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第2章の1 【黒き災厄の足音】
家宰さんの明るい家族計画!
 王都から派遣されてきた数人の騎士っぽい人と白髪の研究者だとかいういうジーさんを連れて領内を案内した。
 騎士の方は討ち取ったアリの数とか被害とかの調査だったので楽だったのだが、大学院の教授だとか紹介を受けたジーさんが厄介だった。案内の途中で一々アリの死骸を調べてはやたらと興奮するのだ。
 熱心にアリの死骸を調べるジーさんを放置もできないので、2時間程度だと聞かされていた視察は大幅に時間をオーバーした。
 あのネムとか言う女王アリはその死体を詳しく調べたいとかで王都に持ち帰っていったしね。設備の整った大学で詳しく調べるつもりらしい。
 研究者のジーさんによると、こういった変異体が生まれてくるのは凄くレアな出来事なんだとか。
 研究者として血が騒ぐとかなんとか興奮していたな。

 んなわけで彼らを案内し、王都に帰還するのを見送った頃にはすでに日も暮れていた。
 今日は色々あって疲れたから早いところエルナと一緒に寝ようと思ったんだけど……。
 しかし家宰さんが帰してくれない。
 珍しいことにお酒に誘われてしまった。この人のお誘いを断れるわけがないので、城内の魔法的な結界が張ってあるつー会議部屋で差し向かいでお酒を飲むことになった。
 ってもハゲ頭の爺さんとお酒を飲んでもなんも楽しくないんだけど。
 このじーさんいろいろ有能すぎて怖いし。
 そもそもだ。わざわざ防諜されているこの部屋で飲むってことは、なんか重要な話があるだろうしな。

「それでは雄雄しく散った人形殿に」

 自分の杯と俺の杯にお酒を注いだ家宰さんがそう言って杯をちょっと掲げる。
 王都からの使者を案内している時に、あの殿をして死んだ下級人形のお墓を見つけたのだ。
 魔石回収のために通りがかったミューズちゃんが作ってくれたようだ。
 石を積んだ簡単なお墓に、かろうじて残っていたボロボロの槍が墓標のように刺してあった。

「ええ。勇敢な人形でした。共に殿をしてくれたカエル達にも」

 しんみりとした気持ちになりながら、俺も家宰さんのように杯を掲げる。
 コチンと軽く乾杯してお酒をあけた。

「ところで、シノノメ様。メリルの人事でございますが……。今だ騎士団を率いるものすら決まっておりません。現在はラウルが率いていてはおりますが、今後はいかがなさるおつもりなのでしょうか? 私としましては将来的にはラウルは内向きにまわしたいと考えておるのですが……。カエル人の処遇も問題ではあります」

 ひとしきり世間話の後で、表情を改めた家宰さんがそんなことを言う。
 きたきた。これが本命の話題だろう。

「うーん。正直なところ私はまだ日も浅いですからよく分かりませんね。騎士団長の選任ともなれば家柄ですとか年齢も問題になるでしょ? そういったことは私は分かりませんからね。カエル人はできれば取り込みたいところです。少なくとも騎士団がそれ相当の戦力となるまではメリルにとって手放したくない戦力です」
「カエル人については同意見です。さしあたっては彼らには帰る場所もございませんし、タガゴ殿とは彼らに居住地を提供する線で交渉してみましょう。大湿地に住まうアリの女王討伐にはカエル人の協力は欠かせませんからね。近日中には王国からの呼び出しもあるでしょうからタガゴ殿にも同道願っておきます」

 家宰さんはそういうと空になった俺と自分の杯にお酒を注いだ。

「それと、わがルーグ家の主要な家臣は先の侵攻で死んでおりますので、配慮は無用でございます。平時でしたらともかく、このような状況では幼少のものや阿呆を役につけるわけにも参りませんからね。身分の高低を問わず能力で選ぶべきでしょう。私としましてはラウルをしばらく騎士団長にすえ、後進を育てさせた後で、ラウルに私の後を継がせようと考えておりました。シンシアと娶わせて養子にしようと思っておったのですが……」
「ラウルとシンシアを……娶わせる」

 そんな勿体無い。

「はい。もともと二人は好きあっておるようでしたしね」

 なんと!
 シンシアさんの態度から疑ってはいたが……。
 ラウルさんからはそんな空気を一切感じなかったぞ。

「シンシアとラウルがねえ。まさかなあ」
「まあ、ラウルはああ見えてマメですからな。なかなか腹芸もこなしますし。報告によれば仕事の合間にちょくちょく逢引しておるようですな」

 家宰さんは人が悪そうに口をゆがめる。
 まじっすか。
 ラウルさんのどこがいいんだシンシアさん。
 ……いや、こういうとエルナは俺のどこがいいんだって話だからブーメランだな。
 てか誰だよ報告とかしてるのは!

「そういえば、シンシアはエルナたちのことをどう思っているのですかね? やはり姫様のチチキョウダイだと複雑な気持ちになるのでしょうか?」
「……といいますと? なにか姫様のチキョウダイのシンシアが言いましたかな?」
「いえ、そういうわけではないんですけど。先ほどえらく長く、お腹の減っているエルナたちにシンシアが料理の説明を……」

 俺の言葉の途中に困ったもんだといわんばかりに露骨に顔をしかめる家宰さん。

「またやりましたか。何度も注意してはおるのですが」
「また?」
「ええ。シンシアは私から見ても女であるのが惜しいほど役に立つ娘なのですがね。自分の作った料理の説明が好きでしてな。本人に悪気はないのですがそれがひどく長い悪癖がございまして」 
「そうなんですか。いやそういうことならいいのですが。ああ、話の腰を折って申し訳ありません。つもりだったということは……現在はどうお考えなので?」
「その前に一つだけよろしいでしょうか?」

 家宰さんはそういうとちょっと居住まいを正す。
 ううっ。なんか怖い。

「シノノメ様……家臣の分を超えているのは承知なれど、ですが、ルーグの後継はシノノメ様とひい様の間に生まれたお子様でございます。それだけは我らルーグ家の家臣として譲れぬ一線だとご理解ください」

 あー後継者か。

「私はケイを跡継ぎにとは考えてませんよ。血統から言ってもありえない話ですし、本人もそれを望んではいないでしょう。それにまだ姫様と正式に結婚しているわけではないのでこの話は少し性急ではないでしょうか?」
「姫様についてお知りになった以上、シノノメ様には当主になって頂きます。どんな手を使ってもです。代理の期間は特に失態がなければ例えウルドがどうこう言おうとシノノメ様の就任を認めざるを得ないでしょうし」
「そうなんですか?」

 うーんどうなんだろ?
 ウルドもなかなか諦めが悪そうなんだけどな。

「はい。しかもこたびのシノノメ様の武勲を考えれば、後は時間の問題でしょう。ウルドの妨害工作は私のほうで対処いたしますし」
「妨害工作? そんなのがあったんですか」
「ええ少々。何名かウルドの手のものが領内に入り込んできていたようです。ただ、そちらの方は我が手のものが対処しましたからご心配なく」

 対処って……。
 こええ。ホントにこの家宰さんは怖い。
 さながら、公儀隠密と大名家の影の死闘という感じだ。

「ただ、もう40年このような仕事をしてまいりましたが……私は70を超えました。おそらく後30年程度しか生きられないでしょう。息子夫婦も先の魔物の侵攻で戦死しましたし跡継ぎが欲しいと常々思っておったのです」

 当分大丈夫じゃね?
 何歳まで生きるつもりなんだと。
 いや、この世界の平均寿命なんかしらねーけどさ。

「ですから……シノノメ様。ケイ殿を我が家に養子にいただけませんか?」

 予想外の家宰さんの言葉に危うく噴出しそうになる俺。
 まさかこんな提案をされるとは思わなかった。

「い、いや。ケイやエルナの意見も聞きたい。俺、私の一存では即答はちょっと……」
「それはもちろん。この場で返事をいただけるとは思ってはおりません。ただ、お心におとめ頂いて、ご検討いただきたく」

 ふと家宰さんが独り言のように呟いた。

「まあ、ケイ殿に孫娘に手を付けていただければ問題はなくなるんですがね」

 こえーぞこのジジイ。とんでもないことを考えていやがった。ケイ君を屋敷に泊めること一つにも理由があったのか。
 正直なところいい提案なのかもしれないけどさ。辺境伯の家宰家といえば一の騎士同様、準貴族の扱いらしいし。一の騎士が一代限りなのを考えると、庶民としてはほとんど望みうる最高の地位じゃないだろうか。
 でも、ケイ君にはケイ君の人生がある。それに俺が口を挟むのはな。
 息子とはいえ今日会ったばかりだし、俺の都合を押し付けるわけにはいかないだろう。

 ……そう考えると、確かにケイ君が孫娘さんに手を付ければ問題はなくなるな。
 孫娘さんに手をつけたんならそれはケイ君が望んだことになるだろうし。まあ、指輪からして幼馴染もいるようだし。そうそう誘いには乗らないと思うが。
 だいたいだ。家宰さんは70だろ。この世界の結婚は早いからな。20で子供を作ってその子供が20で子供を作ったら孫娘は30歳か。
 ねーな。
 家宰さん美男子じゃないし、孫娘さんもとくに美女というわけではないんじゃないかな?

「家宰殿。そもそも、その孫娘さんは今年おいくつになられたんですか?」

 なぜか俺の言葉にニヤリと人が悪そうな笑みを見せる家宰さん。

「今年で15になりました。私は遅くに子供を作ったもので。幸い私に似ず、祖父という贔屓目を抜きにしましても美しい思っておりますよ。姫様と並びメリルの双花と言われておりましたし」

 やっべえええ。
 多分テー出すわ。だって俺だったら我慢できないもの。

「ま、まあ本人が望むのであれば問題はないんですけどね。ただ……」
「ただ?」
「……こんなことを言うと家宰殿に怒られるかもしれませんけどね。ただ、孫娘さんにも好みがあるだろうし、貴族として生まれたからには仕方がないことかもしれないですけど、本人が望まない結婚というのはやっぱり不自然だなと思ってしまうんです。だから無理やりじゃなくてあくまで自然に、自然にそんな風になったら良いなと」
「……シノノメ様。もしかして姫様との婚約に引け目を感じていらっしゃる」

 うへっ。
 やっぱ鋭いねこの爺さん。

「まあ、ね。姫様は凄くお綺麗ですからね。もっといい縁談もあったろうにと思ってしまうんですよ。貴族として生きてきたせいでしょうか、姫様はそういったことになんだかひどく従容として従ってますけど……」
「失礼を承知で言わせていただければ無用なお考えでございますよ」
「無用……ですかね?」

 ちょっとカチンとくる。
 そんな俺の気持ちに気付いたかどうか、家宰さんは言葉を続ける。

「貴族ともなれば奇麗事ではすまないところもございますから。貴族に生まれたからには貴族の責任と義務を果たさねばなりません。婚姻とても同じです。それに、好いた者と結婚できるものは平民ですら稀でしょう。先代様なぞ、どれほど無理を押し通して結婚なされたか。……ただ、そう思われるのであれば姫様を大切にしてあげてくだされ。私とて姫様に不幸になって欲しいとは思いませんからな」
「ええ。そうしますよ。……ちょっと酔ったみたいですので今日はこれでお開きにしましょうか? スイマセンねツマラナイ話をしてしまって」
「いえいえ。お酒にお誘いしてよかったと思います」

 そういって家宰さんは杯を指で弾いた。

「ただ、エルナ殿との間にまたお子様を作るのは姫様が御懐妊された後でお願いします。相続でもめますのでね。姫様を不幸にしないためにもこれだけはお願いいたします」
「……」

 なん……だと……。 


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