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第2章の2 【暗殺者】
趣味は苦労することです
 神器刀を振り上げ渾身の力を込めて振り下ろす!
 ザン!
 さすがの切れ味。眼前の岩がチョークみたいなものでかかれた線に沿って綺麗な断面を見せた。
 続いて刀を振るい綺麗な正方形に仕上げる。

「おーい出来たぞー。シルク持ってってくれ」
「はいマスター」

 シルクが、少なくとも1トン以上はありそうなその石をひょいっと軽々と持ち上げる。
 そのままヌアラが設置した魔法陣に入り、光と共に石ごと姿がかき消えた。
 魔法陣は西の城壁の近くに通じているから、そこにいったん石を置いておくのだ。
 城壁の方はラウルさんの指揮の元、職人さんやかり出された領内の人が石を積み上げている。西の城壁を石で作った強固なものに作り変えているのだ。
 ホントはすべての城壁を石にしたいところだけど、費用も時間もかかるからな。とりあえずはアリが襲ってくる可能性が最も高い西側だけの工事だ。

 領内の人は本来であれば無給でかりだすんだけど、今回は予想外の賦役だし、おまけにアリによって被害を受けたばかりだからさ。ちゃんと少ないながらもお給料を出していたりする。
 痛い出費ではあるけど、そうでもしないと領民さんたちが干上がっちゃうからな。
 そんな訳で経費もかかるので、一刻も早く作業を終わらせたいのが本音だ。エルナや騎士団の兵士、ノクウェルをはじめとした人形達もそちらで働いている。
 まっ、あの辺りはあまり広くはないし、突貫工事でやっているのであと5日で完成を見込めるらしい。

「えれー可愛い人形なのにすっごい力だなー。人形ってのは皆こうなんでしょうか?」

 普通なら数人がかりで丸太を使って運搬する石材を軽々と担ぐシルクの姿に、目を大きく開き口をあんぐりとあけておどろいてた石工さんが意を決したように俺に聞いてきた。

「まあ、シルクは特別です。普通の私達は地道にやりましょう」
「いやいや。領主様も十分特別です。石を斬るなんてオラはじめて見ました。しかも領主様なのにこんな力仕事を手伝ってくれてありがてーことです」
「当然のことです。皆さんだけ働かせるなんてできませんし」

 調子よく答える俺。
 実のところ仕事する気なんぞ全くなかったのだが……。
 3日間ぐらい姫様やシルクと遊び惚けていたら、エルナとシンシアさんに「お前も働けよ」と無言の圧力を受けた。同時に食事もなぜかドンドン質素になっていったのだ。
 オカズの数が一皿減り、二皿減り……昨日の夜なんて塩スープと黒パンのみだった……。
 ノーワークノーペイ(ごくつぶしに食わせる飯はない)というヤツらしい。

 仕方がないので城壁の材料である石材を作っているのである。
 いや、最初はさ、切り出された石を運んでいたんだけど……。俺たちの運搬スピードが速すぎて石の切り出しが間に合わなくなった。
 手持ち無沙汰になってぼんやりと石を切り出している石工さん達を見ているうちに、そういや俺の神器刀は鋼でできた剣も断ち切るなと思い出したのだ。
 鋼も切れるんであれば石も切れるんじゃないか? と試してみたらコレが大当たり。驚くほど簡単に切れた。

 凄いぞ俺。
 本当に凄いのはいくら石を斬っても刃こぼれ一つしない神器刀なんだろうけど。
 ただ、この世界では武器は所有者の力量のうちだというからな。
 やっぱり凄いぞ俺。
 とまあ、しばらくそんな感じで自画自賛しながら石工さんたちと石を切り出している。

 石工さんたちがやたら褒めてくれるので嬉しくなってドンドン斬っていく俺。調子に乗って30個ぐらい石材を作った頃だろうか、魔法陣から慌てた様子のシンシアさんが現れた。

「こちらでしたか。シノノメ様、王宮から書簡です。魔封されていますのでお気をつけて」

 そういって手渡された書簡を、小声で合言葉を唱えた後で開封する。
 こういった重要な手紙には合言葉を唱えないで開封すると文字が消える魔法がかかっているのだ。
 サラサラと目を通す。

「遠征軍のことでしょうか? 日にちが決まりましたか?」

 読んでいる途中なのに気になってしょうがないらしい。
 まあ、最近はずっと帳簿に向かってウンウン考え込んでいるからなシンシアさん。
 1000以上の軍隊の物資のやりくりは本当に大変なんだろう。つーか、ぶっちゃけ侍女長の仕事じゃねえしな。いまは人がいないので、できる人には何でもやってもらわないといけないけど。

「ええ。7日後にこの地に集まるようです。大湿地に向かうのはさらにその10日後。数は1100。100名が非戦闘員のようで兵糧の運搬と設営などを担当するようです」
「よかった。意外と少ない。経費が浮きます」

 シンシアさんがホントに嬉しげな様子だ。
 最悪1500人分の物資が必要だと試算していたからなあ。
 予想よりもはるかに少ない人数にホッとしたようだ。
 俺もちょっと安堵しながら手紙を読み進める。

「ええっと、あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「いや。町の近くで野営するから物資は西の平原に集積してくれだとさ。食事もあちらで作るらしい。宴席も、お世話の女性も不要だと書いてあるな。……メリルの町に入らないで何で野営なんてするんだ?」
「おそらく、平原で訓練するのでしょう。ここまで多くの騎士団が集まる遠征は近年ありませんから、全体の動きなどをやるんでしょうね。しかし、さすがにウルドです」

 なんか悔しそうに褒めるシンシアさん。

「うん? なにがさすがなんだ?」
「いえ、普通はただで飲み食いができるメリルに可能な限り留まるところですから。駐屯中の兵士がお酒に酔って町の女性を襲うというのもよく聞く話です」

 いわれてみればその通りだな。
 俺が指揮官でも絶対に長居するなきっと。
 しかも、指揮官には町一番の女の子が性的な意味でお世話に付くんだろ? うん。絶対に可能な限り全力で長居するな。

「野営するということはです。そういった揉め事を回避すると同時に、兵士の臨戦感を上げたいのでしょうが……当然、兵士の不満もたまりますからね。それを抑えきる自信と実績が指揮する方にあるのでしょう」
「あーそれで感心したわけか」
「ええ。なかなかできることではありませんよ。それで主将はどなたなのでしょう?」

 言われて人名がズラズラと書いてある書簡の最後の方を読んでみる。
 筋肉ジーさんや色男の名前はあるものの、ほとんど知らない名前ばかり並んでいるが、ひときわ大きな文字で書かれたのが総大将なんだろう。

「えー、イァーソンって人みたいだな。知ってる?」
「はい。ウルドの次男ですね。たしかもうすぐ有力貴族の長女とご結婚されるそうですから、箔をつける為なのでしょう」
「へえ、じゃあお世話の女性がいらないというのはもうすぐ結婚するからなのか?」

 なかなか誠実そうなヤツだなと、ちょっと好印象を持った俺がそういうと、シンシアさんが人が悪そうな笑みを浮かべた。

「ええ。お相手のご令嬢は凄くお綺麗な方ではあるのですが、嫉妬深いことでも有名な人ですからね。彼女は2回目の婚約なんですけど、最初のお相手は浮気現場に踏み込まれて町中を裸で一周させられたそうです。遠征先で女性と一夜をすごしたら……大変なことになりますよ?」
「……そうか」

 苦労してんだなイァーソンってヤツも……。
 大貴族ともなれば相手を選ぶことはできなさそうだしな。
 まっ、俺には関係ないからどーでもいいけどな。

「ただ、彼では実績不足ですし、飾りですねきっと。補佐する副将はどなたですか? そちらが実質的な指揮官でしょう」
「副将は……エルキュールという人と、あのワール領主のアリントンのジーさんだな」
「【鉄壁】エルキュールと【脳筋】アリントン……ですか。……ウルドは本気ですね」

 いやだからさ。
 鉄壁はともかく脳筋は単なる悪口だからな。

「ジーさんはともかく、エルキュールってヤツも有名な人なのか?」
「はい。王都アルマリルの4つの城門を守る四門家の筆頭ですから。エルキュール家の守る東の城門は建国以来破られたことはございません。それに多くの迷宮を討伐しておりますから、こと魔物との戦いにおいては王国内で最高の武将でしょう」

 なんか凄そうだな。
 考えちゃいけないとは思うけど、「アリに思いっきり損害を与えた上で遠征軍が負けねーかな」とか考えていたんだけど……。期待は薄そうだ。

「じゃあシンシア。ご苦労だけどこの手紙に書かれている物資の調達を頼むよ」
「かしこまりました。家宰様からランディ殿の協力を取り付けたと連絡がありましたから、あの方を通じて調達できると思います」
「うん。頼む」
「はい。ではすぐに王都に跳んで家宰様とうち合わせてまいります」

 そう言ってすぐに戻ろうとするシンシアさんを慌てて俺は呼び止めた。

「いや。ちょっとまって。王都にいくのであればエルナと一緒に行ってくれ。西の城門か石の集積場にいると思うから」
「でも、エルナ様は城壁のお仕事がでお忙しいでしょうし……私は大丈夫ですから」
「ダメだって。万が一って事もあるからな」

 そういってシンシアさんにニヤリと笑いかける俺。

「そんなことになったらラウルがどんなに悲しむことか」
「……わかりました。エルナ様に護衛を頼んでおきます。これでよろしいですね!」

 シンシアさんは、半ばやけっぱちになってそういい捨てた。
 まったく……しつこいですね。などとブツブツと文句を言いながら魔法陣に消える。
 ちょっとやりすぎたかな?
 シンシアさんってば反応が面白いからツイツイからかっちゃうんだよな。

「やー相変わらず綺麗だけんど、キツそうな人だ」

 シンシアさんの姿がなくなると、そんな感想をのんびりとした口調で言う石工さん。
 やり取りを聞いていたのか……。

「んでも、あーいう人は男に惚れると尽くすタイプなんだべなきっと」
「へえ。そうなのかな?」
「んだ。間違いねえ。領主様も(めかけ)にすんならああいう人がいいとオラは思うんだ」

 やけに力を込めて断言する石工さん。

「うちのおっかあも気が強くてビクビクしながら一緒になったんだけんど……。稼ぎが悪くても、オラが博打で借金こさえてもなーんもいわねーで内職してるできた女でごせーますよ」
「……」

 いや、そんなこと自慢げに言うなよ。たしかに出来た奥さんだけどもさ。
 ……コイツの給料は奥さんに直接手渡すようにシンシアさんに言っておこう。


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