特集ワイド:お帰りなさい、神足裕司さん くも膜下出血で倒れて2年−−
毎日新聞 2013年11月18日 東京夕刊
ラーメンから永田町まで、その守備範囲は広く、わが昭和30年代生まれの先頭を走っていた。執筆に加わった「金魂巻」の「マル金、マルビ」は記念すべき第1回新語・流行語大賞の流行語部門金賞になったし、西原理恵子さんと「恨ミシュラン」でヒットを飛ばした。よせばいいのに事件記者として全国を駆け回ってもいた。無念を思い、かける言葉も見つからずにいたら、12月にコラム集が集英社から出版されるという。やっぱり書いていたんだ。題して「一度、死んでみましたが」。
自宅に帰ってこの1年、右手に鉛筆を握り、200字詰め原稿用紙に向かってきた。脳がダメージを受けたから一気に書かないと忘れてしまう。それでも1行が2行になり、1枚になり、そして3枚になった。<このまま外に出られない自分が、どんどん小さくなっていくようだ。小さくなって、子供に戻っていく><ベッドの柵を持って、バタンバタン、ドタンドタン。ほんの少し、右に寄れた。それでも“身体”を感じて、ボクは嬉(うれ)しいのだ>
リハビリの日々も「笑い」にしないとコラムじゃないらしい。「大騒ぎのトイレタイム」。<もうダメだと、尻をずらす。「えっ! パパ、トイレ?」ようやく気がついたか。「まだ、出てない? 大丈夫?」とりあえず、ボクは大きくうなずく。トイレなのだ、出ちゃうのだ−−猛ダッシュで車椅子を押す、息子。トイレに入ると、おむつを下ろす。「まだ出てないか確認してから、おむつを下ろしてよ」「あっ! ぎりぎり! 出そうになってる!!」>
ハダカの神足裕司がここにいる。お返しに当方、鶴見俊輔さんにインタビューしたときのネタを披露する。朝からおなかの調子が悪く、おまけに相手は大哲学者、緊張していた。この国はどこへ行くのかと問うはずが、この便意はどこへ行くのかが気になってしようがない。悲劇は突如として訪れ……。見れば、うつろな表情だったコータリン、顔を真っ赤にして笑っている。
なんだかいつかの神保町の夜みたいになってきた。