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アレです、閑話的な感じです。
第三十七話 旧友二人の密室談義
 フレイム王国宰相、ロッテ・バウムガルデンの仕事は多岐にわたる。内政・財務・外交・人事・軍事まで、ほぼ全ての権限がロッテに集約される体制になっているからだ。

 ロッテ以前の宰相はこうでは無かった。宰相は貴族の中から選出されるのが通例であり、事務担当は『王府』と呼ばれる一大官僚組織に任せられ、『フレイム王国宰相』とは、その肩書を持って他国に外遊し、ニコニコ笑っておけばそれで良かったのだ。『宰相』と『王府』が切り離された、全く別個の組織として存在していたのである。
 が、ロッテは違う。自身がその官僚組織である『王府』出身の官僚であり、その勢いのまま宰相に就任した。『王府』の主要部門のトップ――例えば内務局や財務局、警備局の各局長級の職員は全てロッテの後輩に当たるのだ。外交局長など、王府に奉職して初めての直属の上司がロッテなのである。当然、今までの様に『宰相閣下はこの書類を読み上げて頂ければよろしいです』なんて訳には行かない。

 自ずと各局長はロッテに発表する資料は最重要で取り組む事になる。信賞必罰、厳しい査定で有名なロッテだ。不興を買うのはイヤだし……

――何より、ロッテが怖いのだ、皆。

◆◇◆◇◆◇

「閣下」
「何だ?」
 時刻は既に夕暮れ。西日が差す部屋で書類を片付けるロッテの下に、秘書官から声がかかった。
「遅い時間から申し訳ございません。ユリウス外交局長が閣下に面会の許可を求めておいでです。火急の用との事ですが……」
「ユリウスが、か?」
「はい」
 いかが致しましょうか? と伺う視線を向ける秘書官に首肯で承諾の意を伝えると、秘書官と入れ替わりにフレイム王府外交局長、ユリウス・ブックがロッテの執務室に入って来た。
「遅い時間から申し訳ございません、閣下」
「まだ日も落ちて無い時間だ、構わん」
 喋りながらロッテはユリウスに椅子をすすめ、自身も執務机から立ち上がると部屋の中央に置かれる円卓の椅子に腰を降ろす。
「それで? 火急の用とは?」
 深々と腰をかけ、射ぬく様な視線をユリウスに向けるロッテ。自身の体の奥底から来る痛みに耐えながら、ユリウスは口を開いた。痛みの原因? 胃痛だ。
「先程、ライム大統領首席補佐官より書状が届きました。講和の進捗状況を聞きたい、と」
「……ほう」
「書状の最後にはソルバニアからも同様に、講和の使者に立つ用意があるという話が来た旨が記されています。今、ソルバニアに一枚かまれては、講和後の我が国の立ち位置にも影響します」
 如何致しましょうか? と、伺うユリウスに、先ほどよりも冷たい視線を送るロッテ。その視線に、ユリウスの胃痛が進行する。
「……確か、首席補佐官はまだ若い女性だったな?」
「え? ……あ、は、はい! クラリッサ。クラリッサ・ダマートです。エーコ出身の」
「ああ、そうだった。確かそんな名前だったな」
 もう一度、深く椅子に腰をかけロッテはじろりとユリウスを睨む。この場に胃薬があれば、恐らくユリウスは一気飲みしていたであろう。
「逆に聞こう、ユリウス外交局長。君は、どうしたら良いと思う?」
「ど、どうしたら、ですか? そ、それは……その……」
 しどろもどろになりながら中空に視線を彷徨わせ、口を開閉するユリウスに、ロッテは深く深く嘆息。
「君は外交局長として幾らの給金を国庫から頂戴していると思っているのかね? その程度の案件まで私に相談しなければ決定できないのであれば、何の為に君に職位と権限を与えているんだ? 我がフレイム王国は」
「も、申し訳……ございま――」
「ライムとラルキアの戦争の状況は?」
「――せ……え? ら、ライムとラルキアの戦争ですか? そ、それは、そ、その」
「遅い」
「は、はい! 現在、ラルキア軍はライム七都市の一つ、ダニエリ攻略戦を行っております!」
「戦況は?」
「ら、ラルキア軍の猛攻激しいながらも、ダニエリに戦力を集中したライム軍がやや優勢であります!」
「その通りだ」
 ロッテの言葉に、ほうっと息を一つつくユリウス。
「では、クラリッサ首席補佐官の意図は何だ?」
 それも束の間。ロッテは追撃の手を緩めない。
「い、意図……です、か?」
「ライムは自治都市国家の集合体だ。『大統領』なんて名乗ってはいるが、基本は自分の所の利権を優先する」
「は、はあ」
「アルベルト大統領もダマート補佐官もエーコ出身。縁も所縁も無いとは言わんが、自分の支持基盤の土地では無いダニエリが攻撃されたとしても、直接に腹は痛まない。焦って講和の話など口にする筈が無い」
「……で、ですが、『ライム都市国家同盟』として――」
「そこまで一枚岩な組織ではないさ、あの国は」
 そう言ってやおら口を噤み、じっとユリウスに視線を注ぐ。
「あ、あの――」
「ソルバニアが使者に立つ用意があると書けば、焦って当方が講和のテーブルを用意すると思って――ああ、そこまで都合よくは考えていないか。要は天秤にかけているというポーズ程度……まあ、その辺りか。そう思わんかね、ユリウス『君』?」
 ――ああ、あの目だ、とユリウスは思う。ラルキア大学政治学科を首席で卒業し、意気揚々と王府に奉職した初日、天高く伸びた鼻とプライドをズタズタにされた、ロッテ『局長』の、あの目だ。
「……は、はい」
「ダマート補佐官には返書を」
「な、内容は如何致しましょうか」
「……ソルバニアに頼むのであれば、そうしろ。当方は一切干渉しないとでも書いておけ」
「か、閣下!」
「どうした?」
「い、いえ……し、しかしそれでは!」
「オルケナ大陸の平和の為だ。出来るものならやって貰おうじゃないか」
 話は終わった、とばかりに席を立つロッテにしばし呆然とした視線を向けるも、やおらはっと気付いた様にユリウスも慌てて席を立つ。
「そ、それではその様に取りはからいます!」
「宜しく頼む」
 一礼し、ドタバタと音を立ててロッテの執務室を後にするユリウスに溜息一つ。先程まで手をつけていた書類に再び視線を落とし。
「あ、あの……か、閣下」
「……なんだ?」
 遠慮がちにかかる秘書官の声に、落としかけた視線を上げて。
「……紅茶を二つ、淹れてくれ」
 視線に入ったその人物に、今日の仕事を諦めて再び立ち上がり。

「貴様が此処に来るなど、どういう風の吹きまわしだ?」

 カール、と。

「おいおい! 久しぶりにあった旧友にその態度はねぇんじゃねえか、ロッテ?」

 クマの様な巨体通りに、ガハハと品の無い……良い様に言えば、豪快に笑うカール――フレイム王国近衛騎士団長、カール・ローザンを見やり、ロッテは額に手を当てて溜息をついた。

◆◇◆◇◆◇

 近衛騎士は、国王の最後の剣にして最強の盾。フレイム王国が『帝国』を名乗っていた昔より伝わる、フレイム近衛騎士団の掟である。
どれほど斬れ味の鋭い剣であっても、振う国王の意志に背いたり、まかり間違っても国王自身を傷つける様な剣では意味が無い。故に近衛に必要とされるのは何よりも『家柄』、つまり貴族階級が近衛騎士になる事が多い。これは別に、平民よりも貴族階級の人間の方が忠誠心が厚い、という訳では無い。貴族の方が平民よりも失う物が多く、それ故に無茶はしないだろうという判断である。合理的と言えば合理的だろうか。
 ちなみに近衛『騎士』と言っているが、フレイム王国の軍編成上は近衛『軍』が正しい。が、初代団長にして帝国国母たるフレイア・フレイムより千年続く栄光ある近衛に対しては、『近衛騎士団』という通称の方が何かと通りが良いのでこう呼ばれている。
「それにしても久しぶりだな、ロッテ!」
「相変わらず貴様は喧しい。少し黙れ」
 近衛騎士には『家柄』の他にもう一つ、重要なファクターがある。容姿だ。
 容姿よりも実力が重要だ……と言いたい所であるが、良く考えて欲しい。国王の住む王城深くまで攻め込まれているという状況は、既に国境周辺の軍が散々に破られた後という事であり、そんな状態で近衛騎士が奮闘した所で盤面をひっくり返す程の効果は、まあ常識的に考えて有り得ない。ならば、そう『ならない』様に周りの方面軍により手厚い兵士と装備を提供した方がましである。相対的に、近衛騎士に配属される者は家柄と容姿に優れた、貴族子弟の集まる一種サロン的空気になっているのが現状だ。剣聖と呼ばれ、容姿も実力も、愛らしさすら兼ね備えていたフレイアが見れば草葉の陰でそっと涙を流すであろう。何処が最強の剣で盾なのだ、と。
「そう言うなよ、ロッテ! 折角、こうやって旧友が訪ねて来たんだぜ? もっとこう、あるだろ?」
「無いな……おい、茶菓子は流しこむモノでは無い! 落ち着いて……カスが零れている!」
「ああ? こまけぇこと気にすんなよ! 後で掃除すりゃ良いだろ」
「……ほう? お前が掃除をしてくれるのか?」
「余計散らかる事になるけど、お前はそれで良いのか?」
「……良い訳ないだろ」
 ほーっと溜息をついて、ロッテは眼の前の『旧友』……腐れ縁の騎士団長を睨む。

 カール・ローザン。

 ローザン家はフレイム王国第三十二代国王の十一子を始祖に持ち、王都ラルキアの西方、ローザン地方を有するフレイム王国でも指折りの大貴族であり、カールはそこの当主に当たる。ロッテよりも三つ程若いとは言え、自身も既に七十に手が届きそうな年齢でありながら、未だに現役当主と近衛騎士団長を兼ね備える、バイタリティ溢れる男である。
「……」
 カールが近衛騎士団長に就任するまで、フレイム王国の近衛騎士団長と言えば、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花……と、女性評価で評されても可笑しくない様な中性的な、まあ優雅で典雅で物腰の柔らかい優男というのが定番であった。
「ん? 何だ、そんな眼で見て?」
 対してこのカールという男、過去のフレイム王国近衛騎士団長のカテゴリーからは大幅に外れている。
 無論、カールにも同情すべき点はある。ローザン侯爵家の四男坊に生まれており、さらに彼の兄達が優秀であった事も相まって、随分自由に育てられた。継ぐ家も領地も無かったカールは十五で王国軍の門を叩き、骨太で大柄なその体躯を買われ、ウェストファリア方面軍に回される。以来、他の貴族の子弟がやれ社交界だ、やれ舞踏会だと遊び歩いている時、カールは最前線で土埃に塗れて戦闘に勤しんでいた。優雅や典雅など身につく筈も無い。まあカール自身、宮廷の腹黒い策略云々などまっぴら御免であり、『堅苦しい宮廷生活より、むさ苦しい此処の方が百倍マシだ。何時かはこの戦場で仲間達と共に死にたい』と漏らしていたぐらいだから、水があっていたのもあるのだが。

 そんなカールに転機が訪れるのは二十八歳の頃。長男、次男が相次いで逝去。三男は既に余所の伯爵家に養子に出ており今更その伯爵家を空家にする訳にも行かず、方面軍に居たカールは侯爵家を継承。彼の言を借りるのならば『堅苦しい宮廷生活』に突入した。カールの長兄が就いていた近衛騎士団長という役職と共に。

 ……散々に言っておいてなんだが、カールの容姿は決して悪くは無い。ただ、今までの近衛騎士団長が『窓際に佇み、憂いを帯びた目で庭に咲く一輪の華を愛でる』のが似合うタイプだとしたら、カールは『洞窟の奥の方で、部下と共に肉にかぶり付き、酒をかっくらう姿が似合う』タイプであったというだけである。良く言えばワイルド系、悪く言えば山賊の親分辺りが似合う容姿だ。総白髪になり顔の皺は増えてはいるものの、往年の容姿の片鱗は見てとれる。
「……何でも無い。それより、何だ? 貴様がこちらに来るという事はどうせまた厄介事を持ちこみに来たんだろう?」
「さすが、フレイム王国宰相様だな。ご名答、頼み事だ」
「誰でも想像がつくさ」
 紅茶を一口すすりながら、眼で『話せ』と促すロッテ。その視線に、カールが少しだけ居住まいを正す。
「ウェストファリア方面軍に居る、フランクって男知ってるか?」
「ウェストファリア方面軍のフランク……というと、ドーレス男爵家の次男坊だったか?」
「そうだ。良く覚えていたな?」
「自分で知っているかと振ったのだろう? まあ、男爵家の息子でわざわざウェストファリア方面軍を志願した変わりモノだからな。名前ぐらいは記憶にあるさ」
 そのフランクがどうかしたか? と目線で問いかけるロッテにカールは一つ頷いて、口を開いた。
「副団長から申し出があってな」
「ファーバー伯爵か?」
「エヴァルト伯爵の方だ。どうやらフランクを近衛に入れたいらしい」
「フランクを近衛に? 待て。ドーレス男爵の所は去年、長男が近衛に入っていただろう?」
 近衛騎士団は格式や伝統、給金と言った点で、フレイム王国でも群を抜いたエリート集団だ。その上、軍務は各軍で最も楽。当然人気も高く、倍率は高くなる一方だ。
「お前の言ってる事はわかるさ、ロッテ。俺だって、これが他の貴族……例えばエアハルト辺境伯とかフリック公爵なら分かる」
 エアハルト辺境伯、フリック公爵とも王族に繋がる名門貴族だ。事実、エアハルト辺境伯は二人、フリック公爵に至っては四人も一族の者が近衛騎士団の騎士である。
「ドーレス男爵の家柄で近衛に二人も入れるのは異常何だが……」
「……賄賂か? それとも派閥か?」
「……両方だ」
 カールの言葉に、知らず知らずの内にロッテの溜息も深くなる。
「栄光と伝統ある近衛騎士団も、一皮向けば汚職と身内意識の蔓延る魔窟か。全く、嘆かわしいな」
「……そう言うな」
 ロッテの言葉に、カールの顔に渋面が浮かぶ。カール自身、頭の痛い問題だ。
「ファーバー伯爵もエヴァルト伯爵も俺の次の団長を狙っているからな。知ってるか? どうやら俺をそろそろ引退させようと思ってるらしいぞ、あの二人」
「後五年はやるつもりだろう?」
「まさか。十年やるさ」
 そう言ってニカッと笑うカール。若い頃から変わらない、その太陽の様な笑みは見てる者の心まで暖かくするような笑みであり、ロッテの好きなカールの表情だ。
「……まあ冗談は良い。それより、頼みとは?」
「俺はこの話を受けようと思う。現状、ファーバー伯爵の派閥の方が近衛騎士団内では強い。バランスを取る意味でエヴァルト伯爵派を増やしておこうと思う」
「……貴様はエヴァルト派か?」
「どちらもクソ喰らえだ。ただ、お互いの派閥の力が均衡している方が近衛は『安定』する」
 皮肉な事だがな、と自嘲気味に笑い。
「だが、俺が直接この話を受けて決裁するとなると……これは、非常に不味い」
「……だろうな」
 団長がエヴァルト伯爵の言を受け入れフランクの入団を認めるという事は、エヴァルト派に対して肩入れした、という事になる。実態はどうであれ、という注釈はつくだろうが、そう映る可能性は十分にあり、そう見える事が重要なのだ。
「つまり……貴様はその役目を私にやれ、とそういう事だな?」
 肩を竦めて見せるロッテに、殆ど拝みこむ様な姿勢のカール。
「近衛に意見できるとなると陛下か、宰相であるお前ぐらいしか居ない。無論、ファーバーの方には俺の方から巧く話はしておくし、ある程度の『利権』は与える」
 お前には迷惑はかけない、頼む! と頭を下げるカールに、ロッテが渋面を作る。
「頭を上げろ」
「なら!」
「……気が進まんが、近衛の安定の為には致し方なかろう。内部分裂などされても面倒だからな……しかし良いのか? フランクは方面軍の方が相性が良いと思うが?」
 カール同様、どう見ても『優雅で典雅』な仕草は似合わないであろう大柄な青年の姿を脳内に思い浮かべるロッテ。今度はカールが肩を竦める番だ。
「子供など、『家』の道具だ。そんなもの、フレイム王国の『常識』だろうが。年を取ったら物忘れも激しくなるのか?」
「忘れてはいないさ。眼を逸らしてるだけで」
「忘れるより性質が悪いな。フランクは可哀そうだが……仕方ないさ」
 ふうっと疲れた様に溜息を吐きだすカールに、ロッテはすっかり温くなった紅茶に口をつける。
「……年は取りたくないな、カール」
「なんだ、藪から棒に」
「昔の貴様なら、こういう『腹黒い策略』は好まなかっただろうな、と思ってな」
「……幻滅したか?」
「まさか」
 少しだけ、口の端を歪めて。
「大人になったんだろう、お前も」
「随分上から目線だな、おい」
 不満げな顔を浮かべるカールに、ロッテは顔に笑みを浮かべる。
「昔のお前ならこんな回りくどいやり方は好みでは無かったろう? そんなお前が、近衛の安定の為に慣れない腹芸などして見せるのだぞ?」
 心底楽しそうな顔を浮かべるロッテ。対してカールは憮然とした顔だ。
「……ガキだったんだよ、俺も。何だって力で何とかなるって思ってたしな。でもな? そういうお前だって――」
 そこまで喋り、カールは中空に視線を飛ばして。
「――お前は昔からそのまんまだな。ある意味すげーな、おい」
「昔から年寄臭かったんだろう、私は」
 表情を変えず紅茶をすするロッテの顔をマジマジと見つめ、すっかりぬるくなった紅茶に口をつける。
「……なあ」
「なんだ?」
「その……あれだ。お前が昔言ってたやつ、あるだろ?」
「随分漠然とした質問だな。何だ、昔言っていたやつ、とは?」
 ロッテの問いに、ぬるくなった紅茶を一息に喉奥に流し込み。

「『皆が笑って暮らせる国を作る』」

「……」
「アレ、今でも変わってねえのか?」
「……ああ」


『ねえ、ロッテ?』


「変わるわけが無かろう」


『だーれも悲しむ人が居なくて、だーれも辛い思いをする人が居ない国って、凄いと思わない?』


「……そうか」
「……ああ」


『あーもう! 何で笑うのよ! いい? 結局ね、国なんて人の集まり何だから! だったら、その国に住む人、皆が笑って暮らせる国を作るのが王府に勤める貴方の仕事でしょ!』


「……変わる筈、無いさ」


『だいじょーぶ! ロッテなら出来るって! 私、信じてるもん! だからロッテ、お願い! 良い国、作ってね!』


「『約束』だからな」


『約束よ!』


「……お前、やっぱり」
「……何十年前の話をしているんだ、カール」
「……」
「……」
「……悪いな」
「……いいさ」
 やれやれ、と首を振り椅子に深く腰をかけ直すカール。細く、長い溜息がその口から漏れた。
「年はとりたくねーな、ロッテ。どうしても思い出話になっちまう」
「全くだ」
「あーあ、そろそろ引退でもしようかな~」
「そうか。後任は誰に……どちらに、か? どちらにする?」
「……少しは止めるとかねーのかよ? 流石に傷つくぞ、俺」
「辞めたい奴は止めんさ」
「つれねー奴だな、相変わらず」
 つまらなそうに鼻を鳴らし、その後ぐいっとロッテに顔を近づけるカール。
「俺はともかく、お前はどうなんだ?」
「その前に、顔が近い。貴様のむさ苦しい顔をそんな近くで見せるな、腹立たしい」
「腹立たしいって……まあ良い……良くねーけど。とにかく、お前はどうするんだよ?」
「私?」
「お前だっていい加減じーさんだ。そろそろ引退して後任に託せば良いんじゃねえか?」
「後任、か」
 ロッテの頭に、先程縮こまって返答をしていた外交局長の顔が浮かび……首を振る。
「――もう少し、任せられんな」
「お前相手じゃそうだろうけどな。王府の人間は結構良く働いているぜ?」
「それは……まあ、認めるのはやぶさかでは無い。王府の人間は元々優秀な人間が多いからな」
「だったら尚の事、早めに後継者は見つけておけ。じゃないと俺みたいになるぞ?」
「身に詰まる言葉だな。経験者は語る、というやつか?」
「そういう事だ。良いか? 早めに後継者――」
「どうした?」
「ああ、後継者で思い出した。此処に来る前に陛下に謁見して来たんだけどよ?」
「……もしかして、爵位の話か?」
「そ。陛下が『そろそろロッテに爵位を上げたいんだけど……ローザン卿、何とかなりませんか?』って、例の上目遣いでお願いされたぞ」
「……仮にも国家元首のする事では無いな」
「女って怖いよな? 自分を一番可愛く見せる術を知ってるんだからよ」
「……陛下」
「まあそれはともかく、だ。ロッテ、お前一体何年爵位を断り続けてんだよ。そろそろ貰ってやれよ。陛下、可哀そうだろう?」
「『貰ってやれ』だとか『陛下が可哀そう』とか……貴様、本当に近衛の団長か? 不敬だぞ」
「いいんだよ、こまけーことは。大体、下賜された物を断っている方がよっぽど不敬だろうが」
「……私には伴侶も子供も居ない。先の短い老いぼれに爵位など不要だ」
「言うと思ったよ。陛下にもそう言って断り続けてるらしいな?」
「……」
「養子でも何でも取って爵位を継がせりゃいいだろうが。お前の子供は居なくても、バウムガルデンには沢山いるだろう?」
「居るには居るが……継がせる器の人間は居ない」
 ロッテの言葉にはーっと、あからさまに溜息をついて見せるカール。
「……あのな? 爵位ってのは『器』で継ぐもんじゃねーんだよ。純粋な『血』で継ぐもんなんだって。ロッテの直系じゃなくても、ロッテの血が少しでも混じってる人間が継げばそれで万事丸くおさまるんだよ。爵位なんてそんなもんだ」
「……」
「……」
「……すまん」
「……ちっ! お前は何時だってこの話題になったら強情だよな! わーったよ! 爵位の方は俺の方から陛下に言っとくよ!」
「……すまんな。助かる」
「俺だってお願いしに来た訳だからな。お互い様だ」
 そう言ってカールは立ち上がり、扉の方に歩みを進める。
「帰るのか?」
「良い時間だしな。予定もあるし」
「予定?」
「予定つうか……襲撃、だな」
「……穏やかでは無いな。なんだ?」
「いやな。旧友であるロッテ宰相閣下は『勇者』なんて面白いモン召喚しといて、俺には一目も合わせてくれてねーだろ? 折角王宮に来たんだから、ついでに顔でも拝みにいってやろうかなってな」
 扉の前で振り返り、悪戯っ子そのままの笑みを浮かべるカールに。
「……カール、ソレはきちんと予約を取っているのか?」
「予約? なんだ? その『勇者サマ』ってやつは予約取れなきゃ逢えねーよーな忙しい人間なのか?」
「いや……そうだな。忙しいと言えば忙しい」
「……何だよ、その奥歯に物が挟まった様な言い方は」
「今、その勇者様は王宮には居ない」
「……は?」
 口をポカンと開けるカール。その姿を視界の端におさめて。

「勇者は今、『ホテル・ラルキア』に居る。ウチの一族の、シオンというバカ娘と一緒にな」


 肩を竦め、この日一番の溜息がロッテの口から漏れた。



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