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タイトルに捻りも何にもない、説明回。飛ばしても話は繋がるでしょう。浩太が召喚されて馬車馬の如く働かさせられても何でキレないか、というお話です。
第二十五話 そうだ、パルセナに行こう!

 パルセナ辺境伯領。


 世襲制の辺境伯を頂いているにも関わらず、『異質』と称される国家である。王政主流のオルケナ大陸で、執政官と呼ばれる世襲ですらない統治者を頂くライム都市国家同盟ですら『フレイム帝国の遺児』と呼ばれているのに、だ。異質と呼ばれる理由は一つ、パルセナ辺境伯の『建国者』グレースが金で爵位を買ったからだ。
 余程恵まれた領地でない限り、どこの貴族領も多かれ少なかれ赤字を抱えるものであるが、当時フレイム王国の一領地でしか無かったパルセナはそれに輪をかけて、壊滅的に金が無かった。フレイム王国からの借入金は天文学的な金額になり、『パルセナからフレイムまでの道が白金貨で舗装出来るぐらいの借金』と冗談交じりに呼ばれていた。高速馬車で二日もかかる距離があるのに、である。時のパルセナ伯爵は悩んだ。悩みに悩み、寝る間も惜しんで悩んだ末、当時の誰も考えつかなかった解決策を思いつく。爵位を他者に……『オルケナ大陸の金庫』と呼ばれたソルバニア出身の豪商、グレースに売ったのだ。

 人間、金が出来ると次は名誉が欲しくなるモノ。唸る程の金は持っていたが所詮平民であり、平民であるが為に辛酸を舐めたグレースはパルセナ伯爵の言葉に乗った。それでもパルセナ伯爵に爪の垢ほど残った貴族のプライドか、辛うじて『金銭』での売却という形ではなく、後継者として養子に迎えるという形ではあったが……まあ、実際は同じ事である。当然、フレイム中の貴族がパルセナに非難の眼を向け、それを承認したフレイム王家に一層の侮蔑の視線を向けた。曰く、『何故あの様な成り金の、しかもソルバニア人を我ら誇り高きフレイム貴族の一員として認める必要があるのか』と。
 非難の眼を向けられた王国には王国の台所事情もあった。不良債権であったパルセナの借金が一気に返済になるのである。貴族が何と言おうが、彼らの懐は一切痛まない。実際に損特に絡むのは自分であり、正直な所、周りの視線が無ければ諸手を上げて歓迎したいぐらいであった。懐と世評の狭間で揺れに揺れた王国政府は一つの決断を下す。

『パルセナ伯爵領及び、それに付随する一切の権利・財産のグレースへの継承を認める。但し、フレイム貴族を名乗る事まかりならず』

 意訳すれば『パルセナという領地はやるがウチの一員とは認めませんよ、勝手にやって頂戴』という、婉曲な独立承認である。王国としては領地の一部を割譲する事になるが……今まで散々、金の無心で悩まされたパルセナ領だ。失しなっても惜しくない。

 貴族連中もこの決定には溜飲を下げた。対外的には王国が貴族の主張を受け入れ、領地を割譲してまでフレイム貴族の誇りを守った……様に映るのである。『王国は我ら貴族を蔑ろにしてはいない』というのは彼らのプライドと、何より他国に対しての見栄の効果としては十分であった。

 爵位を継承するグレースに取っても、この決定は大歓迎である。精々、貴族になるつもりだったのに、蓋を開けて見れば国家元首だ。ソルバニア人であり、フレイム王国に商売以上の縁も、それ以上の愛着もない彼からして見れば、むしろフレイムの鎖から解き放たれるのは有り難い。『昨日まで商人やったのに明日から俺、王様らしいで?』との言葉をフレイムからの『絶縁』宣言を受け取ったグレースは残したとされているが、恐らく本音の感想であろう。

 ちなみに、パルセナの名乗る『辺境伯』という称号は、俗に侯爵の意味を持つとされる辺境伯ではない。オルケナ大陸のほぼ中央に位置し、ラルキア王国、フレイム王国、ソルバニア王国と隣接し、オルケナの目抜き通りに位置するパルセナは地理的には全く辺境では無いものの、何処の国にも属さない『政治的な辺境』である事と、パルセナ『王国』を名乗ると、フレイム貴族以上に喧しいオルケナの各王家に対する配慮である。

「だから、パルセナはオルケナ大陸の中でも少しだけ特殊なの。他の国と違って、政治の表舞台にも殆ど出てこないわ。私も今のグレース三世辺境伯は……そうね、私の誕生パーティーで一度お見かけしたぐらいかしら」
 それでも、随分貴重な事なのよ? とのたまうエリカから視線を逸らし、浩太は眼前の川、パルセナ川に視線を移す。
「ちなみに今、私達が居るのがパルセナ北区と呼ばれる地域になります。パルセナの居住、商業、政治中枢の全てが集まる区画ですね。そして、川の向こう側が」
 エリカの後に続いて言葉を発したエミリが川向うを指差す。
「……パルセナ南区。オルケナの人間がパルセナと言えば間違いなくあちらを指す、『快楽と欲望の都』です」
 そう言って、少しだけ妖艶な笑みを浮かべるエミリ。その姿は、初心な少年を悪の道に引きずり込む大人の女性の様で随分艶めかしいが……如何せん、である。
「……すいません。幾つが聞きたい事があるのですが?」
「なにかしら?」
「その……何で私達はパルセナに居るんですかね?」
 最もな疑問である。『明日、ちょっと出掛けるから』とエリカに言われてホイホイついてきた浩太も浩太だが、馬車を降りたら眼の前に大人のテーマパークだ。疑問に思わない方が可笑しい。
「どういう事でしょうか?」
「あら? 決まってるじゃない」
 そんな疑問に、左手を腰に当て、ピンと伸ばした人差し指を浩太に向けて。

「バカンス、よ!」

 ……そういう事、らしい。

◇◆◇◆◇◆

 浩太がパルセナの中心で不満を叫ぶ一週間前、マリアを発起人として、テラに支店を構える各商会の互助組織、『ロンド・デ・テラ商人組合』が発足した。
 各商会間での情報共有や有事の際、自商会の窓口を代替店舗として供給する、などの各議案と同時に、港湾整備株式会社の発行株式の半分、白金貨五十万枚分の株式引受も承認される。
 テラ公爵名義で引受けられた残りの五十万枚分と合わせて、発行株式の全てを引き受けられた港湾整備株式会社は代表取締役社長にコータ・マツシロ、副社長にマリア・サーチを迎え、同日付で営業を開始。資本金である白金貨百万枚の七割近い六十七万枚の白金貨にて、港湾整備株式会社社屋、港湾施設、それに付帯する施設を商人組合に発注。商人組合は組合に参加する各商会に出資比率に応じて按分する事でこれに対応することとなり、工事は急ピッチで進められる事になったが……まあ、港湾整備は巨大インフラだ。今日に明日に出来上がるモノではない。
「少し出掛けようって言わなかったかしら?」
「いえ、確かに聞きましたが……」
 加えて、結構無理をして白金貨五十万枚なんて支払ったのだ。金庫にお金なんて残っていない。財源が無い以上、新規の政策など打てる筈も無く、進捗中の案件にはあらかた目処がつき、港湾整備の方はマリアが仕切ってくれているので……要するに、少しだけ余裕が出来たのである。主に、浩太に。
「ソルバニアに向かった時の様に、何か仕事があるのかと思ってついて来たのですが……バカンス、ですか」
 渋面を作る浩太に、伸ばしていた右手を額に当ててエリカが大きな溜息をつく。
「どれだけ仕事が好きなのよ、貴方」
「いや、別段仕事が好きな訳では無いのですが」
「大体コータ、貴方は少し働き過ぎなのよ。たまには羽を伸ばしてゆっくりしないと、体がもたないわよ?」
「……そうですか?」
「そうよ」
 思い返してみれば、だ。農業から商業重視への政策の変更、商業区設置の為の土地買収に都市計画案、各商会の誘致と折衝に、引渡証書の偽造防止対策と製造・発行、果てはソルバニア王国との外交から、今度は株式会社の設立である。浩太がテラに来てこれだけの政策を打って来たのだ。そりゃ、エリカでなくとも心配する。心配するのだが。
「そうでもないですよ? 朝はゆっくりさせて貰っていますし、夜も早くに休ませて貰ってます。昼にはしっかり御飯も食べれますし、七日に二日は休ませて貰ってるんですよ? 罰が当たりますよ、これで働き過ぎ何て言ったら」
 浩太的には何でも無い。むしろ、仕事の総量で言えば日本で銀行員をしていた時よりも減ってさえいる。
「……貴方、向こうでどんな酷い環境で働いていたのよ?」
「いえ、別段酷い職場では――」
 銀行は法律の中で業務を行う業種である。銀行自体を縛る銀行法や、手形や小切手などを扱う手形法、土地を担保に取るなら不動産登記法は必須、投資信託や株を売るなら金融商品販売法や金融商品取引法の出番だし、会社が潰れれば民事再生法或いは会社更生法のお世話になる。そして、法律の中で仕事をするという事は、その法律に則った事務の取扱が必要という事であり……要は、銀行実務は恐ろしく難解で複雑で、手間なのである。一枚の書類を書くのに『一文字違うと何億単位の実損になるから、絶対間違えるな』と言われれば、誰だって神経質にもなるし、当然、一つの仕事を仕上げるのに時間がかかる。一つの書類を眼を変えて何人もが何日もかけて見るのだ。時間なんて幾らあっても足りない。
これに銀行独自のルール、例えばこの伝票のこの位置には判子を一個、この伝票には二枚目に判子を押すが、一枚目は判子を押さずに本部に提出、などの更に細かい規定が加わり、その事務規定に沿っていないと大きなバッテンをつけられる。パソコンが普及する前は六法全書なみの厚さの規定集だけで二十冊近くあり、規定集の目次だけで一冊の本になる、という冗談みたいな話もあった。

 当然、事務規定を覚えればお終い、という訳では無い。膨大な量になる事務規定は言わば『覚えて当たり前』、銀行が営利企業である以上、収益を上げて来る事が本来の業務であり……証券会社程では無いにしろ、銀行員にも結構過酷なノルマが降ってくる。会社に対する融資金額、投資信託・国債の販売金額、定期預金集め、関連会社発行のクレジットカード獲得件数や、流行りの投資銀行業務の収益などなど。勿論、各商品に対して専門的な知識が必要となってくるし、取扱商品が増えれば増える程、覚える知識の量も当然増える。良く分かりませんけど、売れと言われてるのでこの投資信託を買って下さい、では誰も買う筈が無いのは自明の理である。そして、収益に貢献できない銀行員は容赦なく吊し上げにあうのだが……これが、結構『病む』のだ。なんせ朝八時過ぎから夜の十時、場合によっては午前様になるまで一緒に居る人間から延々罵倒され続けるのである。病まない方が異常だ。病みたく無ければ二択、成績を上げるか、辞めるかしかない。
「……」
「ど、どうしたの、コータ? 何か顔色が悪いんだけど?」
「……」
「こ、コータ?」
「……い、いや! 何でもありませんよ? えっと、バカンスでしたか? いいじゃないですか! そう! たまには休みも必要ですよね、ええ!」
 浩太は努力の人である。最初からスマートに何でもこなす程器用な人間ではなく、愚直なまでの反復で物事を一つ一つこなして行くタイプだ。当然、反復が追い付いていない入行一年目は散々に上司から罵倒された。上司にもよりきりだが、概ね銀行という所は『上司の言う事はハイかイエス』という一種体育会系の要素の強い職場であり、浩太の直属の上司がそういうタイプの人間だった事も災いして……まあ、一種のトラウマである、浩太の。
「……そう考えると、今の私は恵まれてますね」
 週休二日で、昼食休憩もある。朝は五時起きだった事を考えれば、今は随分ゆっくり寝ているし、蛍光灯なんて文明の利器が無いから、夜は夜で日が落ちれば殆ど店仕舞いである。責任のある仕事は責任のある仕事だが、どちらかと言えば前向きな仕事だし、そもそも責任のある仕事はモチベーションにこそなりこそすれ、マイナス要因にはならない。覚えなければいけない細かい法律も、規定も無い。よくよく考えて見れば、浩太にとっては天国にも等しい職場である。
「……なに?」
「……なんですか? エリカさまと私の顔を交互に見比べて」
「……いえ」
 ……加えて、雇い主も同僚も優しくて美人。本当に、不満を言ったら罰が当たる。
「……まあいいわ。先日も言ったけど、屋敷の改装もしないといけないのよ。流石に改装期間ずっとパルセナに居る訳にも行かないけど」
 良いでしょ、二、三日ぐらい? と問いかけて来るエリカに首肯で返す。まあ、社員旅行の様なモノ、これも仕事の一環ですか、と割り切る浩太。つくづく、社畜である。
「でも……何故パルセナなんですか? テラ領内でも良いんじゃないですか?」
「一度、完全に仕事から切り離さないと貴方はゆっくり休め……じゃないわね? 休まないでしょ? 領内で休んでたら仕事を見つけて来るに決まってるもの」
「……エリカさん、私の事を何だと思ってるんですか?」
「バカだと思ってるわよ」
 仕事バカ。むしろ、仕事オタクか。
「と、言う訳で……今日から三日間、仕事の事は一切忘れて目一杯楽しみましょう! お金の心配はしないで、好きなモノを食べて好きな事をして遊んで頂戴!」
 旅先のテンションなのか、珍しくおー! っと右腕を突き上げるエリカとエミリ。結構人通りの多い往来のど真ん中でやるもんだから、視線が痛い痛い。
「辞めてください、恥ずかしい! ソニアさんからも何か言って下さい!」
「……」
「ソニアさん?」
「……え? あ、あら? 何か仰られましたか、コータさま?」
「いえ……その、大丈夫ですか?」
「なに、ソニア? 元気ないわね? 疲れたの?」
「あ、いえ……そうではないのですけど……」
「まあ……パルセナは『大人』の街だし? ソニアの様な『こ・ど・も』には楽しく無いかも知れないけどぉ?」
「……」
「……ソニア?」
 何時もなら『誰が子供ですかぁ!』なんて反論が入る筈だが、さに非ず。何時もと違う感覚に違和感を覚え、エリカは訝しげな表情を浮かべた。
「本当にどうしたの?」
「いえ……なんでもありませんわ! さあ、コータさま! わたくし、パルセナの街は初めてですの! 案内して下さいまし!」
「いや、私も初めて何ですが?」
「初めての街でも女性をエスコートするのが殿方の役目ですわ!」
「そ、ソニア! ちょっと貴方、コータにくっつき過ぎよ! 離れなさい!」
「エリカさまにそんな事を言われる筋合いはございませーん」
「ソニア!」
 何時もの調子に戻ったソニアに少しだけ……ほんの少しだけ違和感を覚えながらも。
「……まあ、いいですか」
 一々指摘して、雰囲気が悪くなってもいけない。自分が少し注意して見守れば良い話かと思い直して。
「何か言いましたか、コータさま?」
「……目一杯楽しもうと言ったんですよ」


 眼前に広がるパルセナの街並に視線を飛ばし、浩太は笑顔を浮かべた。

※経済マメ知識は今回はお休みです。


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