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勇者召喚
グラード荒野の戦い【2】
「……先代の…勇者」

「ああ。……訳あって名は教えられぬが、私は彼と共に剣を振った」

海翔が呟いた言葉に、シルヴィアは頷いて答えた。

「故に言わせて貰おう。……君たちは戦うな」


「……な、ん…」

シルヴィアから突然放たれた言葉に、海翔だけでなく、茜も、咲夜も、晶も、息を呑んだ。

「魔王が居ぬ世界で、勇者など要らぬ。……今我々の国で送還の魔法を研究していて、基礎理論までは完成した。無事に元の世界へ帰りたいのならば、戦わず座して待つのだ」

そう言って踵を返したシルヴィア。誰もが唖然となった時、海翔が一歩前に出た。


「……魔王が居ないって……どういう事、なんですか?……戦うなって――」

振り絞るように出した声は、震えていた。

「……それを教えて、なんとする?」

挑発するような物言いに、海翔はカッとなって叫んだ。

「倒すんだ! 俺が魔王を、この手で!!」

「……君では無理だ」

「―――え?」

叫ぶ海翔の言葉に、間を開けず答えたシルヴィアの目は、呆れ、だった。

「先代しか魔王は倒せない。そして君では余計に倒せない」

「……お…れ、だって! 俺だって強くなったんだ!! 竜言語(ドラゴ・ロア)だって使えるっ…!」

「……そうか。なら精々死なないことだ。君たちは一度死んでしまったらそれで終わりだからな。……では」

常人であれば目を見開いて驚くであろう事実を、彼女はさも詰まらなさげに答え、そのまま場を去って行く。



「ふん……聖剣がある無し以前の問題だ。復讐に囚われた者で、負の感情の総念たる魔王を倒せる道理などないではないか………!」

去り際に吐き捨てるように放った彼女の言葉は、風に紛れて誰の耳にも届きはしなかった。







「ルクセリアめ、やってくれたな……」


シラウオのような白くか細い指を持つ手が、グラード荒野の戦略地図を置いたデスクに音を立てて叩きつけられる。

グラード荒野にて建てられたリーゼリオン皇国の天幕内で、シルヴィアは天幕に戻るや直臣たる青年騎士の前で、激しい怒りを見せていた。

「竜脈の上に建っているからと言って、して良いことと悪い事がある…!」

またしてもシルヴィアは手を叩きつけた。

「陛下、御自愛ください。そう何度も叩かれては手が痛みましょう」

そんな彼女に、藍色の鎧を纏った青年が進言する。
金髪を後ろで一つに纏めた蒼眼の彼は絶世の、と形容されるシルヴィアの傍らであって見劣りしない、美しく整った顔をしている。

「こうでもしなければやりきれんっ。
……貴様も彼らを見たのだ、解るだろう?……奴等は、魔力が高いだけの一般人(・・・)を、勇者(・・)仕立て上げた(・・・・・・)のだぞ!?」

彼女の悲痛な叫びに、青年騎士は答えられなかった。
彼女の傍らにあり続ける近衛師団の長である彼は、つい先程の当代の勇者達との邂逅の場にも、居た。

押し黙る己の騎士に、シルヴィアは済まないと心中で謝った。

「魔王は封印されている。それに六刃将らでは姉上が命を掛けて施した封印を開ける事も出来ない。
残党狩りは、この世界の我々が成すべき事なのだ!
それを、よりにもよってっ………いや、起こった事をとやかく言っても、始まらんな」

シルヴィアは手を叩きつけたくなる衝動を抑え、臣下を見た。


「……姉上が命を賭して、勇がその魂を世界に捧げてまでも築き上げた今の世を脅かす訳にはいかない……」

騎士は膝をつき、言葉を待った。

「レオンハルト、私の剣を持て。……此度の戦、彼等を……勇と同じにっぽん人達を戦わせぬためにも、勝つぞ…!」

シルヴィアがボロボロになった赤いマントを羽織る。

「はっ…!」

かつて勇者と聖女と共に世界を救った二人の騎士。

片方を、姫騎士シルヴィア。もう片方を蒼騎士レオンハルト。

二騎の英雄は魔剣を腰に、砂舞う戦場へ向かって行く。

(……勇よ、私はお前に申し訳なく思う。我々の世界は、再び勇者などと言う強者を呼び、事の安易な解決を図ろうとしている。お前が怒り、嘆き、絶望し、それでも助けたいと思ってくれたこの世界の人間は、お前に対し恩を仇で返す所業を行ったのだ。
それを止められなかった私も同罪。……せめて、お前の同郷たる者達をお前が居るであろう世界へ帰したい)

シルヴィアは歩を止め、ふと強風が止んだ空を見上げた。

(……それで許してくれとは願わない。……だが、どうか私を嫌いにならないでいて欲しい。…お前に嫌われてしまうかと思うだけで、私の胸は酷く痛むのだ)

その一瞬。ほんの一瞬だけ、世界は確かに、無音になった。
彼女の言葉が、ちゃんと届くようにと、世界が願ったように。

(…どうか愛しき貴方に平穏を)

彼と離別する間際に交わした言葉を空に投げ掛けた。


「……待て、あれほどの風が止んだ、だと?……」


先程まで強かった風が突然止まったのを見て、事の異常さに気が付いた


「まさか――!」






「魔王軍だ!魔王軍が現れたぞー!!」

各国の首脳や傭兵団らの長などを交えた会議を終え、武具の調整や部隊の編成に明け暮れていた軍団に、緊張が走った。

風は激しさを増し、砂嵐と化していたものが突如弾けるように消え、砂塵に視界が奪われていた彼等の前に、地平線に広がる魔物の軍団が現れる。

距離にして人間側の陣営から約七キロ。

いち早く気づいた各国の物見の兵士達が、一斉に魔物の数を告げ始めた。

「魔物、数にして約三十万!上位級の魔物は内約数万!」

「目立つ上位級の照合を急げ!」

バランシェルの老将、ウルガロ伯が物見に叫ぶ。
老いて尚現役の老将は肌に纏わりつく嫌な感覚を覚えていた。

魔王軍の率いる魔物は、その率いる者の配下の魔物は、率いる者の属性が大半を占める。
こと上位級の魔物はその配下の直轄となるのでその属性を知れば率いる者の属性がわかるのだ。

そして三十万。……十万を越す軍団を率いれる者達は自然と限られてくる。



「風の上位モンスター、ストームイーグル。……そ、そして、アイスカイゼルなどの氷結系モンスターを多数かく…………い、いえ……魔王軍の将を(・・)確認しました!デカイ……あれは侯爵級のドラ―――……あ、いや、あれは……公爵級!?…」


物見の報告にウルガロ伯は呻いた。

「氷と雷の公爵級を確認! それぞれ侯爵級アイスドラゴン、ウィンドドラゴンに騎乗しています!」

「公爵っ…! 氷妃『グラキエスタ』、風太子『ウェントス』……六刃将の内、二柱だと……!」

魔族が誇る頂点の、その二柱の登場に軍の兵達に動揺が起こった。






「アハハハハッ!見てよ見てよ!あいつら慌ててるよー!」

山のような巨躯を持つ碧色の鱗の巨大竜、ウィンドドラゴンの頭部に王のように鎮座する子供は、人間達の軍を見下ろしてケタケタと笑い転げる。

「……私はあのままでよかったと思うのだがな。むしろお前の力で更に威力を増せば――」

それをウィンドドラゴンに並ぶ巨躯の氷の竜、アイスドラゴンの頭の上に立つ、薄い青色の肌に水色の髪の魔族の女が、子供を見ながら言う。

「ばっかじゃないのグラキエスタ!そんなの楽しくないじゃーん!」

深い翠色の髪を短く整えた髪型の少年は、ケタケタと笑う。

「否定はしない」

「砂嵐なんてやだ。目に入るし髪の毛の中にも入るし何より暑苦しいおっさんとの合体技みたいなんだもん!」

「それは嫌だな。溶けてしまいそうだ」

「アハハハハ!」

魔族の女と子供は揃って眼下を見下ろした。
そこには氷系のモンスターと、雷系のモンスターを主軸にした魔物の混成部隊。
自身の属性以外のモンスターなど気にも止めない彼女らであったが、それが兵としてなら利用価値は出てくる。


「……さて、さっさと吹き飛ばしちゃおっかな~」

ウェントスの言葉に女は頷く。

「ああ、散らせてやろう。脆弱なる者共を」

二人は揃って声をあげた。


「「全軍突撃!!」」


三十万の、魔物が解き放たれた。
W主人公ェ…


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