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第2章の2 【暗殺者】
貴族の矜持と変態紳士
「……それで、私達を暗殺しようと高級人形を送り込んだのは誰なんです?」

 ルーグ家が王家から支給されている公邸に向かう車中で、俺は向かいの席に座る色男に切り出した。
 さすがにこんな話はおっちゃんの工房ではできないので馬車に一緒に乗り込んだのだ。
 馬車ってのは移動しているし、ガラガラと車輪の回る音があるからさ、密談的なものには意外と向いている。

「まず最初に言っておかねばなりませんが……これから話すことは確たる物証があるわけではありません。いわば状況証拠の積み重ねでしてね。ですから公には糾弾するのは困難だと思います」

 ん? じゃあなんでわざわざ知らせに来たんだ?
 怪訝そうな顔の俺を見てとったのか、色男がキザったらしく金髪をかき上げながら、付け足すようにまた口を開いた。

「しかし相手を知っておけば、ルーグ卿も対処ができるでしょう。相手を知らないまま、つまらない罠にかかるのも……」
「なるほど。分かりました。お気遣い感謝いたします」

 と応じてはみたもののだ。
 正直なところ俺は色男の言葉を額面通りには受け取ってはいない。
 この騎士団長とは(こいつの性癖さえ無視すれば)いい友達になれそうだとは思うけど、それでもウルドに連なる貴族なのだ。
 親切めかしてはいるものの、この忠告こそがつまらない罠だという可能性だってある。
 ……こう思うのは俺も貴族のけんぼーじゅっすーというヤツに免疫がついてきたんだろうか?
 などと少し自己嫌悪する俺に重々しくうなずく色男。
 居住まいをただし「では、少々長くなりますが……」と前置きして調査した結果を語り始めた。
 俺が貴族のことに詳しくないのを察してか、色々と解説をしながら話してくれる。
 コイツってば気配りができるし真面目だし、いいやつだよホントに。うちに欲しいぐらいだな。

 メリルで家宰さんとシンシアさんにこき使われ、ようやく王都に帰還した色男は、あのウルドの当主さんから俺の暗殺未遂について調査するようにと命を受けた。
 といっても別に俺のために調査するわけではない。自衛の為だ。
 俺も初めて知ったのだが、この国には日本で言う警察・検察的な組織は無いらしいね。
 いや、無いと言うとちょっと語弊ごへいがあるな。
 一般の市民が犯罪を犯した場合は、騎士団をはじめとする軍属のものが調査し、街を支配している貴族が裁く。以前俺の家に侵入した強盗さんも、エルナとシルクがフルボッコにした後で町の警備を担当している騎士団に引き渡した。
 王国の成文法や慣例法的な不成文法があるから、大抵はそんなに無茶な裁判なんかは行なわれないようだ。

 問題は貴族が犯罪を犯した場合だ。
 コレは犯罪の性質にもよるのだが、王様に反逆するってな類のものでない限り公的には罪には問われないんだと。
 というか、貴族の犯罪ってのは基本的に大逆罪のみだ。
 役職を利用して収賄や横領をした場合も、大きなくくりでは大逆罪になるらしいが……。
 それ以外は、貴族が領民を虐待しようがなにしようが罪には問われない。
 もっとも、あまりにひどい場合はその貴族家なり一族なりの内部で、しかるべき措置がとられるらしいね。隠居とか、謹慎とか……病死・・とかだな。
 要は、貴族を裁く組織がないのだ。

 では貴族同士のトラブルはどうするのか?
 コレには二つの方法がある。
 一つはしかるべき証拠を集めたうえで王様に申し立て、その裁決を待つ。一番多いパターンがコレなんだそうだ。
 ただ、王様だって絶対中立じゃないからな。貴族同士の力関係や王様の都合によってはかなり恣意的な裁決になることもあるらしいね。
 貴族が派閥を作るのもこれに対抗するという意味合いが大きいのだ。

 そしてもう一つが、自力救済……つまり決闘。いかにもファンタジーっぽい制度だ。
 地母神ミューは正しきものに勝利を与える。などという建前の元、貴族同士あるいはその代理が戦い、勝者の意見が正しいとされるんだそうだ。
 まっ、決闘とはいっても無制限に許可されているわけではなく、色々と細かい決まりはあるのだが……。

 んでだ。
 俺はアルマリル大迷宮を討伐した、その名も高き冒険者。当然そこいらの騎士なんぞとは比べ物にならないほど腕が立つ。……というのが一般的な評価だ。
 そんな俺に、決闘でも申し込まれると、いかにウルド家が武門の雄とはいえ、やっかいだからな。
 状況的には犯人はウルドだと疑われるだろうから、自衛のために犯人を見つけ出せってことらしい。
 つまるところ痛くもない腹を探られては面倒だという理由だ。
 犯人が有力貴族であれば弱みを握れるといった打算もある。
 もちろん、ウルドの関係者が関与していたら、証拠を隠滅した上で握りつぶす!
 ってな感じだろう。ウルドの当主が犯人で、アリバイ的な工作かもしれないけど。

 そんなわけでだ。
 何はともあれ正式に命を受けた色男は、当主さんの了解の下、真っ先に身内のウルド家の3男さんを調べた。
 ミジンコ並みの知能があれば当然の事だ。どう考えても第一容疑者はコイツだし。
 むしろ、もうコイツが犯人でさ、病死でもしていただけると俺としては願ったりかなったりなのだが……。
 色男は主筋に当たるためなのか、言葉を濁していたけどさ。ウルドの3男さんは、あいつならやりかねねーなって人みたいだね。
 剣の腕前は中々だけど、それを鼻にかけて色々と揉め事を起こしているらしい。その為、ウルドの3男でありながら、これといった役職にもついていない。ウルド家のこまった君なのだ。
 そういや、シンシアさんの3男評もさ「思慮が足りない方」とか「あの阿呆」だったな。

 だが、残念なことに結果的に3男さんはシロだった。
 本人もお付のお側役も口をそろえて否定したし、何より暗殺に使われたのが高級人形7体だ。
 高級人形は1体でも非常に高額なので、大きな資金の流れがあるはずなのだが、いくら身辺を調査してもそれがなかったのだ。

 3男さんが無関係だったことにホッとしながら、色男は調査の輪を騎士団を率いる宮廷貴族や独自の兵力を抱える辺境伯まで広げる。
 高級人形7体といえば結構な戦力なのだ。暗殺に使えるものは王国内でも本当に限られたものだけだ。
 この中に犯人がいるはず!
 そう確信していた色男だったが、結果的にはすべて空振りに終わった。
 いくら調査しても7体もの高級人形を動かした貴族がいないのだ。
 当然ながら調査には限界があるのだが、それでも実際に現地にいき、調査をしても、王国に届けられている高級人形の所持数と現実の保有数に差がない。

 そもそもだ。王国お抱えの人形師が作った人形はすべて公式に登録される。
 国王をマスターとして登録するから当然だ。
 その上、一年おきに、王様直属の調査官が騎士団や辺境伯の人形の保有状況を帳簿と照らし合わせるから、人形を隠し持つことは難しい。

 意外な結果に困惑した色男だったが、それでも彼は真面目で勤勉な性格だ。
 ならばと、今度は町々の人形工房を徹底的に調査した。
 冒険者ギルドの協力も仰いだうえで、高級人形の購入履歴をすべて調べたのだ。
 貴族の保有人形に怪しいところがない以上、町の工房で作られた人形である公算が高い。

 だが、またしても調査は空振りに終わる。
 俗に言う三振である。
 過去1年以内に高級人形を製造した町工房は3つしかないうえ、そのほとんどに確認が取れた。
 行方不明の人形もあるにはあるのだが、それはほぼすべて迷宮に潜っている冒険者がらみ。
 どう考えても迷宮でマスターともども魔物に倒されたものだと思われた。

 まさか国外のものの犯行なのか? 一時は色男もそう疑った。
 あるいは人形が国外の工房で作られたものなのか? そうであれば彼の権限では調べようがない。
 だが、人形の残骸を調べた色男の騎士団に所属する人形師は、アルマリル王国製の人形であると言い切っていた。

 割りと楽勝だと思っていた調査が行き詰まり色男は困った。
 ウルドの当主は部下の仕事に対しては公正な人なんだそうだ。
 手柄を立てれば報いてくれるが、失敗した部下には氷のように冷たく残酷だ。
 このままでは騎士団長という地位も危うい。
 そして罷免されればまた実家で夢も希望もお金も無い、部屋住み生活が始まってしまう。
 そうなれば婿養子の先を探す日々……。
 ガチである彼には想像するのもおぞましい暗黒の日々の始まりなんだろう。

 そんなんイヤーッ!
 と考えに考え、そして色男はついにある一つの仮定に思いいたった。

 人形を作成した工房が分からないことこそが、ある意味では一つの解ではないか……と。

 つまりだ。人形を購入したのではない。自ら作成したのではないか? そう考えたのだ。
 高級人形を製作できる工房は民間には少ない。
 貴族が自前で抱えている人形師も高級人形を作ることができるものは滅多にいない。
 そのうえ、材料となるものが特殊だから、魔石や素材の流れで色男の調査に引っかかる可能性が高い。

 ならばだ。
 それが可能なのは、王国お抱えの人形師。そしてその人形師を束ねるヴィスキュイ家。
 彼らであればひそかに高級人形7体を用意するのも容易だろう。
 そう考えた。

「ちょ、ちょっと待ってください。いくらなんでも乱暴では? そもそも私はヴィスキュイでしたか、そのような貴族に命を狙われる覚えはないのですが?」

 色々と自分なりに考えながら、黙って聞いていた俺だったが思わず口を挟む。
 論理が飛躍しすぎだろう。
 民間の工房で隠れて作ることは難しいって話だけど、不可能だとも思えない。
 時間をかけてさ。いざって時に使うために、暗殺用の高級人形をストックしていたと考えた方が自然じゃないのかな?
 大体だ。人形の線からじゃなくて、動機の面から調査しろと。ウルド絡みになりそうだからあえて物証から調査をしたんだろうけどさ。

 ただ、色男の話を聞いていて、一つ俺も思い出したことがある。
 襲撃してきた人形を鑑定した時にさ、マスターの情報がなかったんだよな。
 そのときは女神どもが鑑定のスキルの仕様を変更したのかな? と思って気にも留めなかったが……。
 後になってシルクを鑑定した時はちゃんとマスターがエルナだと表示されていた。
 普通、人形を工房で買った場合はマスター登録は必須だからさ。それを考えるとちょっと色男の推論にも説得力が出てくるような……。

「ええ、仰るとおり、いささか無理のある考えですがね。私も最初はヴィスキュイ家に誰かが命じて秘密裏に人形を作らせたのでは? と考えていたのです。ですが王国お抱えの人形師は国王陛下直轄。いささか難しい。さらにです。ルーグ卿はご存知ではありませんでしたか……。調べてみたのですが、ヴィスキュイ家自体に貴公と浅からぬ因縁がございます」

 えー。全然こころあたりがない。
 ウルド家を除いては、貴族さんの恨みを買うようなことはしていないはずなんだけどな。
 いくら考えても理由とやらが分からないので、妙に自信ありげな色男を先を促すように見つめる。

「ルーグ卿。貴公は名工メルビック・キューブの手による高級人形を所有しておりますね?」
「ええ、シルクといいます。私から言うのもあれですがホントによく働く子でしてね。私が冒険者として成功したのも彼女のおかげによるところが大きいんです。実はかのアリの討伐、これも……」
「い、いや。その話は後ほどお聞かせいただきたいですが……。その人形。元の所有者がヴィスキュイ家の当主なのですよ」
「元の?……いや、そうか。……元の持ち主はヴィスキュイ家なのか……」

 肩口の所有者登録情報を骨が露出するほど深い傷をつけて抉り取り、シルクをゴミのように捨てたのはそいつか。
 シルクを初めてゴミ置き場で見つけた時のこと。
 黒トカゲの指揮官に俺に褒めてもらいたい一心で挑んでいった時のこと。
 「捨てないでください」と涙を浮かべて懇願してくるシルクの表情。
 そんなことを思い出しながら、不意に自分でもちょっと戸惑うぐらい怒りの感情が押し寄せてきた。

「……それは本当なのですか?」

 人ってのは本気で怒るとかえって冷静になるらしい。
 俺はなぜかちょっと微笑しながら色男に確認をする。

「間違いないことです。ヴィスキュイ家の当主はある意味有名でしてね。人形趣味……というよりも人形しか愛することができないとか。しかも口に出すのもおぞましい方法で犯す……というのがもっぱらの噂です。まことに非生産的で下劣な趣味の持ち主ですよ」

 ……お前も生産性の欠片もない同性愛者だろと。
 いやンなことはどうでもいいか。少なくともコイツの性癖は人畜無害だ。

「しかし……シルクほどの高級人形を捨てますかね。持ち込んだ工房でシルクの性能に随分と驚かれたのですが」
「知らなかったのでしょうな。手に入れたいきさつは存じませんが、彼は極普通の愛玩人形だと思っていたのでしょう。普通、愛玩用の人形を詳しく調査はしませんからね。それにその人形は戦闘用だとは思えないほどよくできた容姿なのですよね?」
「……」
「さらに言えばです。20年前。ルーグ卿の遺言の執行の折には強行に本来の持ち主である自分に引き渡すようにと申し入れております」
「……」
「冒険者であったルーグ卿に貸与していたものだと主張したのです。まあ、さすがにコレは無理押し。ランド工房の店主の証言もあり、最終的にはエルナ殿が代価として4億ヘル支払って決着したと聞いております」

 ……つまり捨てた人形が掘り出し物だと分かったから、再び自分のものにしようとしたって事か。
 つーかだ。なんだその一方的な決着は……。ゴネ得じゃねーか。
 エルナが揉めてたって言ってた貴族はコイツか……。なるほどな。なんで貴族の名前を頑なに言わなかったのか腑に落ちた。
 俺が知ったらヴィスキュイ家に殴り込みをかけるとでも思ったんだろう。

「あの? ルーグ卿……」

 ムスッと黙り込んで相槌も打たない俺の様子に怪訝そうに色男が声をかける。

「あっ、ああ。スイマセン。しかしなぜいまさら暗殺を? シルクが欲しいのであれば、ほとぼりがさめた頃にエルナを暗殺すれば済む話でしょう? 高級人形を使ってまで私を殺す理由がない」
「ええ。普通はそうです。そこの説明が私にもできないのです。人形の貸与云々が虚偽だとばらされたくなかったか、あるいは単純にルーグ卿の報復を恐れたか……。いずれにせよ理由としては少し弱いですね。もっとも彼は普通ではないですから、合理的な理由はないのかもしれませんが……」

 話を聞くだけでアレなヤツだな。
 ……正面から問い詰めたら高笑いとかしつつ全部白状してくれないかね?
 暴れん坊将軍の悪代官のようにさ。
 ルーグ卿お手向かい致しますぞ!
 とかいってもらえれば遠慮なくボコれるんだけどな。

「そんなわけですから、公に彼を追及するのは不可能だと申し上げたわけでして……。この程度の嫌疑では王に裁決を申し込んでも門前払いされましょう。……まあ、決闘でしたらあるいは認められるかもしれませんがね」

 そう言って意味ありげに俺を見つめる色男。
 俺を包んでいた怒りの感情がスーッとひいていくのが分かった。
 なんだよそれが狙いか……。
 実のところ、うちの騎士団の教練とケイ君の指導を頼みたいなーとか思っていたんだけど……。ちょっと色男には失望だな。

「と、まあ、こう言えとウルド宮廷伯様に言われてきたのですよ、私は」 
「……はあ?」

 突然のことに頭の切り替えができていない俺が間の抜けた返事をすると、色男は悪戯が成功した子供のような表情を浮かべ、ヒョイッと肩をすくめて見せた。

「このような微妙な時期ですので、ルーグ卿が暴発でもすればということなのでしょうね。先ほどからの様子を見ると当たりという感じですかね。さすがにあの人はよく人を見ます」
「……いいんですか? そんなことをばらしてしまって?」
「なにかまいませんよ。あの人も元々たいして期待していないでしょうし、何よりルーグ卿。貴公とはメリル城奪還の折に共に戦った戦友ですからね。このような姑息な事はどうにも」

 やっべええ。
 なんてイケメンなんだ色男! 惚れてまうやろ!
 うちに来てケイ君かラウルさんをファックしていいぞ。

「だた、ヴィスキュイ家に関することは事実です。くれぐれもお気をつけて。王国お抱えの人形師を束ねる名門貴族ではありますので黙認されてはおりますが、ヴィスキュイ家の当主は気狂いですから」

 深刻そうな表情でそう忠告してくれる色男。
 俺は「十分気をつけます」と本心から頭を一つ下げた。


 色男が適当な場所で馬車から降りていった後。
 俺はゆっくりと進む馬車の窓枠に腕をついて考える。 
 この世界の貴族はこの色男や王様をはじめとして、ふつーに常識的な人ばかりだったけどさ。
 この世界を気に入っている俺にとっては残念なことだけど、やっぱり中にはおかしな奴もいるということなんだろう。 
 権力と野郎が一人暮らししている時の冷蔵庫の中身は必ず腐敗するというからね。
 物語に出てくる貴族や、中世に実際にいた貴族の中にはさ、信じられないぐらい残酷でおかしな趣味のやつがいるもんな。 
 こんな話はシルクとはできないけど……アイツには王都で何かお土産を買っていってやろう。
 ついでだ。姫様やお城で働く人たちにも何か買っていこうかな?


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