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どうも、疎陀です。日刊ランキングに乗っちゃったりして……嬉しいやら困惑やら。困惑の方が強いです。絶対ウケないジャンルだと思ってたのに。事実、投稿して一カ月ぐらいは日刊に乗る様なペースでは無かったんだがw あれって投稿して直ぐにガーンと伸びるのかと思ってました。
さて、今回はテラを飛び出してお送りします。はみだし浩太・旅情編です。ではでは。
第十五話 仮面の告白

 窓から眼下に見下ろした街は、盛況だった。

 人々の顔までは見えずとも、せわしなく走り回るその姿からは生気に満ち溢れた様が見て取れ、思わず口の端を笑みの形に変える。
「……羨ましい」
「何がだ?」
 不意に背中にかかる声に、そちらに視線を向ける。
「申し出に応じてくれてまず、感謝の意を、コータ・マツシロ。急な呼び出しにも関わらず良く足を運んでくれた」
 ドアを押し開け入って来たのは、ロマンスグレーの髪をオールバックに整えた、鼻筋の通った美丈夫。今でも十分に男前であるが、若い頃はさぞかし浮名をながしたであろう男は、そう言って浩太に声をかけた。
「こちらこそ、謁見の機会を賜り光栄でございます」
「その様な堅苦しい挨拶は無用。それに、無理を言ってこちらが呼びだしたのだ。むしろ非はこちらにある」
「いえ、その様な事は」
「心にも無い事を言うな。聞いているぞ? 『ロンド・デ・テラの奇跡の立役者』『ヤメートの錬金術師』『非常識な常識家』……ああ、『悪魔』とか『魔王』という二つ名もあったな?」
 そう言って、ふんと鼻を鳴らして。
「そんな二つ名を持つ貴様が、その様に殊勝な事を言う訳があるか。私はその様な仮面と話をしたいのではない。コータ・マツシロという、一個の人間と話をしてみたいのだ」
 射ぬく様な視線で見つめる男に、浩太は肩を竦めて見せる。
「嘘ではありません。実際、謁見の機会……より正確には、貴方とお話がしてみたかったのは本当ですよ?」
 そう言って、窓から見える風景に再び視線を走らせる。眼下に見える海には所狭しと並んだ貿易船が入港を待ち、先ほど同様、陸地では沢山の人々が行き交う姿が見て取れた。
「ここまでの発展を遂げた、その秘策をご教授願えればと思いまして」
「ほう。あそこまでテラを発展させ、それでもまだ願うか?」
 発展を。
「当然です。叶うならこの街以上の発展を……ソルバニア王国王都ソルバニアを凌ぐ程の発展を手に入れたいと、そう思っていますよ?」
「……ふん」
 面白い、と。

 そう言って、ソルバニア国王カルロス一世は不敵に笑んだ。

◇◆◇◆◇◆

「ソルバニア王家から、書状が届いたわ」

 浩太がソルバニア王との面談を果たす、十五日前。

 心持、青ざめた顔をしてエリカが浩太の眼の前に一枚の封書を差し出した。宛名以外、何も書いていない、素っ気ないとも言える真っ白な封筒を受け取り、浩太は眺め賺す。
「……何故、コレがソルバニア王家からと分かるんです?」
「封蝋よ」
「封蝋?」
「天秤に絡みつく蛇。ソルバニア王家の紋章よ」
 言われて、それに視線をやる。水平に保たれた天秤に絡みつく一匹の蛇がこちらに視線を向けていた。何だか睨まれているみたいで背筋が冷たい。
「……紋章を封蝋に使うんですか?」
「そういう所なの、あそこは。商業王国だから」
「何の関係が?」
「要は自分が何者かを証明出来れば良いんだから、一個で良いって。二個も三個も作ってもお金の無駄」
「……合理的ですね。そう言うモノでも無いとは思うのですが……この紋章に意味はあるのですか?」
「昔は商売に必須だった天秤に、利益を狙う姿は蛇のよう……と言う意味よ」
「自らを『蛇』と称しますか」
 何とも偽悪的な紋章である。少なくとも、あまり王家につけるイメージでは無い。
「そういう訳で、コレがソルバニア王家からの書状である事は間違いないわ」
 王家の紋章の偽造なんてする人間は居ないわよ、とそう言って、読んで見なさいよ、と手紙を渡してくるエリカに目礼。浩太は封蝋を切る。パリン、と渇いた音を立てて、精緻に作られた封蝋ははじけ飛んだ。何だか少し勿体ない。
「……なんて書いてあるの?」
「まだ読んで無いですよ」
 開けたばかりにも関わらず、焦れた様に問いかけるエリカに苦笑を返し、浩太は書状に目を落とす。
「……」
「……」
「……何か言ってよ」
「……エリカさん」
「なに?」
「フレイム……というか、オルケナ大陸のというか……とにかく、『こっち』の王様は皆こんな感じですか?」
「こんな、とは?」
「心安いというか……庶民的、というか?」
「庶民的、という訳ではないけど……例えば、オルケナ大陸の南にデジャス大陸っていう大陸があるわ。そこには大陸全土を領有するデジャス帝国って国があって、そこの皇帝に比べればある程度は自由な王様が多いわね」
 あそこは厳格な雰囲気で息が詰まるから、というエリカ。その姿に興味を覚えたか、浩太が口を開く。
「デジャス帝国という国家は初めて聞きましたが、お嫌いなので?」
「好き嫌いじゃないわ。それこそ貴方の言葉を借りるなら、心安いのよ。オルケナの君主の方が」
「……ほう」
「貴方に渡した、『オルケナ大陸の歩き方』にも書いてあったと思うけど、フレイムを含めたオルケナの各国家はパルセナ辺境伯を除いて元々は同根、同じ『フレイム帝国』の中に存在した国なの。フレイム帝国って大家の下に、各国家が店子で入ってた、と考えたら当たらずとも遠からずかしら?」
「連合帝国だった、と? ならフレイム王国も?」
「フレイム王国は大家のドラ息子よ」
 アパート経営に失敗、残ったのは家屋敷のみといった感じか。
「隣街に調味料を借りるよりは、向こう三軒両隣に借りに行く方が簡単でしょ? まあ、近過ぎて憎くなる事もあるけど、基本的にはそんな感じかしら? 言語も似てるし」
「言語も?」
「マリアが使ってる言葉、あれはソルバニア語よ?」
「……方言かと思っていました」
「ソルバニアは商業国家だから各国に交易にでる関係上、オルケナ共通語に極端に類似するフレイム語との汎用性が高いのよ。一度も他国に侵略をしかけない、どちらかと言えば『内向き』な国家であるローレント語なんかはもうちょっと複雑だけど」
「ちなみにローレント語は喋れますか?」
「ローレント語、ね。ちょっと待ってね……例文が……」
 一息。

「おーコータさ、なはこっただどごでなーちゃんず?」

「……はい?」
「『あら、コータ。貴方、こんな所で何してるの?』」
「……手紙を読んでます。なるほど、これがローレント語ですか」
「喋ると分かり難いけど、紙に書けば何とか理解できる程度ではあるわ。文法何かは一緒だし」
「なるほど」
「元々が一個の帝国だったから文化や慣習、生活様式何かも近しい。政治形態も似てるわ」
「王政、という事ですか?」
「フレイム帝国は連合帝国だったんだけど、強固な中央集権の国家では無かったわ。精々が大家。店子は好き勝手にしてたの。それこそ、『家賃』を納めない程に」
「家賃……フレイム帝国への上納金、つまり国税ですか?」
「そう。建前上、フレイム帝国に『認められて』諸侯は王に即位するけど、実態はさに非ず、よ。不満、不平、反乱何でもござれね。好き勝手やってたらしいわ。当時の皇帝はさぞ苦労したでしょうね」
「他人事の様に言われますが、エリカさんのご先祖様ですよね?」
「あった事もないご先祖様なんて他人以下よ」
 確かに。
「そんな訳で、各国家の王は独立独歩の気風が強いの。お上、何するものぞでは無いけど。そんな文化だから、各王家の下につく諸侯についても同じ事が言える。親は子供の背中を見て育つ、ね。自分達の親分が税金を納めていないのに、何で自分が……と思う諸侯が多いわけ」
「それでは何の為の『王国』なんですか?」
「防衛、ね。各諸侯は領地安堵、或いは王家直轄領の分割による領地加増の代わりに、国家の有事に兵力を供給する」
 所領安堵の代わりの軍役負担。御恩と奉公である。
「ちなみに、テラには軍役の負担は無いわよ?」
「でしょうね。軍事費を見た事が無いですし。王姉だから?」
「そう。だから『地上の楽園』と呼ばれているの」
 軍事費の負担は相当に重荷である。ソコだけ見れば確かに『楽園』だろう。
「……何も言わないでね?」
「……ええ」
『ソコ』以外は地獄だったが。隣の芝生は青いのである。
「話が逸れたわね? それで? ソルバニア王は貴方になんて言って来たの?」
 心安い、なんて言ってたんですもの。さぞトンデモ無い事が書いてあるだろうと想像するエリカに。

「……なんでしょうかね」
「焦らさないでよ」
「びっくりしますよ?」
「覚悟はしてるわ」
 エリカの言葉に、じゃあと一息入れて。

「取りあえず……お茶でも飲みに来いって、書いてありますね」

「……へ?」

 その想像の斜め上を行く心安さだった。

◇◆◇◆◇◆

 一言で言えば『精悍な男前』だった。三つの王家直轄の不凍港を持ち、その海外交易によって世界の富の一部を握り続ける『貿易』の国。海上帝国の主、ソルバニア国王カルロス一世は、その『貿易』の二つ名に相応しく、まるで船乗りの様な精悍な顔つきで浩太に視線を飛ばす。
「……」
 まるで、見極めるかのよう。
「……陛下?」
 その視線に耐えきれず、思わず浩太は問いかける。年齢でも三十近く上の、それも国家のトップである。そんな人間に延々見つめ続けられるとなると、流石に緊張もする。
「……あ」
 やがて、カルロス一世の口から声が漏れた。『あ』、と。
「あ?」


「あ……ああああああああああ! もう我慢出来へん! 何や、『……ふ。面白い』って! お前は何処のイケメンやねん!」


 ズバシ、と良い音をさせながら手の甲を裏拳の要領で虚空にたたき込む。


 俗にいう、『なんでやねん』の体勢である。一人突っ込み。


「…………はい?」
「サブイボ立つわ! 『申し出に応じて――』って! どんだけ格好つけたら気ぃすむねん、俺!」
 浩太、ポカン。そりゃそうであろう。さっきまでどシリアスを繰り広げていた眼の前の王様が、いきなり関西弁で大暴れ、である。
「ほんまもんのアホや、お前はーーーー!」
 先ほどカルロス一世が開けたドアがバーンと勢い良く再び開く。躍り出る男。さらにポカンの浩太。先程の突っ込み以上にスパーンと良い音を立てるハリセン。

「……ハリセン?」

「いってー! おま、なに考えてんねん! そんなモンで叩いたらアホな子になるやろが!」
「なるか! アンタの頭はこれ以上アホになりようが無いわ! くれぐれも真面目に応対してくれって俺、言うたよな? な? な? 言うたよな? 何や? アンタ、俺の話聞いて無いんかい! イジメか? コレはイジメなんか!」
「ホイでも我慢出来るかい! なんや『……ふ』って! そんなモン、気持ち悪ぅっていえへんわ!」
「このアホ国王が!」
「誰がアホやねん!」
「アンタや! アンタ以外おるかい!」
「おま、俺は主君やぞ! 大体、主君をハリセンでしばくって何系の発想やねん! 不敬罪で断頭台に送ったるで!」
「主君も従者もあるかい! アンタな、少しはかんがえーや! コータはんはフレイム王国から来られてるんで? しかも、こっちから呼び出したんやで? ほなら外交儀礼でフレイム語をつかいーや!」
「フレイム語何か使えるかボケ! お前、ラルキアに魂売ったんかい!」
「売ってへんわボケ! な? 飴ちゃんやるからもう少し考えてくれーや!」
「俺は子供か! 飴ちゃん何かで誤魔化されへん……ちなみに、何味や?」
「イチゴ味のあまーい飴ちゃんで……って、誤魔化されてるやないか!」
「……あの」
 あまりの状況の変化についつい呆けて見入っていた浩太が声をあげる。その浩太の声に、はっと気付いた様にハリセンを持った男が居住まいを正し、丁寧に腰を折る。どうでも良いが、曲げた腰と共に背中に隠したハリセンも浩太にこんにちは状態、である。シュールな光景だ。
「あ、ああ! す、すいませんコータ様。申し遅れました。わたくし、このソルバニアにて宰相を務めさせて頂いておりますフィリップと――」
「うわ、フレイム語や。気色悪いわ」
「やかましいわ! お口バッテンしとき! か、重ね重ねすいません。えっと……」
「なあ、お口バッテンって何?」
「どうでもええやん! それ、今そんなに重要かいな!」
「いや、だってお口バッテンやで?」
 口の前で人差し指を交差させる件の王様。お口が某ウサギのぬいぐるみ状態である。
「……これ、面白いん?」
「面白さやこ求めてへんわ! 真面目! 真面目な会談をしたいねん、俺は!」
「うわ……ほんまお前、ラルキアに魂売ったんちゃうか? 面白さを求めへんで真面目にやて……そんなにフレイムさんちの子になりたいんやったらなればええやん!」
「なんやねん、フレイムさんちの子って!」

 ……冷静さを取り戻したフィリップが平謝りに謝り、ようやくこの『会談』がスタートしたのはそれから小一時間を要した。

◇◆◇◆◇◆

「いやーすまんかった。びっくりしたやろ?」
「いえ……」
 ……。
 ………。
 …………。
「……ええ。びっくりしました」
「ははは! 素直でええやん」
 そう言って呵々大笑、面白そうに……まあ、事実面白いのだろうが、そう言って笑うカルロス一世。
「本当に……申し訳ございません」
 年の頃はカルロス一世と同じ位。カルロス一世程ではないが、こちらも中々の美丈夫であるソルバニア王国宰相、フィリップがその隣でふかぶかと頭を下げる。何だか一気に十ぐらい老けこんだようなその姿に、浩太の憐憫の情も止まらない。
「その、あまりお気になさらず」
「そう言って頂けると……」
「ほら、コータもこう言ってるんやしええやん」
「アンタは黙っとき!」
「お口バッテン?」
「それはもうええねん! あ、ああ! 本当に……本当に申し訳ありません!」
 フィリップ、哀れ。それ以外の感情が浮かばない浩太。
「……本当にお気になさらず。陰気な人より陽気な人の方が良いですし」
 嘘では無い。暗い雰囲気の中でボソボソ会談よりはよっぽど。
「……想像以上に、自由ではありましたが」
 ハリセンで国王の頭に突っ込みを入れる臣下など見た事が無い。
「ま、これは殆どソルバニアの国風やねん。俺は確かに王さんやけど、そないに自分が偉いと思うてへんし」
「だからハリセンの突っ込みも許すんですか?」
「お! ハリセン知ってはるの? これ、ソルバニアで一番人気の土産物やねん! 一個どうや?」
 土産物だったのか。
「遠慮しておきます。流石に主君に突っ込む風習はテラには御座いませんので」
「ゲオルグんとこの上のねえちゃんやったな? ちっちゃい頃から何や端々に頭がええ印象あったけど、まさかあのロンド・デ・テラがあんなに発展するとは思わへんかったわ」
「ええ。これもエリカさ――エリカ公爵閣下の御温情と徳の賜物です」
 そう言って、愛想笑いの一つを浮かべようとする浩太に。
「は……ははっはっは! 自分、ホンマおもろい事言うな」
 先ほどよりも面白そうに。

「御温情? 徳? そないなモンで街が発展する訳ないやん」

 先ほどよりも、鋭利な視線を浩太に向ける。

「……」
「よう考えてみ? 王さんの徳が高かったら民は飢えへんのか? 王さんが情け深かったら街は潤うんか? そないな訳無いやろ」
「……仰る通りです」
「最初に言ったやん。仮面と話がしたいわけや無いねん。コータ・マツシロっちゅう、一個の人間と話がしたいんや」
 やから……俺はソルバニア語で話してるんやで、と?
「……宮中の儀礼には疎いもので。こちらが正当かと思いましたが?」
「それは余所の宮廷でもやってーや。俺ん所、少なくとも今この場所ではそんなのいらへんから」
 ふーっと、長い溜息を一つ。
「仮面を被る必要がある場所ですよ、ここは。ソルバニアに限らず、各貿易都市はテラにとっては敵です。手の内をさらす訳には行きません」
「やっと本音が出てきそうやな。そうか? 俺ん所がやってる事と、テラでやってる事、そう大差無いんやで?」
「……そうでしょうか?」
「まだ誤魔化すんかい。よう考えてみ? テラでやってる事っちゅうのは土地買い占めて、店舗建てて、商人呼び込んどるちゅう事やろ? 店舗建てるんには材木やら釘やらが要る。店を建てる大工も必要。大工かて霞を喰って生きてる訳や無いし、飯も、娯楽となる酒も姉ちゃんも必要や。そうなると当然、金が動く。要はこういう事やろ?」
 王都まで高速馬車で三日。港を持つと言った所でテラに地理的魅力は、『中継地』としての魅力は非常に少ない。そんな魅力の無い街に商売の風を呼び込もうと思えばやる事は限られる。生産地にするか、消費地にするか。テラは後者を選んだだけである。その為の呼び水が税金の軽減効果であった、と、つまりはこういう事だ。
「……良く御存じで」
「商人やからな。情報は金やで?」
「貴方は国王陛下でしょう?」
「国を経営してんねん」
 まるで子供の様な笑顔を浮かべ、カルロス一世は話を続ける。
「ウチん所もそうやった。最初は商人達の取引だけでそこそこ潤ってたんやけどな? そうは言うても家や店かて大事に使えば何十年ももつモンやし、土地かて限りがある。商人や民かて湯水の様に金がある訳や無い。直ぐに行き詰ってもうたんや。モノが売れへんと、商人は寄りつかん様になる。『貿易』って言われてても、そうなったらどうにもならへん」
 ならへんから、と。

「『国』がこうたんや」

 モノを。
「初めに、エムザの港の整備。これにはごっつい金がかかったんやけど、そのお陰でエムザには沢山の商人が寄って行ってくれはる。距離に問題がある商人は店舗を建てる。店舗を建てたら税金が貰える。税金を落とす以上、商人は本気で商いをする。さらにエムザは発展する。発展すれば店を構える商人が増える、以下略やな。目ん玉飛び出るで? 今のエムザの税収聞いたら」
 自然的に発生する需要だけに頼らず、国家による需要の『創造』。現代日本で年末や年度末に道路を掘り起こす例のアレである。潤った建設会社が、居酒屋や商店でお金を落とし、落としたお金が更に回り、巡り巡って国家の懐に還ってくる。それによって経済は活性化される。神様は開店休業状態、或いは手一杯で見えざる手を差し伸べてくれない時には……賛否両論あるにはあるが、有効な手法ではある。
「結局、アンタとこがやってるのはこれやろ? 領主自らがモノを買って、金を回す。言うちゃ何やけど、ソルバニアがこの事に気付いたのは建国から何十年も経ってからや。余所の国でもやってへんのに、頭がええ言うたかて小娘一人が思いつく話や無いわ」
「思いついたとしたら?」
「度胸が無い。フレイムは歴史と伝統ちゅう、何の足しにもならへんモンを後生大事に抱える頑固な国や。現にあのお嬢ちゃん、領地に行っても数年は何も出来へんかったやないか。そのお姉ちゃんがいきなり財産売り払って、税金を免除する言うて、気でもふれたんちゃうか思うたわ」
「随分、辛口ですね」
「ああ、別に貶してる訳や無い。なんやかんや言うてもオルケナの文化の中心はフレイムや。それを守るのもフレイム帝国の『正統な』後継者であるフレイム王国の使命やろ?」
「何の足しにもならないと仰っていませんでしたか?」
「商人的には、や。国家元首としては敬意は払ってるで?」
 最低限やけど、と付け加えて。
「まあ、そういう訳で俺はコータ、アンタが怪しいと睨んだ訳や。どんな事を考え、どんな事を想い、どんな未来を視ているんか。それを聞いてみたいと、そう思ったんや」
 まさか、ホンマに来てくれる訳ないと思ったけどな、と。
「国家元首のお誘いですよ? 断るわけにはいかないでしょう?」
「それは『仮面』やろ?」
「……最初に言った通り。ソルバニアの繁栄を少しでも手本にしようと思いまして」
「最初っからそういいな。んで? なんや思いついたんかい?」
「そう簡単には行きませんよ」
「ま、せやろうな~」
 さして期待していなかったのか、そう言ってカルロス一世は椅子に体を深く沈める。と、何かを思いついたかのように立ち上がり、執務机を漁り始めた。
「すっかり忘れとったわ! 見せたいものがあったんや」
 目当てのモノを見つけたのか、一枚の紙を手に取って、ホレ見てみ、と、気軽げに浩太に手渡す。掌より一回り程大きなその紙に目を通した浩太の顔に、かすかに笑みが浮かんだ。
「……一白金貨引渡証書、ですか」
『ロンド・デ・テラ領 一白金貨引渡証書』と書かれた一枚の紙。証書の表面には『テラ公爵 エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム』と『日本語』で書かれた印影が押してある、見慣れた紙だ。
「せや。今、テラではその証書で取引してるらしいな?」
「お陰さまで」
「何のお陰やねん。ウチん所の商人も随分羨ましがってな。なんやテラでは紙きれ一枚で商売できる言うて、ごっつい話題になってんねん」
「紙きれ一枚、ですか? そうではなく――」
「ああ、分かってる。これ、フレイム白金貨が担保になってるんやろ? これ一枚でフレイム白金貨と交換できる、ちゅう事やろ?」
「その通りです」
「いや、随分面白い事考えたな~、思うてな? 白金貨一枚ぽっちやったらなんの問題も無いんやけど、何百枚、何千枚と持ち歩こう思うたら結構な重さやで? これならそれを軽減できるって、そら凄い事やん」
「ありがとうございます」
「……ほいでも、面白いな」
「そうですか? この証書自体は珍しい発想ではないですし、時間が経てば誰でも思いつく物だと思いますよ? それに――」
「ああ、そうやない」
 そう言って、浩太の手から証書を取り上げて。
「作った本人も気付かないもんなんやな~って思っただけや」

 そう言って、出逢ってからで一番、良い笑顔を浮かべて。

「……え?」

「これ、な?」

 そう言って、その証書を左右に千切り。


「パチもんやねん」

経済マメ知識⑨
ケインズ経済学
ケインズ経済学は流石に書ききれないので、ざっくり説明。『民衆の需要だけじゃ経済なんて回らないよ! 国をあげて需要を作ろうず!』みたいな感じです。これだけじゃ無いんですが。ケインズさんが提唱し、悪名高い『公共工事』何かもこれに基づく考え方ちゃー考え方ですかね。ちなみに私は公共工事はある程度要るとは思ってますが。
……余談ですがこのケインズさん、投資家としても有名。朝、ベットの中で新聞を読んで電話一本で資産を十倍以上に増やした逸話を持つ、『床上手』でもありました。床上手は違うか。


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