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第2章の2 【暗殺者】
パブロフの妖精
 円卓会議からメリルに戻って2日後の夕刻。
 予定通り仕事を皆に押し付け……じゃなかった、信じて任せた俺は自分の部屋でちょっと早い晩酌としゃれこんでいた。
 温泉卵にメリルの塩をちょっとふった料理をお摘みに、ちょびちょびお酒を飲む。
 卵は今朝採った有精卵だし、塩は言わずと知れたメリルの高級塩。
 お酒だって王都でこっそりと仕入れたなつかしのエールだ。エルナが好きだったので俺も冒険者時代にはよく飲んでいたんだよな。
 ワインに比べるとエールはちょっと下品な味だし、卵のコレステロールは気になるがすげーうまい。

 さらにはだ。
 目の前では先ほどがっつりと俺から吸血してご機嫌の姫様と、護衛役のシルクが仲良く折紙を折っている。
 俺が王都に出かけている間に随分と仲良くなったらしく、お揃いの洋服を着ているのな。見た目の年も近いしさ、まるで姉妹のようだ。

 美味しい料理をお摘みに、可愛い女の子が2人もいる部屋で好きなお酒を飲む。
 ああっ! これ以上の幸福はこの世にあるだろうか? いやないな!
 元の世界だったらチャージ料だけでウン万円も取られそうだし、あるとすればもうちょっとアダルトなことぐらいなものだ。
 そんな訳で、ニコニコ幸せな気分に浸りながらついつい深酒をしている。

「マスターできました」

 シルクが自分で折った折鶴を俺に見せに来た。
 自信満々といった感じだが……。
 向き不向きがあるのか、器用のステータスは高いのに異様に出来が悪い。
 鶴なのか亀なのかわからない出来栄えだ。

「ほー上手いなーシルク。俺が折るよりもよほど上手だよ。東雲流折紙術の免許皆伝をあたえよう」

 いい加減酔っ払ってる俺がそう褒めると、心底嬉しそうな表情をするシルク。
 うむ。褒めて育てるという俺の教育方針は間違ってないな。
 そう確信する俺に「じゃあどうぞ」とばかりに作った折鶴を手渡してくれる。
 ブサイクなできだけどシルクが喜ぶだろうからさ、後で部屋に飾っておこう。

「私も出来ましたシノノメ様」

 対抗心を燃やしたのか姫様も見せに来た。

「……すげえ」

 思わず感嘆の声を漏らす俺。
 器用な姫様は折鶴では物足りなかったらしい。
 どうやって作ったか知らないけど、色紙で大きな竜を作りあげていた。
 赤と青の色紙を大量に使い、50センチほどの竜が直立してやんの。すでに折紙という次元じゃないな。

「地母神ミュー様に退治された伝説の腐竜(くされりゅう)リュミスを作ってみたのですが……いかがでしょうか?」

 ちょっと上目遣いに俺を見ながら、得意そうな姫様。
「いかがでしょう?」などと言ってはいるが、自信作なんだろうね。褒めてくださいオーラが全身から立ちのぼっている。 
 つーかメガネ……。仲は非常に悪そうだけど同僚を退治すんなよ。ゲームでラスボスの名前に自分の嫌いなヤツの名前をつける感覚なんだろうか……。
 本当にあいつは性格が悪いのな。めちゃくちゃよく知ってたけど。

 とりあえずだ。シルクと姫様が凄く期待しているようなので、出来栄えを褒めながら部屋に鶴と竜を飾ろうと立ち上がる。
 と、部屋の扉がノックもなく荒々しくバン! と開けられた。
 こんな無礼なことをするのは当然ヌアラだ。
 いや、いまは別にいいんだけさ。姫様が成長したら鍵をかけないとな。
 ほら、ことの最中とかだと……アレだし。
 などと今後の心配をしていると、ヌアラはキョロキョロと部屋を見渡して、俺を見つけるとなぜか嬉しそうな表情を浮かべる。

「東雲! 温泉計画の初案持ってきたからハンコ押して、ハンコ!」

 そういって、なぜか真っ赤な目をしているヌアラが差し出す紙の束。
 たださ。コイツってば小さいからな。その紙の束が豆本みたいな感じなんだよな……。
 細かすぎて文字が見えねえ。

「ああ。それは家宰さんに一任しているからな。まずは家宰さんに見せて判子を貰ってきてくれ」

 一任した記憶はないが、家宰さんであれば適当にあしらってくれるだろう。
 俗に言うたらい回しというやつである。

「あのハゲいま留守じゃん。いいからハンコ押してよ」
「ちょ、お前。……家宰さんの前でハゲとか絶対に言うんじゃないぞ。実のところあの人も結構気にしてるんだからな」
「えー何回も言ってるけど何も言わないよ? ちょっと悲しそうな顔するけどさ」
「……」
「そんなことよりもー。ねー早くハンコー」

 すげえなコイツ。
 無神経さもここまでくればある意味感心するかも。尊敬は全くしないけどな。

「あーわかったよ。あとで読むからそこらにおいといてくれ」

 あまり邪険にしてヘソを曲げられて困るからな。
 俺は温泉卵を食べてたスプーンでチョイチョイと部屋の隅の小さな机を指す。
 だが、ヌアラは不満そうな表情を浮かべた。

「あのねえ東雲」

 出来の悪い生徒に教え聞かす先生のような口調でそういうと、いかにもあきれたもんだとばかりにフルフルと首を振る。

「なんだよ」
「仕事を後に回すのは東雲の悪いくせだよ?」
「……」

 お前の相手をするのは仕事じゃねえよ。と内心呟く。
 つーかお前は俺のオフクロかよ。全く同じことをいつも言われていたんだが……。
 元々読む気なんぞはほとんどなかったが、今のヌアラの発言で完全に読む気がうせる。
 だが、意外にも姫様からヌアラに援護が入った。

「シノノメ様。私からもお願いします。ヌアラ師匠せんせいは寝る間も惜しんで書いていたんですから読んでいただけませんか?」
「ヌアラ……師匠?」

 なんだか嫌な予感がするな。

「あっ! そういえばシノノメ様にはまだご報告していませんでした。先日ご無理を言ってヌアラ様に弟子入りしたんです。魔法を覚えればエルナ様のようにシノノメ様のお役に立てるでしょ?」

 あーそういえば姫様ってばスキルに魔法の素質があったな。
 ラミアだから種族的な素養なんだろう。
 なにもヌアラなんぞに弟子入りしなくても。と思うが、よく考えればメリルで魔法を使えるのはアイツぐらいか……。
 この世界はナプールというゲームを基に作られた世界にしては、妙に魔法使いが希少だ。魔法を使えるのは珍しい亜人か、ごく稀に生まれる素質を持った人間だけなのだ。
 したがって魔法使いは凄く優遇されるエリートだったりする。
 ここだけの話さ。ヌアラの給料だって平均的な魔法使いよりも安く抑えてはいるが、それでもシンシアさんよりも多いのだ。

 だから姫様が魔法を使えるようになれば凄く助かることは助かるだろう。
 まちがっても戦闘はさせられないけど、今はヌアラ一人がやっている、光石や炎石の魔力の補填。転移魔法陣やゲートの起動も姫様ができるようになるわけだしな。

 そもそも、それらしいことはさっぱりしないけど、ヌアラはゲームの説明書(マニュアル)なのだ。
 最近では居候が板についてきて、本人ですらすっかり忘れているようだけどさ。いつ、もとの世界に帰ってしまっても不思議じゃないんだよな。
 だから、俺の役に立ちたいという気持ちも魔法を覚えることも凄くありがたい。
 ありがたいんだけれども……。
 姫様ってばエルナに対抗心持ってるのかね? できれば仲良くして欲しいところなんだけども。

「レイミアが魔法を覚えることは助かりますが……うーん。でもこの書類はなあ。ちょっと文字が小さすぎて読めないな。今はお酒も入っているしさ。お昼だったら読めるかもだけど」
「でしたら私が大きな紙に書き直しておきます。ですからお暇ができたら読んでくださいまし。ね、シノノメ様」
「てゆーか今読んでよ。頑張れば読めるって。何で諦めるの? 諦めたらそこで終わりだよ?……あれ? これなに?」

 両手を顔の前で「ファイト!」ってな感じで、ぎゅっと握りながら俺の眼前をホバーリングしていたヌアラが、姫様が作った色紙竜に気がついた。
 興味深そうに折紙竜の周りをぐるっと飛ぶ。

「ああ、それ姫様が色紙で作ったんだよ」
「へーさすがアタシの弟子」
「地母神ミュー様に退治された伝説の腐竜リュミス……らしいぞ」

 こいつも面白がるだろうと何気なく俺がそういった瞬間。
 目にもとまらない速さでヌアラが手を複雑に動かし、何事かブツブツと小声で唱えた。
 そして最後にひときわ大きく何かを叫び両手を突き出すヌアラ。
 同時にぼわっといきなり炎に包まれる色紙でできた竜。

「ちょっ! お前なにやってんだ!」

 慌てて室内の水桶を引っつかんで消し止めるが……。
 ビショビショに濡れた竜は見るも無残にやけ焦げてしまった。
 姫様はあまりのことに呆然と眺めている。
 シルクは護衛の役目をしっかりと覚えているのか、そんな姫様をかばうように間にはいって手を広げている。

「おまえなあ。冗談でもやっていいことと悪いことがあるだろ」
「……ごめん。わざとじゃないの」
「いや、わざとも何もお前思いっきり呪文唱えてなかったか?」
「ちーがーうーの。あのね。アタシ達ってばリュミスって名前を聞いたらさ、全力で攻撃をするように! って厳しくしつけられてるから……。ゴメンね」

 我に返ったらしいヌアラが意外にもしょげ返って姫様に謝っている。
 どうやら条件反射らしいが……メガネ……なんつー陰険な教育を眷属にしてんだと。


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