リズが酷い、リズが。
後、浩太も結構酷い。
……そんな話になってます、今回。
第三十一話 それぞれの思惑・後編
古ければ良い、というモノではないのであろうが所謂『老舗』にはそれ相応の格式と伝統、それに尊敬が集まるのは世の常というモノである。
フレイム王国は、この点でオルケナ大陸の各国のみならず、世界中の国の中でも群を抜いた『老舗』だ。『英雄』と呼ばれ、群雄割拠の戦国時代であったオルケナ大陸を統一した建国帝アレックスの正統な後継者。連綿と続くその高貴な血と歴史は、オルケナ大陸随一の名門王家の名をフレイム王家に与える事になる。エリカは『大家と店子の関係』と称したが、実態は親子関係の方が適すであろう。ソルバニア王であるカルロス一世辺りは『実が無い』とバッサリ切り捨てるであろうが、フレイム王国は各国家との交渉の際には必ず『上座』に座る。実務担当者の相手の位がフレイム王国のそれより高かろうが、戦争で負けようが、援助を申し出ようが、どの様な交渉事でも必ず上座に座り、建前上は各国家の拝謁を受けるのである。あくまで、建前上は。
「……はあ」
私室で上がって来た報告書に眼を落とし、リズは一人溜息を吐く。
エリザベート・オーレンフェルト・フレイム、『リズ』は女王だ。確かに、『王族』という括りで見ればエリカやソニアも紛う事無き王女である。が、リズと比べると少し分が悪い。
エリカは過去に述べたとおり、前国王の第一王女で在りながら側室の子である。その生誕の瞬間から、彼女は国王になる道を閉ざされていた。リズが生まれてからはそれがより顕著、彼女に求められたのはリズの『スペア』としての役割でしかない。リズの母親であるアンジェリカの人徳により何らの差別を受けることなく育ったが、本来であれば良くて政治の道具、悪ければ暗殺だって十分有り得たのだ。
ソニアの場合にしてもそう。彼女はカルロス一世の第十一子。彼女だって間違いなく王女であるが、その力は非常に弱い。なんせ十一子、推して知るべし、だ。カルロス一世の性格もある。ソニアは正しく『道具』として、しかも代えの効く消耗品として生きてきた。
「……」
その点、リズは圧倒的に違う。各国の上座に立つフレイム王家の『正統な』後継者。他に代わるものが無い唯一の存在として、生まれた時からその将来には栄光が、その頭上には煌めく王冠が輝く事が約束された……敢えて言うのならば『本物の』王女。出生後、すぐにリズには数十人単位での女官が付けられ、蝶よ花よと育てられて来た。
子は親の背中を見て育つ、とは良く言ったもの。幼い頃のリズは事あるごとに癇癪を起した。当然と言えば当然、国内では勿論、国外でも行く先々で最敬礼で迎えられるのである。幼い彼女に人の心の裏を見る機微を期待するのは無体な話であり、そんな彼女が『大人たち皆が頭を下げるお父様は偉い』と誤解しても可笑しくなく、『そんなお父様の娘の私も偉い』と思っても……まあ、不思議では無い。女官たちがリズに『いずれは貴方が国王ですよ』と吹きこんだのもそれに輪をかける。彼女は自らの意のままに、自分の望むモノは必ず手に入ると信じて疑わなかった。
そんな幼少時のリズを優しく諭したのがリーゼロッテであり、喧嘩をしながら慈しみを持って接したのがエリカであり……鉄拳制裁で教育したのがアンジェリカだ。リズが我儘を言う度、アンジェリカは容赦なく拳骨を彼女の頭に落とした。泣こうが喚こうが、一切の容赦なく。およそ王族離れした所業ではあるが、ジェシカといいアンジェリカといい、ラルキア王家の人間は根本的に王族のカテゴリーでは異質に分類されるのであろう。
教育の賜物もあってか、リズの我儘は徐々になりを顰めた。世界で一番偉いと思っていたお姫様は、十歳を越える頃には自らの意のままにならぬ事も、自らが間違う事もあるという事実を学んで行き、人に頭を下げる事の出来る人間になっていた。王族が、それも『名誉と伝統ある高貴な』フレイム王家の後継者が軽々しく頭を下げる事に苦言を呈す臣下もいた。いたが、
『悪い事を悪いと、間違った事を間違ったと認められなくて何が『王様』よ。王様だって人間でしょ? 間違える事だってあるわよ。それに、何? ちょっと頭を下げたぐらいで貴方達が言う『名誉と伝統ある高貴な』フレイム王家の格ってのは落ちる様な、そんなやっすいものなの?』
というアンジェリカの言葉で皆、黙ったという。つくづく、規格外の王族である。
「なんで……なんでですか、ロッテ」
そんな教育の下、『自分が全て正しい』と思って無いリズだが、ロッテの『反逆』には少なくないショックを受けた。他の臣下ではなく、ロッテが、というのが彼女にとって一番大きい。父に見出され、幼い時から一緒に居てくれた、まるで祖父の様な人。『絶対に裏切らない』忠臣でありながら、ある意味では家族の様な存在。それが、リズの中でのロッテ・バウムガルデン評である。
「……」
勿論、年若いリズにロッテが苦言を呈した事も一度や二度では無い。なんせ、平民から成りあがったフレイム王国一の苦労人だ。酸いも甘いも経験したロッテの言は、若いながらも国政を司らなければならない経験不足のリズに取って、傾聴に値するモノでもあった。
それでも、ロッテは最終的にはリズの味方であり続けた。政治というのはいつもいつも白と黒、二つに分けれるモノでは無い。リズの言い分とロッテの言い分、そのどちらも正しい時はある。或いは、どちらが正しいか分からない時も。
そんな時、必ずロッテはリズを立ててくれた。リズの意見を採用し、それが失政だった場合、手を回してその被害を最低限に留める。まるで生徒に取り組ませ、責任を取る教師の様な関係。十七歳という若さでありながら、曲がりなりにもリズがフレイム王国の女王として振る舞えているのは、ロッテの助力が無ければ到底成し得るモノではない。
ロッテの言い分も理解できる。少ない労力で、大きな果実を収穫できる可能性だってあるからだ。だが、同時にリズの判断も決して間違いと断じて良いものではない。ロッテは『仲裁するのがフレイム王国の役目』と言ったが、『悲劇に泣く他国を慰める』のも、オルケナ大陸の『家長』としてのフレイム王国の立派な役目なのだ。今後の国際社会での立ち位置的には、むしろリズの判断の方が世論の賛同を得やすいとも言える。
「……なんで」
今回の様なケースで言えば、必ずロッテはリズを立てた。勝手に自分で進める様な事はせず、リズの意見を聞き、リズの考えを、リズの想いを国政に反映させられる様、あらゆる施策を練って上奏していたのである。少なくとも、リズの知っている『ロッテ』はスタンドプレーなどする人間では無い。リズがショックを受けても不思議ではなく……何だかんだ言っても『王女』として育てられたリズのストレス耐性は、エリカやソニア程強くは無かった。
「……ううん! 大丈夫ですわ!」
古来より、王族の歴史は殺害の歴史と表裏一体だ。暗殺、毒殺、謀殺、何でもござれ。千年、五十代を越えるフレイム王室にしたって、日本風に言えば『畳の上』で死ねた君主ばかりでは無い。
「だ、大丈夫……だいじょう……ぶ?」
今まで、最後は味方であったロッテが裏切ったのか?
「そ、そんな事……」
今まで、自分を助けてくれたロッテが、ついに自分を見捨てたのか?
「あ、ある筈……」
ロッテにとって……自分は不要な存在じゃないのか?
「な……い……?」
ロッテは、私を害すのでは、ないか?
「……!」
瞬間よぎったそんな想像を、頭を左右に振る事で払う。そんな筈は無い、そんな筈は無いと、口の中で呟く。そうだ、私は悪くない。ならば害される筈が無いじゃないか。大体、悪いのは私ではなく、ロッテの方だ、と。
「……そうです。悪いのはロッテです。私じゃありません」
外交は国家の大事だ。行く末を左右するそんな大事を、王である自分を差し置いて一宰相が決めるなんて、それこそ可笑しい、と。
「……何だか、段々腹が立って来ました」
王族らしくなく、リズは自分が悪いと思えば素直に頭を下げる事が出来る。が、逆に自分が悪くないと思えば絶対に頭を下げる事はしない人間である。『悪くなくとも取りあえず頭を下げてその場をおさめる』という発想は彼女には無く、そして『フレイム女王』である彼女はこの大陸で殆ど唯一、誰に対してもそれが許される女性でもあった。
「……っ!」
先程までの恐怖の感情を怒りに代え、乱暴に手繰り寄せた手元の書類に再び眼を落とすリズ。その感情の振り方こそ、彼女がロッテを恐れている証左でもあるのだが……彼女はそこまで気付かない。或いは、本能的にその考えに至る事を避けているのか。
「そうです! 大体、ロッテはいつもそうです! 私の事を何時までも子供扱いして……! 私だって頑張っているのに!」
リズは決して愚王ではない。有史以来、存在する王を二つに分けるとすれば、間違い無く賢王に属する女王であり、ロッテもそれは十分に認めている。ただ、リズにそれを伝えて無いだけで。
「……なんですか! ロッテの馬鹿! 何が忠臣ですか!」
怒りに任せて、リズは手にしていた書類を側机に放り投げ、次の書類に視線を向け。
「……あら?」
そこに踊る文字に、眼を止め。
「……」
……そうだ、と。
「……ああ、そうですわ」
……今の自分は、何だろう? と。
「忠臣に裏切られた、可哀そうな女王ですわ」
信じていた忠臣に反旗を翻され、自らの想いも、考えも、何も国政に反映されない、裸の王様。信じられる人は誰もいない。
「……可哀そうですわよね、私」
はっきり言って、被害妄想である。ロッテが聞けばそれこそ怒りだすであろう、過大な被害妄想。
「そうですわ……私は、とっても可哀そうな、か弱い女の子」
……が、リズは止まらない。
「……そんな可哀そうな女王を……若い、女の子を救うのは――」
手元の書類――テラからの借用金の返済を告げるその書類に見つけた人名に語りかけるように。
「――『勇者様』の仕事ですわよね?」
リズは悪いと思ったら頭を下げる事も厭わない、そんな人間だ。国王としてはともかく、人間としては決して悪い人間でも、我儘な人間でも無い。
「私を、守って下さいますよね?」
……それでも、彼女は『国王』なのである。自分が望むモノや欲しいモノ、『全て』が手に入らないとしても……大抵のモノは手に入るのである。それは彼女にとって『我儘』の範疇では無い。国王として、当然の『権利』なのだ。
宝石も。
絵画も。
美味しい食事も。
「ねえ……コータ・マツシロ様?」
……自らが、一度は手放した『勇者』さえも。
◆◇◆◇◆◇
「コータはん!」
「マリアさん、首尾は!」
「あかんわ。ウチの話やこ、だれも聞いてくれへん」
エリカの執務室に飛び込んで来たマリアに、期待をかけて声をかける浩太の言葉に、首を左右に振って疲れた様に椅子に腰をかけるマリア。そっとエミリが差し出した紅茶に、おおきに、と返してそれを口に含む。
「……ほんまに参ったわ。港の整備もこれやったら全然進まんし……かといって集めた大工に辞めて貰う訳には行かんし……経費ばっかりかかってまう」
「……」
「……その……ごめんな、コータはん。ウチがもうちょっとしっかりしとれば……」
「マリアさんのせいじゃないですよ、これは」
そう言って笑いかける浩太だが、その笑みに力は無い。
卵と牛乳のバブルが弾けた事で、テラは一時的に恐慌状態に陥った。震源地であるライム程ではなくとも、テラでも多数の人が参加していたのだ。全く無傷で居る事は許されず……具体的には、『お小遣い……私のお小遣いがー!』とエリカが枕を涙で濡らした。ちなみにソニアとエミリは売り抜け、そこそこの利益を手にしている。博打の才能と相場の読みは必ずしも一致しないのである。
『だから辞めておきなさいって言ったじゃないですか』と呆れ顔で言う浩太に、涙目で『絶対、もうちょっと上がると思ったんだもん!』とエリカが反論したまでは良かった。そこまでは笑い話で……エリカのお財布的には笑い話で済まなかったのだが、まあ笑い話で済んだのである。
「……参りました」
問題は、その後に起こった戦争である。
やらしい話ではあるが『戦争』とは基本、儲かるものである。武器だけが、所謂軍需産業だけが儲かる訳では無い。兵士を養うためには食料が必要だし、着る物だって要る。特に今回のライムとラルキアの戦争の様に、ラルキア側がその国家を挙げて戦争に邁進するタイプの戦争では志願・徴兵を問わず多くの男手が兵士として参加する。兵士として参戦する男は基本若く、働き手として最も『脂が乗った』年代である事が多い。働き手を取られた産業は当然生産能力が落ち込み、他国からの輸入で賄うほか無くなるのである。
そう、戦争は儲かるのである。主に『戦争に参加していない国』は。
本来であれば、テラにも戦争特需が起こっても可笑しくない。ライムとラルキアの戦争など全くの他人事なのだ。大した産業も無いテラだが、少なくとも中継地点ぐらいにはなる。物が動けば人が動き、人が動けば金が動くのである。浩太が来る前までのテラであれば。
テラには沢山の商人・商会が来ている。フレイム王国の人間も居ればソルバニア王国の人間も居るし、ローレントの商人だっている。
……勿論、ライムやラルキアから来ている商人も。
ジェシカ姫の訃報に接したラルキア系の商会は深い悲しみに包まれた。テラに来ている商会は基本、『大きい』商会である。ジェシカは民との触れ合いを大事にした王族で在り、テラに赴任している各商会の代表者クラスはジェシカに拝謁し、その人となりを自らの眼で知っている事も、彼らの悲しみを一層かき立てた。
ライム系の商会は当然、慌てた。商人仲間で有名な『ラルキアでジェシカの悪口は言うな。次の日、冷たくなってるぞ』と言われるジェシカ姫の訃報だ。それも、自国の政府の失策によって、である。
テラが各商会を『商業区』という一角に集めた事も混乱に輪をかけた。ライム系の商会の店の隣に、ラルキア系の商会が軒を構えている風景などザラにあるのがテラだ。呉越同舟どころの騒ぎでは無い。
極めつけはラルキアのライムに対する宣戦布告。テラの緊張は最高潮に高まり、ライム系商会はパニックに陥る。ライム系の各商会では夜に外出をしない事、昼間であっても必ず二人以上で行動する事を決定する。命あってのモノダネ、この決定自体は可笑しい事ではない。ないが、これが逆にラルキア系商会の態度を硬化させる事になる。曰く、『両国の間で交戦状態に陥ったのは非常に悲しい事だ。だが、我々テラの商会は『ロンド・デ・テラ商人組合』を組んだ仲間では無いのか? その仲間に一切の相談もせず、一方的にその様な決定をするとは一体どういう事か? 我々を、仲間を信用していないのか?』と。ラルキア側の言い分は『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』、言い掛かりに近いモノではあるが一定の理もある。ライム側では使者を立て、釈明を行うも交渉の余地は無い、と、ラルキア側の態度は硬化するばかり。
ライムとラルキアの商会の緊張は、他国の商会にも伝わる。前述通り、ライム系とラルキア系が軒を並べるテラだ。その間に挟まれた他国の商会だって他人事では無い。両国にそんなつもりは無くとも、飛び火する事だって十分有りうる。当然、各商会は本国にある本社にその旨を報告した。『テラは今、非情に危険な状態にある』と。テラに来ていた商人は徐々にその足を遠のかせ、あれ程賑わったテラの街は火の消えた様に静かになった。無論、テラに居る商人だってそれは同じ。誰だって自分の身が可愛いのである。疑心暗鬼に疑心暗鬼を重ねた各商会は、『ラルキア・ライムの関係性が健全な状態に戻る』まで、商人組合の機能を停止する事を決定する。組合の会合でドンパチやられたら敵わない、というのが本音である事は見え見えである。
ここに至って、テラは完全に機能不全に陥った。港の整備事業は走り出しており、既に工事は着工しているのである。今はまだ計画通りに進んでいるも、まだまだ組合の承認が必要な事項は沢山あるのだ。その間、雇った人員に給金を支払わない訳には行かない。解雇、という方法を取る訳にも行かない。そんな事をすれば信用問題になる。計画は終わった訳では無い。むしろ、これからなのだ。
「……」
汗ばんだ自らの手を見つめ、浩太は今後の方策を考え……そして、何も浮かばない自身の頭を恨めしく思う。
浩太は基本、アウトプットの出来る秀才ではあるが、クリエイティブな天才ではない。今までテラ、或いはソルバニアで彼が見せて来た様々な……彼を『魔王』と呼ぶのであるのならば、その『魔法』の数々は自らが持っている知識の焼き直しに過ぎない。日本で、銀行でインプットした知識をアウトプットして来ただけの話である。そして、彼は決して無限の知識を持つ訳ではない。当たり前の話だが、自らがインプットして来ていない知識は腐るほどあり、今回の事例は正に浩太がインプットしていない知識である。
浩太は極々平均的な『日本人』なのである。戦争なんて経験も、戦争状態になるその危機感も薄い、本当に平均的な日本人なのだ。まして自らの住んでいる街がいきなり敵味方に分かれて戦争一歩手前の緊張状態になるなんて、想定どころか想像すらしていなかった。甘いと言えば甘いのかも知れないが、そこまで浩太に求めるのは余りにも酷であろう。
「……コータ様」
苦悩の表情を浮かべる浩太の手に、そっとエミリが手を重ねる。その心配そうな瞳に、自らが苦悩の色をありありと浮かべていた事を知り、無理矢理笑顔を浮かべようとして。
「その……一体、どの様なお考えがあるのでしょうか?」
瞳に期待の色を浮かべるエミリの表情に、浩太の笑顔が固まった。
「……え?」
掠れる声で、そう呟く。
「そ、そうよ! コータ! 何かあるんでしょ? この状態を打開する、そんな施策が!」
エミリの言葉に同意するように、エリカがその瞳を輝かせコータに詰め寄り。
「そうですね。コータさま、どの様な方法があるのですか?」
ソニアの、あって当然とも言うべき言葉と。
「……せやな~。コータはん、どんな方法があるんや?」
お手並み拝見、とばかりのマリアの態度。
「そ、その……」
四対八つの瞳が浩太を射ぬく。全員が全員、期待を浮かべたその視線に、居た堪れなくなり浩太は眼を逸らす。
「なに? コータ、また隠し事? 私、言ったでしょ? そういうのは辞めてって!」
エリカの残酷なまでの信頼が、浩太を貫く。
「方法、と言われても……」
「コータ様。私達ではコータ様のお考えを全て理解する事は叶いません。ですが、今はテラの一大事。出来る事は少ないかも知れませんが……私にも、どうかお手伝いをさせて下さい」
そう言って、頭を下げるエミリに、浩太の心に痛みが走る。
「そうです、コータ様。わたくしはソルバニアに籍を置く身ですが、この度はお手伝いをさせて頂きたいです。そ、その……す、少しでもコータ様のお役に立ちたいので……」
頬を朱に染め、殊勝な事を言うソニアに、浩太の精神が悲鳴を上げる。
……辞めてくれ、と。
……何の方法も無いんだ、と。
……そんな。
そんな期待の籠った瞳を向けないでくれ……と。
「……申し訳ありません。私には……何の方法もありません」
振り絞る様に。
自分には、何の力も無いと、そう言って頭を垂れて謝罪をする浩太に。
「またそうやって自分一人で何でもかんでもする気? もう! コータが凄いのは分かってるんだから、きちんと私達にも手伝わせてよね!」
……この辺りが、限界だった。
「だから……何の方法も無いって言ってるでしょう!」
バーン、と。
力強く、眼の前の机を叩く。執務室の時間が止まった。
「どんな案件でも即座に解決できる訳じゃないんですよ! 私は自分に出来る事しか出来ませんよ!」
エリカが。
エミリが。
ソニアが。
マリアが。
全員が全員、思わず息を飲む。
エリカ、エミリ、ソニアの三人はコータの怒りの姿を見た事が無い訳ではない。ソニアに至っては頭に拳骨を落とされた程だ。当然、コータだって怒る事を知っている。知っているが。
……こんな浩太は、見た事が無い。
「こ、コータ?」
おそるおそる。
勇気を出し、そう声をかけるエリカの言葉に、浩太は頭に昇った血が足元まで降りる感覚を覚える。
「も、申し訳ありません! す、少し冷静さを欠いてしまいました! ほ、方法ですね? え、ええ! その、こ、これから考えますので少々お待ち下さい!」
明らかな、失策。期待に答えられず、声を荒げるなど愚の骨頂だ。思わず頭を下げる浩太に、明らかに動揺したエミリが声をあげる。
「い、いえ! コータ様が謝る事では御座いません! こ、こちらこそ申し訳ございません! そ、その……」
消え入るような語尾に、浩太は下げた頭が上げられない。自身の情けなさに自分で自分を殴りたい衝動にかられながら、顔を上げ。
「……っ!」
先程まで同様、四組八つの瞳に射ぬかれる。
……怯えと、少しの『失望』を浮かべた瞳に。
「……あ、あの!」
「し、失礼します!」
視線に耐えきれなくなり、思わず声を上げかけた浩太を制す様に、扉の向こうから声が響く。
「な、なに? 急ぎの用事で無いのなら、後に――」
その扉の外に向け、そう声をかけたエリカに。
「……勅状に……エリザベート・オーレンフェルト・フレイム女王陛下からの、勅状に御座います。どうか……入室許可を」
扉の外の声は、厳かにそう告げた。
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