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第2章の1 【黒き災厄の足音】
追撃戦
 お城に戻った俺は傷ついた人形達をミューズちゃんに任せ、すぐにラウルさんと共に追撃体制を整えた。
 訓練の行き届いているとは言いがたいルーグ騎士団だけど、思いのほか短時間で追撃体制は整う。
 どうやらお城の中庭から戦況を見ていたようで、女王アリが倒れた時点で、ラウルさんが追撃部隊の編成をはじめていたからだ。
 この人、個人的な戦闘力はミジンコ並みだけど管理職としてはけっして無能じゃないんだよな。
 思慮深く経験豊富な家宰さんといい、美人で巨乳のシンシアさんといい、ルーグ家は人に恵まれているね。ありがたいことだ。武官的な人材が居ないのがネックだったけど、エルナたちが協力してくれるのであればそれも解消されるだろう。

 追撃に加わるのは青蛇騎士団のほぼ全員とタゴガ族長率いるカエル戦士さんが十数名。
 合わせて50人弱といった人数。
 戦力的には痛手だけど、高級人形ノクウェルは城の守備に残らせた。さっきの戦闘で多少怪我をしているし、何より群れからはぐれたアリが今だ近くにいる可能性があるからだ。
 追撃から帰ってきたらお城の人が全滅してましたとか洒落にもならん。
 ノクウェルと魔法が使えるヌアラがいればアリの残党に襲われてもそうそう負けはしないだろう。
 最悪でも俺が戻るまでは守りきれるはずだ。
 ヌアラは直接戦闘には参加したがらないけど、あーみえて中々良い奴……でもないけど、少なくともお城の人を見捨てる様なことはできない性格っぽいしな。

 使い古されたお古の装備に身を固めたうちの兵士が、ラウルさんの指示に従ってお城と町をつなぐ大橋の前に3列に並んで整列している。
 初めての実戦なんで、ものっそい緊張しているが……。
 この世の終わりかのような表情の人、ほとんど半泣きな人や逆に気負いに気負いちょっと危ないクスリをキメた様な状態な人が散見される。
 ……妙に腰を引いて中腰になっている兵士が多いけど、おそらく興奮だか緊張だかのあまり息子がおっきしてるんだと思う。
 いや、気持ちは分かる。俺もこの世界に再び呼ばれてさ、初めて魔物を殺したときに同じような状態になったし。妙な興奮があるもんなんだよな。俺達の世界でも中世の軍隊の後を娼婦的な集団がついて歩くことがあったそうだけど納得できる話だ。
 いずれは兵士さんたちがそういった欲求を解消できるお店なり施設なりが必要になるのかもしれないな。皆が皆、自前で調達できるとは限らないし、なにより、うちの騎士団におかしな性癖の奴が増えることだけはなんとしても阻止せねばならないのだ。

 いずれにせよだ。こんな状態の我が騎士団が役に立つのかどうか凄く不安ではある。
 だいたい、指揮官であるラウルさん自身が蒼ざめた表情で、なんというか頼りねーです。
 あんまやる気出されて戦死でもされると補償やらでお金が飛んでいくから困るんだけど。
 だが、この戦いはすでに勝ったんだから、追撃で損害を受けるのはどう考えても馬鹿馬鹿しいとはいえだ。ここでアリどもの数を減らすのも、この後の戦いで重要になるだろう。なにせ大湿地にはネムとか言う幼い女王アリを生んだ母アリが未だに居るのだから。
 メリルの安全保障上、いずれそいつも駆除しなくてはいけないから、可能な限り兵隊アリは追撃戦で討ち取っておくべきだろう。
 うーん悩ましいところだ。

 一方そんな頼りないうちの面々に対し、カエルさん達の士気は高かった。
 熟練の戦士らしく静かに怒りに燃えているのだ。
 集落を焼かれ、仲間を殺され、ついにはルーグに保護されるまでに追い詰められていた彼らは、異様に殺気立っている。腕もたつし、何よりも戦死しても補償が発生しない素晴らしい戦士たちだ。
 存分に働いてくれることだろう。

「大橋を降ろせ!」

 準備が整ったのを確認して俺は大声を上げた。
 その声にこたえ、お城と町をつなぐ大橋がゆっくりと降りてくる。町中にはアリの姿は無い。大部分は町から退却し、大湿地へと移動しているようだ。
 シルクやあのケモ耳戦士君もそれを追っているのかすでに丘には姿が見えないな。

「いいか! 必ず三人一組で魔物と戦え! アリの体液は強い酸性だから体に付着した場合はすぐに拭き取るように! 俺の指示を聞き逃すなよ」

 橋が降りている間に、最後の念押しのようにラウルさんがそんな指示をしている。
 こわばった表情をしながら真剣に耳を傾ける兵士達。
 続いて俺も兵士さんたちに声をかけた。ちょっと興奮している兵士さんが暴走しないように注意だけはしておかないといけないのだ。

「じゃあ追撃を開始します。くれぐれも無理をしないように。背を向けて逃げるアリのみ目標にしてください。反撃をしてきたらかまわないからすぐに離れて私かラウル……」

 無理無理とばかりに手と首を振るラウルさん。

「……私の助けを呼んでください」

 兵士さんたちにそう言葉をかけ、見送りにきてくれた家宰さんに一礼し、そしてアリに対する追撃作戦が始まった。


 ☆★☆★☆★☆★


 アリたちにはあの勇敢な下級人形が戦死した狭い小道を抜けた大湿地の入り口近くの平原で追いついた。
 シルクとケモ耳君はすでにアリたちの最後尾に追いつき凄い速度で始末している。
 二人とも感心するほど手際が良い。剣が一閃し、斧槍が振り下ろされるたびにアリ達の死骸が出来上がっていく。

「エルナはどこだ?」

 俺の問いにアリを叩き割っていたシルクは、手に持った斧槍をアリの集団の方向に向けた。
 どうやらエルナはもう少し先行して集団の速度を落とすために牽制攻撃をしているらしいな。

「ルーグ卿。先陣は我らが」

 うちの兵隊は頼りないのが分かっているらしい。
 タゴガさんはそう言うと自らが先頭にたち、カエル戦士たちといっしょにアリの群れの最後尾に切り込んでいった。
 元々カエルさんたちは腕はたつし、何よりもアリたちはわき目も振らず大湿地の方に壊走している。
 一方的な虐殺になった。
 次々にアリが討ち取られ、あたりには彼らの体液の酸っぱいにおいが立ちこめはじめた。

「タゴガ殿に遅れをとるな! 我らも続くぞ!」

 我がルーグの誇る騎士団も言葉だけは勇ましいラウルさんの指示に従って、へっぴり腰ながらも三人一組でアリに挑んでいる。
 ほとんどの攻撃はアリの硬い殻に阻まれて傷一つ付けられていないが、それでも中には上手いこと関節の間に槍や剣を入れている機転のきく奴もいるようだ。
 効率は良くないけれど、それでも何匹かのアリは討ち取っている。
 シルクたちは言うに及ばず、カエル戦士さんたちと比べてもほとんど戦力になってはいないけど、まあいい訓練にはなりそうだ。

 俺自身は兵士達の後方でラウルさんと並んで全体を見回している。
 うちの騎士団に犠牲者が出ることだけは避けたいので、苦戦していたり、アリに逆襲されたりしている集団に助太刀をするためだ。
 ラウルさんは……まあ、なにやってるのかよく分からないけど。
 一応は全体を見て指示を出しているけど、うちの兵士さんってばすでに極度の興奮状態だからさ全然効果ねーし。
 ……いいんだ。この人には戦闘では何も期待してないからさ。むしろ、この人の実力だと後ろにいてくれたほうがいい。

 そんなこんなで怪我人は少し出たものの結構な数のアリを討ち取り、なおも退却するアリを追いつつける。
 黒い絨毯の様なアリの群れを、カエルさんたちを先頭にして切り裂くように突き破り殲滅していく。
 と、前方のちょっと小高い丘のようになった斜面に見えてくる蒼い装備で固めた戦士の姿。
 弁慶のように背中に大量の短槍を背負い、次々にそれを投げてはアリを地面に縫い付けている。あたりの地面は串刺しにされたアリ達の屍の山だ。

「エルナか!」
「ご主人様!」

 俺の呼びかけに返ってくる、懐かしいエルナの声。

「おう、ひさしぶ……っておお」

 返答したと同時に目の前に飛んでくる鉄の塊。
 反射的に手で受け止める。
 ランディさんのお店で大枚はたいて購入した、なつかしの愛銃だ。そういやメガネを細切れにしたときにエルナに投げ渡していたんだったな。

「私はもう撃てませんからお願いします」
「おっ、おお」

 なんかこう、もう少し感動的な再会つーか、そんな感じなの期待してたんだけどな。
 内心ちょっと愚痴りながらも神器銃を構え引き金を引く。
 一瞬銃口に現れる輝く魔法陣。同時に感じる少々の倦怠感とわずかな衝撃。そしてあふれ出す赤い光の奔流。
 神器銃の赤い光は十数匹のアリをまとめて黒焦げにしていく。赤い閃光に少し遅れて大きな爆裂音があたりに響き渡った。
 続けざまに引き金を引き神器銃を撃ちはなつ。節約してもしょうがないし、MPの限界まで引き金を引き続ける。

「大魔法?」
「凄い。アリが蒸発した!」

 カエル戦士さんやうちの兵士から上がる驚きと賞賛の声。最初こそ戸惑ったかのように一瞬動きが止まったが、その後に歓声と雄たけびがあがる。
 その一方で、アリたちは本能的に恐怖を感じたのか隊列がよりいっそう乱れ混乱しはじめた。
 タゴガさんはその切れ目に飛び込んでさらに大きくアリの動揺を誘っている。
 やるなー。さすがに熟練の兵士だといざって時の対応が素早く的確だ。カエルさんたち本気でうちの兵士に欲しい。意外とプライドが高そうだけど、あとで怒らせないようにそれとなく提案してみようかな。

「私が使うよりもやっぱり威力が大きいですねえ。お久しぶりですご主人様。またお会いできて嬉しいです」

 いつの間に来たのか、久しぶりに神器銃を撃った倦怠感に包まれている俺の傍らに寄り添い、そんな声をかけてくるエルナ。尻尾がパタパタと揺れているのが目に入った。
 やはり尻尾はいいものだ。元気に左右に振られている尻尾をみてると改めてそう思うな。

「俺もまたあえて嬉しいよエルナ」

 そのエルナはじっと俺の顔を見つめると、ちょっと羨ましいような残念なような不思議な表情を浮かべる。

「しかし、お手紙で伺ってはいたものの、20年ぶりなのにほんとに以前のままなんですね。私のほうが年上に見えちゃいますかね?」
「いやいや、エルナも変わってねーよ」
「あら。20年経ってお世辞が上達したんですか? まあ、元々ご主人様はお口が達者でしたけど」
「お世辞じゃないって。相変わらずエルナは、その、昔のまま綺麗だよ」 

 実際だ。顔とかほとんど変化してねえし。
 ピコンと立った犬耳。フサフサしてる白い体毛。口元から見える鋭い犬歯。20年前のあの日のままだ。もしかすると何かしらの変化はあるのかもしれないけど、犬の老化とかほとんど分からないからなあ。
 問題は体だけれど……鎧着込んでるからよーわからん。
 後でじっくり調べるべきだな!

「ルーグ殿!」

 エロモードに突入していた俺の耳に届くタゴガさんのちょっと焦った声。
 そういやまだ戦闘中だったな。もう帰りたいけど。

「どうかしましたか族長殿?」
「アリに変化が出ているようです。徐々に敗走をやめ、秩序だって退却しているようなのです」

 言われてみれば、アリの先頭は随分と組織だって退却を始めているように見える。
 おそらくは近衛のアリなんだろうけど、ひときわ大きな個体のアリのなかには足を止め、こちらに向き直っている奴までいやがるようだ。生意気に殿かなんかだろうか?

「確かに。言われてみれば、前方のアリの集団はかなり整然としてきていますね。……女王アリの<指揮>の範囲に入ったのかな……思ったよりも広いな」

 アリの巣が近いのだろうか?
 だが、まだメリルの街から数時間しか離れてはいないはずなのだが。

「族長殿。アリの巣はここからどの程度離れていますか?」
「徒歩ですとおおよそ半日といったところでしょうか。少なくとも我らの把握している入り口はそうです」

 半日。いくらなんでもスキルの有効範囲が広すぎやしないか。
 ……もしかしてかなり巣を大きくしているのではないだろうか? これはちょっと不味いかもしれない。

「ここいらが頃合でしょうかね。追撃を中止しましょう」
「……我らはいまだ少し余裕がありますが」
「いえ。この戦力では体制を立て直したアリに逆襲されれば大きな被害が出ます。……アリの巣のほうの駆逐は後で王国にかけあいますので」
「……そうですか」

 タゴガさんは少し不満そうだ。
 なぜだ? と考えて俺はその理由に思い至った。

「大湿地に住まうアリの女王の駆除はメリルにとっても死活問題です。ですからそう心配しないでください」
「あっいや、心配しているわけではないのですが……。分かりました。では直ちに追撃を中止させます」
「ええ、お願いします。エルナもシルクとあのケモノ耳の彼に中止を伝えてくれ」
「分かりました」
「うん。じゃあ、また後でな」
「はい。また後で」

 エルナがちょっと槍を掲げてからシルクたちの下にかけ戻っていく。
 相変わらず形のいいお尻と可愛い尻尾だ。
 そんなことを考えなら俺もラウルさんの所に戻る。

「どうやらアリが態勢を整えつつあります。残念ですが追撃はここまでとしましょうか。戦闘停止の合図をお願いします」
「分かりました。確かにアリの先頭集団の中にはすでに反転している個体もおるようですからね。賢明なご判断だと思います。我が騎士団の錬度ではここが限界でしょう。もうすこし力をつけませんと今後は厳しいですな」

 お前が言うなよというやつである。
 自分のことは完全に棚に上げたラウルさんが胸元からなにやら取り出し口に当てる。

 ピィーピィーピィー
 ピィーピィーピィー

 あたりに響く甲高い笛の音。どうやらこれが戦闘停止の合図らしい。
 アリを殲滅できなかったのは残念だけど、何はともあれ、最初の災厄とやらは跳ね返すことが出来たのだろう。大湿地の女王アリ討伐は1年の猶予がある。
 その間にこいつらを少しはマシな戦力にしないといけないな。
 笛の音に気がつき、うちの兵士達が俺の元に駆け寄ってくるのを見ながら俺はそんなことを思った。


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