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第1章の2 【メリル城奪還】
美味しく焼けました♪
 メリルの町の大広場。
 そこに近隣から多くの住民の人が詰め掛けていた。姫様の帰還と俺との婚約を祝う祝賀会が開かれるのだ。
 タダでお酒も出るし、飯も食えるということで、そう広くもない大広場は結構な数の人でごった返している。老若男女合わせて300人ぐらいいるだろうか。シンシアさんによるとほぼすべての住民が来ているらしい。
 ……やっぱり人口はすくねーな。
 なんでも5年前はワールの町と同じ3000人ぐらいはいたらしいから、実に1割まで落ちているわけか。
 まあ、魔物の侵攻で死んだ人は少ないという話しだから、メリルの地が落ち着いたら疎開している人も戻ってくるだろう。

 今日は姫様とその婚約者がメリルに戻った記念すべき日ということで、採算度外視で料理が振舞われる様だ。
 鶏を数羽締めて大きななべで野菜なんかと一緒に煮られているし、牛さんと豚蛙さんも何頭か解体されている。

 驚いたことにシンシアさんが包丁片手に内臓とお肉を綺麗に切り分け、姫様がお肉を適当な大きさに切り分けていた。シンシアさんはともかく姫様までこんなことをやるとは思わなかったな。
 魔物の侵攻で家臣が死んじゃったから人がいないということもあるんだろうけど、貴族っていっても、地方の領主程度だと随分と庶民的らしい。もっとも、毒殺の防止という意味合いもあるのかもしれないが。
 てっきり深窓の令嬢だと勘違いしていたのだが、もともとの姫様は随分と活発な子だったみたいだ。
 お肉を切り分ける手さばきも慣れたものだ。
 可愛くて、性格がよくてしかも料理まで出来る幼女……もとい女性。
 姫様は完璧超人だな。

 もっと手なれているのはシンシアさんだが……。
 お牛さんのおなかを切り裂き内臓をかき出しているのは若干怖い。返り血が服やら顔やらについているし……。しかもなぜか満面に笑みまで浮かべてるし。
 そういや、エルナも得意だったんだよなーコレ。
 よく迷宮のモンスターを持ち帰っては解体して俺に振舞ってくれた。
 最初は気持ち悪くて食べれなかったんだけど、勇気を出して食べてみたらうまかったんだよなあアレ。

 そんな追憶に浸る俺をよそに、宴会の準備は着々と進んでいた。切り分けられた内臓は綺麗に川で水洗いされてから鉄板に乗せられて焼かれている。
 お肉の方は切り分けられた上で軽く塩を振り、大きな焚き火の上でくるくると回されながら焼かれている。
『上手に焼けました♪』的な光景だ。
 すげーおいしそうだ。広場全体に食欲をそそるお肉の焼けるいいにおいが広がっている。

 なぜかヌアラもお手伝いさせられているようだ。
 お皿やコップを持ってそこいらを飛び回っている。
 子供達にえらく気に入られているようでヌアラの下は追い回す子供が列を成していた。
 ヌアラも満更ではないようで時々宙返りなんぞを披露しているからさらに子供達になつかれている。
 アイツ魔法も使える上に愛嬌があるからすげー使える人材だよな。ここだけの話。
 あいつに聞かれると増長するだろうから言わないけど。

 ミューズちゃんの姿が見えないが、彼女は素敵な男性との出会いを求めて色々歩き回っているらしい。
 まあ、頑張りなさいな。見つかったら見つかったでおっちゃんに酷いことされそうだけど。

 シンシアさんが音頭を取って作った料理は凄く美味しかった。
 特に大きななべで作った鶏のお肉入りの塩スープはヤバイ。大人数で作ると鍋ってのは出汁がでまくるから美味しいんだけど、なによりメリル特産つー塩が凄かった。
 岩塩らしく普通のお塩とは違いなんともいえない甘さとコクがあるのだ。ランディさんが扱いたがるはずだ。

 ここいらの山で取れたという茸や山菜も癖がない味で気に入った。
 シメジっぽい茸なんて故郷でも食べたことがないぐらい美味しかった。
 茸自体に芳醇な味わいがあるのだ。
 因みに、スパーなんかで売っているシメジと称する茸は、田舎育ちの俺から言わせて貰うとシメジではない。ブナ茸の一種だ。
 匂いマツタケ味シメジというぐらい本物のシメジはおいしい茸なのだ。
 ただ、熟練者でも見分けがつかないぐらいよく似た毒キノコがあるから注意が必要な茸でもある。

 なぜか、しれっと宴会に参加している人形師の報告を持ってきた騎士団長さんも舌包みを打ちっている。
 まあ、人形師の調査のほうはミューズちゃんと同じ。所属不明つー物だったんだけど。
「役に立たないですねー」と言わんばかりのシンシアさんの冷ややかな態度もなんのその。何回もおかわりまでしている。
 遠慮しているのかシンシアさんの統制なのか誰も注いでくれないので手酌で飲んでるし。

 俺としてはこの人にうらみも何もないので、さすがに見かねてお酒を注ぐ。
 この色男が騎士団に戻った後で、家宰のシーさんからこの人のことを色々と聞き出していた俺は、実のところかなりこの人のことを見直していたのだ。
 騎士団が長期にわたって辺境の村や町に滞在すると、なんと言うか色々としきたりっぽいものがあったりする。その一つが、奇麗どころを一人騎士団さんの身の回りの世話をさする為に差し出すというもの。いわば人身御供。騎士団長の役得の一つらしい。
 言うまでもないがお世話するというのは性的な意味も含む。
 当然メリルとしても町一番という美人さんを差し出したらしいのだが、なんとこの色男それを断ったのだ。

「私は職務として駐屯している。それに部下達に示しがつきませんから」 

 こんなことを言ったらしい。
 カッコつける野郎だという思いと、色男だからって気取りやがって! という思いを同時に持ったもんだ。
 ただ、この色男。町の娘さんの方からは色々とお誘いを受けたらしいけど、それらをすべて断り5年間も禁欲生活しているんだから、まあたいした奴だ。 

「どうですか料理の方は?」

 黙ってお酒を注ぐのも間が持たないので、お酒を注ぎながらそんな言葉をかけてみる。
 夢中で飲み食いしていた色男さんは軽く頭を下げた。

「オイシイですね。久しぶりですよ。まともに調理されたものを食べるのは」

 騎士団の食事は酷いものなのな。
 なんでも騎士団の食事は騎士の持ち回りで作っているから男料理的な物ばかりだとか。
 俺との会話の最中にも冬篭りする熊のように次から次に料理を平らげている。

「ほれで? ごひょうけんはなんでしょうか?」

 口に物入れて喋るなよ。
 つーかこの人、貴族然とした顔してるのに随分と印象と違うのね。
 正直俺はこういった人は嫌いではない。

「いえ、とくに用件はないのですが……そういえば、お城を占領している魔物はどんな奴なんです?」
「スウォンジーと呼ばれる魔物ですね。以前の侵攻でメリル城を落として以来住み着いているようです。何しろ城内には兵糧の蓄えもありましたし、何より安全ですからね」

 スウォンジー……。
 知らない魔物だ。少なくとも大迷宮では会わなかったな。

「どの程度の戦闘力なのですかね? その魔物は?」
「なに、たいしたことはありませんよ。訓練を受けた騎士であれば1対1で負けることは考えられない程度ではあります。ただ、数がね」

 もったいぶるようにそういうので、先を促すようにお酒を注ぐ。

「どのぐらいの数がいるので?」
「はっきりとは……ただ、どんなに多くとも300はいませんね。うちとしては200程度ではないかと考えています」
「200ですか」

 意外と少ないな。
 その程度なら、各個撃破さえ出来るのであれば俺と人形だけでもなんとかなりそうな気がするのだが。

「ええ、うちの騎士団が30名。人形を含めても50に届きませんからね。しかも数に勝る魔物がなにしおう名城に篭っているのですからなかなか。大橋が焼け落ちている上に、塩山の奪還と警護も有りますので手が回らない状況です。本国に増援を要請しても善処せよ言われるばかりでしてね」

 愚痴るなーこの人。
 酔っ払うと喋り上戸になるタイプらしい。

「なるほど。そういった状況でしたか。……先日はうちのものが失礼なことを言ったようで申し訳ないです」
「いえいえ。5年かけてメリル城奪還をはたせない無能ですからね私は。気にはしておりませんよ」

 思いっきり気にしてるじゃないか……。
 シンシアさんに聞かれると怒られそうだけど、こんなメリルなんつー田舎に5年も駐屯しているこの人も色々と思うところはあるらしい。
 どう考えてもこんなところに5年もいるこの騎士団長さんは、出世コースにいいるとはいえないだろうしな。 
 かける言葉もないので慰めるように色男のコップにお酒を注ぐ。
 自棄酒なのか、凄いペースでお肉を食べ、スープを飲み、お酒をあおる色男。
 俺のほうも次から次に領民っぽい人がお酒を注ぎに人が来るから、わんこそばみたいにずっと飲み続けている。
 二人とも揃ってかなり出来上がる。

「あの、シノノメ様」

 そんな俺にかわいらしい声で姫様が話しかけてきた。
 調理も一息ついたらしい。
 腕まくりをしてたすきをかけた姫様は、今までとは印象が少し違うけどやはり可愛いな。
 姫様の足元には大きな骨を貰って嬉しそうに咥えている白い犬が尻尾を振っていた。

「はい。何ですか?」
「ジイが、あの、家宰がシノノメ様から皆に一言いただけないかといっているんですけど……」

 一言……。
 つまり施政演説的な物か。
 やりたくないけど姫様に頼まれたら嫌とはいえない。おぼつかない足取りで即席で作られた壇上に上る。頑張りますので皆さんよろしく、と言う言葉を装飾してなんか言おう。
 と、そんな俺の足元に進み出てくる一人の幼女。もとい8歳ぐらいの女の子。
 子供用にとシンシアさんが作った蜂蜜入りの甘いドリンクの入ったコップを大事そうに握り締めていた。

「ご領主さまー。ご領主さまはだいめいきゅうってところを殺すぐらい強いんですよね?」
「おう! それなりには強いな」

 酔っ払っている俺が、しきりに頭を下げながら幼女を抱きかかえた母親を手で制しながらそう答えた。母親も割りと美人さんだ。となればこの子も将来可愛い女の子になりそうだな。

「じゃあ、お父さんのかたきをうってくださいますか?」
「お父さんの仇?」
「うん。5年前にお父さん魔物に殺されたの。お母さんが領主様がかたきをうってくださるって」

 あーこの子、父親を亡くしてるのか。
 シーンと静まり返った大広場の壇上でしばし考える。
 ふと目に入ったので壇上から降り、騎士団長の色男の手を引っ張ってくる。

「おう。この騎士団長さんと協力して必ず仇は討ってやるからな。今夜はお腹一杯料理を食べて帰りなよ。ね、ガルドさん」
「……ええ、騎士の名にかけて、お嬢さんのお父上のかたきは討ちますよ」

 コイツいい奴だよな。
 かっこつけマンとも言うんだろうけど。
 バンバンと色男の背中を叩く俺。なぜか領民の人たちがパラパラと拍手してる。

「あー、先の魔物の侵攻で、ここにいる人の中にも肉親をなくされた人が多いと思う。騎士団長と協力して必ず皆さんのかたきも討ちますから!」

 酔っ払ってケイキのいいことを言う俺。色男も酔っ払っているのか、すらっと腰の剣を引き抜き「この剣にかけて!」とかなんとか大見得を切っている。
 いや、お前は5年かかっても城落とせてないじゃん。つーつめたい視線がシンシアさんから注がれているが……。
 と、そこに家宰さんの大きな声が響いた。あらかじめ家宰さんとシンシアさんが相談して姫様と俺の人気取りの為にとある決定をしていたのだ。

「諸君! シノノメ様は今年の税は免除するともおっしゃっておられる。魔物の侵攻以来辛く長い忍耐の時が過ぎたが……今年は新しいメリルの門出の年となるように、今こそ黒の英雄シノノメ様の元、一致団結して頑張ろうではないか!」

 税の免除が効いたのか、広場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
 ……現金なもんだ。俺のときはまばらな拍手だったのに。
 ただ、税は免除だけど、その分は労働力や兵士としての苦役をしてもらうって話だからある意味詐欺っぽいけどな。 
 そもそも人口が凄く減ってるから、領民からの税収はかなり少ないのだ。
 税免除が噂となれば疎開している人の中には戻ってくる人もいるという打算もあるらしい。
 そんなことを思いながら、俺は隣の色男と共に笑顔で領民の人たちに手を振った。 


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