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第2章の1 【黒き災厄の足音】
再会
 万能だという神様じゃない俺達人間には、生きていくうえで自然と学習する優先順位がある。
 例えば、どうしようもない犯罪者の人間と可愛がっている飼い犬。
 どちらかしか助けられないとすればどちらを助けるべきなのか?
 論理的に考えれば人間を助けるべきだし、おそらくは多くの人がそう答えるだろう。

 今のこの状況で俺がとるべき行動は、アリ討伐をエルナとシルクに任せ城にいることだ。
 なぜなら仮とはいえ俺はここの領主なのだ。当然責任がある。
 ここメリルに住む人たちがルーグにけっして安くはない税金を払っているのは、いざという時に守ってもらうためなのだから。
 だけど……。

 理屈じゃないんだよな。
 メリルの人たちとエルナとシルクの2人を計りにかけた時、申し訳ないけど俺にとってはエルナとシルクが大事だ。
 なんといわれようと、どれだけ非難されようが、2人を見捨てることは出来ない。

 家宰さん達に言うと確実に止められるだろうから、俺は一人減ってしまった人形達を従えて、お城の中庭から城内の隠し通路まで直行した。
 そのまま隠し通路を通って小高い丘のふもとにある出口まで走る。

「開け!」

 俺の言葉にゆっくりと開く大岩。俺はまだ動いている最中に無理やり体をねじ込み外に飛び出した。
 隠し通路の出口には、女王アリに近いから四方八方にアリがひしめいていた。見渡す限りアリまたアリ。豊かに茂っていた草花の色はまったく見えないほどの大群だった。

 だけど、こいつら兵隊アリにとっては何にも増して女王が大事なのだろう。
 皆、俺達には背を向けて、丘を目指して突進していた。
 女王を守るために我も我もと黄金の鎧を着たシルク目指して襲い掛かっている。

 そこに俺が切りかかる。
 走りながら自分の目の前にいるアリだけ切り払い、アリの死骸を踏みつけて、ただただ女王を目指して突き進んだ。
 人形達は高級人形ノクウェルを中心として、左右のアリが俺の後背を断たないように、盾をつかって押しとどめようとしている。

 当たるを幸いに、ガムシャラに斬り進んでいた俺だったが、女王アリとシルクの姿が見えたと思った途端、硬い壁にぶつかったように前進を阻まれた。
 女王アリの身辺には兵隊アリよりも一回り大きなアリがひしめいていたからだ。
 女王アリはヌアラの報告にあったように上半身が女性だった。美しいとすらいえる真っ白な妙齢の女性がアリの胴体から生えていた。髪から体からすべてが白い中で、その大きな瞳だけが鮮やかに緑色に光っている。
 10代前半と思しきそのアリの女王は、新たな敵である俺をその緑の瞳で憎憎しげににらみつけていた。


 【名前】 幼きアリの女王『ネム』
 【種族】 ジャイアント・アント 
 【レベル】 80

 【ステータス】
 HP  160/160
 MP  800/800
 筋力  80
 体力  80
 器用  80
 知力 500
 敏捷  80
 精神 300
 運勢 500

 【装備】
 なし

 【スキル】
<アリの女王>・・・アリの母にして王 1年に1回だけ新たな女王を生み出すことが出来る
<究極統率>・・・自身の肉体的な能力は激減するが統率するモンスターのステータスが倍増 
<変異体>・・・迷宮の心臓と融合した者から生まれた新たな種族
<強酸の血>・・・血液が強力な酸で出来ている 神器以外の武器は必ず破損する
<悪食>・・・ほぼすべての物質を自らの栄養とすることが出来る


 幸いなことに女王自体には戦闘能力はあまりないようだ。
 届きさえすれば殺せるだろう。
 だけど、女王のスキルもあいまって、近衛のアリは大迷宮の深層に住まう魔物以上の難敵となっていた。シルクを見やってもこの近衛アリには手を焼いているようで、前進するスピードがガクッと落ちていた。
 それでも俺が全然前進できないのにジリジリと進んでいるのはさすがにシルクだな。
 俺の位置からは姿が見えないが、エルナが神器銃でシルクがアリに囲まれないように上手いことサポートしているようだ。

 だが……。
 大迷宮深層で戦い続けてきた俺にははっきりとわかった。
 これは女王アリに届かない。
 シルクがいくら強くても、そろそろエルナのMPもそこをつく頃だ。
 援護がなくては囲まれて押しつぶされる。

 これは……。
 俺、たぶん死ぬだろうな。

 まあいいか。
 自分でも意外だけど、割りとあっさりとそんな諦めにも似た心境に俺はなった。
 思えばなかなか面白い体験をさせてもらった。サラリーマンやって年くって死ぬよか面白い人生だったんじゃないかな? エルナとシルクに出会えたし、姫様も可愛かったからな。

「マスター! マスター!」

 俺に気がついたシルクの嬉しそうな声を聞きながら俺はそんなことを考える。
 欲を言えば熟女になったつーエルナを一目見たかったな。
 姫様にも手を出せばよかったかもなあ。

 ザッ

 その時だ。
 俺の目に黒い人影が飛び込んできた。お尻の辺りに見覚えのある白いフサフサした尻尾があるからエルナだろう。
 全身黒で統一した装備に身を包み、まるで疾風のようなエルナはシルクが手にする、槍に斧がついた武器を踏み台にして宙を舞う。
 武器を振るうシルクの力を上手いこと利用して、近衛のアリのひしめく20メートルほどの距離を軽々と跳躍したのだ。

「いやあああああ!」

 掛け声と共にエルナの刀に似た反り返った片刃の曲刀が女王アリの首を捕らえ……。

 斬!

 見事に切断した。
 その瞬間にまるで凍りついたように一瞬動きを止めるアリ達。
 一呼吸置いてからザーと緑色の血を流しながら、どさっと女王蟻は倒れた。

 うおっ! やりやがった。
 すげえな。エルナってば腕上げたな。

「マスター!」

 あまりに鮮やかなエルナの手並みに見とれていた俺に黄金の小山がぶつかってきた。
 動きの止まったアリを蹴散らしてきたシルクが抱きついてきたのだ。

「おうシルク。相変わらずお前は強いな。ありがとう。助かったよ」

 しがみついて子犬のように泣きじゃくるシルクの頭を半年振りになでながら、俺はエルナにも声をかけた。

「久しぶりだなーエルナ。随分と腕を上げたんだな。助かったよ」
「……」
「だけどあんまり無茶すんなよ。こっちは気が気じゃなかったからさ」
「……」

 なぜか俺の言葉に何も応えないで、無言で兜を脱ぐ黒い戦士。

「……えっ! あの……どちら様でしょうか?」

 黒い戦士はエルナではなかった。
 兜の下から現れたのは、まだ幼さの残る愛嬌のある人懐っこい顔。短く刈り込んだ黒い髪。
 驚くべきことに、顔は人間なのに頭には犬耳がついていた。
 腰の辺りにはフサフサした尻尾まである。
 夢にまで見た完全な獣人だ。
 まあ、一つだけ点睛(てんせい)を欠いているとすれば……コイツが野郎だってことだけだな。

 その黒髪黒眼の耳だけ獣人君は、俺の腰にしがみついているシルクをちょっと驚いた様子で見ていたのだが、ふっと我に返ったのか辺りを見回す。

「シノノメ……さん? ですよね。今はそんなことよりも女王が討ち取られて指揮が乱れているアリを討ち取るべきではないでしょうか?」

 言われて周りを見渡すと、女王が討たれ、指揮するものが居なくなったアリが右往左往していた。

「ジャイアントアントは女王が討たれると、その女王の母の巣に帰る習性があります。この場で可能な限り討ち取るべきです」
「ああ、そうだな。ご忠告に感謝するよ。すぐに城に戻って追撃体制をとるよ。おいシルク。色々と積もる話もあるけどさ。すまないけどこのアリを出来るだけ討ち取ってさ、それからゆっくり話をしようや」

 腰にしがみついているシルクをポンと一つ叩いてから、俺はちょっと力を入れて引き離した。

「はいマスター」

 ようやく俺から離れたシルクはヤリモドキを構えなおすと、手当たり次第に女王の指揮がなくなりテンでばらばらに動き出したアリを殲滅し始めた。
 黒髪の男も兜をかぶりなおし、綺麗な剣を片手に凄い速度で殲滅している。
 シルクが強いのは身にしみて知ってはいるが、この黒い戦士も本気で強いな。
 新しいエルナの相棒なのだろうか……。まあ、20年だしな。ある程度覚悟はしていたのだが……。
 ちょっと寝取られたような気分を味わいながら目の前の男を鑑定する俺。


 【名前】 ケイ
 【職業】 冒険者
 【レベル】 55
 【冒険者】ランク 3等級の下

 【ステータス】
 HP 1040/1040 
 MP 1040/1040
 筋力 520
 体力 520
 器用 520
 知力 520
 敏捷 520
 精神 520
 運勢 520

 【装備】
 右手 《エペタム》
 左手
 頭部 ガルヴォルンヘルム
 胴体 ガルヴォルンガード
 脚部 ガルヴォルンフットガード
 装飾 サラから貰った安物の指輪 
 装飾 

 【スキル】
<半獣人>・・・非常に稀な人と獣人のハーフ レベルアップ時すべての能力にボーナス
<伝説の残滓>・・・とある伝説の残滓 すべてのステータスに補正
<英雄の血脈>・・・とある英雄の血を受け継ぐもの レベルアップ時すべての能力にボーナス
<制限解除>・・・レベル制限99まで解放
<天与の才>・・・必要経験値が半減 命中と回避に大幅な補正
 14歳から大丈夫・・・なにが大丈夫なんだよペド野郎


 ……すげー、すげーぞコイツ。
 俺よりもレベルが低いのにステータスは俺以上だ。
 名前が俺と同じというのは気に入らないけど、なんかスキルには親近感がわくな。
 ……
 ……
 ……あれ?
 おい、ちょっとまて。コイツもしかして……。

「マスター。ご無事ですか?」
「ノクウェルか。俺は大丈夫だ。お前らも無事か?」

 黒い剣士を鑑定してちょっと戸惑っていた俺にかかるノクウェルの声。
 こいつらにはつき合わせて悪いことをしたな。

「はいマスター。多少手傷を負いましたが、私は自動回復しますので問題はありません。ただ、下級人形は傷が深く、うち1体は重傷ですので戦闘は無理かと」
「そうか。スマンな。お前達には少し無理をさせた。それじゃここは彼らに任せて、俺達はひとまずお城に戻ろうか。早いところミューズちゃんに傷ついた人形を見てもらわないといけないからな」

 重症だという人形に肩を貸しながら俺は隠し通路にはいった。
 お城にもどったらすぐに追撃を始めなくてはいけない。
 アリ達は女王を失い敗走を始めたようだ。こいつらに元いた集団に合流されるとまた女王のスキルで強化される。討ち取れるだけ討ち取っておくべきだろう。


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