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第2章の1 【黒き災厄の足音】
ぶらっく ですぱれっと
 メリルの町の城壁に着くと、そこにはすでに家宰さんをはじめとして何人かの若い兵士がいた。
 どうやら俺に連絡すると同時に老体をおしてここまでやってきていたらしい。相変わらず頼れる人だ。

「シノノメ様ご足労ありがとうございます。どうにも荒事は不得手でございまして、状況がつかめんのです」

 俺に軽く頭を下げた家宰さんは、そういうと城門というか単なる木で作った柵越しにちょっと坂になった一本道の先を見やった。
 つられてそちらに目をやる俺。
 このあたりはメリルの町の西に当たる。メリル自体が王国の西にある田舎町なので、いわばアルマリル王国にとっての西端だ。
 ここから西は大湿地という魔物の巣窟なので開拓する価値がないと判断されているのだ。

 そもそもこの世界は基本的に都市国家的な歴史がある。
 転移魔法があるから領土を面で開拓するメリットがあまりないからだ。
 条件の良い立地に都市が出来、それが集まって王国を作っている感じなのだ。
 いわば点による開拓というべきもの。
 よほどの価値がなければ、わざわざ魔物と戦争してまで領土を広げることはないらしい。

「なるほど。確かにカエルの頭をしたものが数十名いるようですね。争っている相手は……ちょっとここからでは見えませんね」

 一本道のはるか先。かろうじて肉眼で見えるあたりで、シンシアさんの報告にあったようにカエルさんが数十名で何かと戦っているようだ。
 なんというかほとんど戦争的な争いのようにも見える。
 十名ほどが殿(しんがり)をつとめ、非戦闘員っぽい人を守りつつ、ゆっくりとこちら側に移動している。

「こちらに逃げ込もうとしておるのでしょうか?」

 その様子に独り言のような感じで家宰さんがつぶいた。
 こちらに来られると嫌だなーといった表情だ。面倒ごとに決まっているだろうからなあ。

「そのようですね。シグルさん。これまでカエル人とはどのような関係で?」
「どのような関係といわれましても……。我らも大湿地の方面は開拓しておりませんし、カエル人もこちらには滅多に姿を見せませんでしたから……」

 ちょっと困った表情でそう答える家宰さん。

「ただ、彼らは温厚な種族という話ですし、いままで争いになったことはございません」
「そうですか」

 この感じならだまし討ちということもないだろう。
 それにこのままこちらに移動されると、なし崩し的に俺たちも巻き込まれるかも知れないし。
 ここは俺が様子を見に行くべきだろう。本来なら兵士に行かせたいのだけど、うちの兵士は戦いに関してはほぼ素人だしな。

「それでは少し様子を確認してきましょう。魔物に襲われているのでしたら助けてやれば感謝もされるでしょうし、ルーグのためにもなるでしょうから」
「ありがたいことです。ですがお気をつけて。コレが狂言だという可能性もございますからね」
「十分気をつけますよ」

 ちょっと家宰さんに頭を下げてから、俺はノクウェルに声をかけた。

「人形は揃ってるか?」
「いえ、下級人形は四方の町の警戒に当てておりましたのでここには私を含めても2体しか居りません。家宰様の判断で、陽動ということもございますから集合もかけておりません」

 そういや下級人形はちょうど4体だったから、魔物の侵攻に備えて町の四方で歩哨させていたんだった。
 全部で3人か。少し不安な人数ではある。
 新規雇用の兵隊さんを連れて行くという手もあるが、彼らは実戦はしたことがないだろうし、危険だろうな。
 今から人形に集合かけても間に合わないか。

「よし。じゃあ3人で行こうか」
「かしこまりましたマスター」

 俺と高級人形ノクウェル、そしてこの場の歩哨担当だった下級人形は、家宰さんの合図で開かれた木製の門から飛び出しカエルさんの所まで早足でかけていく。
 間近にみるカエル人さんは、今までの亜人とは違っていた。体もカエルさんなのだ。
 人ほどの大きさのカエルが二本足で立っている。
 そんな俺たちの姿に気がついたカエルさんたちの一人、胸に赤ん坊……というかおたまじゃくしを抱きかかえたカエルさんが絶望の表情を浮かべた。

「安心してください。敵対の意思はありません。代表者はいますか? 俺はこの先の町の責任者です」
「助けてください。あのアリに襲われております。助けてください」

 安心させようと声をかけた俺に、切羽詰った声が返ってきた。
 よく考えたら言葉が通じない可能性もあったんだけど、問題なく通じるようだ。
 というか、多分この世界の人ってばみんな日本語喋るんじゃないかな?
 あのランつー偉い神様そういった部分はテンデ無頓着だしな。この世界を実際に作ったのはメガネだけど、アイツが言われてもないのにそんな複雑な仕様にすることはないだろうし。

「アリ?」
「はい。あの恐ろしい黒い悪魔どもです! お願いします。もう闘える人達も限界なんです」

 なんでアリにカエルがおびえてるんだ? アリなんてカエルの餌的な生き物のような……。
 そんなことを思いながら坂の頂上まで歩を進め、戦っているカエルさんのそばまで行った俺は絶句した。
 坂の下は真っ黒に染まっていた。一面、犬ほどの大きさをしたアリアリアリ。まるでアリの絨毯だ。
 少なく見積もっても優に数百という数。もしかしたら千を超える数がいるかもしれなかった。
 坂を這い上がってくるアリを槍を使って叩き落していたカエル戦士が俺を見てぎょっとした表情になる。

「安心して下さい。味方です」

 そう声をかけながら俺は眼下に見えるアリを鑑定した。


 【名前】 兵隊蟻
 【種族】 ジャイアント・アント 
 【レベル】 20

 【ステータス】
 HP 200/200
 MP  60/60
 筋力 100
 体力 100
 器用  70
 知力  10
 敏捷  70
 精神  50
 運勢  50

 【装備】
 なし


 【スキル】
<忠実>・・・女王蟻の命令にしたがって組織立った行動をとる
 酸の血・・・血液が酸性 付与魔法のかかっていない武器は高確率で破損
 集結・・・声の聞こえる範囲にいる仲間を呼び寄せる



 これはヤバイ。非常にヤバイ。
 このレベルの魔物がこの数いると、間違いなく町に侵入されたら終わる。
 何でこんな奴らをここに連れて来るんだよ。と、カエルさんに怒りがわいてきたが……。

 おそらくこいつらが定期イベントとやらなんだろう。
 もう少し猶予があるかもしれないと思ってはいたけど、早速きやがった。
 最初の定期イベントにしてはハード過ぎやしないかこれ? どうやら今回のメガネは本気で俺を殺しにかかっている様だ。いや、そういや前回も本気で殺しに来てたな。

「ノクウェル! 家宰さんに急いで領内の人を城内に避難させるように伝えてくれ。カエル人も同様に保護する。人形達もお前が指揮して城内に避難する人の誘導に回せ。避難が終わり次第ヌアラに魔法で合図させろ! 急げ!」
「了解しましたマスター」

 城門に戻っていくノクウェルに背を向け、俺は神器刀を抜き放った。横では下級人形が1体槍を構えなおしている。

「スマンな。お前には少し荷が重い相手かもしれないけど……」

 この敵には下級人形のコイツはちょっと辛い。
 出来ればコイツも城内に避難させてやりたいが……。この状況では戦力は惜しい。
 最悪の場合、コイツには死んでもらうことになるかもしれない。

「おきになさらないでください。ますたー。わたしはにんぎょうですから」

 下級人形のコイツはシルクやノクウェルとは違いソフトウェアが未熟だ。
 命令も簡単なものしかこなせないし、言語もたどたどしい。
 いざとなれば死兵に出来る。そう思っていたけど、いざ実際にその状況になってみれば、精神的にくるな。

「スマン」

 もう一度そういうと俺はカエルさんたちに怒鳴った。

「戦えないものはメリルのルーグ家が保護する。すぐに退避して城内に避難してください」

 俺の言葉に顔を見合わせているカエルさんたち。

「早く! そういつまでも持ちません。時間を稼いでいるうちに早く!」
「なにをしている! ルーグ卿のご好意だ。お前らさっさと逃げろ!」

 再度の俺の言葉に、かぶせるように、指揮官っぽいカエルさんの大声が響いた。
 迷っていたカエルさんは、慌てて城門まで駆け出していく。

「ルーグ殿。ありがとうございます。このご恩は我らは忘れません。生き残ればの話ですが」

 指揮官らしいカエルさんがそう声をかけてくる。
 多くの蟻を屠ったのか、手に持った剣は酸に侵食されボロボロだ。

「シノノメです。まあ、恩は後で利子つけて返してくださいよ。領内の人の避難が終われば私達も撤退しますからね。それまで時間を稼ぎましょう」

 俺はそういいながら、坂を上がってきた蟻を真っ二つにした。
 心配していたのだが、流石に俺の神器刀は酸には侵食されないっぽい。
 人形の槍にもヌアラが付与魔法をかけていたからひとまずは大丈夫のようだ。

「お見事な腕前でございますな」

 俺の手並みに感心したような声をあげた指揮官っぽいカエル人は、少し首をかしげるようにして言葉を続けた。

「敗残の我らには財産もありませんが……そうですな。生き残れましたら、部族一の美女である私の娘を嫁に差し出しましょうか」
「……いやそれはお気持ちだけ頂いておきます」

 そう俺が答えるとほぼ同時にメリルの町からおおきな金属を叩く音が聞こえてくる。

 カーン。カーン。カーン。

 一定の間をおいて打ち鳴らされる鐘の音。緊急用の避難指示だ。
 事前の演習では領内の人が避難するまでおおよそ2時間かかった。
 それまではなんとかしてここでアリどもを食い止めなければならない。
 俺はそう決意すると右手の神器刀をよりいっそう強く握り締めた。  


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