前回、『前後編です!』とか言ってたのにこの体たらく。ええ、三部作です。
あと、初レビュー頂きました。感謝、感謝!
第三十四話 フレイム帝国建国記・前編/或いは、世界に『恋』をした女
4月7日
異世界トリップした。
4月8日
昨日は気が動転して一行しか書けなかったけど、一晩寝たら少し落ち着いた。
どうやら俺、マジで異世界トリップしたらしい。
いや、ね? 俺だってそういう漫画やラノベは好きだけど、ガチで自分の身に振りかかったらテンパるわ! しかも、『おお、勇者よ! この大陸を救ってくれ!』なんて言われた日には思わず『出来ません! 勉強も運動も何にも出来ないヘタレです! マジでごめんなさい!』って由緒正しい日本のお家芸、D・O・G・E・Z・A! も繰り出したわ! もの凄い冷たい眼で見られたし! つうか、十七歳の高校生を捕まえて大陸を救えとか無茶言うな、ボケが!
……全然落ち着いてねえよ、俺……
4月9日
二晩寝たら流石に落ち着いた。うん、今度はマジ。
何でもこの大陸、いま結構『ヤバい』らしい。一応、チタン帝国って国が治めているらしんだけど、今の皇帝が国政放り出して酒池肉林、民の生活は困窮してるんだってさ。『酒池肉林とか羨まし過ぎるんですけど』ってぼそっと言ったら、領主のおっさんの隣にいた美少女にもの凄く睨まれたけど。あまつさえ、『お父様! こんな奴、勇者じゃありません!』とか言われて、『高津君は本当に温厚だよね~』と言われる俺も流石にカチンと来たね。別に俺が召喚してくれって頼んだ訳じゃねえよ! イヤならさっさっと元の世界に返せよ! って言ってやったら、涙目で睨んできやがった、
……ぷぎゃー! ねえ、どんな気持ち? 今、どんな気持ち? って煽ったら殴られたけど。
4月11日
取りあえず、俺を今すぐ元の世界に返すのは無理らしい。御役御免で役立たずな俺。が、領主のおっさんはいい人らしく『こちらの都合で勝手に召喚して申し訳ない。大したもてなしは出来ないけど、自分の家だと思って気兼ねなく住んでくれたらいいから』なんて言ってくれた。まあ、その娘(フレイアって言うらしい)がえらい剣幕で怒鳴りやがるけど。『この無駄飯喰らい!』って。別に俺はこの世界に来たくて来た訳じゃない、君たちの勝手な都合で召喚されただけで、何時返してくれても良い、そもそも新学期が始まってしまったが、来年受験な俺のこの貴重な時間をどう賠償してくれるのか? と理路整然と問い詰めてやった。フレイア涙目w おっさん、『マコト君の言う通りだね~』なんて言うから、『お父様はどっちの味方なんですか!』なんて言われてやんの。『え? マコト君の言う通りでしょ?』って火に油を注がなくてもいいのに。
……ねえ、どんな気持ち? 信じていたお父様まで敵に回ってどんな気持ち? って聞いたらおもっくそ殴られた。コイツには言語という便利ツールは無いらしい。
4月12日
眼があっただけでフレイアに殴られた。理不尽!
4月30日
召喚から三週間ほど経って、おぼろげながらこの世界の事が見えて来た。
まず、ここ。フレイム領って言う場所らしく、帝国でも結構高位な貴族の御屋敷らしい。そら、メイドやら執事やら居るからパンピーの家では無いとは思ってたけど……それにしても『フレイム』って。フレイアのフルネームなんか、フレイア・フレイムだぜ? センスの欠片もねえーだろ、超だせー……って思ったらフレイアに殴られた。『何か失礼な事考えてそうだからよ!』だってさ。エスパーか。
あ、エスパーで思い出した……という訳じゃないけど、魔法みたいな便利なモノは無い。科学も発達はしてねえし、良いとこ無し。
ちなみに俺、召喚特典みたいなモンは一切ないらしい。夜中にこっそり『ファイア!』とか叫んでみたけど、全然できねーの。黒歴史増えただけ。なにこのイジメ。
5月7日
どっかの領地で農民の蜂起が起こったらしい。その知らせを聞いてやべー! って一人でテンパってたら、フレイアがふんって人を小馬鹿にした様に鼻で笑いやがった。『お父様は善政で知られた領主よ? 蜂起何か起こる筈ないわ』だってさ。べ、別に心配なんかして無いんだからね!
6月17日
クッソがっ! 何が『お父様は善政で知られた領主』だよ! おもっくそ農民、蜂起しやがったじゃねえか!
6月19日
俺、今フレイアと二人旅してる。
領主のおっさんと……領軍? なんか知らんがおっさんの私兵みたいな奴らが『フレイア、マコト君! 今の内に! マコト君、フレイアを宜しく頼んだよ!』とか何とか言って、屋敷の隠し通路から逃がしてくれた。フレイアはずっと泣きっぱなし。正直、ちょっとウザい。
6月20日
会話無し。フレイアと二人で歩く。
6月21日
同上。
6月22日
同上。
6月23日
ああああああああ! 夜中までずっとグズグズ泣くフレイアにいい加減、キレた。最初こそポカンとしてたものの、顔真っ赤にして、『貴方に私の気持ちが分かる訳ない!』とか『私、一人ぼっちになっちゃったのよ!』とか言いだしやがった。
…………ふ・ざ・け・ん・な!
俺だってこっちに来てからずっと一人ぼっちだよ! しかも、勝手に勇者として召喚した癖に、何にも出来ないって知るとお前、散々俺の事馬鹿にしてただろうが! あまつさえ、召喚先が壊滅で逃亡生活だぞ? なんだよ、この罰ゲーム! どんな悪い事したんだよ、俺! 何にもしてねえだろうが! お前らの勝手な都合でとんでもない迷惑被ってるんだよ、こっちは!
……言い過ぎた、って思った時は遅かった。フレイアが泣きながらそっぽ向いて寝ちまった。気まずい。
6月24日
朝一番、フレイアが俺に『ごめん』って謝って来た。『貴方の事なんか、全然考えて無かった。勝手に召喚して、こんな事になって……本当に、ごめんなさい』って頭下げて……寂しそうに。なんか、調子が狂う。
6月25日
ローラって街につく。この辺りではそこそこ、大きな街らしい。『ここで別れましょう』って、フレイアに言われた。『私、『自らの贅の為に横暴の限りを尽くした領主の娘』だから』だって。去り際に結構な額の金を俺に渡して。こんなに貰えねえよ! っていったら『全部じゃないから! は、半分だから!』って捨て台詞残して逃げて行きやがった。んじゃ、有り難く貰っとくよ。
6月26日
狭いながらも我が家を手に入れた。いや、アパート……アパート? 長屋みてぇな所だけど。しかも借家だけど。まあ、贅沢は言うまい。フレイアに感謝、感謝。さて、後は仕事を探すだけ、だけど……結構大変だよな、職探し。ニュースでも就職難って言ってたし、日本ではただの高校生だもんな、俺。別段人に誇れる能力もねーし、仕事って言ってもそんな簡単に見つからねーか……ま、悩んでも仕方ないし、明日は頑張って探してみますか!
6月27日
就職しました。俺の人生マジイージーモード。
7月15日
酒場で働かせて貰う事になった。その名も素敵、『銀獅子亭』でキッチン&掃除担当だ。こんな所で家事スキルA+が生きるとは……おかん、『アンタが作る飯が一番美味い。美味い奴が作るのがこの家のルールだ』って育ててくれて本当にありがとう。ねーちゃん、『真! 窓の桟、ホコリ残ってるわよ!』って毎日小姑みたいにチェックしてくれてありがとう。妹よ、『おにーちゃん! ちゃんと拭かないと水垢残るでしょ? もー!』なんてお小言言ってくれてほん……と……う……に……
……ありがたいか?
7月20日
一カ月ぶりぐらいにフレイアを見た。まるで誰かから隠れる様にコソコソしてやがる。心なしかやつれた様に見えて、思わず『よう! 元気?』なんて声かけてみた。最初こそ、びくって体を震わして、俺の顔見てほっとした様な顔して、その後ちょっとだけ、涙ぐんで――
――気付いたら、家に連れ帰ってた。
料理作って喰わしてやった。初めは『い、いいよ! そ、そんな、悪いよ!』って言ってた癖に、遠慮がちに食べだしたかと思ったら凄い勢いで喰いだして……泣きだして。『美味しい』だって。『久しぶりに、暖かいごはん、たべた……』って。どんな生活してたんだよ、全く。
7月21日
一晩ぐっすり寝かして、話を聞いた。
なんでもフレイア、別れ際に路銀全部を俺に渡したらしい。それだけでも馬鹿なんだが、職についた先、ついた先でミス連発。終いには『金髪のちょっと目付の悪い女は絶対雇うな』って回状が出た。余所の街に行こうにも先立つモノもなく、当ても無く街をふらついていたら俺に出逢ったと、まあそういう事らしい。結構な高い位についていた貴族の御姫様が、野宿しながら食うや食わずの生活って……
……なあ、『よかったら、一緒に住むか?』って聞いた俺、間違ってねーよな? だっておっさんに『宜しく頼む』って言われたし、さ。
7月22日
取りあえず、職場に連れて行って見た。おやっさんは露骨に顔を引き攣らせたが、渋々フレイアも雇ってくれる事になった。良かった。
7月23日
……良くなかった。キング・オブ・ブキヨー。
7月24日
店の皿を二十三枚割った所で、おやっさんがキレた。『あのよ~? わりぃけど、やめてもらえねぇかな?』って、随分下手に出てたけど、額には青筋が浮かんでたもん。そらそうだ。だって、フレイアの給料より皿の方がたけーし。涙目になりながら『そ、そうですよね……す、すいません』なんて素直に頭を下げるフレイアの姿に胸を打たれた俺は、言ってやったね!
……客寄せで、ニコニコ笑わせておいたらどうすっかね? って。
まあ、フレイアは見てくれは抜群に良い。加えて頭も悪くないから、ウェイトレス的な? 感じで注文を聞いて回ればいいんじゃね? って。メイドの服装させて見ようぜ! って。むしろ、思いきって酒場じゃなくてメイド居酒屋にしようぜ! って!!!!
……フレイアさん、ドン引きだったけど。
8月10日
メイド居酒屋にマイナーチェンジ(内装そのまま、フレイアがメイドの格好しただけ)を果たした我らが銀獅子亭だが……申し訳ない程流行ってる。散々文句言っていたおやっさんも現金なモノ、『フレイアちゃん、一生ココで働くかい?』なんてニコニコ顔だ。スキンヘッドでマッチョな親父のニコニコ笑顔はちょっと怖いが。
8月25日
今日はフレイアの初給料日。『こ、こんなに頂いて良いんですか!』なんてびっくりしてたから、結構な金額を貰ったんだろう。
仕事終わりで家まで帰る途中、フレイアが『ご飯でも食べに行かない?』って言って来た。デートか? って聞いたら顔を真っ赤にして怒りやがった。そんなに怒らなくても良いのに。『あ、貴方の……マコトのお陰で住む家も、仕事も見つかったから……お、お礼よ! 他意は無いんだからね! じゅ、純粋なお礼だから!』だって。呂律が回らなくなる程怒るなよ、全く。
8月26日
フレイアの給料で暮らせるレベルの長屋を幾つか見繕って来た。だってな? 今住んでる所って1L・トイレ共同・風呂なし・同い年の男付き、な素敵物件だぞ? 幾らなんでも年頃の娘さんに暮らさせるのは酷だろうと、そう思って探して来たのに何故かフレイアさんブチギレでマシンガントークを繰り出しやがった。『お、追い出そうって言うの!』とか『べ、別に私はマコトと一緒に暮らすのがイヤなんてひ、一言も言って無いじゃない!』とか『こ、此処、き、気に入ってるのよ!』とか『せ、節約! 節約よ!』とか、まあ出るわ出るわ。いや、フレイアが良いんなら良いんだけどさ。
9月15日
メイド居酒屋銀獅子亭に一人の商人がふらっと立ち寄った。ユメリア・オーレンという名前らしい。美人で、巨乳。思わずガン見してたらフレイアに殴られた。最近、言語によるコミュニケーションが出来てきたと思ったのに……! 大体、何処の世界に口より拳骨が先に出る貴族令嬢が居るんだよ! 絶望するわ!
そんな俺らを見て、ユメリアさん大口開けて大笑い。『そっか、これが銀獅子亭名物、夫婦漫才ね!』だって。もの凄い不本意なんですが!
10月28日
最近常連さんになったユメリアから独立を持ちかけられる。ラルキアって街でこのメイド居酒屋をやってみないか、って。必要経費は出してくれるらしいし、言うならば雇われ店長みたいな感じか。『マコトの料理美味しいし、きっとラルキアでも人気出る。アイデアも良いと思う』だって。フレイアに相談したらきょとんとした顔をされる。『……私も、行っていいの?』とのたまいやがった。まあ、フレイアはこの街に大分馴染んだし、このままローラに居ても良いかもなって言うと左右にブンブン首を振って『い、行く! 絶対一緒に行く!』との事。ユメリアにその旨を伝えるとすげー微妙な顔をされる。何でさ?
11月7日
ラルキア到着! 新店舗の工事は既に始まっているが完成にはもう少し時間がかかるらしく、折角だからフレイアとラルキア散策と洒落こんだ。ローラより随分都会で、結構楽しかった。フレイアの顔が若干赤いのが心配だったが、風邪でも引いたか? 今日は帰るか? って聞いても『だ、大丈夫! 大丈夫だから!』って帰ろうとしないし。結構強行日程だったし、体調には留意して貰おう。
11月19日
悪気は無かった……と、言うと嘘になる。
……いや、でもな?
そこに風呂があって、覗き穴があって、湯船には美少女が入ってるって分かってて、『大丈夫だって、にーさん。絶対、ばれないから!』なんて言われたら……覗く、だろ? 健康な男子として! まあ、すぐバレたけどな! フレイアにボコボコにされたけどな! 宿屋の主人に『フレイアさまと……お連れの御客様は?』『ああ、アレ? クズよ』なんて言われて、そのまま宿帳に『アレクズ』って書かれたけどな!
……一時の感情で突っ走るのはもう辞めようと、心から思いました。反省します。
11月21日
ボコボコになった俺の顔を見て心配してくれたユメリアに、昨日の顛末を恥ずかしながらお話する。きょとん、のち、爆笑。『店の名前は『アレクズ亭』に決定ね!』だって。酷いイジメだ、訴えてやる!
……うん、自業自得ですね。
12月23日
ユメリアが一人の女の子を連れて来た。結構な美少女で、アレイア・フェルトっていう名前らしい。アレイアさん、すげー優秀な学者らしいんだが……このラルキアって街、男尊女卑が激しい領地らしく、『女性』ってだけで差別を受けて、仲間に入れて貰えないらしい。折角優秀なのに勿体ないな~……なんて、思って見てたら。
『……ちょっと? 何さっきからジロジロ見てんのよ? 辞めてくれない、そんな汚らわしい眼で見るの。妊娠しちゃうでしょ!』
とか言いやがった。おいユメリア。別にこいつは女だから差別された訳じゃないぞ? 純粋に口が悪いからだ!
◆◇◆◇◆◇
「……これは?」
手元の書物から眼をあげ、浩太はシオンに言葉をかける。
「アレックスが書いたと言われる書物、通称『アレックス書簡』だ。それは写本だが、それでも五百年前の貴重な書物だ。汚すなよ?」
そう言って手元の御茶……ではなく、水で口を湿らせるシオン。その姿を横目で見ながら、浩太は再び書物に眼を落とす。
「読めるか?」
「ええ。何とか」
「……ほう。やはりか」
感嘆の言葉がシオンから漏れる。訝しむ表情を浮かべる浩太に、シオンは黙って右手をひらひらとさせた。
「いや、すまない。私の想像通りだったのでな」
「……と、いうと?」
「言語学的には言葉は『語族』と呼ばれるグループに分けられる。オルケナ大陸の各国家の言語、例えばフレイム語とかソルバニア語、或いはローレント語などはオルケナ語族、ヤメートやシンライなどの東方の国は汎ロレイト語族、デジャス大陸はハマルト語族、といった感じでな。同じ語族に属する言語は文法や単語などの類似性が認められる」
そう言って浩太の持つアレックス書簡を指差す。
「だが、その『アレックス書簡』に書かれている言語は現代のどの語族にも近似する言語が無い。便宜上、古オルケナ語族に属する古オルケナ語とされているが……オルケナ語との近似性はほぼ、ゼロだ。オルケナ語を知っていても読めないし、他のどの言語を知っていても読む事は難しい、今は失われた言語……の筈だったんだが」
そう言って、シオンはポケットから一枚の紙を取り出す。
「それは……って、テラの引渡証書ですか?」
「そうだ。それの、ホレ、此処の部分――」
そう言いながら、シオンは偽造防止の一環で浩太が入れた、『住越銀行世界で地銀』の文言を差した。
「この一番最初の文字、アレックス書簡の此処の文字と同じ形をしているだろう? 三番目の文字は此処だし……四番目の文字は此処だ。どういう意味かは分かりかねるが……同じ文字で間違い無いな?」
「……ええ」
「この『古オルケナ語』は、コータの理解出来る言語、コータの居た『世界』で使われていた言語である。正解か?」
「そうですね。世界どころか、『国』まで一緒ですよ」
そう言って、浩太は再び古オルケナ語で……『日本語』で書かれた、アレックス書簡に眼を落とす。その姿を横目で見て、小さくシオンが体を震わした。
「……これで、確証を得た。やはり、アレックスは召喚された勇者だ。コータ、お前と同じ様に、召喚された『勇者』だったんだ!」
シオンは興奮したように両手を大きく広げ、天を仰いだ。が、それも一瞬。机からもの凄い勢いで身を乗り出し、コータの鼻先に自分のそれを持って行く。
「ち、近い! シオンさん、近いです!」
「そんな事はどうでも良い! それよりコータ、教えてくれ! その『アレックス書簡』には一体、何と書いてある!」
「こ、興奮し過ぎですよ! 落ち着いて! ハウス!」
「興奮もするさ! 一次史料はどれもアレックスの『側面』を書いた物ばかり。アレックスが何を見て、何を感じて、何を思っていたのか、アレックス自身の口から語られている物は無い。それが解読できるとするならば……大発見だぞ、これは!」
鼻息も荒く、コータに詰め寄るシオン。部屋は『ああ』であったが、シオンから漂う柑橘系の甘い香りは、正常な女の子と何らかわりなく……まあ、コータの鼻腔を刺激した。
「わ、分かりました! もう少し、もう少し読んでから解説しますから!」
「お、お預け……だと? くそ、この焦らし上手め……私に浅ましくも涎を垂らして、物欲しそうな眼でみておけと、お前はそう言うのだな!」
「言って無い! そんな事は一言も言ってないですから!」
どんなプレイだ、それは。
「っと、取りあえず続き……は、何だか日々の愚痴みたいですね。少しページを飛ばして……」
と、そこで浩太の目に一文が飛び込んで来た。
◆◇◆◇◆◇
4月7日
俺がこの世界に召喚されて今日で丸四年になる。なんつうかこの四年、マジで色々あった。召喚自体もそうだけど、逃亡、就職、独立に加えて義勇軍の設立と、フレイム領奪還作戦だもんな。まあ、俺は後ろで見てただけだけど。取りあえず、フレイアさんマジ無双。剣姫の名は伊達じゃないね、うん。
あと、アレイア。アイツは多分、頭の作りが人とは違う。だって、『俺の世界では鉄砲って武器があってだな?』って話をしただけで、鉄砲再現するって……どんなチート生産職も真っ青だぞ、それ。『火薬もあるし、鉄もある。原理が分かれば簡単よ』なんて言ってやがるけど、普通は原理が分かっても作れないと思います。
ユメリアはユメリアでアレイアの作った色んな物を売りさばいて巨万の富を築いてるし。ケチだけど。御殿だって建てれるのに、未だに借家住まいだけど。朝晩二食、それも一汁一菜だけど。
金ってああいう人じゃないと貯まらないんだろうな……
まああいつらの事は良い。問題は俺だよな~。やっぱ、『フレイム領主』は肩の荷が重いよ、ぜってー。『フレイムもまだまだ男尊女卑が強い地域よ。私が領主になるより、マコトが領主をした方が良いわよ』ってフレイアに言われたけど……よく考えなくても、素性の怪しい流れの俺より、フレイアの方がマシなんじゃね?
4月17日
今日、『光の女神』を信奉する宗教の人が勧誘に来た。いや、これじゃ『貴方は神を信じますか~』みたいな感じだけど、実態はちょっと違う。何か知らんが領地での布教の許可が欲しいとか何とか。入信するつもりは無いけど、好きなようにしたら? って答えたら、ちょっと残念そうにしながら、でも嬉しそうに帰っていった。
4月18日
今日、『正義の神』を信奉する宗教の人が来た。内容は『光の女神』とほぼ一緒。俺の解答も一緒。
4月19日
今日は光の女神の教祖と正義の神の教祖が二人揃って来た。曰く、『どちらをこの領地の正統な宗教と認めるか、決めて頂きたい』って……いや、いいじゃん、両方で。
4月20日
今日も二人揃って仲良く教祖が来た。嘘、仲はめっちゃ悪いけど。散々がなり立てて帰っていった。
4月21日
今日も二人揃ってきやがった! 実はお前ら仲良いだろ!
4月22日
今日も。
4月23日
馬鹿二人、来襲。
4月24日
懲りずに二人で。
4月25日
『ぼくがかんがえたさいきょうのしゅうきょう』
なまえ:こうづきょう
しゅうし:なんでもすきなかみさまをしんじましょう
……やってられるか、クソが! 毎日毎日毎日毎日毎日いい加減にしやがれ! ああ、そうかい! それじゃこのフレイム領での『正統な宗教』は高津教だ! いいだろ? 俺の苗字を冠した素晴らしい宗教だ! どんな神様でも信じてオッケー! どうだ? 素晴らしいだろうが! 大体だな? クリスマスに盛大に異国の教祖の誕生日を祝った一週間後に寺で煩悩吹き飛ばし、その足で神様に言祝いで貰いに行く様な宗教的には節操の無い日本で育ったんだよ、俺は! 知るか! 好きなモン神様にしとけ! 八百万の神様って言うんだよ、俺の国では! 光の女神も神様、正義の神も神様、トイレの神様も、電子の神様も、代打の神様も、特撮の神様もみんなみんな神様で友達ね! ハイ、論破!
今日からこの領地の宗教は高津教! 決定! さ、お前ら帰りやがれ! ケッケケケ!
4月26日
つい、かっとなってやった。今は反省している……って思ってたんだよ、さっきまでは。今日も来たんだ、馬鹿二人。流石に言い過ぎたかな~っと思ったから謝ろうと思ったら『素晴らしいお考えです、アレクズ様』だって。俺がブチ切れた後に、二人でゆっくり話し合ったんだと。そしたらお互いの宗派の良い所が見えて来たらしく、お互いの神様を尊重し合いましょうと……まあ、そう言う話らしい。『私達は、常に争う事ばかりを考えていましたが……『共存』、そういう考え方も……あるのですな……』だって。最後は仲良く手なんか繋いで帰りやがった。
……。
………。
…………なに、この茶番。返せよ、俺の数日!
◆◇◆◇◆◇
「どうだ、コータ! どんな事が書いてある!」
「だから近いですよ!」
「だ、だって……眼の前で、コータがアレックスのアレを見てるなんて、羨ましくて……私、もう、我慢できない。はやく……イレ、て……」
「何を!? ねえ、何をです!」
「『知識』に決まってるだろう! アレックスによって書かれた全ての知識を、私の、一番深い所まで……早く、いれ――」
「ストーーーップ! 何言ってるんですか、貴方!?」
悩ましげに息を荒げ、潤んだ瞳で浩太を見つめるシオン。繰り返しにはなるが、シオンは部屋がとてつもなく残念なだけで、見てくれは抜群に良いのである。まあ、今の姿を見るかぎり、言動にも若干残念なモノはあるが。
「分かりました! 今は、ウーズ教……でしょうね、多分。ウーズ教が書かれている所を読んでいます」
『高津教』が、千年の時代の間に『ウーズ教』に訛ったのであろうと推測する浩太。それに異常なまでの反応を示したのが我らが残念娘、シオンである。
「ほう! ウーズ教だと! オルケナの根幹! 最古にして最新の宗教、ウーズ教! いがみ合う神々に調和を説いた、アレックス最大の業績の一つだな!」
興奮しきった姿でまくしたてるその姿に、浩太の背中に冷たい物が走る。
「えっと……ええ、概ねその通りです」
「そうか! やはりアレックスは偉大だな!」
本当は単にキレただけ、とは言わない方が良いと浩太は判断。嘘は言って無いだろう、多分。教祖二人に『調和を説いた』と言っても……拡大解釈である事に眼を瞑れば、まあ間違ってはいない。
「それで! 他には! 他にはどんな事が書いてあるんだ!」
「だから、落ち着いて下さい! ほら、水! 水でも飲んで!」
「ああ、ありがぼぼぼぼれべ? ぼんばぼとが――」
「水飲みながら喋らない! 零れてる!」
訂正。言動も大変残念だ。ポケットから取り出したハンカチでシオンの口を拭いながら、浩太は胸中で盛大な溜息をつく。端から見たらまるっきり介護である。
「……落ち着いて下さい」
「ん……す、済まない。少し取り乱した」
「………………少し?」
「……………………とても、取り乱した」
自らの情けない姿を悟ったか、頬を微かに赤らめそっぽを向くシオン。
「……仕方ないだろう。建国帝アレックス、その人の軌跡に触れる事が出来る機会だぞ? 取り乱すさ」
「そんなに好きなんですか、アレックス帝が」
首を縦に振る肯定の姿を想像した浩太の期待を裏切る様に、シオンの首は左右に振られた。
「いいや。別にそこまで好きでは無い」
「……は?」
「私は別にアレッキシアンでは無いし」
「未確認ワードが飛び出したのですが? アレッキシアン?」
「アレックスの熱狂的なファンの事だ。『アレックス物』は人気の演劇だからな」
「……今の貴方の状態を見たら確実にアレッキシアンだと思うんですが?」
「私が好きなのはアレックスでは無い。私は『知識』が好きなだけだ」
「知識?」
ああ、と一つ頷き。
「私は知りたいんだ」
「知りたい……ですか?」
「この世界には何があるのか? この世界には一体どんな秘密があるのか? 魚はなぜ息をする事無く大海原を泳げ、鳥は何故飛ぶ事が出来るのか。火は何故燃え、風は何故吹き、大地は何故木々を育てる事が出来るか……この世界の謎、全てを解き明かしたい」
「……それは」
「敢えて言葉にされなくても理解している。『知識』は無限にあるが、対する私の時間は『有限』だ。この世界の全てを知るには、私に残された時間は少な過ぎる。そして『全てを知りたい』と願うのは、とても傲慢な望みである事も十分承知している。全知全能足るのは神のみで良いとも思うしな」
そう言って、それでもとても綺麗な笑顔を見せるシオン。
「だが、私はこの生き方に別段痛痒を感じていない。毎朝、寝床から起きる度に私は世界に祝福されているとさえ思う。『今日も一日が始まったよ、シオン。さあ、新しい世界を見に行こうじゃないか』とな。まるで、世界に『恋』をしているようだ。今日は何を教えてくれるのだろう? 今日は何を見せてくれるのだろう? 世界は毎日私に違う姿を、違う言葉を、違う想いを教えてくれる」
その度に、私は満たされる、と。
「……命短し学べよ乙女、と言った所か?」
儚げな印象を一転、茶目っ気を含めて笑って見せる。その笑顔に、思わず浩太も苦笑。
「随分、幸せな生き方ですね?」
「ああ。一日たりとも同じ日が来ない、毎日新しい発見のあるそんな自分の人生が私は大好きだよ。そしてコータ、これから君が教えてくれるであろうアレックスの物語に胸が高鳴って仕方ないさ。さあ、早く教えてくれ。私に、知識を与えてくれ。今日という日を、君との出逢いを素晴らしい物だと思える様に、この出逢いを世界に感謝できるように、私に――」
――もっと、世界に『恋』をさせてくれ。
「早く、教えてくれないか?」
心持、頬を朱に染め。
本当に、世界に恋をしている様な――切なげで、それでいて優しい、暖かい笑みを見せるシオンに。
「……シオン、さん」
知らず知らずに、浩太も瞳を逸らす。
「ん? どうした?」
その姿が、余りにも綺麗だから。
「……言い難いんですが」
――では、無く。
「その……鼻血、出ています」
「な、なに? は、鼻血?」
興奮のし過ぎか、右の鼻の穴から一筋の赤い線。慌てた様子で手の袖で自分の鼻を拭うシオンを横目に胸中で大きな大きな溜息を一つ吐きながら、浩太はシオンの片思いで良かったと心の底から思う。
シリアスな場面で、興奮し過ぎて鼻血を垂らす妙齢の美女って……こんな『残念』な姿を見たら、百年の恋も冷めるというモノだ。流石の『世界』であっても。
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