「旦那さん、旦那さん」
「何だい、奥さん」
「悲しいお知らせがあります」
「ほう」
「『り』が……天に召されてしまいました」
「…………へ?」
パソコンが壊れました、どうも疎陀です。キーボードの『L』が飛んで行ったんですよ。我が家の奥様曰く、『まるで『黒ひげ危機一髪』みたいに』ぴょーんと飛んで行ったらしいのですが……そんな事、有り得るのでしょうかw
まあ、そういうわけで現在は我が家はおニューのパソコンです。何が言いたいかと申しますと、使い慣れていないので誤字は許してね、とそう言う事です。ええ、言い訳です。
第四十八話 エリカとエミリ、時々ソニア
フレイム王国王姉にしてロンド・デ・テラ公爵、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムという女性に対して、少しだけ弁護をしようと思う。
エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム――以下、エリカはフレイム王国第五十一代国王ゲオルグ・オーレンフェルト・フレイムとその第二夫人リーゼロッテ・ファンデルフェンドの間に生まれた長女であり、フレイム王家の第一子である。リーゼロッテの実家であるファンデルフェンド家は子爵位を持つ貴族ではあるが、それでもフレイム王家に『血』を送り込む程の名門ではない。
リーゼロッテとゲオルグの出逢いはファストリア王国との何度目になるか分からない戦争にて。ファストリア王国に隣接する領地を持ち、戦争では真っ先にファストリア領に攻め込む役割を与えられているファンデルフェンド家に、王太子親征という形でゲオルグが立ち寄ったのが最初とされている。今のエリカのその成長を見る通り、見目麗しい美しい女性であったリーゼロッテにゲオルグは一目で骨抜き。以後、熱烈にアプローチを仕掛けたと言われている。
普通なら諸手を挙げて喜ぶ程の僥倖だが、当代のファンデルフェンド子爵はこの次期国王の求愛に対して難色を示す。言っては何だがファンデルフェンド家は子爵位『程度』の貴族、大した後ろ盾も、これといった才覚もない、地方の一領主。海千山千、王国中の『魔物』が集まるラルキア宮廷に、眼の中に入れても痛くないほど可愛がった娘を送り込むのはしのびない。もう少し若く、あるいは家を継がせるべき後継者がいれば話も違ってくるのだろうが、ファンデルフェンド家には後継者となるべき男児もおらず、守るべき領地も大して無い。ご先祖様に申し訳ない、なんて気持ちもあるにあるが、あった事も無いようなご先祖様よりも、目の前にいる可愛い娘が幸せな方が数倍嬉しいのは道理である。正室ではなく、側室待遇であった事も彼を依怙地にさせる一因だった。
ゲオルグは必死に求愛を行った。春に花が咲いたといえば領地を訪れ、夏に蝉が鳴いたと言えば領地を訪れ、秋に収穫があったと言えば領地を訪れ、冬に雪が降ったと言えば領地を訪れた。最初こそ――表面上は敬意を持って接しながらも、内面では面倒臭いと思いながら接待を続けていたリーゼロッテだが……まあ、あれである。熱烈に愛をささやき続けられれば、彼女だって妙齢の女性だ。悪い気はしない。少しずつ、リーゼロッテはゲオルグに心を開いていき、やがてゲオルグの求愛を受け入れる事になる。この間にリーゼロッテの父であるファンデルフェンド子爵とゲオルグ王太子の間には筆舌に尽くしがたい……殆ど『不敬』と断じられても可笑しくないほどの壮絶なバトルがあったのだが、本筋には全く関係ないので割愛する。
リーゼロッテが輿入れする前日、ファンデルフェンド子爵は自室にリーゼロッテを呼び、彼女に二つの事を教え込んだ。
『ゲオルグ殿下を愛せ。だが、頼りすぎるな』
『出しゃばるな。所詮、お前は側室だ』
リーゼロッテはこの教えを忠実に守った。出しゃばりすぎず、政治に口を出すことはしない。正室であるアンジェリカを立て、自らは一歩身を引いて貞淑に笑う。国王に即位したゲオルグの子供を身籠り、珠のような女の子を産んでも彼女は変わることはなく――以上に、その教えを忠実に守り、自らの娘であるエリカにもその教えを徹底した。
『貴方は側室の子供です。あなた自身に非はありませんが、身分を弁えて行動しなさい』
断っておくが、リーゼロッテはエリカが憎かった訳ではない。どころか、自らの父が自分に愛を注いでくれたのと同様、エリカを愛した。そして、愛しすぎる故に彼女はエリカが『決して目立たないように』細心の注意を払ったのである。ゲオルグはエリカを愛したし、正室であるアンジェリカもエリカを愛した。一見何の心配も無いようだが、宮廷は魔窟である。どんな些細な嫌疑から断頭台に送られるか分かったものではない。やりすぎる位にやって、丁度良いのだ。
賢い子だったエリカはこの教えを忠実に守る。年齢が長じるにつれ、自らの立ち位置をしっかり理解していく事になった。
父である、ゲオルグは好きであった。
母である、リーゼロッテも好きであった。
妹である、リズの事も好きであった。
ばかりか、血の繋がりのない、『政敵』と言っても可笑しくないアンジェリカのことだって大好きだった。
そして、その『大好きな人々』が傷つかない方法を幼い頭で考え、気付く。
即ち――甘えなければ、良いのだ、と。
エリカが皆を愛するように、皆がエリカを愛したらどうなるだろう? 父であり、国王であるゲオルグが、後継者であるリズより自分を愛したらどうなるだろう? リーゼロッテが、自分の事を愛し……『愛しすぎたら』どうなるだろう?
――彼女は少しずつ、だが確実に人と『壁』を作っていく。本当に些細で、薄く、触れば壊れてしまうような薄い、薄い、だが確実に他者と自分を遮る、『壁』を。人の気持ちを慮られる、或いは空気が読める、というと言い方が良すぎるかも知れない。結局のところ、エリカは人の顔色を窺って生きる術を身に付けたに過ぎないのだ。
ロンド・デ・テラ公爵領と、それに伴う爵位を下賜されたのはそんな頃。王宮内に居場所がない事を悟っていたエリカは、黙ってこれを受け入れる。彼女にとってみれば、宮廷内の方が居心地が悪い。幼いころから姉の様に接してきたエミリと二人、テラに赴いた。
テラでの生活はエリカが初めて感じた『自由』な空気であった。確かに、王宮内に比べれば生活レベルはぐっと落ちる。『第一王女であるエリカ様がこの様な待遇など』と、エミリは随分お冠であったが……それでも、エリカは確かに幸せだった。何せ、ここは『エリカ』の領地なのだ。今まで皆の顔色を窺って生きてきたエリカが、初めて自らの意思で取り組む事なのである。領地にはお金がなく、作物は育たず、苦しい思いも沢山したが、それでも幸せだった。
領地に赴任して数年、妹であるリズから『宜しく頼む』と言われて浩太がやってきて、エリカの幸せは絶頂を迎える。
自らの悩みを鮮やかに解決して見せた、その手腕。
何時でも丁寧で優しく、たまにちょっとだけ意地悪な口調。
それでいて、ギャンブルに負けて少し拗ねてしまう可愛い所。
自分よりも優れていて、頼れる人。エリカの中では父にも出来なかった、『甘える』という行為を、無条件でさせてくれる男性。エリカの、その少しだけ冷えた心を溶かしてくれる、甘美な男。
――エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムを少しだけ弁護しようと思う。
彼女は確かにロンド・デ・テラ領を愛していた。浩太が来る前まで、彼女は少しでもロンド・デ・テラを良くしようと頑張っていたし、浩太が来た後も彼女はロンド・デ・テラの為に常に身を粉にして頑張っていたのである。
――だから。
『……何の方法も……無いって言ってるでしょう!』
彼女の罪は。
『どんな案件でも即座に解決できる訳じゃないんですよ! 私は自分に出来る事しか出来ませんよ!』
巧く『甘える』方法を知らなかったことに、尽きるのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「エリカさま」
「……」
「エリカさま!」
「……え? あ、ああ、エミリ。どうしたの?」
「どうしたの、ではありません。何をぼうっとされているのですか。次の書類の決裁、お願いします」
腰に手を当て、困ったようにエリカを見つめるエミリに、慌ててエリカは目の前の書類を手に取り――
「……逆です、エリカさま」
「へ? あ、ああ! ぎゃ、逆ね! わ、分かってるわよ!」
「分かっておられるのなら真面目に取り組んで下さい」
「ちょ、ちょっとぼーっとしてただけ! だ、大丈夫。大丈夫だから!」
「……はー」
額に手を置き、やれやれと首を左右に振って見せる。
「まだまだ決裁が必要な書類は沢山あります。休んでる暇はありませんよ?」
エミリの言葉とその冷たい視線に、エリカは小さく頷いて見せた。
テラの経済は浩太がラルキアに旅立ってから十日後、急速に回りだした。頑として動かなかったラルキア王国系の商会のトップが突如、テラでの『冷戦状態』の解除を申し入れて来たからだ。ライム系のみならず、各国の商会はこれを暖かく迎え入れた。港湾整備の工事はストップしたままで大幅な遅延が出ている。今までの遅れを取り戻す様に、テラの各商会は精力的に働き、最高権力者であるエリカの元には山の様な書類が積み重なっていった。
「……」
テラの経済が過去の隆盛を取り戻し始めた頃、エリカは王都に手紙を送った。コータ宛に、何通も、何通も。
何でもかんでも浩太に頼って悪かった、と。
今、テラ経済は過去の様に回りだしている、と。
もう一度、浩太の力を貸して欲しい、と。
それが叶わないのであれば、もう何もしなくても良い。
――ただ、傍にいて欲しいと。
都合の良いことを言っていることは重々承知しながら、何度も何度も手紙を書き、その返事がエリカの元に届くことは無かった。
「またコータ様の事をお考えですか?」
手が止まっていますよ? と、自らも書類に目を落としながらそんな事を言ってくるエミリ。
「……そうよ。悪い?」
「いいえ」
「じゃあ、放っておいてよ」
「仕事をして下されば、どれだけコータ様の事を考えて下さっても構いません」
「……」
何時もなら、流せるようなそんな言葉。それが、エリカの抉られた心に塩を塗り込む。
「へー。エミリ、貴方はコータが居なくて平気なの?」
「平気、とは言いませんが。ですが、エリカさま。仕事が――」
「仕事、仕事って煩いわよ!」
ダン、机を叩き付け立ち上がる。その勢いに、書類が宙を舞う。
「何よ! 仕事、仕事って!」
「落ち着いてください」
「落ち着いてるわよ、私は! 良い? 私達はコータを傷つけたのよ! 貴方も見たでしょ、あのコータの顔! 辛そうで、苦しそうで、今に泣きそうな、あんなコータの顔を……」
エミリの顔がぼやけて見える。ああ、自分は泣いているのだとエリカが気付くまでに、少しの時間がかかった。
「……あんなコータの顔を……コータに、あんな顔をさせて、それで貴方は平気なの! ソニアなんかあれからずっと、部屋から出てこないのよ!」
落ちた書類を拾いながら、エミリはその頭上で放たれる言葉を聞く。やがて、落ちている書類を全て拾い上げると、エミリは書類の束をエリカの机の上に置いた。
「……お仕事の続きを、エリカさま」
「エミリ! 貴方――」
「エリカさま」
言いかけたエリカの言葉を遮るよう。
殺気すら籠っていそうな視線をエミリはエリカに向けた。
「……コータさまにあのような顔をさせた事、悔やんでも悔やみきれません」
「だったら!」
「では、どうするのですか?」
「……え?」
「御免なさいと、謝りに行きますか? もうしませんので許してくださいと、泣きつきますか? お願いだから帰ってきてくださいと、足元に縋り付いて乞い願いますか?」
それで、と。
「コータさまが……本当に戻って来て下さると、お思いですか!」
エリカの目に、涙が溜まる。
「私だって……私だって、それで許されるのならそうしたい! みっともなくても、格好悪くても、恥ずかしくても……それで、コータさまが戻って来て下さって、昔みたいに笑いあえるのなら、そうしたい!」
溜まった涙が一筋、頬を伝って床に落ちた。
「でも、それで帰って来て下さったとして、コータさまに何と言うのですか! これだけテラは景気が戻ってきました、ですからまた同じように宜しくお願いしますというのですか!」
「それは……」
「今、ここで頑張らないでいつ頑張るのですか! コータさまが戻って来て、何もする事が無いと暇そうにしている姿を見たいと、なぜ思わないのですか!」
肩で息をしながら。
「……大変、失礼しました。主に対して大変失礼な事を。罰は如何様にも受けます」
流れる涙をそっと拭い、エミリは一つ頭を下げる。
「……いいわ。不問にします」
「……」
「御免なさい、エミリ。貴方が辛くないわけ、無いモノね」
「わかって――」
「でも、私は分からないわ」
「――頂け……え?」
「御免なさいと、謝りに行きたい。もうしませんので許してくださいと、泣きつきたい。お願いだから帰ってきてくださいと、足元に縋り付いて乞い願いたいわ。それでコータが帰って来てくれるのなら、何でもするわよ」
「……フレイム王家の」
「誇りなんて、ボロボロね」
苦笑を、一つ。
「……それでも、私はコータに逢いたい」
遠くを見つめるように、澄んだ瞳で。
「……逢いたいのよぉ……」
その瞳から、もう一筋涙を、床に――
「何を甘っちょろい事を仰っているのですか、エリカさま」
――落ちる前。エリカの執務室のドアがバーンと良い音を立てて開いた。
「……そ、ソニア様?」
「ええ、ソニアです。ソニア・ソルバニアです、御機嫌よう」
何時ものフリルのついたドレス姿ではない、旅装。長くカールのかかった髪を不器用に纏めてリュックを背負ったソニアがそこに立っていた。
「ちょ、ソニア? あ、貴方、どうしたのよ、その恰好」
「旅に出てきます」
「た、旅?」
「ええ。ちょっと王都ラルキアまで」
「ちょっとラルキアまでって……え?」
泣いていたのも忘れたか、ソニアの言を必死に理解しようとするエリカ。やがて、その言葉の意味を、処理速度の遅い頭が理解するに至って。
「な、何考えてるのよ、貴方!」
「王都ラルキアに行きます。そこで、コータさまを取り返すのです!」
ふんす、と小さな拳を握りしめ鼻から息を吐くソニア。その姿にエリカは頭痛が酷くなる気がした。
「……ソニア」
「止めても無駄です。今のわたくしは誰にも止められません」
「……泣いてばかりだった癖に、よく言うわよ」
「あまりにも衝撃的なことでしたのでショックを受けましたが……泣くのにも飽きました」
「飽きたって……貴方ね!」
「そもそもわたくし、塔の最上階で泣きながら待っているだけの『退屈なお姫様』になりたかった訳ではありません。王子様がわたくしを迎えに来てくれないのなら、私自身が王子様を迎えに行きますわ」
「いい加減にして!」
「いい加減にするのはエリカさまの方ですわ」
その小さな体の何処に、これほどの膂力があるのか。
「御免なさいと謝る? もうしませんので許して下さいと泣きつく? 帰って来て下さいと乞い願う? 面白いご冗談ですね、エリカさま。何ですか? 悲劇のヒロインでも気取っていらっしゃるのですか?」
「……なんですって?」
「ええ、私も謝るつもりですわ。何でもかんでもコータさまに頼り、本当に申し訳なかったとお詫び致しますわ」
でも、と。
「帰って来て下さいなんて、口が裂けても言いませんわ。わたくし」
「……」
「帰って来て下さいではありません。『帰る』のです。コータさまはわたくし達の所に帰ってくるのです。ごねても拗ねても許してあげません。首根っこを引っ掴んでもコータさまを連れて帰るのです」
「……何言ってるのよ、貴方」
「わかりませんか?」
そう言って。
「『我儘』を、言っておりますわ」
綺麗に、にこやかに笑んで見せて。
「コータさまはわたくしに仰いました。甘えて良いと、拗ねても良いと、『もっと私の相手をして』と、そう言っても良いと。だから、わたくしは『我儘』を言いに、ちょっと王都ラルキアまで行ってきますわ」
「……」
「コータさまはきっと、わたくしを暖かく迎え入れて下さいます。だって、コータさまですもの。なんだかんだ怒りながらも、最後は許して下さる方ですもの」
「そんなの……分らないじゃない!」
「ええ、分かりませんわ。ですから」
ただ……信じるのです、と。
「しん……じる?」
「コータさまは暖かく迎え入れて下さる。コータさまは、『仕方ないですね』と、あのいつもの苦笑を浮かべて私を許して下さる。もう二度と、失敗など致しませんわ。帰って来て良かったと、幸福だったと思わせて見せます。きっと、コータさまはもう一度チャンスを下さる」
「……」
「ですから……コータさまを信じないエリカさまはどうぞ、そこで泣いていてください。ご心配なく。わたくしがきっとコータさまを連れ帰って見せますわ。帰ってくるときは恐らく『良い仲』になっていますわ。そうですね……その時はどうぞ、わたくし達二人の祝宴を最前列で見せて差し上げますわ!」
旅装のまま、腰に手を当てて胸を張るソニアに。
「……言ってくれるじゃない」
……覚えていらっしゃるだろうか。
「貴方とコータが『良い仲』? は! そんな薄い胸して、笑わせてくれるじゃない」
エリカは――負けず嫌いなのである、とても。
「う、薄い胸ってなんですかぁ! だ、大体、胸の事はエリカさまに……」
そう言いかけて、ソニアは気付く。大草原の小さな胸と言われた……のかどうかはともかく、少なくとも人に誇れるほどの『戦力』を保持していなかったエリカに覚える、微かな違和感に。
「え、エリカさま……まさか、貴方……!」
「私の胸が……何ですって?」
ふふんと、鼻を鳴らすエリカと、自らのその天保山を見比べ、ソニアは叫ぶ。
「パッドですかぁ!」
「失礼な事言わないで! 自然よ! 自然現象よ!」
そう言って、その成長した――日和山から弁天山になった程度の成長ではあるが――とにかく、その二つの丘をこれ見よがしに張って見せるエリカ。
「っく! そ、その程度の成長で何を自慢げにしていらっしゃるのですか!」
「あらあら、御免なさいね」
「か、勝ち誇った顔を……」
「そうね。本当、この程度の成長で……ああ、肩が凝るわ。胸が大きいって大変ね、ソニ――ああ、ごめんなさい。貴方にはわからない事だったわね?」
オーホッホホとキャラに似合わず高笑いなんぞして見せるエリカ。唇を噛みしめ、こぶしを握りこむソニア。冷や汗を流すエミリ。コントである。
「……エミリさん?」
底冷えのする様なソニアの声と、ハイライトの消えたソニアの瞳に見つめられ、寒くもないのにエミリの背筋が震える。アレは、アレだ。『人が人を殺そうと思う瞬間って、結構冷静になれる』と噂のあの目だ。
「お父様に宜しくお伝えください。ソニアは立派に戦い、そして散った、と」
「胸の事でそうなったなど、とてもでは無いですが伝えられません」
はーっと大きく息を吐く。何だかとっても疲れたと、エミリはその富士山を揺らす。苦労人である、彼女は。
「そ、それにコータさまは別に胸は大きさではないと言っていました! 大事なのは形だと!」
「ふふん! 形だとしても私は自信あるもの! それに、形だけじゃなくて大きい方がいいもんね!」
「き、きーーー!」
断っておくが、この二人には一回り近く年の差があります。
「ふ、ふん! 良いですわ! とにかく、私はコータさまを迎えに行ってきます!」
「そ、ソニアさま! お考え直しを――」
「いいわ、エミリ」
「――くださ……え?」
慌ててソニアを止めようとするエミリを、声だけで制し。
「でも、少し待ってなさい」
「……は?」
「エミリ! 仕事、頂戴!」
「し、仕事って……え、え?」
「残りの仕事、全部済ますわ! それで十日程休み、取る!」
ドーン、と背景に効果音を背負いそうな勢いで言い切り、腰に手を当てるエリカ。その姿に、エミリは眼を白黒させる。何をいっているのだ、この人は。
「い、いえ……エリカさま? その様な事は……」
「ソニアだけに良い思いさせれますか!」
視線でソニアを睨みつけるエリカ。その視線を受けても、ソニアは余裕の表情を浮かべたままだ。
「あら? そんな事ができますかしら? それに、わたくしは何日待てばよろしいのですか?」
「ふ……三日! 三日でいいわ!」
「エリカさま! 三日なんて無理です!」
「無理でもやるの!」
視線の鋭さを、エミリに向けて。
「戻って来てもらうのよ、コータに! その為には、何でもやるわ!」
堂々と。
卑屈に背中を丸め、大人の顔色を窺うばかりだったエリカは、そこにはいなかった。
「……あー……盛り上がってるところ、悪いねんけど」
不意に、部屋の扉から声が聞こえる。
「マリア?」
「はーい。マリアですわ」
扉の入り口に斜めに体を凭れかけさせ。
「さっき、ウチのお兄ちゃんから手紙が届いてな」
手に持った紙を二三度振って見せ。
「……コータはん、帰ってくるって。テラに」
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