナが呟く。
 同行しているラウルさんとカエル人の族長さんも同感らしく、そろってキョロキョロと辺りを見回している。
 いかにも田舎者っぽくてちょっと恥ずかしいけど、気持ちはよく分かるな。
 これほどの大規模な軍隊の中にいるとさ、なんかこう、すっごいテンションが上がるのだ。

「まったくだな。本気で凄いね。なあ、あの大砲……筒の付いた兵器はなんだろう? 知ってるかエルナ?」
「いえ。あんな兵器は見たことがありません。これでも20回以上魔物との戦いに参加しているんですけど」

 もしかしてこの世界にも火薬があるんだろうか?
 そんなことを考える。
 だったら俺の思う以上に危険な世界だ。火薬は使いようによっては人が死ぬ桁が2桁上がる。

「……おそらくアレは魔導砲(まどうほう)でしょう。王立大学院で研究していると噂には聞いたことがございます」
「魔導砲?」

 家宰さんが留守なので代わりにつれてきたラウルさんが意外なことに正体を知っているようだ。

「はい。魔法というものは行使する術者の力量によって威力が変化しますよね。ですが、実戦レベルの魔法使いは極々少数。付与師といった普段戦いを行なわないものも多いです。あれはそういった戦闘に不慣れな者達でも、魔力さえ込めれば一定の威力を発揮する兵器だという話です。なんでも魔力を増幅してうち出すとか」
「ほーそりゃたいしたもんだ」
「ええ。実用化されていたとは……驚きました」

 見たところ魔導砲は5門か。この数ということは試作品レベルなんだろうな。
 話を聞く限りは俺の神器銃のような物なのだろう。野戦であれば相当効果が期待できそうだ。
 というか、こんなものまで引っ張り出してくるとはウルドの本気度が伝わってくるね。

 だが、俺はこっそりと考えるのだ。
 さすがに迷宮内部の探索にはアレを持っていくわけにはいかないだろう。
 ならば、鉄壁とか言うやつが有能で政治的に中立な指揮官であればさ。上層部がなんといおうが、深層冒険者の俺の助力が必要だと判断するのではないだろうか。
 まっウルドがわざわざ選んだ指揮官だから可能性は思いっきり低いけど……。
 それでもダメで元々だ。提案だけはしてみよう。

「っと。シノノメ様つきました。あちらのウルド家の大旗が立っているところが本陣でしょう。衛兵に話を通してまいりますのでここでお待ちください」

 ラウルさんが俺たちの訪問を知らせにはしる。
 しばらくその場で待っていると、数人の騎士と一緒に戻ってきた。
 彼らに案内されて簡単に天幕を張っただけの本陣に入る。ちょうど会議中だったのか、粗末な机に何枚も紙を置いて、車座で何か話し合っている最中だったようだ。
 主だった騎士は皆居る様だね。ワールの筋肉ジーさんの姿もある。

 色男も居ないかなーと、なんとなく本陣内を見渡して、そして俺はひどく失望した。
 豪華な鎧を身につけた騎士に混じって、見知った冒険者が数名いたからだ。
 それほど親しかったわけではないけど、いずれも20年前に深層冒険者として名をはせていたか、売り出し中の若手だったものたちだ。
 年配の冒険者は20年前と代わらない俺の姿に一様に驚きの表情を浮かべながら会釈してくる。

 ……なるほどな。彼らを迷宮探査に使うのだろう。さすがに周到だわな。
 これじゃあ俺は必要ないか。
 落胆しつつも冒険者に会釈を返し、俺は筋肉ジーさんと精悍な顔つきの壮年の男を左右に並べた騎士の前まで進んで頭を下げる。
 ウルドの当主と同じくワカメみたいな髪をしているから、俺と同い年ぐらいのこいつが総大将だというウルドの次男なんだろう。
 顔を知ってるシンシアさんが物資の搬入に忙殺されてて同行できなかったから、確認のために鑑定したいところだけど……。魔法使いっぽい亜人が何人かいるからやめたほうが無難だな。

「わざわざおこしいただき感謝いたしますぞルーグ卿。いえ、いまだルーグの名はついではおりませんでしたか。 はて、ではなんとお呼びすればよいものか」
「……シノノメで結構でございますよ。このたびはアリ討伐の軍旅ありがとうございます。メリルの民になり代わりお礼申し上げます」

 コイツが総大将だったことに内心安堵しながら、腹の虫を抑えて事前に考えていた返事をかえす。
 優等生な俺の返事が気に入らないのか、ワカメがフンとかすかに鼻を鳴らした。

「なに、ウルドは王国を支える武の(いただき)。魔物であろうがなんであろうが、貴公に感謝されるまでもなく王国に仇なすものには剣を振り下ろします」

 コイツうぜえ。と思いながらもまた頭を下げる俺。
 エルナは随分と不満そうだけど、あらかじめ言い含めてあるのでこらえてくれたようだ。

「……では挨拶も済んだようじゃし、早速ではあるがアリの詳しい話を聞かせてもらおうかの黒殿。ちょうど迷宮攻めの作戦を練っておったところでの。土地勘のあるカエル殿の力もお借りしたいのだが?」
「わかりました。我らで役に立つのであれば喜んで」

 筋肉ジーさんは助け舟を出してくれたんだろう。
 もう一人の副将、鉄壁のなんとかは無言だ。おっそろしく鋭い目で俺たちを見ている。

「まずはアリの住まう迷宮周辺の詳しい地形を知りたい。ここは地図では小高い丘のようじゃが、木々などが生えてはおらんだろうか?」

 地図はカエルさんに書いてもらった物を円卓会議ですでに提出している。
 筋肉ジーさんが複製したらしいその地図を指して、カエル人の族長さんに詳細に地形を確認をしている。鉄壁のなんとかも短い言葉ながらも、いくつか確認しているようだ。

 ジーさん達の質問を横で聞いてて、俺にもこの軍隊がどんな戦術を取ろうとしているのかがおぼろげながら見えてきた。
 察するに特に奇抜な戦術ではない。
 むしろ基本的な戦術といっていいだろう。それだけに手堅い印象だ。
 まず、アリの住まう迷宮の近くに強固な陣地を設け、しばらく出方をうかがう。
 アリが迷宮から這い出して襲ってくればその陣地に篭って撃退し数を減らすのだ。
 出てこなければ、いぶす事までするそうだ。
 そうやって、アリの戦力を把握し、迷宮の性質を調査したうえで、ジーさんをはじめとする精鋭騎士団と冒険者が迷宮に突入し、女王アリを討ち取る!
 という手はずだ。多少時間はかかりそうだが、堅実な作戦だ。

 兵糧は半月分は持っていく。
 それ以上かかる可能性もあるから、行軍の途中で20キロおきに転移魔法陣を設置するんだと。
 魔法陣の跳躍距離は設置する水晶の質と術師の能力によって変わる。20キロというのはほぼ限界の距離だ。
 冒険者ギルドのお抱え術師でも15キロが限界だって言ってたし、さすがに騎士団の術師は腕がいい。
 当然、ある程度守備兵も残すし結界もはるとのことだ。糧道ということなのだろう。

 俺も知らなかったのだが、迷宮といっても色々とあるらしいね。
 例えば、かつてのアルマリル大迷宮。これは魔物を倒しても次々にどこからともなく魔物がわき出でるからさ。軍隊ではどうしようもなかった。
 一方で、魔物が自然繁殖しかしない迷宮もある。というか普通はこっちだ。
 大迷宮のような無尽蔵に魔物が湧き出る迷宮は非常に稀で、もしも発見されれば特S迷宮の指定がされる。

 アリの迷宮が元々どんな迷宮だったのかは不明だ。
 ただ、女王アリが魔石と融合した特殊な迷宮だからさ、現在は自然繁殖のみになっているという話だ。あの魔法大学院の教授がそう太鼓判を押したんだと。
 それを元にジーさんをはじめとする遠征軍の幹部はあらかじめ作戦を練ってきたようなのだ。

 うむ。さすがに戦術的には隙がないぞ。
 しかも参加している騎士団も筋肉ジーさんの騎士団を筆頭に精鋭が多い。
 負ける感じが欠片もしねえよ……。
 しかも総大将のワカメが作戦をジーさんと鉄壁に任せいっさい口出しをしていない。自分を抑えて実戦派の2人に任せている感じなのだ。 
 嫌な性格だけど、このワカメはけっして無能じゃないんだろうね。

 うむ。人材的にも隙がないぞ。
 なんだかアリさんがあっさりと討伐されそうで、嬉しいような悲しいような、そんな不思議な気分になっていく……。


 ☆★☆★☆★☆★


「まあ、黒殿にはスマンが我らも命がかかっておるでな」

 作戦会議が終わり、お城に帰る俺達を野営地の端まで見送りにきてくれた筋肉ジーさん。
 すまなそうな表情を浮かべて、別れ際にそんなことを言う。

「それにじゃ。イァーソン殿もエルキュールもこの遠征が終わったら婚礼での。イァーソン殿はまあどうでもいいんじゃが……。エルキュールはの。以前から思いを寄せておったウルドの分家の娘とついに結ばれるんじゃよ」
「……なるほど」

 鉄壁さん人参ぶら下げられてんのな。

「エルキュールの父親とワシは親友での。アヤツを幼いころから知っておるんじゃが……。下半身に節操がない父親に似ず色恋には無関心でのう。打診は多くあったらしいが、あの年まで独り者だったんじゃが……」

 困ったやつだと言わんばかりに一つ大きなため息をつくジーさん。

「それがなにを血迷ったか、さる宴会でウルドの分家の娘に一目ぼれしたんじゃと。じゃが、ご覧の通り武骨者の上、始終辺りをにらみつけておるじゃろ? 家格は問題なかったんじゃが相手の親が中々承諾せんでな。それだけに今回は燃えておるんじゃな。黒殿も気分が悪かったろうが許してやってくれい。ヤツは別に悪気があってあんな顔をしておるわけではないんじゃよ。……たぶんの」

 なんだよたぶんって。
 あの顔で悪気がないとかマジっすか?
 ほとんど親の敵のようににらまれていたんだけれども……。
 最後の方はさすがに腹を立てたエルナとにらめっこ状態だったし。

「そういうわけでの。ワシはあやつの思いをかなえてやりとうてな。それにワシのかかわった戦であやつらの伴侶を未亡人にするわけにはいかんからのう」

 いや、ジーさんの気持ちは凄くわかるし、俺も人の恋路を邪魔する趣味はないけどさ。
 ……だけど……だけど……なんだよ、この死亡フラグの乱れうちはさ!
 わざとやってんのか? って感じだ。
 あるいはこれだけ立てば逆に成功するんだろうか。

「それにじゃ。実はワシにも初孫が生まれるんじゃよ」
「えっ!」

 おいおい、追加のフラグまできたぞ。
 やっぱりこの軍隊、全滅とかするんじゃねーか?

「息子の方は今ひとつ天分に恵まれなんだが、それだけに孫には期待しておるのじゃ。できれば黒殿も稽古の一つもつけてやってくれい」

 そこまでいってポンと手を一つ打つジーさん。

「そうじゃ。領主になれなんだらワールに来るといい。貴公ほどの腕前であれば皆も歓迎しよう」

 名案だと自画自賛するような表情の筋肉ジーさん。
 いや、好意で言ってくれてるのはわかるんだけどさ。
 さすがにそれは失礼すぎる発言じゃないかなと。
 俺は素直に好意が嬉しいけど、エルナとかほとんど噛み付きそうな表情してるし。……エルナの噛み付きは痛いんだよなあ。

「ああ、ルーグ卿。おいでになっておりましたか」

 どんな返事をすればいいのかわからずちょっと困っているとそんな声が横からかかる。
 アリントンのジーさんにちょっと頭を下げ、近づいてきたのはガルド騎士団長だ。
 訓練が終わったばかりなのか汗の臭いがムッと俺の鼻をついた。

「ガルド殿。先日は貴重な情報ありがとうございました。貴公も遠征に参加されるそうですね」
「ええ。ただ、残念ながら魔法陣の警備担当に回されてしまいましたがね」

 いかにも無念といった感じの色男。
 まあ、後方担当だと武功を立てる機会がないからなあ。

「愚痴るでないわガルド。魔法陣は糧道であると同時に万が一の退路でもあるのだぞ? 大湿地は未開の魔境。どんなことがあっても不思議ではない。気合を入れろ気合を!」
「はあ、まあ分かってはいるのですがね……。しかし私も騎士の末席を拝するものですからね。できましたら先陣で戦いたいものです。アリントン殿から口ぞえいただけると嬉しいのですが?」 

 どうやら色男は俺に用事があったわけじゃないらしい。
 アリントンのジーさんにこれを言いたかっただけなんだろうな、きっと。

「まっ、そういうことは騎士団の定員をそろえてから言うことじゃな。おぬしの騎士団は50にも届いておらんのじゃろ? であれば先陣は無理じゃわのう」

 必死の色男のアピールをにべもなく断るジーさん。
 色男は恨めしそうだ。

「そんなことよりもじゃ。……おぬしらには積もる話もあるのじゃろ? わしはもう本陣に戻るから存分にな。ただ、頑張りすぎて明日の全体訓練に遅れることはないようにの」

 いかにもワシって察しのいいヤツだろ?
 とばかりに、そう言ってウインクするジーさん。

「……」
「……」

 思わず顔を見合わせる俺と色男。
 さりげなくラウルさんとカエルさんが俺から少し距離をとったのが目の端に入った。
 ……ジジイ。
 俺には察してもらうことなんざ何一つとしてねーよ。


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