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第2章の1 【黒き災厄の足音】
シンシアさんの悪癖
 シンシアさんがほぼ一人で調理したはずなのにテーブルには乗り切らないほど大量の料理が並べられた。本気で頑張ってくれたらしいね。
 彩りもよく見た目も豪華な料理の数々に、俺の向かいに座っているエルナとケイ君が眼を輝かせる。隣の席に座ったシルクも嬉しそうだ。
 ゴクッとエルナの喉が鳴るのが見えた。先ほど会議をしながら黒パンをかじった俺から見てもおいしそうだからな。気持ちはわかる。
 話の途中だったような気がするけど、これでは食後に話したほうが良いだろうな。
 エルナってば食事中はほかの事に眼もくれなくなるし。
 カートのようなものにお皿を載せてきて、テーブルに次々に並べていたシンシアさんは自分が並べた料理を見て満足そうに一つうなずいた。

「ではお料理の簡単な説明をさせていただきます」

 そう言って一礼するシンシアさん。
 エルナたちはお腹がすいているだろうから、正直さっさと食事を食べさせてあげたいんだけど……。これが貴族の流儀とか慣習とかそんな感じなんだろうか。

「まず前菜としましてメリルの特産品として知られますジュンガ芋のスープ。こちらは裏ごししたジュンガ芋にテサロ牛のミルクを混ぜ合わせたものになります。メインの料理を食べる前に飲むことで、食欲を増す効果があるといわれておりますので今回ご用意させていただきました。器には王都アルマリルの陶工5代目カインバラの器を使い……」

 うん。なんだか嫌な予感がするぞ。

 …………
 ………
 ……

「そちらの大皿はメインでございますが、城内で育てております生後1月のタィン鳥の香草焼きでございます。内臓を取り出し、キャロ、オリニン、タロ、マグリサなど19種類の野菜を詰め込んだ後、バルジーの香草と共にじっくりと焼き上げました。タィン鳥は別名……」

 お料理を運んできたシンシアさんの解説が続く。
 いや、かれこれ20分は話しているんだけど……。
 作法かなんかなのか知らないが料理が冷めちゃいそうだ。
 というか、シルクはともかくエルナとケイ君がもう限界みたいなんですけど。
 シンシアさんの説明も上の空、テーブルの上のご馳走をせつなそうに見ている。うちの飼ってた犬もさ「おあずけ!」って言うとあんな表情してたもんだ。
 シンシアさん的には、できうる限りの誠意なんだろうけど……。やめたげてよ。もう食べさせてあげて。かわいそうで見てられない。

 なんかしらんがシンシアさんに変なスイッチが入ってるようなんだよな。
 賢い人だから、いつもなら人の顔色を読んで適切な行動するんだけど。なぜか俺がわざとらしく咳払いとかしても気がつきもしない。ますます調子を上げて説明している。

「……かの有名な美食家ウールウール卿をして『天下一の美味である』とまで言わしめたマシ茸。そのなかでも特に……」
「し、シンシア」
「……また、マシ茸は養殖ができない関係上ここまで大きなものは滅多にない一品でございます。熟成されたマシ茸の……」

 うーんとまらねえな。
 いい加減アレなのでもう少し大きな声で呼んでみた。

「シンシア!」
「その芳醇なって、あっはい。何でございましょうか?」
「説明の途中で申し訳ないけど、姫様と家宰殿を読んできてくれませんか? 彼女達と改めて引き合わせたいので」
「それはかまいませんが……でもよろしいのですか? まだ半分しかお料理の説明が終わっていないのですが?」

 まじっすか。
 エルナが絶望しているんだけど。ケイ君なんかフォークが手から落ちたぞ?

「ああ、俺もこの後に用事があるので、すまないがすぐに呼んできてくれ」
「分かりました。それではすぐにお二方を呼んで参ります」

 ちょっとスカートを持ち上げて軽く頭を下げるシンシアさん。
 いつもはンなことしないから、余所行きというか正式な作法なんだろう。
 シンシアさんの姿が見えなくなると、もうなんか死んだような目をしたエルナがボツリと聞いてきた。

「あの……ご主人様。もしかして私達はあの方に嫌われているのでしょうか?」
「いやいや、ちがうちがう。彼女はエルナたちを精一杯の誠意で歓迎してたんだよ。多分」

 だよな?
 俺から見ても嫌がらせにしか見えなかったんだが……。

「はあ。そうだといいんですが。……あの、食べるのはあの方の説明が終わってからなんでしょうか?」
「いや。もう食べてくれ。お腹すいてるだろ? 料理も冷めちゃうし。ただ、姫様たちが来たらちょっと食べるのはやめてくれな。エルナたちを紹介するから」

 俺の言葉にエルナは嬉しそうに笑う。
 ケイ君も急いでフォークを握りなおした。

「はい! じゃあいただきます」
「はいどうぞ。ケイさんもシルクもどうぞ召し上がれ」

 俺の言葉を聞くと同時に一心不乱に食べ始める二人。
 相変わらずいい食べっぷりだ。昔を思い出すな。シルクはキャロの野菜だけナイフとフォークを使って丁寧によけている。どうやら20年経ってもキャロは嫌いなようだ。
 俺はもう食事は済ませていたのだが、時々シルクがお皿に料理を取り分けてくれた。てか、シルクの奴がドサクサにまぎれて、より分けたキャロを俺のお皿にこっそりと移している。どうやら俺に押し付けるつもりのようだ。いつもなら叱るところだけど、久しぶりの再会だ。野暮なことは言うまい。

 せっかくなんで一口二口つまんでみる。相変わらずシンシアさんの料理は美味しいね。あのアリさん酒場の料理もイケたがそれよか上品な味だ。食材とか新鮮だし、値段も高いものを使っているからだろうか。
 パンだってお値段のはる白パンだ。普段食べてる黒パンはパサパサしててスープにつけないと喉に詰まるけど、さすがに高いだけあってモチモチしてるんだよな。

 結局、シンシアさんが姫様達を呼んできたときには料理はあらかた食べつくされていた。ケイ君は名残惜しそうに鳥の骨に残ったわずかなお肉をほじくって食べている。エルナは骨ごと食べてたから白パンでお皿についた肉汁をぬぐってはせっせと口に運んでいる。
 その様子を見てなぜか恨めしそうな表情をシンシアさんが浮かべているが……正直かまってられないな。
 てゆーか、なぜか呼んでないヌアラまで来ているのだが。自分から来るとは珍しいことだ。

 その姫様の肩にちょこんと腰掛けたヌアラは今までみたことがないほど上機嫌だ。
 ニコニコとした表情で、俺に向かってなぜかピコンと頭を下げる。
 ……な、なんだろうか? マフィアが殺す相手に贈り物をする的な行動なのだろうか。こええよ。

「東雲。ありがとね。どうせ東雲のことだから約束破るかもって疑ってたけど、子牛超美味しかった。やっぱり子牛は違うねー。歯ごたえが柔らかくてとろけるようだった」
「そ、そうか。喜んでもらえて俺も嬉しいよ」

 あれ? 子牛じゃなくて普通の肉のはずだが……。
 シンシアさんを見るとブルブルと首を振る。どうやら俺の指示通り、普通のお肉を豪華なお皿に盛り付けただけらしい。
 ふむ。ヌアラめ貧乏舌だな。とあるテレビ番組的に言えば二流妖精人というやつだ。ひょっとしたら映す価値なし状態かもな。
 とはいえ、これだけ感謝されると正直気がとがめる。
 まあ、せっかく喜んでいることだし、この秘密は墓まで持っていこう。うん、それが嘘も方便というやつだ。こんなに喜んでいるヌアラに水をさすような真似がどうしてできようか!

「お酒のお風呂はどうだった? こういうときにはヌアラのように小さいと便利だよな。普通だったら凄く量が必要だけど、お前なら一瓶で何回も入れるだろ?」
「うーん。お風呂に入れようとしたんだけどね。でもやっぱりお酒が勿体無いから飲むことにする。レイミアが部屋に飾ってたお花をくれたからね。代わりにそれをお風呂に入れるの」

 うーん貧乏性な奴だな。

「そうか。まあお前の好きにしな。ああ、銅像も姫様が作ってくださるそうだから楽しみにしてろよ」
「うん。さっきレイミアから聞いたー。でね、ちょっとアタシ考えたんだけど……」
「考えたって何をだ?」
「あのね。ほらアタシって凄く可愛いからさ。きっと町の広場に銅像を置けば大人気スポットになると思うんだよね。ほら恋人同士の待ち合わせ場所とかさ」
「お、おう」

 いや、確かにしゃべらなければ愛らしい姿なのかもしれないが……。
 自分で言うなよと。ここいら辺がいかにもメガネの眷属だな。

「でね、でね。ゆくゆくはその銅像を小型にして売り出せばメリルの工芸品にならないかな? ぬいぐるみとかも人気でそう。私には30パーでいいからね」
「そ、そうだな。考えておくよ」
「うん。じゃあちょっと計画書を作ってくるから後で目を通してね。温泉を利用して観光客を呼び込んでさ。おみやげ屋さんで売ろうと思うんだ」

 そういって部屋に戻っていくヌアラ。なんか知らないが夢見てんなーアイツ。
 つーか計画書まで作ろうとしているというは……本気なんだろうな。
 ただ、温泉を使って観光客を呼び込むってのは悪くないアイデアではなかろうか? この世界で温泉がどういう扱いなのかは分からないけど、検討する価値はあるかもしれない。
 別府とか熱海とか温泉ってのは根強い人気があるし。
 メリルの温泉の効能とかはどうなんだろうね。後で調べてみよう。

 ヌアラをマスコットにするってのもひょっとしたら当たるかも?
 元の世界でも「ゆるキャラ」とかいうご当地のきぐるみが大人気になったりしているし。
 ヌアラも頭や性格がゆるいからある意味では「ゆるキャラ」といって良いだろう。


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