ツイッター、いろいろあったけど、いまはとても気持ちよく使えています
それは、ひとりでがんばるのじゃなく、「自家製フィルタリング」をしてもらうことにしたからです
毎日ぼくがツイッターをひらく前に必ずおとなの人にリプライのチェックをしてもらって、
ブロックとミュートがすんでからぼくが書きこみをはじめるというルールです
9歳のころぼくは、すべての人とわかり合おうとしていました
どんな人とでも、真剣に話せば分かり合えると信じていました
だからいやなことをいう人に
じぶんからどんどん話しかけて、なぜそんなことを書くのか尋ねたりもしたし、
どんな人も絶対にブロックはしないと決めていました
すべての人とわかり合おうとして、「なぜ?」「どうして?」を繰り返して
自由に悪口を言いたい人たちにうざがられました
それをして分かったことは、ネットはまだまだ開かれたものではないということ
ネットを仲間うちだけの閉じた世界で使っている人が、とっても多いこと
「仲間うちなら何を書いてもかまわない」
「勝手に読んで傷つく人が悪い」って思っている人が
思ったよりたくさんいたこと
価値観がちがう人といくら対話を望んでも、お互い不幸にしかならないということです
ぼくの考え方は昔とひとつも変わってないけど
ぼくにはやりたいこともやらなきゃいけないこともたくさんあるし
何より人生は有限
いまこうして生きている時間もどんどん時は流れていて
そのあいだにできることも限られている
じぶんの人生をじぶんのために使うのか、
それとも分かり合えない人のために無駄に費やし続けるのか、その2択で悩んで、
じぶんの夢のために前者をえらびました
その結果、たくさんの人をブロックすることになりました
いまぼくのタイムラインに不快なかきこみはありません
でも、ぼくは、この外の世界を知っている
学校のパソコンみたいに最初からこれだけしか見えてなかったら、どうだったろう
きっと傷つくこともなかったけど
何も知らないままだった
子どもは守られている
その枠に入りたくなくてあがいていたぼくも
いまはこうして、大人に守られている
でもいつかぼくたちは大人になって
この外で泳いでいかなきゃならない
そのとき、外の世界を知っているのとまったく知らないのでは、きっと違ってくるとおもう
だからぼくは最初に思い切って
「ノーフィルタリング」でツイッターをはじめてみて、良かった とおもっています
転ばないように育てられた子どもは
怪我をして痛い目みることも泣くこともない
そうして優しく守られた子どもが
おとなになっていきなりあのネットの荒波に飲み込まれるのはどんなに恐ろしいことだろう
ひといちばい心配性なぱぱや、ひといちばい我慢できないままが
「酷い親だ」「親はいったいなにをしているんだ」と言われながら
下唇をかんで、こぶしをにぎりしめて、手を出さず
だまってぼくが転びつつけるのを見ていたことぼくは知ってるよ
途中がまんできずに何度かでてきたりしたけどぱぱもままも
すごいくやしかったとおもうしもうやめさせようって何度も思ってたとおもうし
めちゃめちゃがまんしてたとおもいます
助けてというまで助けないでっていうぼくの気持ちさいごまで、大切にしてくれてありがとう
助けてっていったら、すぐにとんできてくれてありがとう
たくさん心配かけてごめんね(ω)
もうだいじょうぶだよここにいるから
またいつか外にでるその日までしっかり守られているね
子どもでいられる時間も そうきっと有限だから
ふうか
それは、ひとりでがんばるのじゃなく、「自家製フィルタリング」をしてもらうことにしたからです
毎日ぼくがツイッターをひらく前に必ずおとなの人にリプライのチェックをしてもらって、
ブロックとミュートがすんでからぼくが書きこみをはじめるというルールです
9歳のころぼくは、すべての人とわかり合おうとしていました
どんな人とでも、真剣に話せば分かり合えると信じていました
だからいやなことをいう人に
じぶんからどんどん話しかけて、なぜそんなことを書くのか尋ねたりもしたし、
どんな人も絶対にブロックはしないと決めていました
すべての人とわかり合おうとして、「なぜ?」「どうして?」を繰り返して
自由に悪口を言いたい人たちにうざがられました
それをして分かったことは、ネットはまだまだ開かれたものではないということ
ネットを仲間うちだけの閉じた世界で使っている人が、とっても多いこと
「仲間うちなら何を書いてもかまわない」
「勝手に読んで傷つく人が悪い」って思っている人が
思ったよりたくさんいたこと
価値観がちがう人といくら対話を望んでも、お互い不幸にしかならないということです
ぼくの考え方は昔とひとつも変わってないけど
ぼくにはやりたいこともやらなきゃいけないこともたくさんあるし
何より人生は有限
いまこうして生きている時間もどんどん時は流れていて
そのあいだにできることも限られている
じぶんの人生をじぶんのために使うのか、
それとも分かり合えない人のために無駄に費やし続けるのか、その2択で悩んで、
じぶんの夢のために前者をえらびました
その結果、たくさんの人をブロックすることになりました
いまぼくのタイムラインに不快なかきこみはありません
でも、ぼくは、この外の世界を知っている
学校のパソコンみたいに最初からこれだけしか見えてなかったら、どうだったろう
きっと傷つくこともなかったけど
何も知らないままだった
子どもは守られている
その枠に入りたくなくてあがいていたぼくも
いまはこうして、大人に守られている
でもいつかぼくたちは大人になって
この外で泳いでいかなきゃならない
そのとき、外の世界を知っているのとまったく知らないのでは、きっと違ってくるとおもう
だからぼくは最初に思い切って
「ノーフィルタリング」でツイッターをはじめてみて、良かった とおもっています
転ばないように育てられた子どもは
怪我をして痛い目みることも泣くこともない
そうして優しく守られた子どもが
おとなになっていきなりあのネットの荒波に飲み込まれるのはどんなに恐ろしいことだろう
ひといちばい心配性なぱぱや、ひといちばい我慢できないままが
「酷い親だ」「親はいったいなにをしているんだ」と言われながら
下唇をかんで、こぶしをにぎりしめて、手を出さず
だまってぼくが転びつつけるのを見ていたことぼくは知ってるよ
途中がまんできずに何度かでてきたりしたけどぱぱもままも
すごいくやしかったとおもうしもうやめさせようって何度も思ってたとおもうし
めちゃめちゃがまんしてたとおもいます
助けてというまで助けないでっていうぼくの気持ちさいごまで、大切にしてくれてありがとう
助けてっていったら、すぐにとんできてくれてありがとう
たくさん心配かけてごめんね(ω)
もうだいじょうぶだよここにいるから
またいつか外にでるその日までしっかり守られているね
子どもでいられる時間も そうきっと有限だから
ふうか
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