更新が遅くなりましたが第五話です。今回は一人称です。一人称、書き易いな~……
第五話 お姫様の憂鬱
「……『御面倒をおかけしますが、何とぞよろしくお願いします』、ね」
溜息を一つ吐きながら、手元の手紙をポン、と無造作に執務机に投げる。例え『妹』だとしても、一国の王から来た、それも直筆の手紙に対してこんな扱いをするなど不敬罪が適用されても文句も言えないし……そもそも国王直筆の、しかも詫状など、しかるべき貴族の所であれば家宝扱いされても可笑しくは無い一品だ。
「……まあ、あの子も普通の貴族にこんな手紙を送る事は無いでしょうけど」
これはあの子、『エリザベート・オーレンフェルト・フレイム』が片方だけではあるが血の繋がった姉である私、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムに『甘え』ている事の証左でしかない。
「何時まで言っても治らないその性格は……良いのかしら? それとも悪いのかしら?」
私、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムはフレイム王国女王、エリザベート陛下の姉に当たる。長子相続が基本のこの国で、陛下より三歳年長の私が王位を継がない理由は一つ。
私が側室の……俗に言う、『妾の子』だったからだ。
普通、何処の貴族様でも妾の子は日陰の暮らしを送るらしい。『らしい』と付けたのは、私の記憶にある中で、私が日陰の暮らしをした記憶が全くないからだ。
『ほら、エリカ! お菓子を作ってみたの~! 食べてみて、食べてみて!』
目を瞑って思い出すのは先代陛下の正室、アンジェリカ様のまるで童女の様な笑顔。まあ……お菓子が童女の作ったモノ並に……その、食材に対する冒涜としか思えない様な異質な味をしていたとしても、それでもアンジェリカ様は妾の子である私を愛してくれた。アンジェリカ様の実子、エリザベート様と変わらぬ愛情を。
勿論、それが良いか悪いかはまた別の話。妾の子にも十分以上に愛情を注ぎ、時に怒り、時に泣き、時に笑う。まるで差別も、それどころか区別もつけない、聖母の様なその振る舞いは成程、ごくごく一般的な家庭であれば美談としての価値も十分にあるのだろうが、残念ながら我らは『フレイム王家』だ。
「……まあ、それも含めてアンジェリカ様だものね」
アンジェリカ様は知っているだろうか? その優しさの裏で、奸臣達がお母様を焚きつけて私を王位に付けようとしていた事を。
アンジェリカ様は知っているのだろうか? その優しさを利用して、奸臣達が私に王位を要求する様に迫って来た事を。
……アンジェリカ様は知らないだろう。 その優しさにつけ込んで、奸臣達がエリザベート様を……私の可愛い『リズ』を亡き者にしようとしていた事を。
「……」
暗い想像は駄目。そう思いなおし、手元にあった収支報告書を手に取り……余計に暗い気分になる。
「……また赤字、ね」
最終行に記される『▲』に思わず溜息が出る。本当に……
「……エリカ様」
不意にドアがノックされ視線を向けて、こちらを覗き込む青い瞳と目が合う。
「返事がある前にドアを開けてはノックの意味が無いと思わない、エミリ?」
「お言葉ですがエリカ様。ドアは最初から開いていましたが?」
「そう?」
「ええ。むしろみられて困るのならドアぐらいはしっかり締めておいてください」
そう言って無表情のままこちらに冷たい視線を送るメイド長……と言ってもメイドは彼女しか居ないのだが……ともかく、エミリに苦笑を送る。
「それは悪かったわね。それに、別にみられて困るモノじゃないわよ」
見る? と、書類をそちらに差し向ける。私の手の中にあるその数字に目を走らせ、彼女には珍しくその無表情を少しだけ歪めた。
「……また赤字、ですか」
「ええ」
肩を竦めて見せる。
「……エリカ様のせいでは御座いません」
「……ありがとう。慰めでも嬉しいわ」
「慰めではありません。フレイムの……いいえ、オルケナ全土のどの貴族が治めてもこの地はこうなります。海沿いにそった塩気の多い風は作物を痛ませ、為に収穫量はごくわずか。目立った観光地も、人を引き付ける様な特産物も無いこのロンド・デ・テラで、むしろこの程度の赤字で済ませているのはエリカ様の『徳』に他なりません」
そう言って、一息に言い切りこちらに相変わらずの無表情を浮かべるエミリ。『徳』、ね。
「……ありがとう、エミリ。それで? まさか私を慰める為にココに来たの?」
「……失念していました。夕食の準備が整いましたが……ここで召し上がりますか?」
私の手元に広がる書類を見て、そう提案してくれるエミリ。正直、忙しいのは忙しい。忙しいが……
「……いいわ。今日はコータを迎えた日ですもの、食堂で取ります」
「宜しいので?」
「その程度の時間が取れない程仕事が詰まってる訳じゃないわ」
席を立つ私に諾の意を示すエミリ。そのエミリの前を歩くと、私から二歩の距離を取りエミリが続く。
「それじゃ行きましょう。異世界からの『勇者』の話でも聞いてみましょうか?」
◇◆◇◆◇◆
「あ、エリカさん」
「あら? 待っていてくれたの? 先に食べていてくれても良かったのに」
食堂に足を運んだ私を見て、席についていたコータが慌てたように立ちあがりかける。それを手で制し、私はコータの正面の席に腰を降ろす。
「いえ……流石に家主よりも先に食事を取るのはどうかと思いまして」
「そんなに畏まらなくてもイイのよ? 楽にして?」
「畏まる訳ではなく……遠慮と礼儀は別の問題ですから」
……なるほど。遠慮はしないが礼儀は守る、か。
「良い心がけね。それは貴方の国……『世界』の礼儀かしら?」
私の言葉に少しだけ驚いた様にコータは私を、より正確には私の後ろに控えるエミリに視線を飛ばす。
「大丈夫よ。エミリは貴方の素性を知ってるわ」
「……大丈夫なんですか? と聞くのは非礼でしょうね」
「そうね。少なくとも私は大丈夫と信用してるし、信頼もしてる」
「勿体ないお言葉です」
私の後ろで頭を下げるエミリ。見なくとも雰囲気で分かる。
「それならば、私から言う事は何も無いですね。自分で言っておいて何ですが、礼儀、という程のものではありませんよ? 待つでしょ、普通は」
「……まあ、そうでしょうね。それじゃお待たせしたわ。さあ、食べましょう」
私の言葉と同時、エミリが二人分の料理を運んで来た。それほど豪華ではないが、材料自体は一級品のそれに舌鼓を打ちながら、行儀が悪いとは思いつつちらりと視線をコータに向ける。
「……へえ」
「……何です?」
思わずあげた感嘆の声に、訝しげな視線を向けるコータ。あら、聞こえたかしら?
「失礼したわね。見事なテーブルマナーだったから少しだけ驚いたのよ」
「……ああ、失念していました。テーブルマナー、合ってます?」
「若干違和感はあるけど、それはそれで優雅だと思うわ。少なくとも見ていて変な感じはしないわね。陛下の所で習ったのかしら?」
「いえ、これは研修で」
「『ケンシュウ』?」
「ええっと……私の職場では、こういったテーブルマナーを習う時間があるんです。何処で、どんなタイミングで、どの様な人と食事をする事になるか分かりませんから、恥をかかない様に」
「……へえ」
「……最も、研修以来テーブルマナーが必要な会食に出る機会なんて無かったんですがね。錆ついて無くてほっとしてます」
そう言って笑うコータ。
「……テーブルマナーだけでは無いでしょうが、やはり随分違いがあるのですね」
不意にしんみりした顔を浮かべるコータ。その表情は寂寥か、思慕か……どちらにせよ、良い感情では無い。
「……本当に申し訳なかったわ」
「へ? あ、いや! そ、そういうつもりじゃなかったんです! すいません、変な事言って! その、本を見ていたら色々違いがあるな~って……あ、本、ありがとうございました!」
慌ててそう言い募るコータの姿に、何だか可笑しくなって少しだけ笑う。
「貴方は本当に謝ってばかりね? 先程も言ったけど、良いのよ? 堂々としていれば」
これだけ『すいません、すいません』と言われれば何だか私の方が申し訳なくなってくる。事実、非はこちら側にある事だし。
「すいません」
「ほら」
「あ……っと、これはもう癖みたいなもので……そういう国民性なんです、私の居た国は」
「謝罪が国民性?」
面白い国ね、それは。
「謝罪、という訳では無いですが……言いたい事を言わないというか、本音と建前を使い分けると言いますか」
「……裏表のある国って言う事かしら?」
「逆に裏表の無い国、なんてものがあるんですか?」
……確かに。二枚舌は外交の基本だ。
「……にしても貴方、フレイム語が読めるの?」
彼に渡した本はフレイム語で書かれている本だ。渡しておいて何だが、読めるとは思って無かった。
「読める、というのは少し語弊があるのですが……少なくとも、文字が目に入ると理解出来るんです、自然と」
「……それは……何と言うか、便利ね?」
「そうですね。正直、なんで言語が通じているのか分かりませんが……まあ、通じなければ困りますが、通じているのであれば問題ないです」
「そうね。悪ければ原因究明が必要でしょうけど、良いのならまあ良いかしら?」
「良くても原因究明は必要でしょうが、分からないモノは分かりませんから」
そう言って肩を竦めてみせるコータ。
「まあいいわ。それで? 少しはフレイム王国の事が分かってくれたかしら?」
「……そうですね」
そう言って、コータは少しだけ中空に視線を飛ばし。
「フレイム王国は、フレイム帝国第五代皇帝ディートリッヒ帝による『帝国大解体』の際に生まれた立憲君主制の王国です。代々の国王は帝国皇帝家であるフレイム家の出身である事から、『フレイム帝国の後継者』『千年王国』等と呼ばれています。王都はラルキア。旧フレイム帝国の帝都でもあったこの街は、中世オルケナ時代の建築物を数多く有し、『古都』としても親しまれています。
法定言語はフレイム語。しかし、宿舎や料理屋などの商売人の多くはオルケナ大陸語の読み書きが出来る為、オルケナ大陸語が話せれば問題ありません。また、御承知の通りフレイム語自体、オルケナ大陸語から派生した一言語であり、共通点の多い言語である為、余程細かい話で無い限り、オルケナ大陸語で十分に意思の疎通は可能です。
通貨単位は白金貨、金貨、銀貨、銅貨の四種。白金貨一枚は金貨二枚、金貨一枚は銀貨五枚、銀貨一枚は銅貨十枚となっています。それぞれの街に寄って若干異なりますが、一般的なラルキア住民の四人暮らしであれば年間約三百~四百の白金貨を消費する計算になる為、物価は他国に比べて若干高い傾向にあります。
治安はラルキア、チタン、ローラ、ブンデスバッカなどの都市部には王国警備隊の本・支庁舎があり、治安面は非常に良好です。但し、一本裏道に入るとアウトローな人も多い為注意が必要です……と、どうでしょうか?」
思わず、ポカンとしてしまう。
「……すごいわね」
「まあ、覚えておかないといけない事でしょうから」
「……ちなみに、フレイム王国の見所は?」
「フレイムに観光旅行をする際に是非一度は立ち寄りたいのは古都ラルキアです。中世オルケナ文化の発祥の地でもあり、文化保護の観点から旧ラルキア帝国大学大講堂、ラルキア大聖堂、聖ジョージ教会ラルキア総教会などの歴史的建造物が当時のままの姿で残されています。また、ラルキアから高速馬車でおよそ一日の距離にある北部文化の中心地チタンには、中世オルケナ文化とは趣の異なった、異国情緒あふれるチタン文明に触れてみるも良いでしょう。普通の観光には飽きた、そう仰られる方には南部にあるローラがお勧め。ローラはフレイム王国で唯一公営賭博の許された街であり、オルケナ大陸ではパルセナCCに次ぐ一大歓楽街です。眠らない街ローラで、一時現実を忘れてみられるのは如何でしょうか?」
「……完璧。良く覚えたわね?」
「……というより、あの本なんですか? 『オルケナ大陸の歩き方:フレイム王国編』って……明らかに旅行雑誌でしょう?」
「最近一番売れている本よ?」
「……まあイイですけどね」
再び、肩を竦めるコータ。これも多分彼の癖ね。
「ところで、このロンド・デ・テラなんですが」
「テラ、よ。普通はテラって訳すわ」
「テラ、には何か特産物とか名産品とか……或いは観光名所みたいなモノがあるのですか? あれば迷惑にならない程度に観光などをして見たいのですが……」
「……」
……痛い所をつく。さっきまでそれで悩んでいたというのに。
「……その本が最近一番売れているって言ったでしょ?」
「……なるほど」
頭の回転が早いのだろう、直ぐに理解するコータ。何だかそれがちょっとだけ腹立たしい。
「……この際だから正直に言っておくわ。テラには特産品も名産品も、或いは観光名所だって無い。もっと言えば入江にそって作られた街だから平地自体も少ないし、潮風で作物が巧く育たない」
「えっと……」
「はっきり言って魅力的な街では無いわ。一応、私は王姉という立場だから分不相応な『地位』はあるけど、そこらの男爵や子爵よりも収入は少ない」
言ってて悲しくなるが、嘘をついても仕方ない。
「だから、残念だけど貴方にそんなに贅沢もさせてあげられない。無理矢理連れて来ておいてな何だけど……精々、食うや食わずの生活を送らせるぐらいかしら?」
申し訳ないわね? と、そう言って微笑んで見せる。本当に……言ってて悲しくなるわ。
「……」
「……」
「……」
「……何か言ってくれるかしら?」
「……ええっと……どう言えば良いのか……」
そう言って、しばし視線を中空に飛ばし。
「……それで?」
「……は?」
少しだけ申し訳なさそうに。
「……その」
それでも、はっきりと。
「……その、魅力の無い街を魅力的にしようとは思わないのですか? 仮にも、『領主』が」
……何ですって?
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