第十話 応接間と商人と私
浩太がテラに来てから、四ヶ月がたったある日の事。
「……信じられないわね」
ロンド・デ・テラ領主屋敷の応接間。『応接間』と言っても、そこは仮にも王族の一員であったエリカの館だ。2~30人程度のダンスパーティなら余裕で開けるであろうその一室……の扉の前で、お行儀が悪いのは百も承知ながらエリカは視線を室内に向けていた。
「そうですか?」
「そうよ」
少なくとも、だ。エリカは自分がこの館に住んでこの方、この部屋が今の様な『芋を洗う様』なごった返す状態になった事を見た事が無い。
「商人と言うのは利に聡いです。利が無い所にはより付きませんが、利があると感じれば敏感に察知して寄ってきますよ」
商人に取って『支店』を出すのは一つの夢であり、実益を兼ねるものでもある。前者は成功者の証として商人のプライドを満たし、後者は売上の増加という形で商人の懐を潤す。
「……そうなの?」
エリカとしてはピンとこない。自分で言うのは何だが、ここはテラだ。こんな所に店を開いて本当に売上があがるのか?
「勘違いされがちですが、増収と増益は全く別の概念です。店を……と言うより、取り扱う商品であったり取り扱う人員が増えれば売上自体は簡単に、つまり『増収』自体は果たせます」
問題はその売上に見合うだけのコストを吸収できるか、つまり『増益』が果たせるかである。
「この街では、支店を出す事による税金面での出費を失くしました。これだけでも、店は出店しやすいでしょ?」
タダで出せるところと、お金がかかる所。後者に余程の魅力が無いと、普通は前者に店を出そうと思うだろう。
「それでも、税金は取るんでしょ?」
「固定費と変動費の違い、ですかね?」
売上に応じて費用が増加するものを変動費、売上が増加しなくても定期的に出て行くのが固定費だ。どちらがいいとは一概には言えないが、固定費を吸収できるだけの売上が見込めるかどうかわからない新規出店であれば、固定費を下げた方が利益はあげやすい。新規出店とは実は結構ギャンブルである。
「さて……それではそろそろ行きましょうか?」
何時までもココに居ても仕方ない。そう言いながら促す浩太の隣を、エリカもついてドアを潜った。さあ、これからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆様、お集まりいただきまして有難うございます。私はこの度のテラ新規出店計画の責任者を務めております、ヤメート出身のコータ・マツシロと申します。今後は私が皆様の窓口となりますので、どうぞよろしくお願いします」
総数三十名ほど。各々席についた商人達を前に、浩太は一礼して自らも椅子に腰を降ろした。
「早速ではございますが、条件面の確認にうつりたいと思います。ご不明な点、疑問点など御座いましょうが、質疑応答の時間は最後に取っておりますのでご清聴頂ければ幸いです」
一寸の澱みも無く、手元のペーパーに視線を落とすこともなく浩太は話す。三十人程度とは言え、全く知らぬ人間の前でさして緊張した様子も見せず話す浩太に隣に座るエリカが内心で舌を巻くが、浩太にしてみれば会社の経営陣にプレゼンテーションをするのと何ら変わりはなし。お手のものである。
「それではまず一点目。皆さまには当地に支店を出すにあたって白金貨一万枚を納めて頂きたい。これは徴税ではなく……そうですね、言うならば『敷金』、当地に支店を出すに当たっての保証金の様なものです。条件は二点。一点は最低十年間、この白金貨一万枚を納めて頂き続ける事です。そうすれば十年後に白金貨一万枚に白金貨百枚を付けてお返しさせて頂きます。もう一点、当方でご用意致します店舗は基本無料で取り扱い頂きますが、重大な瑕疵が生じた場合……例えば火の不始末で全焼、などの場合に修理に応じた費用をこの白金貨一万枚から引かせて頂きます。ああ、ご心配なく。仮に全焼させたとしても、白金貨一万枚以上頂く様な豪華な店舗は建てておりませんので」
浩太の言葉に、列席者の間から少しだけ笑いが起こる。唯で商売が出来るのであれば、ボロイ店舗でも我慢する。それぐらいは許容範囲であろう。
「十年後、お預かりした白金貨をお返しする場合にはお渡しする引渡証書と交換になります。この証書は仮に紛失されても再発行は致しませんし、証書の無い引渡には一切応じかねますので、金庫などに保管されておくのが賢明かと思います。無い場合は当方で金庫の販売も致しておりますので、御用命の際はぜひお声を頂ければ。少しは当地にお金を落として頂いても罰は当たらないと思いますよ?」
先ほどよりも少しだけ大きめな笑いが会場に起こる。商人としてもやっていけそうだ。
「次に税に関してです。御承知の通り、当地では支店出店にかかる税金は一切頂きません。極端な話、店を構えてもここで営業をしなければ一切の税金はかかりません」
最も、それでは支店を出す意味が無いが。
「当地で頂く税金は、各支店の一年間の利益……売上ではありません、利益です。利益の20%を頂きます。白金貨百枚の利益なら、二十枚。これが一年分の税金となります」
そう言って、浩太は手元から一枚の書類を取りだす。
「簡易的ではありますが、こちらに年間収支を記載頂く書類を作っております。年初の二カ月の間に、前年の売上と費用を書いて提出願います」
会場の中ほどで手が上がりかけ、浩太の最初の言葉である『質問は最後に』を思いだしたか、その手が下がった。その動きをちらりと視線に収め、浩太は喋りを続ける。
「それでは次。先程税金のお話をさせて頂きましたが、この税金には軽減措置があります。それはテラ住民を雇用して頂けた場合、二十%を軽減させて頂きます。具体的には別紙に記載しておりますので、そちらをご参照下さい」
そう言って、浩太は手元に置いてあった紅茶を一口すする。喋り過ぎて喉が痛い。
「……当方からの説明はこの程度でしょうか? 後は書面に書いてある通り、法を乱す事はしてはいけませんとか、まあそういった常識通りの事です。それではご質問のある方、挙手を願います」
浩太の言葉に、室内の中ほどから手が上がる。
「どうぞ」
「……失礼。サンドリア商会のクラークと申します。先程、年間収支を記載して提出する書類がいると言っておられたと思うが……それは絶対に要るのか?」
「必要です」
「例えば我がサンドリア商会では本店に収支を報告する全店共通の定型書式がある。それでも代用は出来るのか?」
「売上高と費用など、税金申告に必要な様式が整っていれば別段問題はありません。ありませんが、出来ましたら当方の所定の様式に則って頂ければ助かります。事務的に」
「……なるほど。善処はしよう」
「ああ、それと提出された書類の一部はこちらでチェックをさせて頂きます。売上高や利益金額を誤魔化して……つまり、虚偽申告をされていた場合、税率を跳ね上げます。これは悪意のある無しは関係ありません。うっかりやケアレスミスであっても一切認めません。独自の様式で有れば独自の様式である程、チェックは厳しくなると思って下さい」
「……分かった。善処ではなく、確実にやろう」
「ありがとうございます」
席についたクラークの代わりに、別の男が立ち上がる。
「ミスや間違いは誰にでもあると思うのですが、それすらも認めないと? ああ、私はミズガルド商業組合のレインと申します」
「それではレインさん、貴方は御商売の相手方にも『人間誰でも間違いはある。荷物が遅れたのは仕方が無かった』と開き直りますか? もしくは相手にそんな対応を取られて『ならば仕方ない』と笑って許して差しあげると? 申し訳ありませんが、私はそんな方とは商売はしたくない」
「そ、それは……そうですが……」
「……そうは言っても、慣れない事務手間を強いるのです。ですので、年初の二か月の間にご提出頂けた物をこちらでチェックさせて頂き、疑問点などを質問させて頂きます。問題無ければそのまま通過し、問題があれば修正をして頂きたいと思います。その場合、税率は従来通りの20%です」
宜しいですか? と問う浩太にレインは頷き腰掛けかけて、思い出したように再度立ち上がる。
「もう一つ質問を。土地と建物をお貸し頂けると聞いたが、立地条件はどうなんでしょうか?」
「と、申しますと?」
「文句を言う筋合いでは無いと思っていますが……それでも借りた土地によっては公平・不公平が出ると思います。それについては?」
「早いモノ勝ち……と言いたいところですが、これは純粋にくじ引きにします。ああ、預託金を沢山積んで頂いた方には良い土地を優先的に振り分けましょうか?」
「……くじ引きでお願いします」
「そうしましょう。一応『商業区』という括りを作っております。そこであれば、それほど立地による不公平感は出ない様にしています」
港の近くの一等地(テラにしては、だが)に、広大な土地を準備した。元々そこに住んでいた人の立ち退き要請に費用と時間がかかると思ったが、幸か不幸か大して作物も実らない魅力の無い土地である。むしろ喜んで皆出て行ってくれた。本来はこの交渉に最低でも半年ぐらいはかかると思ったのだが、このお陰で僅か四ヶ月で土地・建物が用意出来たのだ。費用? 当然、先日売り払った宝石類がそれに当たったのだ。
「また、こちらが用意した以外の建物を使いたい、例えば店が手狭になったのでもっと広い所で……などの場合、商業区以外にお店を構えて頂いても構いませんが、費用はご自分でご負担願います。必要であれば大工も用意します」
浩太の説明に、レインのみならず全員が頷く。
「……他にご質問はございませんか? それでは……」
「あの~……」
そう言って説明を終わろうとしていた浩太にかかる声。そちらに視線を送れば黒髪をショートカットにした活発そうな美女が申し訳なさそうに手をあげていた。
「どうぞ?」
「終わりがけに申し訳ありません。ウチ……じゃなくて、私、サーチ商会のマリア言います。えっと、一万枚の白金貨を渡したら代わりに……なんや、引渡証書言うの渡して貰えるんやろうか?」
「そうですね。何かご不明な点でも?」
「いや、不明っちゅうか……引渡証書なん? 預り証書やなくて?」
「……そうですよ」
「せやったら……例えば、ウチやなくてさっきのレインさんとかがウチの引渡証書を持って来ても、引渡してくれるってことなん?」
「その通りです」
浩太のその言葉に、何事かを考えるようにマリアは上を向いて何かブツブツと呟く。
「……なあ、モノは相談何やけど……」
上に向けた視線を降ろし、心持申し訳なそうに。
「その引渡証書って分割で貰う事出来へんの? 例えば白金貨千枚分とか、白金貨百枚分とかに」
そういったマリアに、浩太の笑みが深くなる。
「……サーチ商会のマリアさん、でしたか? 詳しいお話をさせて頂きますので、後で別室に来て頂けますか?」
経済マメ知識⑤
税務調査
『マルサの女』で有名な、怖い人達が営業時間中にガンガン押し寄せて『これ、過少申告ですね?』とか言いながら税金をガシガシ取り立てる。税務署の立ち入り調査はマジきつい。ここで取り立てられる税金の事を附帯税と呼んで……まあ、経済制裁です。一種の。きちんと使ってくれるのなら文句言わずに税金払うんだけどな~……
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