誰しも、人には苦い記憶が存在する。
思い出したくない、そんな思い出が存在する筈だ。
俺にもあった。……三年前、この世界に召喚される以前の俺にも………。
俺はかつて、能力者を使い世界を牛耳ろうとしていた組織と戦うレジスタンス、『黄昏の剣』の構成メンバーの一人だった。
組織の能力者に命を狙われた事で能力に目覚め、『黄昏の剣』に拾われたのだ。
『黄昏の剣』のメンバーとして本格的に組織と戦い始めたころ、奴は現れた。
黒いフード付きの外套を着て、フードを目深に被った黒一色の服の男、
『黒き執行者』
組織にて最強の殺戮者と呼ばれた男と戦い、なんとか退けられたものの俺は生死をさ迷う事になる。
無事生還してからは幾度となく戦い続け、最終決戦時に奴の正体が知れた。
奴は、俺と同じ顔をしていた。
奴は俺の生き別れた双子の弟だったのだ。
俺と奴は家族で殺し合いをさせられていたのだ。
だが奴は既に助からなかった。俺と戦い幾度となく引き分けていたせいで力不足と判断され劇薬による強化を図られていたのだ。
薬により奴の……いや、弟の命は助からない。
だが弟は自身の能力を兄である俺に継承してそこで息絶えた。
「これで……僕は兄さんと、何時でも…」
そう呟き事切れた彼を腕に抱き俺は誓った。
こんな悲劇を生む組織は、許さない……――――
と、言う設定である。
当時ならまだしも、今の俺にとっては酷く恥ずかしい思い出だったりする。
自作の黒いコートを羽織り、黒き執行者ごっこ(一人)の最中で異世界に召喚された、だなんて思い出したくも無い。
そう、俺にとって黒き執行者とは中二の代名詞、黒歴史の遺産、過去のトラウマなのだ。
なのに婆ちゃんめ………俺が昔話してた設定を完璧に覚えてやがるとは……っ!
黒き執行者の外套には、袖を始め所々に赤い炎が書かれてる。
設定上、炎を使うからなのだが………いかんせんこの炎がまた痛々しさを倍増させてるきらいがある。
フードも当時格好いいと気に入っていた暗殺者っぽい服装だからだ。
もう、何もかもが俺を精神的に殺しに掛かって来ている。
まさか過去の自分に殺されかけようとは思ってもみなかったよ。
なのに何故こんな物を着てるのかと言うと、六刃将や、先代勇者を利用しようとする奴等に身バレを防ぐためなのだ。
このコートには認識阻害が掛けられていて、そうとうな事がない限り俺だと気づかないらしい。
だから、
「ウハハハハ!中々面白い奴が現れたのう! どれ、お主、我輩と一手死合わんか?」
目の前のテラキオのおっさんは俺に気づかない。
はっきり言って、俺に外見的な大きな特徴は無い。精々寝癖なんて呼ばれる癖っ毛くらいだ。
それもフードを被っているせいでバレない。
故に聖剣持ってバカみたいな力を発揮しなければ他人に気付かれることはないのだが………
チラッ、
「…………」
この、俺を見て目に涙を溜めて今にも泣き出しそうな皇女様はアレだよね、確実に気付いてるよね?
「……な、何故…お前が…」
やっぱ気付いてるよ。
「……お姫様のピンチに駆けつけるのが勇者だろ?」
シルヴィアに向き直りフードを少し上げ顔を見せる。少し気恥ずかしい。
「っ!……勇っ…!」
すると、彼女の美しい瞳から、涙が零れる。
あー、泣き始めちゃった。…なんと言うか…気まずい。
にしても、凄い美人になったな。
いや、前から綺麗だったんだが、なんと言うか、大人の色気?そんな感じの美人になった。
…………こりゃ、俄然やる気が出て来たぜ!!
「岩鎚の戦将、テラキオ……」
腰に下げた二振りの魔剣を抜く。
聖剣を使えば身バレするから、聖剣の代わりの武器を爺さんに打って貰ったのだ。素材は有り余ったバジリスクの素材だ。
「叩き斬る!」
痛々しい外套を靡かせ、黒き執行者=俺は走り出す。
どうも皆さん。貴方の心の傷を疼かせる、
炎の使徒、
剣の死神、
黒き執行者の、社勇でございます!!
常時下降するテンションを無理矢理上げて、登場だぜ!!
「ちくしょうがっ!!」
「ぬぅっ、熾烈なり!!」
翡翠色と藍色の水晶を長剣にしたような双剣での哀しみの連撃。
テラキオは一撃は重いものの、全体的に鈍重だ。
攻撃と防御にステータス振りし過ぎたせいだろう、当たらなければどうと言うことは無い。
故に、攻撃させない。
奴が攻撃のモーションをした瞬間に急所への攻撃を仕掛け、攻撃から防御へとシフトさせる。
(岩鎚の柄で防いでる内に詠唱を完成させてくれれば――――)、
「ウハハハハ! 見事。見事の一言に尽きる! が、所詮速さだけよ!!」
(……バレたか!)
ギィンッ!
振り下ろした剣がテラキオにぶつかると、まるで鋼を切ったかのように弾かれた。
……が、聖剣無しでも鋼を切れる俺が弾かれたわけだから鋼よりも硬いと言うわけだ。
「硬化か…ッ」
正に岩の如し。この状態になると、素の剣での攻撃は無意味となる。切断よりも打撃や魔法の攻撃が有効になるのだが、俺は魔力がないせいで、殆どの攻性魔法は使用出来ない。
となると、打撃に行き着く訳だが………
「ウハハハハ!流石に切れまい!この状態の我輩を叩ききったのは、唯一先代の勇者のみなのだ!ウハハハハハハハハ!!」
余程の自信があるのだろう。テラキオはサイドチェストを見せつけながら暑苦しく笑う。つかポージングを止めろ!
切ったのは俺だけ、か。……はは、悪いなテラキオ、今の俺は剣の死神!!
昔考えてた設定じゃあな、何でも斬るんだよ! 今日からその肩書きは捨てて貰うぜ!
「双晶剣『クリスタルヴェノム』には、二つの形態が存在する……」
くけけけ、もうヤケだヤケ。 どうせこうなることもお見通しなんだろうよ。なら、とことんまで婆ちゃんの玩具になったるぜコンチクショー!!
「攻撃速度を重視した、双剣。……そして、一撃を重視した連なる刃!」
二色の双剣の柄頭を合わせ捻るとガチッ、と音がなり、噛み合い一つの武器となる。 すると、左右異色の両剣が血を吸ったように赤く
、染め上がる。
「これだけは、絶対に使わないと決めていたのだがな………割りと切実に。……蛇連双剣『真紅の刃』ッ!!」
ルビーのように赤く染まった水晶剣。その鍔に埋め込まれた二つの金色の宝玉が、まるでバジリスクの様に相手を睨む。
「互いに合わさった蛇剣は、刃を研ぎ澄まし、万物を両断する―――」
……と言ったものの、今回この剣はテストとして渡された物なのでどれだけの力があるのかは分からない。
連結させたのも今回が始めてなので、ブンブンと音を鳴らしながら振り心地を試してみる。
が数回振ってわかる。流石爺さん、見事な腕だ。
―――にしても、両剣って……格好いいよなぁ………――
はっ!?
お、俺は今何を………ぐ、俺の中の何かが騒ぎ出して来やがった…!!
「な、長くは持たん…仕掛けるぞ、黒き妖精!」
「うん!」
このままでは、望まず記憶が蘇り、かつての俺となってしまう………その前に、俺が狂気の虜となる前に奴を打ち倒す!!
と心の中の言動まで中二になりつつも、背中に背負っていたリリルリーに声を掛ける。
「最初は遅く、でもどんどん速くなる!『スロースターター』!」
俺とお揃いの外套を着たリリルリーが手を空に伸ばす。
皮肉にもバカみたいな長い詠唱を、中二的説明とテラキオのおっさんのポージングに助けられた形になったが………まあ良しとしよう。
さて………奴を仕留める準備は整った。
「戦闘、開始だ…―――」
◇
◇
社勇が走り出すために姿勢を低くしたのと、テラキオが岩鎚を勇の前に現れ振り上げたのは、ほぼ同時だった。
勇は鈍重と評したけれど、その素早さは一般人にとっては瞬間移動と大差無い。
視界からテラキオが消えた瞬間に岩鎚に叩き潰されるのだ。
それに対して、勇はテラキオから大きく一段下がるほど、鈍い動きで対応していた。
大振りな岩鎚の攻撃を、剣の刃を微妙に逸らす事で切らずに受け止め、敢えて打撃で対応する。
何度も打ち付ける度に右腕に痛みが走る。
それもその筈。人一人を苦もなく砕き散らす一撃を片手で受けているのだ。
「ウハハハハ!万物を両断、とは言ったがどうやら出任せのようだな!」
「…………」
それに気づかぬテラキオから笑われても、勇は何も答えなかった。
機会を見極め損ねる事をしないために、ただただ、剣戟を繰り返すのだ。
「……ぬ?」
それに奇妙さを感じ取ったテラキオが眉をひそめる。
フードからチラリと覗く双眸は、テラキオの一挙手一投足を見逃さない、鷹の目を思わせた。
勇が両剣で受け続け数十秒、彼は受けるのではなく、テラキオの攻撃を避け始めた。
巨大な岩鎚から繰り出される殆どの攻撃を半歩下がり身を逸らす事で避ける勇を見てテラキオは素直に関心した。
「我輩の攻撃を防ぎきる腕力、そして紙一重で避ける技量………お主、強敵だな!」
テラキオの攻撃は食らえば一堪りも無い。
そんな破壊力を持った一撃をあろうことか弾いて見せ、次の瞬間には見切り始めたのだ。
「本気を見せてみよ! 我輩をもっと楽しませぬか!!」
闘争を楽しみ始めたテラキオ。暴風のような猛攻が、勇を襲う。
「………!」
明らかに変わったテラキオの動きを、彼は見逃しはしなかった。
スイスイと攻撃を避けていた彼は、そこでやっと攻勢に転じた。
「……ぐぬ?」
テラキオの視界から、黒の外套を纏った男が消え失せる。
とんっ、と軽く地面を蹴ったと思ったら、それが幻だったと思うくらい呆気なく消え去ったのだ。
そしてその次の瞬間に、テラキオは吹き飛んだ。
「ぬおぉ!?」
痛みに喚いたわけではない。
自身を浮かび上がら吹き飛ばす程の衝撃に驚いたのだ。
そしてその驚愕は続く。
ドンッ、と音がして今度は空中に向け吹き飛ばされる。
背中に攻撃を受けたのだろう。テラキオは攻撃を受けていながら自分を打ち上げる程の威力を持つ攻撃に興味を抱く。
そんな彼の要望に答えるためか、打ち上げられたテラキオよりも更に上空に勇が現れる。
「なるほど、ソレか!」
勇は左手に持った三本の短槍を投げ放なち、その短槍は悉くテラキオにぶつかりその身を貫けず、弾くようにテラキオを地面に叩きつけた。
「……ちっ、堅いな」
テラキオの硬化した身体に、どの程度の攻撃を与えればダメージを与えられるかと考えていた勇は舌打ちをした。
短槍を計11本。バジリスクに対し放ったものより威力を込めた筈の11本を受けてテラキオは笑いながら立ち上がった。
「ウハハハハ!見事だが、この程度か!?」
自然落下する勇をテラキオは待ち構える。
「……疾っ!」
空中で道具袋から短槍を抜き出し、勇は投擲する。
「無駄よ!我輩とて、そう何度も同じ手は喰わぬ!」
「!?」
轟音を響かせながら着弾した短槍。槍は、テラキオには当たらず地面にぶつかったのだ、
「ウハハハハ!耐えてみせい!」
空中に飛び上がり、叩き落とすように岩鎚を振り下ろしたテラキオ。
空中で身動きがとれなかったのか、勇は弾かれたボールのように地面に向かって吹き飛ばされた。
「ぬ?……」
だがテラキオは振り抜いた岩鎚を見る。
空中で踏ん張りが聞かず威力は落ちただろうが、それでも大地を砕く程の一撃を見舞った筈だ。
なのに手に持つ岩鎚から伝わる感触に手応えは無く、勇もまた、地面にズサー、と滑りながら降り立った。
四脚立動。獣のように四つ脚になっての動き。勇はこの四脚立動を用いたのだ。(片手は塞がっていたので三脚だが)
振り下ろされた岩鎚に三つの脚で降り立ち、自分から弾かれるように飛び空中で姿勢制御し、降りたのだ。
(岩のハンマーに押し出される形になって随分滑っちまったな……まだ届く距離だ、間に合え!!)
両剣を構え、地面に降り立ったテラキオに向け、勇は疾風のように駆けた。
耳を澄ませて見れば戦場の中、ギンッ、と岩を斬る刃の音が聞こえた事だろう。
「……ぬ?」
それに気づいたテラキオが、両断された。
「…………これで、一回」
目に見えぬ程の速度で刃を振り抜いた勇が、テラキオを背後に呟く。
「ぐぬおおぉぉ!?」
今度は想像を絶する痛みにテラキオは呻く、ガラガラと音を立てながら崩れるテラキオの身体。次の瞬間には地面からテラキオが現れる。
「………………!!」
テラキオは何も語らなかった。
自分以上の強者と感じたからだ。
硬化した自分の身体に太刀傷を与え、尚且つ自分を一度殺した相手だ。
侮る理由が、無い。
「ぬおおおおおぉぉっっ!!」
咆哮と共に繰り広げられぬのは暴虐の限りを尽くす猛攻。
その猛攻の悉くを避けきる勇。
(疾い!先程の動きが嘘のようだ!!)
鈍重なテラキオをよりも遅かった動き。だが今の彼、社勇の動きはテラキオのそれを大きく追い越し、テラキオに反撃も許さず、もう一度テラキオを殺して見せた。
「ぐぬっ!?」
首を切られ、心臓を穿たれ、その上でバラバラにされ、テラキオはまたしても崩れ落ちた。
「………………見事。…このテラキオ、お主には勝てぬな」
地面から突き出るように再度現れたテラキオは岩鎚を持たず、ただ腕組みをしてそう呟いた。長い間は、人間に負けた事への、然れど強者と戦えた事への葛藤だろう。魔族の頂点としてのプライド、そして武人としての誇り。そして葛藤した上で、彼は武人としての誇りを胸に、最大限の賛辞を述べた。
勝てない、と。
テラキオと勇が戦闘を始め時間にして一分。
テラキオは自分では倒せぬと踏んだのだ。
「……ああ、負ける道理が無かった。悪いが今回は俺の勝ちだ」
両剣を降ろし、攻撃の意思無しと見せた勇に、テラキオはニッと歯を見せて笑った。
「ウハハハハ!ではまた次回に死合おう!我輩、お主とは延々と戦っていたい!」
そう言いながらアースドラゴンの頭部に飛び乗り、地中へ去って行くテラキオ。
そして逃げるテラキオを、誰も追わなかった。
「……本当に悪いな、おっさん。今の俺じゃ、この程度だよ」
自分の背中に背負っている少女を一瞥し、勇は小さく苦笑した。
タイトルで悩み(グラード荒野の戦い【5】か先代勇者~~、または『黒き執行者は姫がため刃を振るう』なんて候補もありました)、予約投稿する前に寝落ちしてしまい投稿が遅れてしまいました。
どうせなら昼の12時に投稿しようかと思いましたが他の勇者さんと同じ時間に投稿してみました。そのせいか勝手なコラボ感を感じています。
クロスですよクロス。
さて、みなさんいかがでしたか?みなさんの中二心を疼かせられたなら私の勝ちです。
(両剣とか四脚立動とか我ながら秀逸なものが出せたと思いますww)
えー、私事なのですが、明日から三日間ですが旅にでます。
故に更新が遅れます。
旅の途中もできる限り書き留めたり、感想に返信をしたいものと思いますが、基本的に遅れるものと思ってください。 毎日更新だったから見てやってたのによー、と思われますがどうか許してください。
本当に申し訳ないです。
感想お待ちしてまーす。
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