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第1章の2 【メリル城奪還】
メリル城奪還作戦
 城内からの脱出用だという隠し通路は、先日ラウルさんに案内されて登った小高い丘のそばにあった。
 大きな岩が幾つか転がっているその場所で姫様がかわいらしい声で「開け!」
 そう言うと転がっている岩のうちの一つがゴロンとひとりでに転がり、大人が楽々と通れるほどの通路が姿を現した。
 岩自体に付与魔法がかけられているらしい。

「結構広いな。ガルドさんの陽動はもうすぐでしょうから、それが始まると同時に突入しましょうか?」

 通路を確認しながら、騎士鎧にフルフェイスを小脇に抱えたラウルさんが思いっきり緊張しているので、少しでもほぐしてやろうとそう声をかけた。
 だけど、本来事務方のこの人はすでに一杯一杯なのだろう。うなずきはしたものの顔面蒼白だ。粘っこい汗が額にウキまくってる。
 大丈夫なのだろうか?
 城内の構造は頭に叩き込んだし、見取り図を持ってきてはいるのだが、案内役はこの人に頼るわけなのだが。
 城内に突入するのは、俺と案内役のラウルさん、高級人形ノクウェルと下級人形四体の計7名だ。
 さすがに少なすぎる、もう少し兵士を連れて行かれては? と家宰さんは言ってくれたのだけど……。
 いや、半農の兵士さんたち思いっきり弱いんだもの。
 レベルは一桁の上、剣を持つ時間よりも鍬を持つ時間の方がはるかに長いような人ばかり。
 正直足手まといにしかならない。
 ホントは体が小さくて魔法も使えるヌアラをメンバーに加えたかったのだが、さすがにこれ以上直接戦闘に加わるのはヌアラ的にはアウトらしい。断られてしまった。
 残念だけど、まあ仕方がない。

 城内に突入するメンバーを決める際、最初に案内役に立候補したのはシンシアさんだった。
 だけど彼女は護身術程度は身につけてはいるもののレベルは一桁。何より姫様の大事な側近だ。いくらなんでもそんな危険なことをさせるわけにはいかないだろう。
 城内で、もしも想定外の出来事が起こったときに彼女を見捨てることは出来無いし。

 そんなわけで却下した。
 となると、後はこの人ぐらいしか案内役はいないのだ。いざとなれば見捨てることも出来るしね。
 さすがに断りはしなかったものの、いやそーな雰囲気を全身から漂わせている。
 この人だと本気で頼りないので、いっそのことガルド騎士団長から兵士を回してもらおうと思ったのだが……この隠し通路はメリルの重要機密。
 いかに駐屯騎士団だとは言え、教えるわけにはいかないとのことだ。特にウルド系の騎士団だしな。

 ンなわけで俺たちが立てた作戦はこうだ。
 まずガルド騎士団が谷のこちら側から見張りのスウォンジーに弓矢をいかけ、大声を上げ魔物の注意を城外にひきつける。
 城内が手薄になったところで隠し通路から進入した俺たちが魔物の親玉を討ち取る。
 以上!
 ……いや、凄く単純だけど。ただまあ、あまり複雑な作戦なんて経験のない俺たちには出来るわけないしな。コレぐらいでいいだろう。
 状況に応じて、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しようと思う。

 その場で待機することしばし。
 不意にメリル城の方角から上がるトキの声。魔物の声なのだろうか、耳障りな甲高い鳴き声まで風に乗ってこちらに聞こええてくる。

「始まりましたな。それではシノノメ様、御武運を」

 家宰さんの声に一つうなずく俺。
 ドサクサにまぎれてちょっと心配そうな姫様の柔らかそうな髪をひとなぜ。
 と、姫様がおもむろに自分の髪を一本抜いて俺に手渡してくれた。コレは多分おまじないの類なんだろう。
 以前聞いたことがあるんだけど、戦場に行く兵士さんに恋人とか奥さんがアソコの毛をお守り代わりに渡すらしい。
 だけど……姫様ってば生えてるかどうか微妙だからな。髪の毛で代用したんだろう。

「じゃあ行きます」

 髪の毛を神器刀の柄に巻きつけながら、髪の毛を抜いてちょっと痛そうな姫様にそう声をかけた。
 重武装の人形達が隊列を整え高級人形ノクウェルを先頭に隠し通路に侵入していく。
 手には松明を持ち、背中には爆裂石の入った小箱を二つずつ担いでいるのでかなり重いだろうに、文句一つ言わない彼らは本当にありがたい存在だ。
 最後尾はラウルさん。

「命にかえてもシノノメ様をお守りしてくださいね」

 シンシアさんにそんな声をかけられ、ちょっとな情けない顔をする。

「もう少しやる気の出る言葉をかけて欲しいんですけどね」

 と、シンシアさんに聞こえないように小声で愚痴ってる。

「なにか言いましたか?」

 声が聞こえたらしい。

「あっいえ、命にかえましてもシノノメ様をお守りいたします」

 まあ、緊張も解けたみたいだしいいことだわな。
 つーかぶっちゃけ俺がこの人を守ることになるんだろうけどな。
 というか、この二人なんか怪しい。妙にシンシアさんが遠慮しないのだ。
 きつい事も言うしね。
 なんというか身内にしか見せない顔をさ、シンシアさんがこの人には見せている気がするんだよな。
 ツンデレのツンの部分っぽい感じ。いつデレてるのかは不明だけど。
 そんなことを考えながら、俺も暗い隠し通路の中に足を進めていったのだった。


 ☆★☆★☆★☆★


 隠し通路はお城の最奥にある小部屋に通じていた。
 小部屋といっても洞窟を利用して作られたんで、ほとんど天然の洞窟の行き止まりといった感じなのだけど。
 あたりに魔物の気配がないことを確認して、姫様に教えられた言葉を唱えると目の前の壁が一瞬揺らぐとすっと消えさり、あっさりと進入に成功した。

「謁見の間はこちらです」

 ラウルさんの案内で、そのままおそらくは魔物の親玉がいるんじゃないかと思われる謁見の間を目指し進む。
 最初こそ、時々数匹の魔物に出会う程度で、俺が剣を振るうまでもなく人形達があっさりと槍で突き殺していたのだが、やはり鎧の音がうるさかったらしい。
 あるいは死体を見つけられたのだろうか?
 しばらく進むと城内の魔物どもは通路に設けられた簡単な陣地に篭り、迎撃体制をしいてきた。

 爆裂石を使いたい状況だけど、コレは奥の手。
 謁見の間にはおそらく多くの魔物がいるだろうからそこで使いたいのだ。
 ここで使っても数は足りるだろうけど、魔物に知識を与えることになる。散会されると面倒だ。
 素早く迎撃体制をしいていることから察するにスウォンジーというこの魔物、結構組織だって行動するようだしな。
 そもそも崩落の危険だってなくはないのだ。

 通路の要所にある陣地を白兵で一つ一つ潰し謁見の間を目指す。
 人形達はシルクには到底及ばないがそれでも中々満足できる戦果を挙げている。
 下級人形の強化は100程度だけど、さすがに下賜された人形らしく武器の扱いがこなれているのだ。
 おそらくは市販の人形とは違い、ある程度の訓練を施してあるのだろう。
 正直肉壁になればいいやという気持ちだったんだけど、嬉しい誤算だ。

 ガルドさんがやってくれてる陽動の効果もあったのだろう。
 さしたる抵抗もなく俺たちは謁見の間へとたどり着くことが出来た。
 入り口からこっそり中をうかがうと……
 おーいるいる。
 50ほどだろうか? 魔物たちがひしめいていた。
 ひときわ高く作られた領主の椅子に腰掛けている大型の魔物が親玉だろう。
 正直ほっとする。
 こいつが前線で指揮を取る奴だと虱潰しに魔物を殺さないといけないから心配していたのだ。

 人形達が背中の爆裂石の入った小箱をおろし、それを謁見の間に投げ入れる。
 突然投げ入れられた小箱に戸惑い、少し距離をとる魔物ども。
 そこに俺の声が響き渡った。

「ヌアラ様ありがとう!」

 直後。凄まじい爆発音が響いた。
 入り口から爆風と共に鉄の破片まで飛んでくる。
 あらかじめ退避していたのでこちらの損害はないのだが。
 心配していた崩落もないようだ。

 効果のほどはどんなもんかと謁見の間を覗き込むと……。
 うわっ。ちょっと吐きそうになる。
 俺がやったことではあるんだけど悲惨な状況になっていた。
 50ほどの魔物のほとんどは倒れ伏し、そこかしこに魔物の手足や内臓が散乱している。床はさながら地の海だ。糞尿の臭いも物凄い。
 即死しているものはそんなにはいないが、動ける奴は数体のようだ。
 問題は、その中に親玉っぽい魔物がいることだが……。

 すたぼろの雑巾のようになった魔物のしたから、傷一つない親玉が姿を現した。
 どうやら側近っぽい魔物がとっさに親玉をかばったようだ。
 魔物のくせになかなか忠誠心が高い奴がいるんだな。
 この親玉、割りとカリスマがあるのだろう。何せこのお城を5年も占拠してるんだし。
 正直、素直に感心した。だけど……悪いけどこの親玉は殺さなくてはいけない。
 コレは戦争なのだ。それも異種族間の戦争だ。

「ノクウェル! 下級人形と共に魔物に止めを刺せ! 俺はあの親玉をやる」

 ラウルさんは、部屋の惨状を見てゲーゲー吐いているから戦力外だ。
 人形に指示をしながら俺はひときわ大きな親玉っぽい魔物に突進した。


 【名前】 部族長『アスブリトコラ』
 【職業】 ハイ・スウォンジー 
 【レベル】 45

 【ステータス】
 HP  700/700
 MP  500/500
 筋力 300
 体力 350
 器用 200
 知力 200
 敏捷 250
 精神 300
 運勢 500

 【装備】
 右手 ソード・オブ・ルーグ
 左手
 頭部 
 胴体 剣虎の皮鎧
 脚部 剣虎の革靴
 装飾 ボウボウ鳥の尾羽
 装飾 

 【スキル】
<部族長>・・・すべての能力値に若干の補正
<統率>・・・統率するモンスターのステータスに若干の補正
<繁殖>・・・異種族間での交配にボーナス
 俊敏・・・回避に補正
 野生・・・森などでの戦闘時に若干の補正
 暗視・・・暗視可能
 怪力・・・筋力に補正
 鋼の肉体・・・体力に補正


 コイツ中々強いな。
 大迷宮深層の魔物と大差がない。
 しかも、装備しているのは、先代のルーグさんの使っていた武具だろう。ちょっと薄暗い洞窟内であるのに剣自らが淡い赤光を放っている。

 案の定。
 一刀両断にしようと振り下ろした俺の神器刀は、鋭い金属音と共に弾かれた。
 相当に高価な金属で出来た剣でも俺の神器刀はあっさりと斬り飛ばせるから、先代のルーグさんは中々よい剣を使っていたらしいな。

 しかも、生意気にこの親玉、弾いた勢いを利用して俺に斬りかかってきた。
 少し油断していたので、危ういところでそれをかわす俺。
 そのまま激しい斬り合いになった。
 剣の扱いも中々熟達しているのだこの親玉。
 もし、この謁見の間に爆裂石を放り込まなければ、コイツを相手にしながら他の魔物の攻撃に備えなければならないから危ないところだった。
 だけど、無傷なのはこいつ一人。
 こちらには人形までいる。傷ついた魔物に止めを刺した人形が加勢に来るまで粘れば俺の勝ちは揺るがない。

 と、その人形が魔物に止めを刺したのか、苦しげな魔物の絶息の声がする。
 ふっとそちらに流れる魔物の親玉の視線。
 チャンス!
 その刹那の間に俺の神器刀が親玉の左腕を切り落とす。
 痛みにひるんだその隙を狙い首筋に狙い済ました一撃!
 それで決着がついた。

 ……こいつ魔物だけど、結構立派な奴だったな。
 崩れ落ちた首なし死体を見下ろして、俺は少し同情する。
 こいつをかばって死んだ部下もいるし、最後も部下の悲鳴に気を取られたから負けたのだ。
 自己満足かもしれないし、異論は出るかもしれないけど、こいつらはちゃんとお墓に入れて弔ってやろうと思う。

 それからの戦いは簡単にけりがついた。
 いや、すでに戦いと呼べるものですらなかった。
 親玉の首を高々と掲げた俺をみると、魔物どもは戦意を失い逃げ惑うばかりだったのだ。
 それだけ、この親玉っぽい魔物は絶大な信頼を受けていたということなのだろう。
 パニックになり自ら谷に身を投げるものまでいた。
 ほとんどの魔物は崖にある細い小道を伝い逃げ散ったようだ。
 もっとも、そちらには騎士団が網を張っているからその多くが討ち取られたようだが。
 かわいそうな気もするが、こいつらが付近の山や森に住み着くと町の人が安心できないから必要なことだ。
 中にはお城に踏みとどまり最後まで抵抗する骨のある魔物もいたが、組織だったものではなく、あるいは人形の剣であるいは騎士団の弓矢で、次々と討ち取られた。

 正午に始まったメリル城奪還作戦。
 それはものの3時間ほどで終わった。メリル城には向かい合った蛇の紋章がかかれたルーグの旗がひるがえった。
 陥落から5年。
 ついにメリル城はルーグの手に戻ったのだ。

 騎士団が剣を掲げたガルド騎士団長に併せて勝どきを上げている。
 何事かと様子を見に来た領民の人たちも、メリル城にかかるルーグの旗を見てなにが起こったのか理解したのだろう。
 嬉しそうに抱き合い、歓声が上がっている。

 その中に、ひときわ嬉しそうな姫様主従の姿もあった。
 二人とも嬉しそうにこちらに向かって手を振っている。
 ブンブンと手を振り返す俺に気がついた多くの領民の中から期せずして湧き上がるシノノメコール。
 やべえ。癖になりそうな高揚感だ。


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