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どうも疎陀です。今回は……まあ、色々突っ込み所がある話でしょう。豆腐メンタルなんで手加減をば。あ、別に放射性物質ではありませんので。
第十六話 銀行員と魔法の粉
「ほんで、感想は?」
「良く出来てる、という所でしょうか?」
 千切れて投げられた引渡証書を拾い、もう一度眺める。『少しでも偽造対策になれば』と思い入れた日本語の文字すら精巧に真似られているその証書に、思わず溜息も漏れる。
「なんや? 驚かへんのやな?」
「驚いていますよ、これでも」
「そうか? ホイでもこれは紙切れ一枚や。簡単に真似でき――」
「……いえ」
 そうではなくて。
「『コレ』が、ここ、ソルバニアにある事。驚いているのは、そちらの方です」
 紙幣のメリットは製造が簡単であることだ。何せ、紙切れ一枚。金貨を鋳造するよりよっぽど容易いが……同時に、それは『偽造』が容易い事の証左でもある。日本最古の『紙幣』は伊勢山田地方で作られた『山田羽書』であるが、この山田羽書にしても偽造紙幣は生まれている。偽造は紙幣誕生からこちら、宿命的に付きまとう問題である。
「……こちらは予想外です。まさか、『偽造証書』が最初に発見されるのがソルバニアだったとは……」
 当然と言えば当然であるが偽造紙幣が見つかる場合、ソレの流通基盤のある地域で見つかるのが普通であり、妥当であろう。ドルやユーロ、或いは円といった世界的にも『強い』通貨であれば話は別なのだろうが……例えば、日本でモザンビークの千メティカル紙幣の偽造紙幣が見つかる事など、まあまず無い。特に、テレビもインターネットも、電車も飛行機も無い、『世界の狭い』オルケナ大陸であれば尚の事、だ。
「それだけ、テラの引渡証書が認知されているちゅう事やろ?」
「……ですが、流石に早すぎます」
 しかも、早い。テラの領地経営を始めて、まだ一年弱。引渡証書の流通がようやく軌道に乗り出してからに至っては半年やそこらだ。評判で、テラの中でこそそれなりの流通量を誇り、白金貨という担保を得ているとは言え……所詮、まだまだ『地方の一通貨単位』の域を出ない。フレイム国内では未だに白金貨での取引量の方が圧倒的に多いし、テラ以外の一般のレベル、例えばラルキアの個人商店などでは知らない人の方が多いのだ。
「……陛下、ありがとうございます。良い情報を頂きました。これだけでもソルバニアに来た甲斐があります。失礼ですが、お暇させて頂いても宜しいでしょうか? 至急対策を練らせて頂きたいと――」
「まあ、待ちぃな。そないに慌ててもエエ事ないで?」
 失礼は承知で立ち去ろうとした浩太を、カルロス一世が手で制す。
「陛下。申し訳ありませんが……」
「心配せんでもええよ。コレ、まだ流通はしとらんから」
「……流通していない? ですが、陛下の手元にコレがあるという事は――」

 そこまで言って、気付く。

「何や、勘がええな~。もう気付いたんかい?」
 この偽造された証書がカルロス一世の手元にある。
 にも関わらず、この証書は流通していない。
「……陛下。もしや、貴方……」

 ならば。

「正解や」

 ……この証書は、一体何処から来たのか?

「この『偽造証書』、作ったのは俺や」



 この偽造証書の作成者しか、持ちようが無いではないか。



◇◆◇◆◇◆

「……陛下」
「なんや?」
「証書の偽造は死罪です。テラの法令でも、そう定めております」
「そうか。ほいでもそれは『テラ』の法令やろ? まさか自分、そのテラの法令で俺を裁く気かいな? 断頭台にでも送ってくれるんか?」
 そやったら可愛い姉ちゃんに断頭台まで送ってもらいたいな~と、笑いながらそう言うカルロス一世の言葉に、浩太がぐっと唇を噛みしめる。
「……出来る訳、ないやんな? だって俺、ソルバニアの王さんやもん。言うちゃ何やけどテラの一領主風情が王様罰するなんて、そんな冗談面白うないわ」
「……」
「テラの引渡証書はエエ所ついてると思うわ。白金貨を担保に流通する証書なんて、何や胸が躍る……せやな、『発明』やわ。ほいでもな? もう一個の大事な担保が無いやろ?」
「……信用、ですね」
「『ロンド・デ・テラ公爵』、なるほどエエ肩書やな。確かに庶民や、そこらの小悪党には効果覿面やろうけど、俺にはそのご威光は届かへんで?」
 国家がその価値を担保していれば話は別だ。しかし、引渡証書はテラが独自に発行した『預かっている白金貨』を『引き渡す』証書でしか無い。そこに国家の庇護などなく、あるのはテラ公爵家の純粋な力のみだ。
「国家ぐるみで犯罪行為に走る、と? 信用を失くしますよ?」
 ……ならば、モラルにかける。
「そやな。ほな、ソルバニアが信用を失くすのが早いか、それともテラが潰れるのが早いか、勝負してみるか?」
「……それは」
「それとも『犯罪国家や!』言うて、ソルバニア商人全てをテラから追い出すんかいな?」
 出来る訳無い。『貿易』のソルバニアだ。オルケナ大陸全土は元より、世界中に威光を轟かすその商人網全てを無視して商いを行うことなど、到底出来る筈は無い。
「……ほな」

 にっこりと。

 憎らしい程、綺麗な笑みを浮かべて。

「『詰み』やな?」
 天秤に絡みつく、蛇。その笑顔に、浩太の脳裏に浮かぶ映像はソレ。
「……ええ」
 思わず、浩太は天を仰ぐ。紛う事無く、完膚なまでに、これ以上ないぐらい、完璧に詰んだ。間違い無く、詰んでしまった。ココから起死回生の一発など、ある筈は無い。
「……でしたら、話はココからですかね?」
「話? 何の話や?」

 ……詰んでしまったのなら、諦めよう。

「それは勿論」

 諦めた、その上で。

「商いの話、ですよ?」



 盤面を、ひっくり返せ。



◇◆◇◆◇◆

 ソルバニア国王カルロス一世。貿易国家の王として、海上帝国の主として、彼はヤメート出身のこの若者を面白いモノでも見る目で眺めた。
「……商い、やと? 自分、何や勘違いしてへんか? どっちが強いか、ほんまに分かってんのか?」
 商売は、対等な立場で無い者同士で無いと成立しない。一方が強者の場合、そこにあるのは正当な商取引ではなく、ただの搾取だ。
「勘違いなどしていません。今、私達は対等な立場ですよ」
 この場合、間違い無く強者はカルロス一世。浩太は泣き、叫び、頭を垂れて赦しを乞うべきであり、それしか方法はない。ない、筈である。

 ……面白いやないか。

「……ほな、説明してみ。一体、俺らの何処らへんが対等何かを」

 少しぐらい、相手したるわ。

「貴方がコレを流通させる利点が全く無いからですよ」
「利点? 腐る程あるやんけ」
「具体的には?」
「具体的にはって……コレ、白金貨と交換できるんやろ? ほな、コレを作って持って行ったら何ぼでも白金貨が手に入るちゅうことやん」
「仰る通りです。ですが……」
 ならば、何故これをココで見せる必要があるのか。
「私が貴方なら、この場で警戒される様な事はしない」
「ほいでも自分、気付かんかったや無いか」
「そうですね。最初は驚きました。ただ、今なら気付きますが」
「……負け惜しみかいな? 格好悪いで、それ」
「そうとって頂いても結構です。ですが、偽造が見破れ無いのであれば、図柄そのものを変えますので同じ事です。それも可及的、速やかに」
「その間に、俺らがどれくらいこの証書を作れると思う?」
「黙っていればもっと作れたはずです。よって、これをココで見せる意味が無い」
 ……なるほど、道理やな。
「二点目。偽造証書の流通によって、テラ経済は大打撃を受ける」
「知った事かいな」
「ええ、そうでしょう。確かに、直接的にはソルバニア王国は知った事では無い。ですが、ソルバニア商人はどうでしょう? テラに支店をだしている、決して少なく無い数の商会は。貴方のお言葉を借りるなら、小悪党が行う偽造では無く、ソルバニアという国自体が行う偽造ですよ? 流通量は膨大な数になり、それはそのまま引渡証書の価値を引き下げます。最悪の場合、取り付け騒ぎ……白金貨との交換停止にまで及びます」
 というより、それしか方法は無い。膨大な偽造証書の流通量以上の資金ストックなど、今のテラにある筈が無いのだから。
「だから?」
「とぼけるのはよしましょう。テラに少なくない投資をしたソルバニア商人が持つ引渡証書は紙切れとなる。恨むでしょうね、ソルバニア商人は。テラを……引いては、偽造証書を流通させた『犯人』を。いいえ、ソルバニア商人だけではありません。テラに支店を出す全ての商人が『犯人』を……ソルバニアを、恨みますよ?」
 そう言って、浩太はカルロス一世に視線を向けて。
「貴方は先ほど、テラが潰れるのが先か、ソルバニアが信用を失くすのが先か、とお話をされましたが……それは、前提条件が違います」
「前提条件?」
「テラは死んでも、ソルバニアを刺します。確かにテラは死ぬでしょう。ですが、ソルバニアにとっても大きな傷だけは与えて」

 そうして……死にます。

「……なんや、それ。訳わからんわ」
「生き残ろうとするから、逃げ道を探します。生き残ろうとするから、頭も下げます。生き残ろうとするから、『どうかお願いですから、その偽造証書を流通させないで下さい』と縋りつき、泣き叫びもします。ですが」

 死ぬと覚悟を決めれば……『生き残る』という盤面をひっくり返せば、道は『前』に開けます。

「ソルバニアに取って、この偽造証書を流通させる利点は少ない」
「ちょろちょろ五月蠅いテラを、今の内に潰しておこうと思うてな?」
「それこそ『まさか』ですよ。世界に冠たるソルバニア王国が、たかだか一地方領主であるテラを潰す意味があるとは思えません。万が一、その意味があったとしてもこんな方法を取る意味が無い。だって、そうでしょ? これは間違いなくテラを破滅させますが、同時にソルバニアの信用を失墜させます」
「そうかいな? この偽造証書、ウチが作ったってどうやって分かるんや?」
「私が、その為には手段を選ばないからです」
「手段?」
「精緻な偽造証書……いいえ、偽造証書を見つける度に、これはソルバニアで作られたものであると声高に宣言します」

 それが、本当にソルバニアで作られていようが……作られていまいが。

「無茶苦茶やろ、それは!」
「そうですね、無茶苦茶です。難癖を、駄々を言っているのと何ら変わらない。ひょっとしたら……いいえ、高い確率で戦争になるでしょう。ソルバニアとテラに……いえ、フレイム全体に取っても幸福な結果ではないでしょう。ですが」

 どうせ『死ぬ』のであれば、一緒の事です、と。

「……死ねば諸共、言う事かいな?」
 涼しい表情で自身に視線を向ける浩太に、カルロス一世も視線を外さずに内心で舌を巻き、そして……呆れる。
「……ほんま、無茶苦茶やな」
「ええ」
「テラの領民はどないすんねん?」
「困るでしょうね。ですが、結局は一緒の事でしょう? 今のテラは各商会による一種の過剰投資から成り立っています。一気にその潮目が変わるのであれば、それを生活の基盤にしている領民の生活も破綻します。一気に死ぬか、ゆっくり死ぬかの違いです」
「……領主の言葉やないな」
「私は、領主ではありません」
 ……ですから。
「ソルバニア王国国王、カルロス一世陛下。貴方と、商売の話をしたいんです」
「……商売、やと?」
「偽造対策には細心の注意を払いました。まず、一点。紙の精製段階から、『透かし』を入れています」
「透かし? アホくさ。透かしやこ、別段珍しい方法でも無いやん」
 カルロス一世の言葉に、浩太も頷く。そう、透かしなど別段珍しい技術では無い。
「透かしには二種類あります。黒透かしと、白透かし。両者を組み合わせた物を、白黒透かし、とテラでは呼んでいます」
 透かしの原理は単純明快。周囲より紙の薄い部分は明るく見え、厚い部分は暗く見える。その二つを組み合わせたものが白黒透かしだ。
「詳しい比率は重要秘密ですのでお教え出来ませんが、比率を少しでも変えれば印象はがらりと変わる。それこそ、一目で分かる程に」
 そう言って、手元の偽造証書を上にあげて見せる。
「ここに印影がありますよね? この印影と『引渡証書』の文言の間、ここに透かしで文字が入れてあります。この証書も精巧に作られていますが……」
 そうして、自らのポケットの札入れから、無造作に一枚の引渡証書を取り出して。
「……並べてみると、良く分かるでしょう?」
『住越銀行世界で地銀』と透かされた白黒透かしの対比が綺麗に見て取れる。偽造引渡証書は『住越銀行』の文字が全体的に白っぽい。本物ではココに黒透かしの比率が高くおいてあり、偽物では白透かしの比率が高いという事だ。
「……この、変な文字みたいなやつは何や?」
「暗号、みたいなものでしょうか」
 画数が多く、馴染みの漢字を選んでこうなっただけではあるが。文章自体に取り立てて意味は無いが、強いて言うなら自虐である。
「次に、印刷方法。これは木の板に鏡写しに文字を彫り込んで転写しています」
 凹版印刷、と呼ばれる手法である。
「削る分量についても細かく規定してあります。これにより、均一の文体の、均一の証書が製造できる。この木版は組み立て式になっており、製造終了後は七つに分割し、それぞれ別の金庫に保存しています」
 版木の盗難・悪用による、偽造紙幣製造のリスク分散である。七つの金庫が全て盗まれればお手上げだが、それを言い出したらキリが無い。七にした意味も特になし。縁起モノ、ぐらいの理由だ。
「最後は先ほど陛下が仰った暗号、ですかね? これも無いよりはマシでしょう」
 意味の分からない文字列は、文字知識が無いと偽造はしにくいだろう。最も、その文字列を含めて『絵画』と捕えれば、偽造は比較的容易になるのであろうが。
「……テラの引渡証書は、これだけの偽造防止技術を集めて作りました。正直に言いましょう、結構なお金がかかっています」
「それだけ金がかかった技術、教えても良かったんか?」
「構いませんし、発想自体が逆です」
「逆?」
「テラではむしろ、積極的に情報を開示しています」
「偽造証書に引っ掛からんためにか?」
「それもあります。ありますが、一番の理由はそれではありません。単純に、『儲からない』と教える為です」
「儲からへん?」
「手作業の紙透き作業です。人件費も馬鹿になりませんし、組立式の木版の原版を作るのにも費用はかかる。その上、黒白の透かしの比率や掘り下げる分量についても秘密にしているんですよ? その全てを解明して、製造に取りかかる。一度で成功する事などまず無いでしょう。つまり、何度も何度も試行錯誤を繰り返して製造しなければならない。これは結構な手間です」
 技術と費用を伝聞する事による抑止力。製造するのも人ならば、偽造するのも人だ。儲からず、両手が後ろに回るリスクを取る人が、一体どれくらいいるか、である。
「実際、陛下。この偽造証書を作るのには結構な手間と費用がかかったのでは無いですか? それこそ、一個人や小悪党が簡単に出せる額でも、手間でも無かったでしょう?」
 浩太の問いに、カルロス一世は無言で答える。無言は肯定、確かに結構なお金を使った。
「一発で見破れなかった私が言うのも何ですが……見分け自体は、並べてみれば出来ない訳では無い。つまり、不完全品だ。手間と費用をかけたにも関わらず、です」
「ほんまにそれ、自分が言う事や無いわな」
「それを仰られると耳が痛いです。言い訳になりますが、まさかソルバニア王宮で見せられると思っていなかったので油断していた、というのもあります」
「まあええわ。ほいでも、『お手本』自体は直ぐに手に入るんやで? 何時かは偽造出来るやん?」
「既に、引渡証書の券面の図柄を変える手筈になっています。実現は恐らく二年後、でしょうが。先程申した通り、もしこの証書が出回れば計画の前倒しをしなければ行けませんでした」
 ちなみに次の透かし文字は『住越銀行日本一』である。自虐の次は愛行心だ。
「以上の理由で、引渡証書の偽造は相当困難な筈です。それこそ、そこらの小悪党では実現し、流通に乗せるのは困難な筈。まあ、それでも何人かの勇者は辿りつくでしょうが」
 何処まで行っても、いたちごっこである。浩太は神ならぬ人の身。こればかりは、完璧な対応策など無い。精々が券面のマイナーチェンジを繰り返すぐらいである。
「……さて、それでは話を戻しましょうか?」
「戻す?」
「商談ですよ」
 言われて、カルロス一世も思いだす。そうや、商売の話をしようっていうてたんやな、コイツは。
「ソルバニアの、世界に名立たる海上帝国の主がただの『興味』で私の様な木っ端を呼びだすとは到底思えません」
「自分で自分の事、木っ端って。自虐がすぎるんちゃうか?」
「正当な自己評価です。続けましょう。では、何故呼び出したのでしょうか? わざわざ偽造証書を作って見せて下さったのだ。当然、偽造証書に関係のある事だ」
 カルロス一世より返答が無い事に諾の意を取り、浩太は話を続ける。
「では、偽造証書の何に関係する事でしょうか? こんな凄いものが出来たという技術の誇示? 費用をかけてまで、そんな事をする意味があるのでしょうか? 技術屋ならともかく、私なら、普通の商人だったらまずしない。偽造証書の流通は除外出来るとして……偽造証書を盾にした経済介入? それなら先程の防衛策がある。ソルバニアには多大な風評被害を受けてまで、テラを壊滅させる利点が無い。なら、偽造証書絡みの、何らかの商売の話がしたい。その為に、私をわざわざ呼び寄せた」

 そこまで喋って。

「つまり……陛下、貴方が私に偽造証書を見せ、テラ経済の崩壊をちらつかせたのは」


 ブラフ、ですね? と。


 じっとカルロス一世を見据えて。


「答え合わせを、陛下」

 射ぬく様な視線。その視線を静かに受け止め、カルロス一世は深く、椅子にその身を埋める。

「……まあ、四十点やな」
「……辛口な採点ですね」
「五十点満点やで?」
「……そうですか。減点理由は?」
 ふうっと少しだけ大きめに息を吐き出し、カルロス一世は話始める。
「自分が言うた通り、ソルバニアが国家として偽造証書をテラに流す旨みは少ない。色々理由はあるけど、一番の理由は『信用』や。今は随分景気がええんやろうけど、言うてもテラやこ、オルケナでは片田舎や。証書を白金貨に換える、言うたかて蓄えてる銭、山の様にある訳や無いやろ?」
「ええ」
 実際は火の車……とまでは行かないまでも、結構きゅうきゅうである。
「そないなとこをソルバニアが潰しました、しかも偽造証書で、なんて評判が流れてみ? 一気に取引出来ん様になるわ。『信用』は金では買えへんしな」
「ですね」
「そういう訳で、自分の言うた事は殆ど正しい……んやけど、二点だけ。自分が言うた事に間違いがあんねん」
「ご教授願えれば」
「まず一個。自分、この偽造証書を作ってる所が俺ん所やって色んな所で宣伝する、って言うたよな?」
「……ええ」

 カルロス一世の眼光が、鋭くなり。

「ほな……その口、塞げばええと思わへん?」

 空気が一瞬、重くなる。

「ここはテラや無い。ソルバニア王宮、やで? 自分の死体一つ、闇から闇や」
「……エリカ様には、私がソルバニアに来ていると言っております。私が戻らなければ怪しいと思うでしょう」
「ほな、帰り道で『事故』にでもあって貰おうかいな?」
「……」
「……」
暗く、黒く、重たい空気がその空間を浸す。
「……なんや」
「……何でしょうか?」
「……顔色一つ変えへんのかい」
 おもんないわ~と言いながら、カルロス一世は自らの両手を頭の後ろに回す。
「……そうでもないですよ? 内心はびくびくでした」
「そうかいな?」
「顔に出ないタイプなんです」
 実際、手のひらは汗でびっしょりだ。浩太だって死にたくは無い。
「自分で自分の事を木っ端や言うてたけど、案外コータ、お前は安くは無いで? それこそ、自分の事殺したいくらい憎いやつだってこれから出て来るやろうしな?」
「……肝に命じておきます」
「ま、これにこりたらホイホイ呼び出しに応じんことや」
「……陛下の仰る事ではありませんね、それは」
 そら、そうやと、まるで少年の様に笑う。さっきまで斬ったはったの話をしていた人間とは思えない変わり身の早さだ。
「それが五点減点の理由ですか?」
「いいや。これは精々一点やな。言うてみたら、盤面の外の話やし」
 そう言って、破り捨てた偽造証書の半分を浩太に差し出す。
「……これが、何か?」
「偽造対策についてのご高説は散々賜ったけど……アレで完璧かいな?」
「……いえ。むしろ、足りないくらいです」
 何処まで行っても偽造証書の問題は付きまとう。技術が進歩している現代日本においてですら、偽造紙幣が出て来るのだ。技術的に未熟なオルケナでは、完璧などは望む事すらおこがましい。
「そうか。ほな良かったわ」
「……良かった?」
「アレで完璧! 言われたら、商売の機会を失くす所やったからな」
 そう言って、両手を丸め輪を作る。
「ホレ、コータ。こうやってみ?」
「……何ですか、それは?」
「ええから。ホレ、騙された思うて」
 訝しむ浩太に、エエからエエからと進めるカルロス一世。
「……これで宜しいですか?」
「ん、それでええ。ほんでコータ。その輪を通して、もう一遍証書を見てみ?」
「この状態で? ですが――」
「ええから!」
「……分かりました」
 しぶしぶ。
 この行為に、何の意味があるのかと思いながら、浩太はその輪を通して証書に目を落として。



 券面が、緑色に光る『引渡証書』を見た。



「――っ!」
「びっくりしたか?」
「……ええ」
「そらよかった。高い金と手間かけて偽札作った甲斐があったわ」
「……どういう意味ですか?」
「普通に紙が光っても、印象薄いやろ? 自分んとこの証書が光った方が記憶に残るやん」
 インパクト勝負。それだけの為に、金と時間と労力をかけて、偽札を作る。
「……有り得ないですよ」
「減点の理由はそれや、コータ。自分は『技術自慢』をしたい訳ない、言うてたけどな? 俺がしたいのは『技術』の自慢やねん。その為には金も、時間も、手間もかけて、最高の状況で見せたいんや」
 カルロス一世の言葉など聞いてはいない。再度輪を通して覗きこむと、そこには先ほどと同じ様に緑色に輝く券面が見て取れた。

「……今回来て貰ったんは、他でも無い」

 カルロス一世の言葉に、券面から視線を上げた浩太の眼に入ったのは。

「『商売』の話や」

 ドン、と、机の上に置かれた、瓶に入った粉末と。



「この証書を光らせる事が出来る『魔法の粉』……買わへん?」



 してやったり、という表情を浮かべるカルロス一世の顔だった。

経済マメ知識⑩
クラウンジュエル
敵対的買収防衛策の一つ。所謂、焦土作戦というやつ。日本語訳そのまま、敵対企業が欲しがる『王冠の宝石』を売り払ってしまって資産価値を低め、買収意欲を失くす方法。買収は防げますが、企業価値を失墜させるので、諸刃の剣とも言える方法。
今回の浩太の手法は厳密にはこれと違いますが、結局死ぬ気になれば道はあるんだな~と、そんな感じで一つ。


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