第七話 なれる! 経営者!
「それで……具体的にどういった方法があるの?」
色々と悶着があった晩餐も一段落。紅茶に良く似たお茶を入れて貰いながら(同時にエミリに親の仇を見る様な目で見られながら)喉を潤した浩太にエリカが声をかける。
「具体的と言うと中々難しいのですが……そうですね。それではまず、『経営の崩壊』という所から話しましょうか」
そう言って、持っていたカップをテーブルに置くと浩太はエリカに向き直る。
「企業が企業として……まあ、国家でも領地でも良いのですが……とにかく、何らかの共同体の経営が苦しくなる場合というのは大まかに分けて二つの要因しかありません」
「二つ? たった?」
「大まかには、ですけど。外部要因と内部要因、要はこの二つしかありません」
「……それは……まあ、そうね」
「現在、テラ領が直面しているのは主に内部要因に起因します。農作物が育ちにくい土地でありながら、財政を支える主要産業。『斜陽産業が主要産業』という言葉がありますが……正にこれですね」
「……ええ、その通りね。潮気の多い風はどうしても作物が巧く育たないの。有史以来、テラは慢性的にこの問題に直面しているわ」
「……答えにくい質問で有れば恐縮なのですが」
「いいわよ」
「根本的な疑問何ですが、何故エリカさんはこの土地の領主になったんですか? 仮にも王の姉である貴方なら、もう少し……何と言うか、『良い』場所があったのでは?」
「そうね。でも、逆を言えば『こんな誰も要らない様な土地』こそ王族に与えるべきでは無いかしら?」
「……と、言うと?」
「領地の下賜は論功行賞によって行われるのが通例。こんな『有史以来作物が不出来な土地』を論功行賞で与えられて、貴方なら喜ぶかしら?」
「……遠回りな嫌がらせかと思いますね」
「本来であれば政略結婚の道具であった私に、無駄に与える領地など無い。ならば、直轄領の中で、むしろ『邪魔な』テラでも与えておけって……まあ、ロッテ辺りの策略でしょ」
「ロッテさん、ですか」
浩太の頭で、どちらかと言えば好々爺然としたロッテの顔が思い浮かぶ。なるほど、ああ見えて結構タヌキですか。
「……最も、あからさまに『そう』見えないから『タヌキ』なんでしょうが」
「何か言ったかしら?」
「いえ。有難うございました。少し脱線しましたので話を戻します。まず、このテラが作物が育たない土地である事は理解が出来ていると思います」
「そうね。塩分を含んだ土地でも育つ作物を育ててみたりもしたのだけれど……中々、ね」
「巧く行かない、と?」
「育つには育つのだけれど……大して売れないのよ」
「……なるほど」
浩太は農業知識は無いが、この問題自体は良く分かる……というか、経験がある。
「……典型的な失敗ですね、それは」
「……どういう事かしら?」
「経営の本流部分で大幅な赤字が発生した場合、経営者の取る行動は概ね三つです。一つは固定費の削減です」
「固定費の削減?」
「給金を減らしたりとか、借りている土地を返したりとか……後は、お付き合いを減らしたり、ですかね?」
人件費、不動産賃貸料、接待交際費は固定費の中でもかなりのウェイトを占める……というより、減らしにくい項目である。簡単にリストラは出来ないし、経営が危なくなったから、土地を借りるのを辞めた、なんてのも普通は出来ない。年次契約だってあるし。接待交際費に至っては……
「……ある程度、お付き合いは必要なのよ」
「それは理解します。貴族ですし」
こういう事だ。
「……それで? あとの二つは?」
「一つは本業の売上自体を伸ばす、という行動です。生産性を高めてモノを沢山売ったり、或いは商品自体に付加価値をつけて商品の単価を高くする、であったりですね」
前者は薄利多売、後者は付加価値商法である。が、
「……私がやったのはその方法かしら?」
「いいえ」
喋りすぎたか、浩太はテーブルの上に置いた紅茶っぽい……紅茶モドキに再び口をつける。
「エリカさんがやったのは『隣接業界への進出』です」
「隣接業界?」
「ええ。農業、という意味では同業界への進出、つまり売上の増加何でしょうが……今まで育てていない作物を育てたのならば隣接業界への進出になるのでしょうが……」
そう言って、溜息一つ。
「……多くの場合、隣接業界への進出は失敗します」
「そうなの?」
「ええ」
隣接業界、というのは読んで字の如く本業に隣接する業界の事である。例えば建設業。モノを建てる場合、海の上に建築したり、某天空の城の様に空中にでも浮かばせない限り必ず地面、つまり土地の上に建つ事になるため、建設業と不動産業は緊密な関係になりやすく、この関係を『隣接業』と呼ぶのだ。
「でも……隣接業界への進出なら巧く行く様な気がするのだけど?」
「多くの経営者はそう考えますし、兼業をする場合は概ね隣接業界にまず進出するのが通例です。なんせ『隣』接ですからね。離れているよりは業界自体の動向も察知しやすく分かりやすいですから」
「では……何故、多くの場合失敗するのかしら?」
「隣接業種は確かに進出しやすい。反面、『良く分かってる』と経営陣が過信しがちです。しかも隣の芝は何故か青く見える様で……『成功する!』と大した確信もなく突っ込みがちです」
「……」
思う所があるので、エリカの視線も泳ぐ。確かに『潮風でも作れる作物を作れば良いのじゃないか』と考え、その作物を量産したりしたのだが……
「マーケットの把握は基本中の基本です。売れないモノを作ってもそれはゴミを作っているのと大差ありません」
「……わかったわ」
「もう一点。確かに隣接業種に進出して成功している経営者や会社も沢山あるのですが、彼らは所謂、『谷間』の時期にそんな事はしないんです。本業で利益が出ている時に、赤字が出てもカバー出来る範囲で隣接業種に乗り込むんです。大体、そんなに詳しくない業種にいきなり進出して一気に本業の経営改善が出来るぐらいの黒字が出るのなら、元々その業界に居る人は億万長者ですよ」
「……その通りね」
苦々しい顔で紅茶モドキを一口、口に含むエリカ。優雅な仕草でそのカップをテーブルに置くと、視線をコータに向ける。
「それでは……一体、どの様な具体策があるの?」
期待する様なそんな視線を受け、何時も通りコータが肩を竦めて見せる。
「そんなに簡単には出てきませんよ」
その言葉にガクっと、王女に相応しくなくエリカが姿勢を崩した。やがて視線の色を恨めしそうなソレに変え、コータを睨む。
「……貴方ね」
「今、聞かされたばかりですからね。これでポーンとアイデアが出てくれば格好も良いのでしょうが……そうはいきませんよ」
「それは……そうでしょうけど」
尚も不満そうな顔を見せるエリカ。
「とにかく今日の所は幾つか発見がありました。経営者に改善する意思がある事、ここには遊休資産がいくつかあり、資産リストラが可能な事……」
一息。
「後は……農業はもう辞めよう、という事です」
「……っ」
「あ、ああ! す、すいません! せめている訳では無いのです! むしろ、やって見て良かったんですよ! とにかく失敗してみて、学ぶ事もあるんですし! もう農業に手は出さないって事がわかったんですから! それはつまり、これ以上農業にお金をかけなくて良いって事ですから!」
「そ、そう?」
「ええ! まあ……やらずに失敗を察知するのが一番良いんですが」
「……」
「……」
「……ねえ」
「は、はい?」
「貴方……私に何か恨みでもあるの?」
「そ、そうじゃないですよ。や、やだな~」
「……何が本音と建前よ」
「……まあ、本気で改善をしようとする経営者には『本音』で接しますよ。失礼でしょ、そうじゃないと」
「……何よ、それ」
「ポリシー、ですかね?」
そう言って再度、紅茶モドキを一口。カップの最後まで飲みほして。
「……失礼ですが、本気で改善をしたいのであれば厳しい事も口にします。貴方が王族であろうが、貴族であろうが、この領地で一番偉い人であろうが……そんなもの、一切関係しません。ですので……もしそれが不快であると思うのなら、今すぐに私にアドバイスを求めるのは辞めておいた方が良いでしょう」
さあ、どうしますか? と。
「……上等ね」
挑戦的な視線を向ける浩太にエリカも負けずに挑戦的な瞳で、返す。
「一度口に出した以上、前言を翻すなんて事はしないわ。精々、私を叱り飛ばしてみなさい。その代わり、貴方も最善を尽くしなさい。必ず成功しなさいとは言いません。必ず、最善を尽くしなさい」
「……仰せのままに、お姫様」
まるで、騎士の誓いの様に。
神々しく頭を下げる浩太に、エリカは満足げに一つ頷いて見せた。
経済マメ知識②
固定費削減
固定費の削減は滅茶苦茶難しいです。っていうか、売上が減ったからってさっさっと経費を減らせよ! なんて、出来るわきゃーねーですよ。
ちなみに、理論的には固定費ゼロで変動費率が100%を越えなければ会社は確実に儲かります。つまり、スナフキンみたいな生活をしながらアウトソーシングだけで事業が継続できれば貴方も億万長者に! ……って、無理ですね。
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