この９月、ふるさと広島に帰った。どうしても帰りたかった。東京人っぽく装っていたが、故郷思いだった。生まれは原爆ドームのそば。かつて書いている。＜……私が都会という得体の知れない競争社会で、頭ひとつ抜け出る努力しかしてこなかった間中、彼らは土地の病人を治し、郷土が誇りを持てる建物を建て、団結して都会に対抗し、食べ歩いては地元レストランの水準を上げ、子どもたちが喜ぶような祭に参加し、たぶんゴミも拾ったに違いない＞（「輝く中年の星になれ！」）

　三つの目標があった。広島に帰り、カラオケに行き、プールで泳ぐ。自分を取り戻すため。コメンテーターをしていた広島ローカルのテレビ番組「Ｅタウン」のスタッフが迎えてくれた。戻れないかもしれないのに「名誉顧問」の席があった。＜ボクから、いままでありがとうと言わなければならなかった＞。広島カープが快進撃を続ける夜、カラオケスナックへ。楽しい酒を飲んだ。「戦友」と呼ぶ女子アナウンサーとマイクを握った。一青窈（ひととよう）の「ハナミズキ」。普段は言葉が出ないのに、歌えた。しかもフルコーラス！　＜奥さんが、泣いている。息子と娘が、笑っている。みんなが、笑っている。ようやく、ボクは何かの扉を開けた＞。そうコラムにつづった。

　先日は横浜のプールに行った。高校時代、水球部で国体にも出場している。自信がある。「障害者アスリートがスイスイやっているのを見て刺激を受けたのか、パパ、泳ぐ気マンマンで水に顔をつけて。でも息つぎできるのって聞いたら、首を横に振る。なんだかわからないまま終わっちゃった。ま、ゆっくりやればって」。明子さんはのんびりしている。コータリンはうれしそう。＜台所のざるにあり金を全部入れて、テーブルの上に置こう。そうして、家族でそれを大切に使うのだ。そんな生活でも、幸せなのだ＞