第三十二話 勇者の証明
執務机が一つに、中央に小ぶりの円卓と椅子が二脚。申し訳程度に一輪差しの花瓶と、絵画。
それがフレイム王国宰相執務室にあるものの全てである。オルケナ大陸随一の名門王国であるフレイム王国の宰相執務室としては、その伝統と格式に鑑みれば随分『地味』と言えるであろう。
現在、この部屋の主であるロッテ・バウムガルデンはこの質素な調度品のみで構成された部屋が好きである。どちらかと言えば現実主義者である彼にとって、調度品の多さは煩わしさを感じこそすれ、精神の癒しにはなりはしない。綺麗な絵画も、綺麗な花も彼には必要無いのだ。教養程度にそれらを学んだ以上の愛着は無い。
「失礼します、閣下」
執務机に腰掛け書類に目を通していたロッテに、扉の向こうから声がかかる。落としていた書類から眼を上げると、ロッテは扉越しに声をかけた。
「なんだ?」
「お申し付け通り、お連れ致しました」
その声に、もうそんな時間かと思いロッテは執務机から立ちあがり扉を開ける。眼前には見慣れた城付メイドが頭を下げている姿が目に入り、その後ろには。
「……御無沙汰しております」
「お久しぶりですな」
ロッテの決して大きくは無い眼が、さらに細まる。見ようによってはお爺ちゃんが孫を見る様な視線。
「まあ、扉口で話す事もありますまい。こんな所ではなんですので……紅茶を頼む」
一礼して下がるメイドにそう言付け、ロッテは客人を部屋に招き入れた。遠慮がちに、それでも物珍しそうに部屋の中を見回した客人は――その表情を訝しげなものに変化させる。
「どうされましたか?」
「失礼。その……思ったより、物が少ないので」
「執務室、ですからな。華美な装飾は不要、必要なモノだけあれば良いのです」
「……なるほど」
一つ、軽く微笑みロッテは円卓の椅子を指す。
「さあ、どうぞお掛け下さい」
松代殿、と。
笑みを浮かべたロッテに、浩太は一つ頷き腰を降ろした。
◆◇◆◇◆◇
「申し訳ございませんでしたな。急にお呼びだてして」
向かい合わせに座る二人の間、置かれたテーブルの上では紅茶が湯気を立てていた。
「いえ。私も一度、御挨拶をしなければいけないと思っていた所です」
社交辞令を一つ、湯気を立てたカップに口をつける。鼻腔を擽る紅茶の香りに、少しだけ浩太の頬が緩む。どちらかと言えばコーヒー党である浩太だが、オルケナに来てからはどこでもかしこでも紅茶が出て来る。貧乏公爵であったがエリカだが、そうは言っても王族、飲むモノも一流であり……まあ、少しだけ紅茶の味に五月蠅くなった浩太が飲んでも、『これは』と思わせる一品だったという訳だ。
「そう言って頂けると助かります。全く、陛下の我儘にも困ったモノです」
少しだけ、疲れた様に微笑むロッテに浩太も苦笑で返す。
「いえ……私としても丁度良かったですよ」
浩太にしては珍しく声を荒げたあの日から四日。浩太はフレイム王国の王都ラルキアに来ていた。
『こ、コータ?』
不安げにこちらを見つめるエリカの視線が脳裏をよぎる。
「……」
――あんな顔をさせてしまった。
――辛そうな、悲しそうな……寂しそうな。
――幻滅した様な、そんな顔。
「……」
だから、逃げだした。
――嫌だから。
――辛いから。
――苦しいから。
そんな眼で見られるのが、そんな風に思われるのが。
期待され、憧憬され、信頼され、信用されて――それに、答えられないのが。
堪らなく……苦しいから。
国王からの呼び出しという、最高の逃げ道に。
――迷う事無く、逃げ出した。
「……どの。松代殿?」
「――え? ……あ、ああ! すいません。少し、ぼーっとしてしまいまして!」
不意にかかる声に、思考の海に沈んだ自分を慌てて引き上げる。目の前には、ロッテの訝しんだ、それでいて心配そうな顔。
「やはり、お忙しい所を呼びだしてしまいましたかな?」
「いえ……そんな事は。あそこに居ても私の仕事はありませんし」
「御謙遜を」
ロッテの言葉に、浩太は力無く首を左右に振る。実際、今のテラで浩太の出来る事は無い。強いて言うのなら、時間だけが解決してくれる問題だ。
「貴方の噂は聞き及んでおりますぞ? テラは今、目覚ましい発展を遂げている。王都の商人も皆言っております。『テラに今支店を出せば、濡れ手に粟で儲かる』と」
否、と。
「正確には言って『いた』ですな。今は誰もテラにだけは行きたくは無いと言っております。命あっての商売だ、と。嘘を申しても仕方ありませんのではっきり申し上げますが、テラは今、フレイムで一番危険な街です」
ロッテの言葉が、浩太を貫く。
「……そう、ですか」
「ええ。ライムやラルキア……王都ではありませんぞ? ラルキア王国の方です。まあ、その二つに比べれば幾分マシですが……何の慰めにもならないでしょう?」
ロッテの言葉に浩太は頷く。治安維持など統治の基礎の基礎、それが出来ない領主など領主足り得ない。領主ではないが、為政者側に立つ人間として、ロッテの言葉は浩太に重く圧し掛かる。
「では……今回の『召喚』も?」
「はい?」
「いえ……領主としての義務を果たしていない、という叱責を受けるのでしょうか?」
浩太の言葉に二、三度瞬きをした後、ロッテは可笑しそうに口を開いて笑う。
「……失礼。そう言った事情ではありません。フレイムはオルケナのどの国よりも諸侯の裁量を大きく認める国家。自分の街で起こった問題は自分で片付けるのが基本です。ですので、今回の件に関してテラに何かの罰が下る訳ではありません。第一、もしそうであるのならば貴方ではなく、エリカ様をお呼び立てします」
「……その通りですね」
少しだけ、反省。テラでの失策を理由に呼び出される責任は浩太には無い。無論、責任を取る『権利』も。全く、何を勘違いしているのだろうか、と心の中で浩太は苦笑を浮かべる。
「先程も申した通り、今回は陛下の『我儘』です。テラを再建した『勇者』の話を聞いてみたいと、まあそう言った所でしょう」
「……勇者、ですか」
「勇者召喚の儀で呼び出された『勇者様』ですからな、松代殿は」
仮にも一王国の宰相であるロッテ、無論馬鹿では無い。リズが浩太を召喚……リズ的には召還が正しいのだが、とにかく浩太を呼んだ目的ぐらい大体あたりがついている。あたりがついているが、それを敢えて浩太に言う程愚かでは無い。
「勇者ではありませんよ、私は」
だって。
「いいえ」
ロッテは、嫌いなのだ。
「貴方は間違い無く『勇者』です。そして、『勇者』は世界を不幸にする」
勇者が……『英雄』が。
◆◇◆◇◆◇
「私はね、松代殿。勇者に救われた世界程、不幸なモノは無いと思うんですよ」
「不幸、ですか?」
「ええ」
紅茶を一口含み、ロッテはその――表面上は穏やかな眼差しを浩太に向ける。
「『勇者は悪い魔王を倒し、塔に囚われていたお姫様を救い出しました。勇者と姫は末永く仲良く、平和に暮らしていきました。めでたしめでたし』」
「……駄目なのですか、それは?」
悪い魔王を倒し、祝福の鐘が鳴る。世界は平和を取り戻し、人が人として遍く不変の平穏を手に入れる。勇者もお姫様も、幸福に暮らして行く。完全無欠の、紛う事無きハッピーエンド。
「素晴らしいじゃないですか、それは」
「そうですな。確かに、素晴らしいです」
長い髭を一撫で。
「ハッピーエンドの、その『後』を見なければ」
「……どういう意味、でしょうか?」
「世界を恐怖に貶める様な、そんな魔王を倒した『勇者』ですぞ? それはそれは、素晴らしい英雄でしょう。そんな素晴らしい英雄であるのならば」
はて? その『英雄』を担ごうとする人間が……いませんかな? と。
「世界を救った英雄様、魔王を倒し平和を導いたその方に、自らの指導者になって欲しいと思う純粋な民衆もおりましょう。加えて姫を妃に迎えている以上、その勇者は王族です。指導者になるべく資格は十分ある」
「……」
「勇者が、指導者として優れた素質と才能を秘めた人間であるのなら僥倖でしょう。が、魔王を倒すのと国家を運営する、というのはまた別の能力ですぞ? 魔王を倒した英雄が即、国家運営で抜群の才を発揮する? 一人の人間にそこまで期待するのは酷ではないですかな?」
一分野で才能を発揮した人間が、別の分野でも同様に才能を発揮する例も無くは無い。無くは無いがしかし、それは極々限られた一握りの人間のみ。『魔王』を倒した『勇者』が、国家を運営するというその才能を持つ人間で有る確証など無いのだ。
「政治も、経済も、外交も、人間同士の戦争も知らない勇者が『王』として国政に当たる。これはちょっとした恐怖ですな。加えて、宮廷は魔窟です。甘言を弄し、勇者に取り入ろうとする人間も必ず出て来る。そんな国が、真に正しく導かれると思いますかな?」
「なら……勇者が国政に携わらなければ。一市民として、平和に、楽しく姫と暮らせば――」
「世界を救った勇者に、城下の町屋で寝起きをさせるのですか?」
紅茶をもう一度、口に含み。
「……近所の魚屋で買い物をさせるのですか? 町内清掃美化活動をさせるのですか? 鐘の音と共に職工に交じって働かせるのですか? 世界を救った勇者に」
「……それ、は……」
「無理ですな。勇者が望む、望まないに関わらず、『勇者』は『勇者』として遇される。どれ程世界を救ったじゃないかと言っても、どれ程自分の役目は果たしたと叫んでも、どれ程もう放って置いてくれと望んでも、どれ程ただ『一市民』として暮らしたいと願っても、世界は勇者を……『英雄』を欲す」
どうですかな? と。
「不幸でしょう? 世界も……無論、『勇者』本人も」
その言葉に頷きかけて……気付く。
「ロッテさん、貴方は……」
「私の望む国に『勇者』は要らないのですよ、松代殿」
……だから、追い出した。
「『前』を見て突き進む人間も確かに必要でしょう。ですが、欲しいのは『ソレ』では無い。突き進み、突き抜けたハッピーエンドの『後』を見れる人間が欲しいのですよ、私も……この国も」
「私が、『前』だけしか見ていないと?」
「少なくとも、私はそう思いますな」
だから、と。
「失敗するのですよ、テラでも」
「――っ」
思わず、浩太の息が詰まる。
「なるほど松代殿、確かに貴方は『勇者』で『英雄』だ。はっきり申しましょう。エリカ様が治められているロンド・デ・テラという領地は、フレイム王国の中でも一、二を争う不毛な土地です。そんなテラをあそこまで発展させたのは間違い無く貴方の手腕でしょう。貴方は恐らく、優れた経済家なのでしょう。もしかしたら優れた財政家、或いは優れた商人なのかもしれませんな」
ですが、と。
「貴方は、『政治家』では無い」
「……」
「テラの行った減税による商人の誘致と引渡証書による利便性。なるほど、中々に面白い事を考えられる。そう、経済家として、財政家として、或いは商人としては成功でしょう。ああ、その功を否定するモノではありませんぞ? むしろ素晴らしいと諸手を上げて貴方に敬意を表したい」
「では、なぜ失敗と仰られるのですか? テラという街は発展し、各国の商人たちが闊歩する街になりました。今でこそあの様な状態ですが、戦争が始まるまでは何の問題も無かった筈ですが?」
「仰る通りですな。ですが、戦争が始まってからは……その『後』は、どうだったのですか?」
「……」
「確かにテラは発展したのでしょう。ですが、松代殿? 政治に、国家に、領地経営に最も大事なモノは何だと思われますか?」
「それは……」
浩太は答えられない。最もである。彼は銀行員であって、政治家では無い。
「想像でしかありませんが、恐らく貴方はこう考えたのでしょう。『テラに商人を集め、経済を発展させれば街は栄えるはずだ』と。ええ、その考え自体は決して間違えてはおりません。おりませんが……一番大事なモノはそれではないのですよ」
「……では、何が大事だと仰るのですか?」
「民です」
「民?」
「ええ。『国家』とは即ち、『民』です。民の居ない国家など、国家ではありません」
「王政の国の言葉とは思えませんね?」
「王政だからこそ、です。王を王足らしめるのは、王を認める民があってこそですぞ? 一人で『自分が王だ!』と叫んでみても、精々が物笑いの種でしょう」
「……正論です」
「どんな国だろうが、民にそっぽを向かれた国は滅びます。それこそ、今のテラの様に」
「……」
「さあ、松代殿? テラに『民』は居るのですか? テラという街を、『自らの街』と、『故郷』と思う人が……一体、どれくらいテラに居るのですか?」
「……居ますよ。テラにも、テラに生まれ、テラで育ち、テラを愛し――」
「言い方を変えましょう。テラの『内政』に関わる、大事を決める事が出来る人間が、果たしてどれ程いますか?」
「それ……は……」
浩太には答えられない。
「何故、貴方がそんな失敗をしたか分かりますか?」
まるで、答えに詰まった生徒を諭すよう。
「貴方は『人』を見ない」
優しく、厳しく。
「貴方は、『人』に見せない」
――少しの侮蔑と……それ以上の憐憫をこめて、ロッテは語る。
「貴方がした事は、テラを踏み台とする人々を集めたに過ぎない。そうですな。貴方は結局、民の事などこれっぽっちも考えていない。だから、平気で街の中で戦争を始めてしまう様な輩を招き入れる。貴方は民など見ていない。貴方が見ているのは結局――」
『数字』だけ、と。
「……」
「優れた経済家は、優れた政治家ではないのです。優れた勇者が、優れた為政者ではない様に」
だから、と。
「取引をしませんか、松代殿?」
「取引?」
「今、テラで起こっている『問題』を私が解決して差しあげます」
――え、と。
浩太の口から声にならない声が漏れる。
「そんな……事が?」
「可能ですな」
こともなげにそう言うロッテ。
「ど、どうやって!」
浩太が悩み、あたり散らした問題を……まるで、直ぐそこまで散歩をする様な気軽さで、簡単に。
「人なのですよ、松代殿」
「人?」
「ライムにしろラルキアにしろ、勿論我が国にしろ、国が、国家が意志を持って動いている訳では無いのです。同時にそれは、『商会』という組織もそう。動かしているのは所詮『人』です。そして人は、より強い権力を持つ人に簡単に転ぶ」
だから、簡単。
「所詮、テラに来ている商会など支店に過ぎません。本店は、テラに来ている人よりも権力を持つ人は、ラルキアに、ライムにいる。ならば、私がその人に通達すれば良いのです」
即ち、『テラ』で問題を起こした商会は今後一切、フレイム国内での商いは出来ないと思え、と。
「商会で言う事を聞かなければ国に使者を出しても良い。貴方には無理でも、私にはそれが出来る。仮にもフレイム王国宰相ですからな」
力技。誰が何と言おうと、権力と人脈をフルに駆使した、圧倒的な力技であり、それ故に、非常に効果的で……そして、魅力的。
浩太には、テラの首脳陣には出来ない方法。所詮、浩太はテラの領主のブレーンであっても、公的な権力は何一つない。エリカにしたってそう。確かにフレイム国王の王姉であり、やんごとなき身分ではある。あるが、その『権力』はロッテ以下、テラの領主でしか無いのだ。無論これは浩太のせいでは無いし、もっと言えば浩太個人の能力の問題でも無い。ロッテには地位があり、浩太には無い。それだってロッテと浩太の能力の差、正確には総合力の差なのであろうが……突き詰めればそれだけの話。
「ここからは『経済』の領分ではありません。『政治』の領分です」
「……」
「さあ、どうされますか?」
「……取引、と仰いましたね?」
「ええ」
「取引の内容は? それに寄ります」
浩太のその言葉に、ロッテは一つ頷き。
「何も、しないで下さい」
「……え?」
「テラで行った領地改革は一応の成功を見た。もう既に貴方の出番は無いでしょう、松代殿? ですからもう、貴方には何もしないで頂きたいのですよ」
「それ……は、どういう意味でしょうか?」
喉が、酷く渇く。
カラカラになり、張り付いた様な喉奥から絞り出す様な、その言葉に。
「やり過ぎたのですよ、松代殿」
「……」
「今はまだ良い。ですが、貴方がテラで行った一連の改革は、テラのみでなくオルケナの経済史を変えかねない。そして、貴方が行った政策によりこの大陸は発展し、さらなる栄華の時代を迎える可能性だってある」
それが、その行為がどれほど違うのか? と。
「魔王を倒して世界を救った『勇者』と、経済を発展させ、人々の生活の向上を導いた『勇者』、どれほど違うのですかな? 私にはその違いが分からない。貴方を崇め、貴方を奉り……貴方を利用しようとする人間が居ないと断言出来ますか?」
「……」
「貴方に為政者としての才があればそれでも良いでしょう。ですが、もう一度言います、松代殿」
貴方は、優れた経済家であっても、優れた政治家ではない、と。
「我が国に……このオルケナ大陸に『勇者』はいらないのですよ、松代殿」
ですから、と。
「どうぞ舞台からの御退場を、『勇者』殿」
◆◇◆◇◆◇
「お待ちしておりました、松代様!」
嬉しそうな笑みを浮かべるリズに、心持疲れた顔を見せながら浩太も笑んで見せる。
「御無沙汰しております、陛下」
「ええ、お久しぶりです。お元気で……少し、元気が無い様に見えますが?」
リズの言葉に、首を左右に振りもう一度、笑顔。
「いいえ。その様な事は御座いませんよ、陛下」
「そうですか? それならば宜しいのですが。ともかく、長旅お疲れさまでした。そして私の『お願い』に応えてこのラルキアに来て頂いた事、嬉しく思います」
花の様な笑顔を見せて一礼。王族らしからぬその砕けた態度に、浩太が慌てる番だ。
「い、いえ、陛下! 私に頭など下げずに!」
「あら? どうしてでしょう?」
「どうしてでしょうって……良いのですか? 王族がそんなに簡単に頭を下げて」
「貴方がフレイム王国の国民であるのなら、私の召喚に応じる義務があるでしょう。ですが、貴方は我がフレイム王国が勝手に召喚した『勇者』様です。フレイム国民で無く、迷惑をお掛けした相手に、私が貴方に大上段から話せる道理はありません」
『勇者』という単語に少しの引っ掛かりを覚え、それでもそれを見せない様に浩太は微笑む。
「そういうものですかね?」
「そういうものです。ですから松代様、貴方も必要以上に私に謙る必要などありませんわ」
私達の立場はあくまで『対等』です、と。
「そういうモノでは無いと思いますが?」
「ふふふ。確かに皆が居る場所ではそうかも知れませんね、例えば……ロッテとか!」
先程までの笑顔を一転、頬を膨らませて不満そうな顔を見せるリズ。女王、元首と言ってもまだ十七歳。年齢相応のそのふくれ面は、元々の顔の造形と合わせて非常に愛らしい。
「ロッテさんと喧嘩でもしたのですか?」
「け、喧嘩って何ですか! 私、これでもフレイムの女王何ですよ! 何で私が臣下と喧嘩なんか……」
仰る通りである。が、何と言うか……浩太の眼には、父親に怒られて拗ねる子供にしか映らなかったので、つい『喧嘩』なんて言う言葉が飛び出したのだ。
「……もう! そんなんじゃありません!」
その姿に、エミリに叱られて拗ねるエリカの姿が重なった。やはり姉妹だ、良く似ている。
「……何か、凄く微笑ましいモノを見られている感覚がするのですが?」
「そんな事はありませんよ? それより陛下。この度の召喚、何か御用件があっての事でしょうが?」
愛らしいリズは眺めていて飽きないが……まあそうとばかりも言ってられない。浩太は本題を切り出し――
「……陛下?」
少しだけ青い顔をし、瞳を逸らすリズに訝しげな表情を浮かべる。
「そ、その、用件という程の事も無いのですが……えっと、その……」
リズ、言い淀む。
「………………陛下?」
「あ、そ、その! えっと、ロッテが、その、あの……」
「……やっぱりロッテさんと喧嘩したんですか?」
「そ、そうじゃありません!」
浩太をラルキアに召喚する手紙を書いた翌日、リズは少しだけ冷静さを取り戻した頭でよくよく考え、思い至る。
――これは無い、と。
怒りに任せた頭で『勇者である松代様を呼べば全部解決!』と思ってはみたが……冷静になってみれば、浩太がラルキアに来た所で何の解決にもならないのだ。いや、リズだって知ってはいる。浩太がテラに赴いてからこっち、テラは右肩上がりの急成長を遂げ『凄いな~』ぐらいは思ってはいた。いたが、その功績を持って浩太がロッテに並ぶほどの『力』があるかというと、正直疑問符がつく。つまり、今のリズの心情を一言で言うのならば。
『つい、カッとなってやった。今は反省している』
である。一晩置いた事で、『ロッテが私を見捨てるのなら、もっと早い段階で見切るわよね?』という思考も浮かんでいた事もソレを後押ししていた。何だかんでロッテの能力も、人間性も一番理解しているのはリズなのだ。
「そ、その……」
……が、そんな事は言えない。唯でさえ、『やってみたら召喚出来ちゃいました。てへぺろ!』だ。二回目は流石に無い。
「……は、話相手! そう! 松代様に、話相手になって……頂こ……うと」
浩太のジト目に、リズの語尾が徐々に小さくなって行く。無い。この言い訳も、無い。まあ、あながち全て嘘ではないのだが。
「……すみません。特に理由はない、です」
はーっと浩太の大きめな溜息が、リズの心をえぐる。
「……二度目、ですよ?」
「……はい」
「……はー」
「ぐぅ! そ、その……申し訳ないですが、そんなに溜息をつかないで頂ければ……」
「つきたくなりますよ、溜息も」
やれやれと肩を竦めて見せる浩太に、リズの顔も思わずひくっと引き攣る。
「そ、その……申し訳ございません! す、直ぐにテラにお帰り頂ける――」
「良いですよ」
「――手続きを……え?」
「ですから、話相手。私で宜しければ話相手にぐらいはなりますよ」
「よ、宜しいので?」
自分が誰にも必要とされていない、と、まあ若干の被害妄想的に思ったリズではあるが……実際、リズには話相手と呼べる人間は極々限られた一部の人間だけだ。
「その……本当に?」
敬愛する姉であるエリカの事も聞きたいし、テラの発展の秘密も知りたい。そもそも『異世界』から召喚された勇者の物語は、純粋に興味もある。
「ええ」
「ですが……テラは……」
そう問いかけるリズに、浩太は何とも言えない笑みを浮かべる事で応えた。
「……私が居なくても大丈夫ですよ、テラは」
「……そう、ですか」
聞きたいが、聞いてはいけない。そんな浩太の笑みに空気を読んだリズは先程よりも笑みを深くして。
「そうですか! それでは松代様、このラルキアに――」
「陛下! 来たのか、『勇者』が!」
「おおおおおおおお姉様! 不敬! 不敬です! 陛下の私室にノックも無しに入るなんて! し、しかもその口調! 敬語を! せ、せめてけい――はぅ!」
バーン、という音と共に浩太の後ろのドアが大仰に開く。その音に驚いて振り返った浩太の視界に飛び込んで来たのは。
「……え?」
年の頃は、浩太と同じぐらいか。
赤、というよりはオレンジに近しい長い髪をポニーテールに纏めて。
『きつい』というより、『意志の強い』と評した方がいい、茶色の瞳でこちらを見つめる、煙草を咥えた白衣姿の美女。
「……ふむ。今日は『くま』か」
……では、なく。
「ふ、ふぐぅ……い、痛い。痛いですぅ……」
「アリア。痛む鼻を押さえて涙目で睨む姿は非常に愛らしいが、それよりもまず押さえるべき所があるぞ?」
「ふ、ふぇ? お、押さえる所、ですか?」
「うむ。まあ、別にアリアにそういう趣味があってもこの姉は否定はしない。しないが……」
ちらり、とその視線を浩太に飛ばし。
「殿方の前で、下着丸出しは流石にどうかと思うぞ? アリア、お前のキャラでは無いし」
一体、どういう奇跡的な転び方をすればそうなるのか。
浩太の視界に飛び込んで来たのは、捲れた白衣とスカート、そしてウインクなんぞして見せている『くまさん』のバックプリントだった。
「……」
「ん? どうした、アリア」
「……き」
「木? 気? それとも『黄』か? 大丈夫、アリア。綺麗な純白な下着だ。決して黄ばんでなどいない」
「……きゃあーーーーーーーーーーーー!!!!」
少女の絶叫が、リズの私室に響き渡った。
+注意+
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